割れ鍋に綴じ蓋 俺と彼女の関係
パリでの仕事を終えた俺は帰宅途中。
高校を卒業してから自衛隊フランス外人部隊と渡り歩き、25〜6年程爆発物処理の専門家としての兵役を務めてから除隊して今は、フランス国籍を習得した俺からは元同胞になる日本人を顧客として、ガイドやボディーガードの仕事をしている。
ガイドやボディーガードの仕事の合間合間に、フランス軍や警察から依頼されて爆発物処理のアルバイトもこなしていた。
依頼してくる軍や警察からは爆発物処理の専門家として復帰しないかと誘われているが、結婚したい彼女がいるんでそれは拒否している。
とは言っても、他人からしたらイカれていると思われるだろうが、自分の命を賭けての爆発物処理は俺の人生に張りを与えてくれていた。
ハンドルを切り舗装された道路から両脇に麦畑が広がる砂利道に入り、丘の上に建つ一軒家に向けて車を走らせる。
両脇に広がる麦畑は同棲している彼女の伯父一家が営む広大な麦畑の一角だ。
丘の上の一軒家は彼女の亡くなった両親が建てた家。
車を庭の一角に止め夕食の良い匂いが漂ってくる母屋に向かう。
ドアを開け家の中に「ただいま」と声を掛けながら足を踏み入れる。
家の中に入った俺の目に映ったのは、居間で何かを制作するのに夢中な彼女の姿であった。
彼女は制作している物に夢中で俺が帰って来た事に気が付かない。
だから彼女に向けてもう一度「ただいま」と声を掛ける。
今度は気が付いた。
制作している物から顔を上げて満面の笑顔を俺に見せ、返事を返してくる。
「おかえりなさい」
俺は左手にぶら下げていた紙袋を少し持ち上げながら話しかける。
「お土産に、パリの有名菓子店でチョコレートを買ってきたよ」
「ありがとう、嬉しい。
今日はね、ニクジャガに挑戦してみたの、あなたの口に合うか分からないけど」
椅子から立ち上がり俺をハグしてから食堂に向かう。
俺より一回り以上歳下の年齢で非常に頭が良い。
俺と知り合ってから立ち所に日本語を覚えただけで無く、和食の味付けまでマスターする。
パリにある大学の電子工学科を優秀な成績で卒業し、今はこの町にある国営企業で働いていた。
彼女の両親はまだ中学生だった彼女を母親の兄である伯父に預け、国境なき医師団の医師としてパレスチナに行きそこでイスラエル空軍の爆撃に巻き込まれ、2人とも亡くなっている。
彼女はその時から反シオニズムの活動家になった。
彼女と知り合ったのも、イスラエル大使館の前で行われていた反シオニズムのデモに参加していた彼女が、警察官に警棒で殴られそうになっていたのを助けたからだ。
シャワーを浴びてから食堂に行く。
テーブルの上には湯気が立つ白いご飯とジャガイモの味噌汁に肉じゃが、それに糠で漬けたキュウリと茄子のお新香がサラダと一緒に並んでいた。
椅子に座り手を合わせ「いただきます」と言ってから箸を手にする。
俺に習い同じように「いただきます」と言った彼女が、食べ始めた俺の顔を見ながら聞いて来た。
「ニクジャガの味おかしくない?」
「美味しいよ、日本から遠く離れたフランスの地でこんなに美味い肉じゃがに出会えるなんて、感激だ」
「本当に、良かったー」
「パリに行ったら偶々だと思うが、外人部隊の時の上官に出会っちまって、軍に復帰しないかって言われたよ」
「お給料良いのでしょ?」
「ガイドやボディーガードしているよりは実入りが良いだろうけど、時間も束縛されるからね。
君と過ごす時間が減るのは真っ平御免だよ」
食事のあとの後片付けを共に行いリビングでチョコレートを食べながら暫くお喋りして、それから朝が早い彼女を先に寝かせる。
彼女をベッドルームに送り込んでから、俺は彼女が先程夢中で作っていた物の分解を始めた。
俺には勿体ない程できた女性である彼女をテロリストにしない為にも必要な事。
反シオニズム活動家として彼女はデモに参加するだけで無く、電子工学の知識を活かして精工な時限爆弾の製造を手掛けていたのだった。