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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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77.笑顔の記憶

「リズー!

 おはよう!

 朝食の時間よ!」


「あらマリー、もうそんな時間?

 今行くわ」


 白銀の瞳を持ち、深い栗色の髪の女の子――マルゴットだ。

 見た目の年齢は、もう十五歳相当になっていた。


 静養を宣言してから、三年が経過していた。



 リーゼロッテがラフィーネたちと一緒に、居住区を歩いて行く。


「マリー、あなた本当に私の子供を産みたいの?

 考え直した方がよくない?」


「しょうがないじゃない、私はあなたを愛しているのだし。

 これ以上の愛を知らないのだから、他の人を愛せる気はしないわ――

 でも、私の子供は普通に育てるから、術式は不要よ?」



 物心ついた時、マルゴットは心が囚われてはいなかった。

 だが母親から強く引き継いだ愛の記憶は、彼女から普通の恋愛を奪い去った。


 至高の愛を知ってしまっている彼女は、リーゼロッテ以外の人間を伴侶として愛せないと笑って告げた。

 父親同然のリーゼロッテに伴侶としての愛を感じる事にも、特に疑問を感じないようだった。


 だというのに、彼女はいつも幸せそうに微笑んでいた。

 『幸福の記憶で溢れているのに、不幸になれる訳が無いわ』と笑っていた。


 自分が確かに愛されて生まれてきたことを、客観的な記憶として持っているらしい。

 第一世代の子供たちの中でも、一番異質な子供だった。

 理解の難しい、不思議な子だとリーゼロッテは感じていた。



 他の三十名余りの第一世代の子供たちは、既に普通の子供だった。

 五倍速で成長する以外、何も変わらない。

 彼らは十五歳になると同時に成長を止める術式を与えられている。

 だが、自分の子供たちは普通に生んでみたいと皆が告げた。

 伴侶を見つけ、子供を授かりたいのだと。

 『三十年も生きていれば、一人くらいは物好きがいるよ』と笑って言っていた。


 結局、若さを維持する術式を付与されたのは、三百名の子供たちと第一世代三十名余り。

 第二世代はマルゴットの子供のみ。

 彼らは若さを維持したまま、最大三十年程度で生涯を終える。


 こうして『増産と出荷の計画』は終わりを告げた。


 いつかはやってくる歪な人口比率の問題が、国家を揺るがす。

 だが『人間たちは何とかやっていくだろう』と、アロイスは笑った。




 ヴィクターは忙しそうに朝食を平らげると「仕事に行って参ります」と食卓を後にした。

 リーゼロッテが静養している間も身を粉にして働いている。

 彼の残りの寿命は長くても残り三十年程度。

 休んでいる暇が惜しいらしい。

 リーゼロッテが『不老の術式を解除しようか?』と尋ねたが、愛を拒否される方が辛いと断っていた。



 イェルクは子供と一緒に食卓を囲んでいる。

 王女の私生児として生まれた男の子も、間もなく十五歳相当。

 私生児だが、イェルクが持つ王族の知識を継承した、王家の血を引く平民の子だ。

 王家に何かあれば、彼が一時的に在位する事もあるかもしれない。

 彼は今日も元気に食事を頬張っている。

 学校には通わず、第一世代の子供たちと遊んで過ごす毎日だ。



 ラフィーネはいつものように、リーゼロッテの隣で微笑んでいる。

 『不老の呪いを魔法で解除しようか?』と尋ねられても、静かに首を横に振っていた。

 彼女はリーゼロッテが滅ぶその時まで、ずっと隣にいるつもりらしい。



 アロイスは、今は北部で活動中だ。

 故郷のビットブルク王国の生き残りがいたそうだ。

 『王族が生き残っていたのが幸いだった』と喜んでいた。

 国を再興し、北部の抑止力となるべく奔走している。

 副官のマックスをふくめたカリアン人が百名程度、彼女に従っていった。



 リーベルト公爵はヴェーゼブル伯爵の尽力の元、無事に北部に裏社会を構築し君臨している。

 どちらかというと、ヴェーゼブル伯爵がほとんどを取り仕切ってるらしい。

 南部を取り仕切るゲルドシュタート侯爵と密かに連携し、大陸の治安を維持している。





****


 子供たちやその親たちの賑やかな朝食を終え、自宅のリビングで横になる。

 こうしてリーゼロッテがぼんやりと過ごして、三年だ。


 今のリーゼロッテは子供たちの笑顔で幸福を感じ、紅茶の香りに身を任せていられる。

 そろそろ、動き出してもいい頃合いだ。

 だが、今のリーゼロッテには、やる事が見つからなかった。



 大陸南東部、メルトムント連邦国は順調に復興を遂げている。

 元々、農作物を瘴気で荒らされることがなければ、そこまで困窮しない地域だ。

 労働人口問題はあるが、これは小国が結合して集落を統廃合する事で解決を図っている。

 ラスタベルトからの配給も不要なくらいに回復し、今では立派に国家間交易が行われている。

 大陸北東部に物資を運ぶ海の玄関口の一つとして、順調に機能していた。



 大陸北部もすっかり南部の物資が出回り始め、北部の特産品が南部にも流れてきている。

 北東部の人口不足は著しい。

 だが人口不足は各地にも言える話だ。

 これは時間が解決するのを待つしかない。

 幸い出生率が高く、二十年後には若者世代が支えて行くだろうと報告を受けていた。



 大陸各地の神殿も機能回復し、神々への信仰が復活した。

 リーゼロッテが奇跡を祈らなくても、現地の新しい月の神の信徒たちが海の浄化を祈る事で、少しずつ海が浄化されているらしい。

 おかげで海路もかなり回復し、陸路も整備が始まった。

 人間が使う魔法の力は、リーゼロッテにとって反則技にしか思えなかった。


 尤も、魔法があっても人間はまだ、個の力で魔族に負ける。

 団結しない人間が相手なら、魔族の脅威とはなり得ない。

 裏社会は引き続き、魔族優勢の世界だ。

 魔王の勝因は、人間から団結力を奪った事なのだろう。



 ラスタベルトの大穀倉地帯は五割程度回復し、大陸全土の減少した人口の需要全てを賄っている。

 神魔大戦前は『大陸の八割の需要を満たす』と言われていたらしい。

 神魔大戦以来の二十年、失われて来た人口は単純計算で半減以下だ。

 次の二十年を人間が迎えられていたかもわからない。

 魔王が焦っても仕方がないだろう。


 リーゼロッテは各地のそんな報告を聞きながら、ヴィクターやガートナーに指示を出すだけ。

 そんな静養期間だった。

 最近は指示が必要な事もなくなり、至って暇な日々が続いている。





****


 リーゼロッテが住む区画は『月の神の区画』や『白銀街』と呼ばれるようになった。

 小さいが、月の神の神殿が新たに作られた影響が大きい。

 王都で唯一の、月の神の神殿だ。


 その神殿の中の祭壇で、リーゼロッテは祭壇に触れて月の神に語りかける。




(月の神、機嫌はどうかしら)


『退屈で死にそうね。

 面白いおもちゃを探しているけど、見つからないわ』


(あいかわらずね……

 ねぇ、そろそろ私は動き出してもいいのかしら)


『動き出すって……

 世界はもうあなたの力など必要としていないわ。

 少なくとも、今はね』


(世界は私を待たずに先に行ったのね。

 ヴィルケ王は私に嘘を告げたのかしら)


『え、人間社会が停滞している方が好みだったの?

 変わってるわね――

 もうじき北部で戦争が始まる。

 その時にでも仲裁に入れば?』


(そんな気配があるの?

 忠告ありがとう。

 今のうちから手を打たないとね)




 隣で祈りを捧げているラフィーネが顔を上げるのを待ち、共に神殿を出た。

 彼女は月の神の信徒となり、日々祈りを捧げている。


 一方リーゼロッテは、静養している間に月の神から『おもちゃ』として飽きられたらしい。

 月の神の寵愛を失ったのだ。

 副次効果である祝福もなくなり、フードを目深に被る必要もなくなった。

 街の人間たちにも素顔をさらしている。

 一部では『白銀街の麗人』として名高いそうだ。



 ラフィーネと別れ、リーゼロッテがミネルヴァで王宮に向かう。

 ミネルヴァが降り立った先は、王の執務室――そのテラス。


 あの日のテラスに降り立つと同時に、中からヴィルケ王が出てきた。

 今年で二十四歳になった、精悍な若き王だ。


「今日はどうしたんですか?」


「そろそろ北部で戦争が始まる気配があるんですって。

 私の静養期間も終わりを告げそうよ」


「北部はアロイスが巧く動いてくれているようです。

 ビットブルク王国を中心とした軍事同盟が初めて抑止力して活躍する場、しゃしゃり出るのは彼女たちが負けてからの方が良いですよ」


 抑止力として、実際に成果を出さなければならない。

 力を示さなければ、抑止力として機能しない。

 確かに、彼女たちが敗北してからの方が良いだろう。


「そうなると、私の静養期間はまだ続くのかしら?

 もう普通に幸福を感じられるようになったし、退屈で暇なのよね」


 父親を手にかけた事実も、静かな心で認められるようになっていた。

 人間たちの今の姿が、『あれは必要な事だったのだ』と教えていた。

 リーゼロッテは間違った道を歩んでなど居ないのだと、彼らの幸福な笑顔が告げていた。


 月の神が告げた『その手を染めているのは、自身の血の涙』という言葉も理解していた。

 リーゼロッテは同族を手にかけるたびに心が深く傷つき、悲しみで苛まれていた事実を認められた。

 いつしか麻痺した心が、それでも悲嘆に沈んでいた事を、血塗られた手の幻視として感じていたのだ。


 アロイスに言われた通り、あの日以来、リーゼロッテは手を血に染めていない。

 その結果、心が大きく回復していた。

 今では両手を見ても、そこには白い自分の手が見えるだけだ。



 ヴィルケ王が微笑みながら提案してくる。


「そんなに暇なら、私の政務を手伝うというのはどうですか?

 毎日が復興で目が回る忙しさです」


「大陸執政官が手伝うような仕事なんてないじゃない。

 一国の自治の範囲よ?」


「ですから、王妃となれば良いんですよ。

 そうすれば私の仕事を半分は手伝えます」


 リーゼロッテはヴィルケ王の目をまじまじと見た。


 既に人間社会は往年の形をほとんど取り戻している。

 足りないのは人手だけ。

 つまり、人間の貴族たちが構成する社交界もすっかりその姿を取り戻している。

 今のヴィルケ王なら、結婚適齢期の貴族女性たちがアプローチしているはずだ。


「あなた、まだ諦めていなかったの?

 人間の王として、人間の王位継承者を作る方が正しい道だと理解しているのでしょう?

 私の子供では魔族の血が混じるわ。

 ラスタベルト王国は、異端の国となるのよ?」


「関係ありませんよ。

 互いの愛を認めあった存在が居る。

 ならばその人と子を成し、国を継いでもらう。

 不思議な事ではありません」



 神々からは、リーゼロッテたちの子供は『魔族の血が混じるだけで、人間の特性を強く引き継いだ子供になるだろう』と告げられている。

 魔族の血は、ちょっとした身体的特徴や魔力の強さに影響が出る程度――そんなものだそうだ。


 純粋な肉体を持つ人間と、それを持たない魔族。

 結果として、人間優位になるということらしい。

 それでも魔族の血が混じる事に変わりはない。

 純粋な人間ではなくなるのだが、ヴィルケ王がそれを気にする様子はない。



「変わった人間ね。

 私は魔族、それも魔王の娘よ?

 そんな存在が王族となったら、ラスタベルト王国の国政に強い影響が出るわよ?」


「あなたは大陸を救った英雄だと広く知れ渡って居ます。

 その血を疎む声は、もう貴族たちからも上がって居ません。

 悪い影響は出ませんよ」



 白銀街の子供たちが居なくなるまで、最大で三十年程度。

 その頃の白銀街は、彼らの子孫が普通の人間として暮らす地域となっているだろう。


 リーゼロッテに愛を捧げなければ生きていけないのは、あとは魔王城に捕縛されていた人間だけとなる。

 だが魔王城の過酷な日々で心身を著しく損なっている彼らは、長生きができない身体だ。


 彼らもまた、十年もすれば居なくなるだろうと言われている。

 彼ら自身も、『その方が幸福だ』と思っているらしい。

 年老いて愛を拒絶されたまま生きるくらいなら、やはり『死んだ方がマシ』なのだそうだ。

 神の奇跡で心身を治癒する事を拒み、時折リーゼロッテに愛を捧げながら、白銀街で毎日を穏やかに暮らしている。


 子供たちを冥界へ見送った後、残ったラフィーネを連れて後宮でひっそり暮らす。

 『まぁそういう未来もありかもしれない』とリーゼロッテは考えてしまった。


 彼女一人の愛ならば、リーゼロッテの寿命もそう長くは持たない。

 恐らく百年後には、彼女の姿はないだろう。

 いつしか魔力を使い果たし、消滅する。

 後宮でひっそりと王族としての人生を終える。

 少し長生きした人間――せいぜいそのくらいの扱いになる。

 ラフィーネは『その時は私があなたの影となって、年老いた私の遺体が王妃の亡骸として埋葬されるわよ』と言っていた。

 それならば、後の人間の歴史にも大きな影響は残さないだろう。



 そこまで考えて『そんな人生も悪くないかな』と思ってしまった。

 リーゼロッテの負けだろう。


 小さくため息をついたあと、ヴィルケ王に微笑んだ。


「わかったわ、あなたの求婚、受けてあげる」


「ようやく納得してくれましたか。

 三年間――

 だいぶ粘りましたね?」


 この三年間、時折二人で出かける事も度々あった。

 ふとしたきっかけで、彼への愛も自覚した。

 今のリーゼロッテに、愛の渇望はない。

 消滅する時も、心穏やかに消える事が出来るだろう。


 リーゼロッテは苦笑を浮かべた。


「粘ったのはあなたの方よ?

 合わせて四年弱かしら?

 ――でも私、社交界の空気は好きじゃないわ。

 あまり王妃らしい王妃にはなれないわよ?」


「そう言う王族も稀に居ましたし、それほど目立ちませんよ――

 もう今後、あなたの力を人間が必要とする局面もないでしょう。

 苦難があっても、人間が独力で乗り切ります。

 それを見守っていてください」


「三年前にあなたが言った事、『世界は私を待ってくれている』って、嘘になってしまったわね?

 あなた、実は嘘つきだったの?」


 ヴィルケ王が優しく微笑んだ。


「国王は時に嘘をつきます。

 ですが、あなたへの愛だけは本物です。

 それで充分では?」


 あの日から変わらず感じる熱気、そこには確かに、嘘は感じなかった。


「――そうね、確かにそれが嘘ではないのなら、私に不満はないわ。

 あなたが嘘つきな分、私が嘘をつかずに生きてあげる。」





 その後、リーゼロッテは二人の王子と一人の王女を授かった。

 魔族と人間の合いの子――そんな事例は魔族の歴史でも、口伝でわずかにしか伝わっていない

 そんな未知の存在である子供には、魔導術式を殆ど施せなかった。


 彼らは普通の人間の子供のように生まれ、成長した。

 身体的特徴は唯一、瞳の色が紅玉のように赤かった。

 魔族の血が、瞳の色にだけ反映されたのだろう。

 あとは人間に比べると異様に強い魔力を持つ程度だ。


 人間としては規格外の魔力だが、魔法が普及した世界では、個人の魔力の強さなど大した意味を持たない。

 魔法は神の加護の強さの方が強く影響する。信仰心の世界だ。

 魔力の強さが直結する魔導術式は、マイナーな魔導として嗜み程度に残っている程度。

 彼らは普通の王族として人生を過ごしていた。


 リーゼロッテは彼らを育てながら、ラスタベルト王国の国政を、ただの王妃として手伝った。


 子度を授かった頃からリーゼロッテは王宮に居を移していた。

 それでも白銀街には毎週欠かさず通う日々が続いた。

 週に一回は白銀街で夕食を一緒に食べ、白銀街の子供たちやその家族の笑顔に包まれた。

 夕食後に彼らの愛を受け取り終わると、ひっそりと王宮に戻って行く、そんな日々だった。


 その生活の中で、ユーディトをはじめとした白銀街の子供たちを次々と見送り、マルゴットたち第一世代も見送った。

 子供たちの親は、最後まで幸福に満ち足りた子供たちの笑顔で満足したと言い残し、少しずつ白銀街から去っていった。


 リーゼロッテの白銀の低級眷属も早期に全て回収したので、その姿を知る者はだいぶ少なくなった。

 半世紀が経過する頃、白銀街は一般の王都市民が住み始め、ただ月の神を祀る地域へと姿を変えた。



 ヴィクターは、いつの間にかリーゼロッテの前から姿を消していた。

 自分の死期を悟り、リーゼロッテに見送られる事を拒んだのだ。

 部下たちに、今後の方針などを指示する詳細な書類を残す辺りは、やはりまめな男だ。

 リーゼロッテ宛に残されていた手紙には、一言だけ感謝と愛の言葉が記されていた。

 その手紙は今も、リーゼロッテの宝物として大事にしまってある。



 ヴィルケが子供たちに王位と国政を譲り渡した後、リーゼロッテはヴィルケやラフィーネと一緒に後宮で穏やかな日々を送っている。

 イェルクが息子の後を追うように、その短い生涯を終えた後、年老いたウルズラも後宮に来ていた。

 ガートナーもアロイスも、ドミニクもこの世を去った。

 今では知るものが少なくなった、当時の真実を共有する仲間として、リーゼロッテたちは紅茶を嗜み自然を愛して生きていた。


 ミネルヴァも飛竜になる事が久しくなくなり、白銀のフクロウとして後宮を飛び回っている。

 彼女はいつかリーゼロッテが消滅した後、野に帰って子孫を残すだろう。

 彼女の子孫がどんな竜となるのか、それはリーゼロッテにも予想が付かない。



 テラスで蜂蜜を落とした紅茶の香りに、子供たちの笑顔の記憶を思い浮かべながら、リーゼロッテは青空を見上げていた。

 年老いたヴィルケが、静かにリーゼロッテに語りかける。


「お前の半生はどうだった?

 激動の前半、安穏とした後半、忙しい半生だったと思うが」


 リーゼロッテは空の白い満月を見上げながら応える。


「魔族は記憶力がいいのよ。

 一度覚えた事は中々忘れないの。

 あの日々も、昨日の事のように思い出せる――

 そうね、総合的に見れば、幸福な半生だったと言えるんじゃないかしら」


 ヴィルケがリーゼロッテの横顔を感慨深げに見つめていた。


「俺は年を食ったが、リズもラフィーネも、あの日々から姿が変わらないな。

 俺もお前たちを見ていると、あの日々がありありと思い出される気分だよ」


 リーゼロッテはすっかり白髪交じりになったヴィルケを見て微笑む。


「魔族の私は死ぬまでこの子娘の姿のままよ――

 まったく、威厳もなにもありゃしないわ。

 王宮でも何度間違われた事か」


 年若い貴族女性が紛れ込んだ、と思われる事も少なくなかった。

 特に新入りの侍女等には、よく間違われた。

 外見にだけは、後宮に引っ込むまで悩まされ続けた。



 愛に飢えた愛の魔物として、呪われた運命を背負わされた存在だったリーゼロッテが、今は幸福を享受している。


 大陸南西部に赴任してからは、愛に溺れ続けた日々だったんだと、今は理解していた。

 他者を慈しむために奔走し、毎日浴びるように愛され続けた日々だ。

 今も横から、当時と変わらぬ熱気を浴び続けているので、未だにその愛に溺れていると言える。



 王宮に居を移した頃から少しずつ衰弱が始まり、白銀街の子供たちがこの世を去り始めてからはそれが加速した。

 今はラフィーネの愛だけを一日二回、食べて過ごしている。

 既にリーゼロッテの魔力は、最盛期の一割にも満たない。

 このまま彼女の人生は、普通の人間と変わらない長さで幕を下ろすだろう。

 ヴィルケとどちらが先に冥界に旅立つか――それは神のみぞ知る、といったところかもしれない。


 ヴィルケの愛は、一度も食べる事がなかった。

 だけどそれを惜しいとも思わない。


 ――今でも浴びるだけで胸が溢れる変わらぬ愛を、食べてしまうだなんてもったいない。





****


 この後の私の人生に思いを馳せる――


 後宮で人の王族として扱われながら、ベッドの上で心穏やかに消滅する未来がきっと待っている。

 大陸を、人間を救った英雄の最期としては、それほど悪くないんじゃないかな。

 時折やってくる子供たちや孫たちの顔を見ながら、微笑み続けて生きて行くだけだ。






 春の陽気に身を任せながら、今日も私は、紅茶の香りを鼻に届けていた。

 きっと私が消え去ったベッドサイドには、蜂蜜が落とされた紅茶のカップが残されている事だろう。

 その香りだけで、私の心は愛と平和で潤った日々を鮮明に思い出す。

 消えゆく最後まで、幸福な笑顔の記憶で、心満たされていたいと思うから。











 これにて魔王の娘、リーゼロッテのお話は終了です。

 コーヒーの香りな長編に続いて紅茶の香り漂う長い長編になりました。


 続けようがないですが、気が向いたら閑話はあるかもしれません。

 評価や「いいね」、感想などなどお待ちしております。


 ここまで長々とお読みいただき、ありがとうございました。


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