表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/110

5話 母親ごはん(5部の5話から6話の間のお話)

 目の前で炊き立てのライスが湯気を立てている。その横には艶やかな色をした焼き鮭とだし巻き卵、そして黄金色に輝く野菜スープが置かれている。


 まだ夢を見ているのだろうか。寝起きでぼさぼさの頭を整えるより先に、ぐうとお腹が鳴った。


「どうしたの、アルティちゃん。食べないの?」


 顔を覗き込むヨハンナにハッと意識を取り戻す。今日は年末の前日。つい二日前、クリフの母親がウィンストンからやって来ていたのだ。


 この工房に弟子入りして七年。自分で作らずに朝ごはんを食べられる日が来ようとは。


 ヨハンナに感謝しながら箸を手に取ったとき、ふとクリフがいないことに気づいた。いつもアルティよりも早く起きて「メシはまだか」と催促してくるのに、珍しいこともあるものだ。


「師匠は? ひょっとして、まだ寝てますか?」


 腐っても弟子なので、師匠より先に食べるのは気が引ける。そんなアルティに、ヨハンナは眉を下げてため息をついた。


「あの子ったら、『先に仕事を片付ける!』なんて言って、工房に下りちゃったのよ。いくつになっても職人仕事が好きなんだから。せっかく八十年ぶりに再会したっていうのにねえ」


 唇は尖らせているが、声は嬉しそうだ。母親というものは、息子が自分より老けてしまっても可愛いものらしい。


(母さんもそうなのかな)


 箸を持ったまま実家の母親の姿を思い浮かべていると、それに気づいたヨハンナが温かいお茶を差し出してくれた。


「弟子だからって待たなくていいのよ。冷めないうちに食べてくれた方が嬉しいわ」


 お言葉に甘えてライスを口に運ぶ。いつもよりもふっくらでもちもちな気がする。


 噛めば噛むほど甘みが出てくるし、おかずがなくてもこれだけでいけそうだ。炊くのが面倒くさいので朝はパン派だったが、思わずライス派に転びそうになる。水加減だろうか。


 次にだし巻き卵を摘む。美味しい。焼き鮭もちょうどいい塩加減だ。ゆっくり食べようと思うのに箸が止まらない。


「美味しい?」

「美味しいです!」

「そう。嬉しいわ。たくさん食べて大きくなるのよ」


 もう成人していますとは言えなかった。朝から旺盛な食欲を発揮するアルティに目を細め、ヨハンナはアルティの対面の椅子に腰掛けた。


「そうだ。クリフがお世話になっている皆さんに挨拶に行きたいの。ついて来てくれる?」


 ライスを咀嚼しながら頷くと、ヨハンナの顔がぱあっと輝いた。とても百歳越えには見えない。長命種とは不思議なものだ。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さま。綺麗に食べてくれてありがとう」


 あっという間に食事を平らげ、空の食器を片付けたあと、店に下りる。


 アルティの足音を聞きつけたのか、工房から出てきたクリフが、「あとは頼むぞ」と一言告げ、すれ違い様に階段を上って行った。その足取りは軽い。まるで、好物を前にした子供みたいな――。


(ああ、恥ずかしかったんだな)


 子供に戻った姿を弟子に見られたくなかったのだろう。素直じゃないクリフに笑みを漏らしながら、アルティは工房の入り口をくぐった。

いくつになっても親子は親子。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ