4話 めくるめく空の旅(4部終了後のお話)
「よう、アルティ。闘技祭ぶりだな。元気でやってっか?」
夜でも人が賑わう商店街の一角で、両手に紙袋を下げたバルバトスが満面の笑みを浮かべる。
闘技祭が終わって数日後。世間はすっかり年末の空気だ。かくいうアルティも年末の大掃除用の道具を買いに来たので、人のことは言えない。
「バルバトスさま、まだ首都にいらっしゃったんですか」
「おい、ご挨拶だな。闘技祭で優勝した功績に休暇をもらったんだよ。今はラドクリフの家に厄介になってる。年明けまで首都にいるつもりだから、見かけたら声かけてくれよな」
貴族の割にバルバトスは気安い。一緒に酒を飲んだからか、アルティを友人として見てくれているようだった。
「そうだ。今からラドクリフとメルクス森に行くんだけど、お前も来ねぇ? 野郎二人だけってのも、ちょっと寂しいしさ」
「え? 俺、掃除道具の買い出しが……」
「いいから、いいから! 飛んだらすぐだからさ!」
強引に連れて行かれた先には、いつもの真っ赤な鎧兜を着たラドクリフがいた。
腕を組んで大門にもたれかかる姿は同性から見ても様になっている。道理で女性にモテると言うはずだ。剣を持つと人が変わるけど。
「あれ? アルティ君も来たんだ」
「商店街で拾ってきた。せっかくだからと思って」
「拾われました……」
聞けば、年末に向けての期間中、メルクス森の神殿で利き酒イベントとやらをやっているらしい。好きなつまみを持ち込めるので、ジャンケンで負けたバルバトスが買い出しに行っていたそうだ。
「久しぶりの首都での年越しだからね。満喫したいんだってさ」
「そうそう。こういうイベントには積極的に乗っかっていこうかと思ってんだ。でも、他にあんま思い浮かばねぇんだよな。なんかいいアイデアねぇ?」
お客さまの期待には応えたい。首を捻りつつ、なんとか絞り出す。
「年越しキャンプとか……?」
「いいな! せっかくだから人数集めようぜ! 知り合いに声かけてくれよ」
なし崩し的に幹事になってしまった。今から予約取れるだろうか。こうして際限なく仕事を増やしていくのがアルティの悪い癖である。
「そういや、新年祭の最終日にリリィと約束してたよね? 双頭の鷲亭に行くんだっけ。あそこ、ドレスコードあるけど服とか持ってるの?」
双頭の鷲亭とは、商店街の一等地にある少しお高めの老舗レストランだ。貴族街にあるガチの高級レストランに比べると入りやすいが、とてもいつもの作業着ではいけない。
「明日、仕事が終わったらレイとハンスさんに見繕ってもらう約束をしてるんです。そろそろ商店も年末休みに入っちゃうし」
「どのあたりに行くの?」
「ラスタ大通りの裏手にある、青い看板の店です。ハンスさんが詳しいって」
ハンスはワーグナー商会の会頭の次男坊だ。お手頃値段で買えるいい服屋をたくさん知っているらしい。持つべきものはお洒落に詳しい友人である。
「よかったら、ラドクリフさまとバルバトスさまも一緒にレストランに行きませんか? 珍しくまだ予約空いてるみたいなんですよ。レイとハンスさんも誘ったんですけど、予定があるって断られちゃって」
アルティの提案に、ラドクリフとバルバトスは顔を見合わせた。
「せっかくだけど、やめとくぜ。その日は駐屯地に戻んなきゃなんねぇしな」
「僕も遠慮しとくよ。最終日はゆっくりしたいんだ。馬に蹴られなくないしね」
「馬?」
「まあ、いいじゃねぇか。そろそろ行こうぜ! 酒がなくなっちまう」
首を傾げるアルティを笑い飛ばし、バルバトスが二人を両腕に抱えた。いつの間にか紙袋はラドクリフの手に移っている。さすが長年のライバル兼友人だ。何も言わずとも心が通じ合ってるらしい。
「しっかり掴まってろよ!」
ふわり、と足が地面を離れ、浮遊感に包まれる。
めくるめく空の旅だ。眼下に広がる雄大な景色の先で、煌々と明かりがついた神殿が三人を出迎えていた。
実はハンスはお洒落さんなのです。
いつも鎧の下に隠れていますが。