7話 不器用な愛情(7部終了後のお話)
「お帰りなさいませ、トリスタンさま」
「ああ。リリアナは?」
「まだお戻りになっていません。神殿地下の小部屋の探索が難航しているようで」
セバスティアンの言葉に、トリスタンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。夕食を共にできないことを残念がっているのだ。それを素直に出せばいいと何度も言っているのに、このツンデレ主人め。
「お休みの日にお出かけされるなんて珍しいですね。どこに行かれていたのですか?」
「あの小僧の工房」
「は?」
聞き間違いか、それとも歳で耳が遠くなったのだろうか。トリスタンの言っている意味がわからない。
目を点にしてその場に固まるセバスティアンに、トリスタンは腰のベルトから取り出したナイフを一本手渡してきた。
随分と小さい。投擲用なのだろう。しかし、何故か柄がコバルトブルーに塗られている。
「どう思う?」
どう思うかと言われても、セバスティアンに武器の良し悪しはわからない。ただ、鋭く磨きあげられた剣身が綺麗だとは思うのでそれを正直に話す。
「お嬢様が好きそうな見た目ですね。……ひょっとして、アルティさんに作ってもらったのですか」
「作らせたんだ。リリアナをどう思ってるのか知りたくてな。そのついでだ」
何をやっているのか。内心頭を抱える。
どこの世界に、娘が心を寄せる相手にちょっかいを出しに行く父親がいるというのだ。もしリリアナに知られたら、また溝が深まってしまうかもしれない。
どうせ、トリスタンのことだから上から目線で色々言ったに違いない。アルティがリヒトシュタイン家に――リリアナに嫌気がささないことを祈るばかりだ。
「……まさか、また暴力振るっていませんよね? 王城の武具保管庫に向かうアルティさんを殴り飛ばして、お嬢様から散々怒られたでしょうに」
「今回は殴ってない。頭を掴んだだけだ。あいつ、この俺に『あなたも見送ってあげます』ときた。本当に生意気な小僧だ。親の顔が見てみたいもんだな」
トリスタンの顔の闇を凝視する。それは、家族ぐるみのお付き合いを念頭に据えての言葉なのだろうか。
視線で穴が開きそうなほど見つめるセバスティアンに、トリスタンは小さく笑うと、珍しく鼻歌を歌いながら食堂に消えていった。
将来の婿殿はしっかりと心を掴んだようだ。
いつになく機嫌がよさそうな主人を見て、セバスティアンは笑みを漏らした。
ご機嫌なパパでした。