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10話 憧れの金槌(未来のお話)

 工房に、カン、カン、と甲高い音が響き渡る。


 金槌で鋼板を叩く音だ。同世代の子供たちから「変わっている」と言われるが、メルディはこの音がたまらなく好きだった。


 視線の先には一心不乱に金槌を振り下ろす父親のアルティがいる。赤茶色の髪からは汗が滴り、その煉瓦色の瞳の中には炎が燃え盛っている。


 熱い情熱の炎が。


 その隣では、アルティの師匠であり、メルディの大師匠でもあるクリフが逞しい腕で金槌を振るっている。なんでも若い頃のアルティがプレゼントした金槌らしい。アルティの金槌もそうだ。クリフの師匠から受け継がれてきた逸品らしい。


(いいなあ、自分だけの金槌)


 メルディにも与えられているものの、これは工房から借りているだけで自分のものではない。何度かアルティにねだったが、「まだ早いよ」とすげなく断られてしまった。


 アルティは国で二番目に腕のいい職人だ。仮にも弟子を自称している身では、それ以上我儘は言えなかった。


「私も金槌ほしいなあ……」

「持ってるじゃん、今も。店で金槌使ったら、また怒られるよ。この前もそれで備品壊しちゃったでしょ」

「うるさいなあ、グレイグは。お姉ちゃんに向かって生意気よ」


 共に店番をしていた二歳下の弟に舌を出し、そっぽを向く。顔がないデュラハンのグレイグは、頭を掻く代わりに自分の兜を撫でると、大人びた仕草で肩をすくめた。


「心配しなくても持たせてくれるって。お姉ちゃんはここの跡取り娘なんだから。それまで腕を磨いてた方が建設的だよ」

「うるさいったら、うるさい! 私は今ほしいの! 何よ、けんせつてきって。難しい言葉使わないでよね」


 どこまでも冷静なグレイグにくってかかったそのとき、ドアベルが軽やかな音を出した。お客様だ。


 しかし、店に入ってきたのは落ち着いた空色の鎧兜を着たデュラハン――母親のリリアナだった。


「どうした、メルディ。大きな声を出して。店の外まで聞こえてたぞ」

「ママ!」


 声を弾ませて駆け寄るメルディを軽々と抱き上げたリリアナが、そのままカウンターに回り、グレイグの兜を撫でる。今日はいつもより早く仕事が終わったらしい。


「お疲れさまです、リリアナさん」


 はしゃぐメルディの声を聞いたアルティが工房から顔を出した。満面の笑みだ。妻に会えて嬉しいのだろう。子供の目から見ても、仲がいい二人である。


 自分の奥さんなのに敬語で話すなんて変なの、とは思うが、染みついた癖らしい。


「お疲れ、アルティ。半休取れてよかったよ。退勤間際に父上に捕まってさあ」

「おじいちゃん?」

「そう。自分は来られないから妬いてるんだよ。しょうがないおじいちゃんだよな」

「ツンデレってやつだよね」

「グレイグ、お前そんな言葉どこで覚えてきたの? ラドクリフさまか?」


 ため息をついたアルティが、リリアナを工房に招き入れる。リリアナに抱っこされたままのメルディも、あとをついてきたグレイグも一緒だ。


 それを見たクリフが耳につけていたイヤーマフを外し、さっきまで成型していた円筒形の金属を手に掲げた。


「おう、ちょうどよかった。今、微調整が終わったところじゃぞ。あとは柄をつければしまいじゃ」

「間に合ってよかったです。冷や冷やしましたよ……」

「お前が素材にこだわるからじゃ。この馬鹿弟子が」


 クリフから金属を受け取ったアルティが作業台に移動する。何をするのか気になる。リリアナに下ろしてもらい、細長い木に金属を取り付けているアルティに駆け寄った。


「こら、危ないから近寄らないの」

「だって、気になるんだもん。パパ、それなあに?」

「なんだと思う?」


 質問を質問で返され、首を傾げる。手元をよく見ようと背伸びしたとき、ようやく正体に気づいて目を見開いた。


「それって……金槌?」

「当たり。師匠とパパが作った金槌だよ。メルディへのプレゼントだ」

「え? でも、なんで? まだ早いって……」

「忘れた? 今日はお姉ちゃんの誕生日だよ」


 グレイグの言葉に周りを見渡すと、みんなにこにこ顔でメルディを見つめていた。そういえばそうだった。すっかり忘れていた。


「私の金槌……」


 頬が熱くなっていく。恥ずかしいのではなく、気持ちが昂っているのだ。


 夢にまで見た自分の金槌。これから、これでたくさんの作品を作れるかと思うと、わくわくが止まらない。


 そんなメルディにアルティは微笑むと、できたばかりの金槌の柄を差し出した。


「メルディも、もう十歳だからね。パパがこの工房に入ったのは十二歳だったけど……まあ、おまけってことで。ただし――」


 アルティの声色が変わった。こんな真剣な目をするのは仕事のとき以外にない。金槌に伸ばしかけていた手を思わず止める。


「これを手に取るってことは、お前も職人の道を歩むってことだ。今までみたいなお遊びは終わり。職人はどんなときだって、全力でお客さまの願いを叶えなきゃならない。メルディにそれができる? 最後まで諦めずに金槌を振り続ける覚悟はある?」


 ごくり、と喉が鳴った。


 試されている――けれど、答えは一つしかない。


「ある。私はいつか、パパもクリフ師匠も超える職人になる!」


 力強く頷き、金槌の柄を握る。メルディの小さな手にはずっしりと重い。


 これは責任の重み、覚悟の重みだ。これまでアルティが受け継いできた技術を、さらに未来に引き継ぐという覚悟の。


(やってやろうじゃないの)


 いつか国中に名前を轟かしてやる。そう決意して、メルディは金槌を振り上げた。


「これからもよろしくお願いします! アルティ師匠、クリフ大師匠!」

「おめでとう、メルディ。パパみたいに無茶はするなよ」

「僕が見張っとくよ、ママ。お姉ちゃん、お誕生日おめでとう」

「余計な一言が多いのよ、グレイグ。でも、ありがとう。本当に嬉しい」


 黒い光沢を帯びた金槌を頬に寄せる。この世界のどこを探しても、金槌に頬ずりするのはメルディだけかもしれない。


「感無量だなあ。俺の娘が同じ職人の道に進むなんて」

「偉そうなことを言うてからに。自分は食い扶持を稼ぐために来たくせに」

「ちょっと! それは言わない約束でしょう! 親の威厳ってもんが……」

「さあ、二階で着替えてランチに行こうか。今日は奮発してお高めのレストランを予約したからな。ちゃんとお行儀良くするんだぞ」


 わあわあと賑やかに騒ぐアルティとクリフを視界から遮り、リリアナがメルディとグレイグを店に追いやる。


 いつの間に着替えを用意してたんだろう、と考えたところで、グレイグが闇属性だと思い出した。魔法を使えるって、本当に便利だ。


「ひょっとして、双頭の鷲亭?」

「そうそう。思い出すなあ、パパとデートした日を。あのときのパパったら……」

「リリアナさん! 子供に何言ってるんですか!」


 階下から叫ぶアルティに、笑い声が上がる。


 手にした金槌の重みを感じながら、メルディは窓の外に広がるコバルトブルーの空を見上げた。

これにておまけも終了です。

最後までお読みいただきまして、誠にありがとうございました!


次作もぜひ、何卒よろしくいたします。

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