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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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8.卑しい提案

 翌朝、リーゼロッテたちは午前中から会議室に呼ばれ、椅子に座って国王の発言を待っていた。

 彼らは徹夜したらしく、生気のない目の下が黒ずんでいる。



「……なんだか必死に考え抜いたみたいだけど、あなたたちの結論はまだなのかしら?」


 国王と宰相が互いに頷きあい、書類を見ながらリーゼロッテに告げる。


「我が国の十歳以上、二十代までの未婚の平民、その全員に殿下へ感情を捧げる義務を与えるという案では如何でしょうか」


 一時的な迫害は生まれるかもしれないが、すぐに多数派となり、解消されるはずだと国王は述べた。


 国王は自信に満ちた微笑みでリーゼロッテの目を見据えていた。



 リーゼロッテはしばらく唖然としながら、何度か頭の中で告げられたことを復唱していた。


 あれほど嫌がっていた事を、限定条件付きで飲んできた。

 つまり、貴族階級に魔族の血が入らなければ、平民をどれほど犠牲にしても構わないと、平然と言い切られた。


 彼らには魔族に対する侮蔑の感情がある。

 絶滅しかけている人間が魔族との混血で盛り返す恩恵を受けつつも、今後も自分たち貴族だけは人間として純血を守り支配階級として居座ると、そう告げられた。

 恐らく彼らは魔族との混血種に対して、思いやりのある統治は行わないだろう。


 例え国民の大多数が該当しようとも、支配階級である貴族が、魔族の血が混じった平民階級を差別するのは明白だ。

 人間社会は元々、身分による差別がある世界で、そこに血統による差別が加わる。

 王侯貴族たちは『自分たちこそ人間である』と宣言すらしそうだ。


 つまり今後、魔族と混血になる平民階級の国民全員を被差別種族、被差別階級として定めると宣言されたに等しい。

 純血の魔族であるリーゼロッテの前で、その子孫をそのように扱うと告げられた。

 中々に清々しい下衆っ振りと言える。

 神経や知能を疑う段階をだいぶ通り越している。


 どうやら彼らには自国民に対する思いやりの概念や、恥を恥と思う感性がないらしい。

 リーゼロッテは彼らが無能だとは感じていたが、ここまでだとは想定外だった。



 ただ呆然と、リーゼロッテは呟く。


「私、あなたたちを少し侮っていたかもしれないわね……」


「少しは見直して頂けましたか?

 これで殿下の信頼を取り戻せたと、そう思っても構いませんでしょうか」


 ニコニコと微笑む国王や重臣に、己を恥じる感情は欠片もない。

 リーゼロッテは酷薄な微笑みを浮かべているヴィクターに尋ねてみる。


「ねぇヴィクター、これって私、怒っても良い場面なのかしら。

 なんだか怒りを通り越して呆れてしまったのだけれど」


「怒るだけ無駄という言葉もございますし、殿下のお望みのようになされば宜しいかと」


 リーゼロッテはヴィクターに向かって頷いた。


「私の食糧問題はこれで解決ね。

 貴族階級を含めないという妥協案を飲むわ」


 リーゼロッテは国王に速やかな布告を指示した。

 そして王都内に自分と食糧源となる人間が居住する地域を作ると明言し、手配するよう命じた。


「人間の食糧問題の指揮はヴィクター、あなたが取りなさい。

 会議を進めて構わないわ」


 ヴィクターが冷たい微笑みのまま頷いた。


 働き口のない王都市民を農業に従事させる事。

 豊穣の神の奇跡を祈れる者を探し出し協力させる事。

 同時に魔王に豊穣の神の神殿機能を回復するよう陳情すると明言した。


「この国の機能を王都を中心として回復させます――

 国王、これで、当面の産業と人口問題に対処する形になる。

 何か質問があれば述べろ」


 おずおずと国王が意見を告げる。


「王都の魔族はまだ掃討されていないという情報を得ています。

 その件はいつ解決して頂けるのか」


「俺が今日のうちに片を付けよう。

 だが今は早急に殿下の食糧事情の改善を解決せねばならん」


 その後の予定も述べた。

 主食である麦の確保が最優先とする事。

 順次、林業と狩猟業を拡大予定である事。

 衣類の生産も並行して計画を指示し、なるだけ早期に着手する事。

 これらを明言し指示した。


「しばらく税収は諦め、配給に力を入れろ。

 これで衣食住の最低限は確保していけるだろう――

 他にあるか?」


「いえ、そこまでお考えであれば従いましょう」


 国王は速やかな布告と招集を約束し、王都の一区画の提供に頷いた。


「統治の為の裁量は私に頂けるお約束ですが、どこまでお許し頂けるのでしょうか」


「何かあればこちらから指示を出す。

 それに従うのであれば好きにして構わん。

 貴様らの方から要望があれば殿下の元へ赴いてこい。

 だが殿下の機嫌を損ねれば、いつでもこの国が滅ぼされるという事実は忘れぬ事だな」


「畏まりました」


 国王と宰相、将軍が頭を下げた。


 彼らは喜びを隠せないようだ。

 自分たちが何もしなくても、魔族をリーゼロッテたちが滅ぼすと約束した。

 彼らは平民たちを生贄としてリーゼロッテに捧げる準備だけしておけばいい。

 嬉しさも溢れるというものだろう。


 リーゼロッテは立ち上がって彼らに告げる。


「じゃあ区画の選定が終わったら報告に来なさい。

 私はそちらになるだけ早く移り住むわ。

 清掃も家財の準備も出来ないでしょうから、家屋の選定だけで構わない。

 そこに私の食料となる人間を寄越しなさい。

 同時に人間の食料や衣類の配給も忘れない事ね――

 ヴィクター、後は任せるわ。ラフィーネ、部屋に戻るわよ」


 リーゼロッテはラフィーネを連れて会議室を退出していった。





****


 廊下を歩いているラフィーネが、不安気にリーゼロッテに尋ねる。


「ねぇリズ、こんな状態でまともに国家を運営できると思う?」


「ラフィーネはどう思うの?

 民衆の暮らしは、あなたの方がよく理解しているのでしょう?」


「食料も衣類もまともに流通していないし、物々交換が主流よ。

 素材の生産が機能していないから、工場も停止してるわ。

 王都内でも餓死者が出始めてる」


 つまり、産業は軒並み崩壊済みだ。

 あとはもう、わずかに稼働している農業に縋って生きているだけの状態という事だろう。


「森に狩猟や採集に行く人はいないの?

 少しは食材が手に入るでしょう?」


「ここは森から遠いし、森の中では魔族の瘴気に汚染された野生動物が魔物と化して襲ってくるわ。

 並の人間では勝てないの。

 それでもなんとか食材を手に入れた人が王都に物々交換をしに来るけれど、数がとても少ない貴重品よ。

 庶民の口に入ることはないわ」


 国王の足元、国の中心地である王都が惨憺たる有様だ。

 ヴィクターがいくら迅速に手を打ったとしても、成果が見込めるまで少し時間が必要だろう。


「そんな有様なのに、王宮にいる人間がそこまで飢えてる様子はないわね」


 ラフィーネが大きくため息をついた。


「収穫の半分は国が持っていくし、森から猟師が持って帰ってきた物もだいたい王宮が買い取ってしまうからね。

 王宮の貴族たちを始めとして、王宮勤めの人間には、優先的に食糧が回されるのよ。

 今の王都で王宮勤めは人気職の一つよ。

 魔族は怖いけど、食べるものがない恐怖に比べたらまだ我慢ができる、といったところでしょうね」


 収穫と言っても王都近郊で生きている農地はほぼ国有地だという。

 そして王侯貴族や王宮で雇用している人間には大目に食糧を融通しているらしい。

 残った収穫の半分が配給に回され、王都市民の食卓に上るとみられた。


 リーゼロッテは『ろくに国家運営もできてない癖に食糧すら庶民に回さないのか』と眩暈すら覚えていた。


 ――住む場所を移動したら、しばらく森に狩りにでもでるかな。


「ラフィーネは、狩人の伝手はある?

 森で狩った獲物を捌ける知識がある人」


「うーん……

 ないことはないかな。

 反魔族同盟の中に、狩人出身の人が居たはずよ」


「協力してくれるかはわからないけれど、交渉してみるだけしてみましょうか。

 他の狩人を紹介してもらえるかもしれないし。

 ヴィクターが配給を用意してくるまで、何もせず待っているよりはマシでしょう」





****


 午後になると、リーゼロッテの元に一人の騎士がやってきた。

 金髪碧眼、どことなく国王に似た雰囲気を持った顔立ちだ。

 年齢は十五歳より少し上、二十歳よりは若いくらい。

 そこそこ生気に満ちた顔で、精悍な青年だ。


「ヴィルケ・ラスタベルト、この国の第一王子をやっております。

 私が責任をもって殿下を居住区へご案内いたします」


「あら、やっぱり国王の息子なのね。

 じゃああなたは私の素顔を見ないように気を付けなさい。

 見たら最後、あなたも私に囚われてしまうからね」


「心得ております。

 ではご案内しますので、準備をなさってください」


 リーゼロッテはポンと傍らの鞄を叩いた。


「そんなもの、とっくに終わってるわ――

 さぁラフィーネ、行くわよ」


 ヴィルケ王子を先頭に、数人の兵士がリーゼロッテたちの周囲を取り囲む。


「この兵士がいる意味は何かしら?」


「意味がないとは申し出たのですが、父上が念のために付けておけと譲りませんでした。殿下から私を守りたいのでしょう」


 確かに、意味がない。

 彼らは若く、神気もない一般人だ。

 百万人居たとしてもリーゼロッテを止める事などできはしないだろう。


「心配性ね。

 不誠実な人間は、相手に誠意を見い出せないという事かしら。

 あれほど私は誠意を尽くしていたというのに、失礼な話よ。

 でもよくそんな信用できない私に、息子であるあなたをあてがったわね」


「王宮にはろくに騎士が残っておりません。

 そのほとんどが、現在ヴィクター殿の指示で王都中に、殿下の元へ若者を集めるよう伝えて回って居ます。

 手が空いている者が、私ぐらいしかおりませんでした」


「ヴィクターはもう魔物の掃討に動いているの?」


「ええ、午前中に父上たちに指示を終えた後、すぐさま王宮から飛び出ていったそうです」


 リーゼロッテは広域探査術式で王都の様子を探った――順調に魔族の数が減っている。

 この調子なら今日中に魔族掃討が終わるだろう。





****


 向かった先は王都の隅の住人が残っていない居住区画だった。

 その中でも比較的大きな屋敷の前に、リーゼロッテたちは案内された。


「この辺りには、無法者たちすら居ないみたいね。

 本当に人間が一人たりとも居ない区画だわ」


「魔族が多く徘徊していた区画です。

 奴らは人間を見つけると区別なく虐げていきます。

 無法者たちも、身を寄せ合ってひっそりと生きていましたよ」


 ヴィクターの魔族掃討が済んだ後で、魔族の気配もない。

 この区画が当面、リーゼロッテが済む場所、という訳だ。


 リーゼロッテは案内されるまま、大きな屋敷の中に足を踏み入れていく。

 所々破壊されてているが、元々は裕福な家だったようだ。


「元々、王都有数の商人が済んでいた家だそうです。

 邸の広さと部屋の数はかなりのものになります」


「この付近の警備はどうなるか聞いてる?

 さすがに魔族が居なくなったら、無法者があちこちに戻ってくるでしょう?」


「王都で住民が多く生存する地域を中心に警邏していきます。

 この付近までは、兵士の数が足りません。

 そこは殿下に自力で何とかしてもらえと父上は言っていました」


 リーゼロッテの予想範囲と言える。


 リーゼロッテはその場で低級眷属を一体作り出した。

 身長三メートルほど、山羊の足と人の身体、牛の頭を持った怪物だ。

 全身が白銀に輝いている。


 その姿を見ると、兵士たちが慌てたように王子を取り囲んだ。

 ラフィーネも驚いてリーゼロッテの背後に隠れて様子を伺っている。

 魔族に苦しめられた人間なら、何度も見てきたはずの姿だ。


「ヴィルケ王子、これが私の眷属、この地域を守る兵士よ。

 攻撃を加えられない限り、人間に危害を加えないように指示を出してあるけど、力加減が下手だから反撃されると殺されても文句を言えないと思っておいて」


 ヴィルケ王子が固唾をのんだ。


「これは本当に安全と言えるのですか?」


「白銀の低級眷属には近寄らない事――

 これだけ守っておけば、特に危険はないわ。

 でも私と、私が味方だと認識する人間に対する害意は排除するようにも指示してある。

 そこは周知させて頂戴」


「わかりました――

 これはどの程度の強さを持つのですか?」


「一概に比べられるものでもないけど、戦闘能力だけなら伯爵級の魔族に匹敵する能力があると思っていいわ」


 リーゼロッテの言葉を聞いたヴィルケ王子や兵士たちの顔が引きつった。


 つまり、今の王都でこの低級眷属一体すら相手をできる人間はいない。

 王都が現在抱えている軍を、この一体の低級眷属で壊滅させる力がある。

 無法者対策としては過剰戦力と言えるかもしれない。


「ここに連れてくる人間たちにも、そのことは事前に教えてあげてね。

 驚いて逃げ出されても困るわ」


「了解しました。

 寝具の類は、屋敷に残っている物を使ってください。

 毛布だけはなんとか人数分を用意いたしますが、ベッドまではさすがに物が足りません」


「食器類もなんとかするしかなさそうね――

 食糧の手配は、毎日行ってもらえるんでしょうね?」


「そちらはお任せください。

 ひとまずパンと塩だけになりますが、人数分を配給いたします。

 しばらくそれで凌いでください」


「わかったわ。

 私もしばらくは外出が増えると思うけど、長く留守にすることはないから用事あったらここで待機しておいて頂戴」


「何をなされるんですか?」


「パンだけでは人間がすぐに病気になってしまうわ。

 森に行って獲物を狩ってみようと思うの。

 しばらくは生活の準備とそれらの試行錯誤で留守にすることが多いはずよ。

 集めた人間たちは家の中に待機させておいてくれればいいわ」


「畏まりました。

 そのように手配致しましょう。

 では何かありましたら、王宮に伝えに来てください。

 我々も、用事がある時はこちらに伺います」


 ヴィルケ王子はそれだけ言い残し、兵士たちと共に去っていった。


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