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コバルトブルーの空を見上げて④

今回少し長めです。

 ちびすけがある程度回復したのを待って、俺はアクシス領ルビ村ってところで、しばらく腰を落ち着けることにした。


 一カ月ぐらいはいたかな。人間より羊が多い、すんげぇど田舎の村だった。


 いくら魔力をコントロールできるとはいえ、限界はある。魔物ってのは、人間よりも遥かに魔素を溜め込みやすい。一つ所に長居すると、俺の魔力に当てられて赤目化する危険があったから、田舎過ぎて魔物すらスルーするルビ村は、ちびすけを静養させるには都合がよかった。


 俺はそこで村人相手に生活用品を売り捌くことにした。今まで数えきれねぇほどやってきたことだ。すぐに口コミが口コミを呼んで依頼が殺到した。そんな俺を見て、ちびすけは黒曜石みてぇな目をまん丸にしてたっけ。


 中には俺が有名な職人じゃないかと尋ねるものもいたが、適当に誤魔化した。当然、屋号紋も入れなかった。今の俺はマリウスだし、デュラハンになるまではミルディアに俺が生きていると知られたくなかったしな。


 ちびすけは金槌を振るえるようになると、俺に作り方を教えてくれって言ってきた。正直びっくりした。まさか、この歳で弟子入り志願されるとは思ってなかったから。


 でも、俺の技術は全て独学だ。ドワーフの横穴出身のちびすけに教えられることは何もねぇ。だから、せめてもの償いとして、ちびすけが見ている間はいつもよりゆっくり丁寧に仕事をするようにした。


 そしたらちびすけのやつ、俺の技術を目で見て盗み始めやがった。


 元々基礎もあったし、ちびすけはみるみるうちに上達した。まあ、ちょっと自分の腕を過信しているところがあったから、多少手痛いことも言ったが、それもちゃんと飲み込んだちびすけは、どこまでもまっすぐに伸びていった。


 そのうち、俺を師匠なんて呼ぶようになって、肩を並べて仕事するようになった。楽しかったなあ。誰かと金槌を振るうのが、こんなに胸躍るもんだとは知らなかった。


 ちびすけは俺と同じ黒髪だったから、たまに親子に間違えられたりしてな。ちびすけも満更でもなさそうだったし、一度でいいから「そうだ」って言ってやればよかった。


 十分に力もついた頃、もっと広い世界を見せてやりたくなって、旅に出ることにした。


 二人でいろんな土地を回ったな。因縁があるリヒトシュタイン領と、ちびすけの故郷のセルビナ領、あとミルディアのいるシエラ・シエルには近寄らなかったが、それ以外はほとんど回ったと思う。


 ちびすけにいい飯を食わせるため、デュラハンの防具にも手を出した。久しぶりだったから売りもんになるか不安だったが、一度染みついた技術は簡単に消えねぇんだと知った。


 その間にちびすけの腕はさらに上達して、いつの間にか俺と同じぐらい稼げるようになった。誇らしかったぜ。俺は弟子を育て上げることができたんだ。


 だが同時に、俺の心には迷いが生じ始めた。


 ちびすけと過ごしているうちに、魔力が減ってきていると気づいたんだ。時折、ちびすけを置いて魔素を摂取していたが、とても追いつかなかった。


 何度かちびすけに聞かれたことがある。今まで俺がどうやって生きてきたか。


 とても言えるわけがねぇ。ぽつりと漏らした「探し物をしてる」って言葉をどう受け取ったんだかな。ちびすけはそれ以降、俺に過去を尋ねなくなった。


 探し物。そう、ずっと探してたんだ。死に場所を。デュラハンとして生き返る場所を。いつの間にか、それがすり替わっちまった。


 俺は自分の答えを探してた。


 このまま、ちびすけと生きていくかどうか。


 でもな、日常ってやつはいつまでも続かないもんだ。魔王が生まれたときのようにな。


 あの夏の日。二年ぶりにメルクス森を訪れたのはいいが、あまりの暑さにちびすけがへばっちまった。いくら夏が苦手でも、頑丈なドワーフの血を引くちびすけがここまで弱るはずがねぇ。そこでようやく、俺の魔力がちびすけを苛んでいることに気づいたんだ。


 だから俺はつまらねぇ嘘をついて、俺の相棒を――金槌をちびすけに託して、フェルからもらった風切り羽だけを持ってあの小部屋に行った。


 ちびすけのことは心配だったが、その頃にはだいぶ復興も進んでいたし、役人がなんとかしてくれると思ったんだ。国を憎んだ俺が言えることじゃねぇけど。


 真っ暗な闇の中。俺が置いていった鎧兜と短剣が、二年前と変わらない姿で待ってたよ。


 俺はこれ以上決心が鈍らねぇうちに鎧兜を着て、喉に短剣を突き立てた。最期に浮かんだのはフェルの顔だったか、ちびすけの顔だったか――覚えてねぇな。






 次に目が覚めたのは、相変わらず真っ暗な闇の中だった。最初は指一本動かせなくて、意識だけが漂っているような感覚だった。


 そのうち、俺はデュラハンとして生き返っていることに気づいた。さすがに飯も水も無しで何カ月もそのままいれば、どんな馬鹿だっておかしいって気づくじゃねぇか。


 俺の肉体はとうに朽ち果てていて――残っていたのは身にまとった鎧兜と、すっかり錆びちまった短剣だけだった。握りしめていたはずの風切り羽はなくなっちまってたよ。きっと朽ちちまったんだろうな。俺と一緒に。


 俺が眠っている間に上の神殿は観光名所になったようで、いろんなやつが訪れた。その度に、俺は自分の中の憎しみが育っていくのを感じていた。どいつもこいつも楽しそうに、フェルの犠牲なんて忘れて人生を謳歌しているように思えたから。


 後継ぎが生まれたばっかりだったリヒトシュタイン家を守るためか、魔王を討ったのはフェルじゃなく弟だとされていた。ヒト種として生きていたときは、随分と憤慨したもんだが――その怒りが再燃した。


 こんなクソみたいな世界、ぶっ壊しちまおうって思った。それが俺からフェルを奪った報いだって、そんなことばっかり考えるようになった。ミルディアに再会するって目的も忘れてな。


 だが、このまま出たってすぐに不審者として捕まっちまうのは目に見えていた。だから、誰か――できれば魔属性に影響されやすい同族の体を借りるにはどうすりゃいいのか、ずっと考えてた。


 そのとき、頭の上から声が聞こえたんだ。


「リヒトシュタイン家の戦女神さま!」


 って。


 おかげで、リヒトシュタイン家の跡取り娘がいるってことも、このあたりを警備している責任者だってことも知れた。だから、俺は溜め込んだ魔力で少しずつ周囲にダメージを与えることにした。


 この小部屋の存在が明るみに出れば、きっとその戦女神さまとやらが調査に同行する。そう思ったんだ。


 目論みは成功し、俺は小娘の鎧兜に入ることに成功した。生意気にもフェルと同じコバルトブルーに塗ってあったよ。デザインは全然違ったが。


 いつの間にか発見された聖属性のセレネス鉱石とやらで作られた髪留めや短剣のせいで、完全に眠らせるのには苦労した。ずっと叫んでたよ。アルティ、アルティって。


 こいつは、この鎧兜を作った職人がよっぽど好きだったんだな。それに職人の方も、こいつに惚れてるってのが伝わってきた。磨きは甘ぇけど、こんなに丁寧に作られた鎧兜はちびすけ以外で見たことねぇ。そのときは、俺の孫弟子が作ったもんだなんて思いもしなかった。


 小娘の体を利用して状況を把握していくうちに、ちびすけが首都に工房を開いていると知った。ついでに俺に孫弟子がいるってことも、その孫弟子がこの小娘の想い人だってこともな。


 本当に立派になったもんだ。だが、これから俺がすることを思うと、ちびすけに首都にいてもらっちゃ困る。だから、あの頑固なやつが首都を出ていきたくなるように仕向けることにした。ちょっと乱暴だったけどな。


 でも、なあ、まさか孫弟子が俺の金槌を受け継いでいるとは思わねぇじゃねぇか。まじでびびったぜ。肝心のちびすけもいねぇし、何やってんだろうな。


 ちびすけの屋号紋は金槌と風切り羽だった。馬鹿じゃねぇのかって思ったよ。ヒト種だった俺が八十年も生きられねぇなんてわかってるだろうに、何を後生大事に掲げてんだ。


 とても直視できなくて、俺は看板を中庭の土の中に埋めた。それにこうしとけば、もし工房がぶっ壊れても、これだけは無事なはずだと思ったから。


 もう俺には、最後まで突き進む道しか残ってなかったんだよ。


 この小娘を救うため、孫弟子は随分奮闘していたが、最初から結果がわかりきっていた勝負だった。俺の魔力に操られた魔物たちは、この国を思う存分蹂躙した。百年前と同じ光景に、笑いが……。


 ……。


 ……人の悲鳴なんざ、聞くもんじゃねぇよ。


 でも、今更だろ? そうじゃねぇか? すでに俺はエドウィンでもマリウスでもねぇ、過去の亡霊――ただの魔王なんだからな。


 孫弟子が仲間たちを連れて首都に戻ってくるんじゃねぇかってことも予想してた。だってなあ、あいつの目、初めて会ったときのちびすけと同じ目をしてたんだよ。何があっても諦めない目。絶え間なく燃える炉の炎をたたえた目だ。


 だからかな、最後の最後にひっくり返されちまったのは。


 偽装されたセレネス鋼製の鎧兜にまんまと誘い込まれたとわかったときには、正直度肝を抜かれたぜ。同時に、ああ、やっぱりこいつ俺の孫弟子だったんだなって実感した。相変わらず磨きは甘かったが、なんつうか……癖が俺やちびすけに似てたんだよな。


 俺の技術は百年経っても受け継がれていた。あの日、フェルが望んだように。その上、ミルディアとちびすけまでやってきちまって、俺はついに降参した。


 いつだって、俺はフェルやミルディアのおねだりに弱いんだ。


 俺の前に立ったちびすけは随分とジジイになっちまってて……。でも、その目の輝きはちっとも変わってなかった。


 なあ、ちびすけ。俺はいい師匠じゃなかったよ。お前を散々傷つけて、悲しませてな。


 でもな、こんなことをしておいて言うべきじゃねぇけど……。お前という弟子を持てて、俺は最高に幸せだった。職人として立派な仕事をやり遂げたんだ。それだけが俺の誇りだよ。


 そして俺は、ミルディアのお願いを手土産に、この世界から旅立って行った。


 それから、どれくらい経ったんだろうな。


 ふと気づくと、俺は暗闇の中にいた。もしかして今までのは全部夢で、まだあの小部屋にいんのかなって思ったけど、俺の体はデュラハンでもヒト種でもなくて、なんか綿みてぇにふわふわしたもんになってたから、ああ、死んじまったんだなってわかった。


 ミルディアがよく、人は死んだら精霊界に行くって言ってたが、死ぬ前に散々やらかした俺が行けるわけもねぇ。だから、地獄にいるんだろうなってぼんやり考えてた。


 そしたら聞こえたんだ。懐かしいあの声が。


「エド」


 フェルは俺と同じように、なんかふわふわしたもんになってた。


 お前何やってんだよ、って思わず叫んじまったよ。だって、そうだろ。こいつは精霊界でミルディアを待っているはずなんだ。あれだけ会いたがってたんだから。


 でも、フェルは昔と変わらない様子で笑うと、こう言った。


「君のいるところが、僕の居場所だから」


 馬鹿じゃねぇの。だから言ってやったよ。ミルディアがやきもちやいて、早くこっちに来ちまうかもしんねぇぞって。せっかく、もうちょっと待っててくれって言ってたのにな、って。


 そしたらフェルは俺に手を――いや、手かどうかはわからなかったけど、何かを伸ばした気配をさせて、こう続けた。


「待つのもいいけどさ。せっかくだから、会いに行こうよ。一緒に」


 ちょっとだけ間を置いて、ため息をついた俺は、笑ってこう返した。


「しょうがねぇなあ」






「あっ、リリアナさん。見てください、あれ」


 メルクス森の神殿を出たところで立ち止まり、頭上に生い茂る木の枝を指差す。


 アルティの背が低いせいでわかりにくかったのかもしれない。目を細め、小さく唸りながら指差す先を見つめていたリリアナが、ぱっと顔を輝かせた。


「すごいな。あんな綺麗な青い鳥、見たことない。まるで空を映したみたいだ」

「このあたりでは見ない種類ですよね。どこから来たんだろう」


 枝に止まっていたのは、二羽の青い小鳥だった。近づいても不思議と逃げず、アルティたちをじっと見下ろしている。


 何故だろうか。その目には深い親愛の情が込められているような気がした。


 二羽はとても仲睦まじく、片時も離れないというように寄り添っている。兄弟なのだろうか。それとも友達か。ひょっとしたら、アルティたちみたいに恋人同士なのかもしれない。


 やがて二羽の青い鳥は、ゆっくりと羽ばたくと、アルティたちの頭上を旋回し、コバルトブルーの空を目掛けて飛んで行った。


 遥か西の方角へ。

もしクリフと生きる道を選んでいたら、エドウィンはヒト種のままミルディアと再会し、魔力を減らしたのち、クリフが独立するまで三人で暮らしたでしょう。けれど、それは泡沫の夢。


フェリクスにとって、エドウィンは永遠の推し。

エドウィンにとって、フェリクスは永遠のファン。

そして二人にとって、ミルディアは永遠の女神様でした。


これにて外伝も完結です。

もし、よろしければ、おまけの小話集もお楽しみください。

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