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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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76.愛の渇望

 空から眺める王都は、確かにそこらじゅうが喚起する市民たちで溢れていた。

 仕事の手を止め、市民同士で喜びを分かち合っているようだ。

 上空まで歓喜の香りが強く漂って来ていた。


「……私という魔族に未だ支配されているのに、なぜそんなに喜べるのかしら」


 リーゼロッテは『人間というのは本当に理解できない』と困惑していた。


 自宅に戻り、応接間の扉を開ける。

 中に居るのはラフィーネとイェルクだけだ。


「みんなは?」


 ラフィーネが応える。


「ヴィクターさんが『今日はもういいだろう』と言って解散したわ。街の騒ぎを鎮めに走り回るみたい」


 仕事の手を止められても困るし、ああも熱狂していたら怪我人だって出る。

 子供たちが学校から帰宅するのも難しくなるだろう。


 ――迎えに行った方が良いかな。


 イェルクがリーゼロッテの心を読んだように言葉を告げてくる。


「大人たちには知らせて、子供たちを迎えに行かせたわ。

 あなたが行くと余計騒ぎが大きくなる。

 大人しく自宅に居なさい」


 リーゼロッテがしょげ返った。


 ――興奮剤が出歩くわけにはいかないわね。


「ユーディトは?」


「ちゃんと数人の大人が傍で見てるわよ。

 大丈夫――

 マルゴットの顔でも見て来れば?」


 リーゼロッテは自分の両手を見た。

 魔王の、マルゴットの祖父の血で染まった手だ。


「私はもう、あの子を抱く手を持っていないわ。

 顔を見たら抱きしめたくなってしまう。

 けれど、それは許されないの」


 ラフィーネがリーゼロッテに近寄って抱きしめた。


「それを許さないのはあなただけよ。

 大丈夫、ちゃんと抱きしめてあげて。

 マルゴットだって、あなたに抱きしめてもらいたいはずよ?」


 リーゼロッテは戸惑っていた。


 ラフィーネの温かい気持ちが、胸に痛かった。

 自分はこんな温かい想いを受け取る資格なんて――


 リーゼロッテの脳裏に、アロイスの『自分を卑下するな』という言葉が蘇った。


 ――そうか、私はそうやって延々と自分で自分を傷つけて来たのかな。


 そうした結果、心が麻痺した――ならもう、自分を卑下するのは止めにしよう。


 ただ黙って、ラフィーネの温かい気持ちを胸が痛むほど受け取っていた。





****


 子供たちが無事、大人たちに保護されながら帰宅した。

 大人たちも「もう、今日は仕事にならないから帰ってきた」と苦笑していた。


 リーゼロッテたちはいつものように食卓を囲み、いつものように笑顔で溢れた食事風景を眺めて微笑んでいた。


 そこはいつもと変わらない日常。

 昨日から続く今日。

 そして明日に繋がる夜だ。


 低級眷属眷属の反応が活発だ。

 治安維持に動員されている。

 兵士たちだけでは、抑えられないのだろう。


 ヴィルケ王が余計なことをしなければ、平和な日常だった。


 ――何を考えてるんだ、あの愚かな王は。





****


 子供たちの愛を受け取り終わり、今日が終わった。

 午前零時を過ぎて、リーゼロッテはミネルヴァに乗って王宮に向かった。




 再びやって来たテラスに、ヴィルケ王が居た。


 リーゼロッテが厳しく睨み付けた。


「あなたね、王が治安を乱してどうするのよ?

 その頭の中には何が詰まってるのかしら?」


 ヴィルケ王が微笑みながら告げる。


「こうすれば、あなたはこうしてこの時間に来てくれると思ったので。

 そうでもしないと、あなたはしばらく会えなくなっていたでしょう?」


 ――確かに、これからやる事が山積みだ。


 魔法を表立って使えるようになった。

 まずは海を回復して回ろうと思っていた。

 各地に連絡も取らなきゃいけない。

 多忙な日々が待っている。


 とはいえ、ヴィルケ王は『今夜リーゼロッテに会いたい』という、ただそれだけの理由で王都を混乱させた事になる。


「あなたが何を考えているのか、さっぱり理解できないわ」


「私はあなたが心を深く傷付けた事を知って居ます。

 きっと自分が許せなくなっているんじゃないかと、そう思っていましたが、違いましたか?」


 リーゼロッテの心の中を見透かす一言。

 ヴィルケ王の目は確信を湛えていた。


「……あなたが愚かなのか、聡いのか、わからなくなったわ」


「あなたはもう自分を許してあげるべきだ。

 もう日付も変わった。

 あなたに課せられた運命は昨日でお終いです。

 今日からのあなたは自由ですよ。

 血塗られた道を歩もうとしなくていいんです。

 あなたは幸せになって良いんです――

 今夜は、それを伝えたかっただけです」


 ラフィーネを遥かに超える熱量が、リーゼロッテの心を包み込んでいった。


 じくじくと傷む胸から、血の涙が滴っているのに気が付いた。

 今でも愛する父親を手にかけた事を後悔している。

 リーゼロッテが唯一、愛を確信していた存在――それが魔王だった。


 ――その存在を殺めた自分が、幸せになって良い? どんな顔をして?


 リーゼロッテが静かに泣いていた。


 ミネルヴァがリーゼロッテをテラスに降ろし、それでも彼女は泣いていた。


「私には何もわからない。

 もう、幸せが何かさえ忘れてしまった。

 幸福に思えていた子供たちの食事風景ですら、私はもう幸福を感じることが出来なくなってしまった。

 あの子たちの笑顔にさえ――」


 言葉を告げている途中で、リーゼロッテはヴィルケ王に抱きしめられていた。


「今のあなたは疲れ切って居ます。

 少しの間、休息してください。

 焦らなくても、もう大丈夫ですから。

 心の傷が癒えるまで、あなたは自宅で過ごしていてください。

 子供たちの笑顔を幸福に感じられるようになってから、また動き出せばいいんです。

 世界はそれまで、あなたを待っていてくれます」




 ――不思議と心が安らいでいく言葉だった。


 そうか、自分は疲れ切っているのか。

 それなら、ちゃんと休まないとダメだよね。

 今ならそれくらい、許されてもいいはずだよね。


 私、頑張ったと思うし。

 これ以上頑張れないくらい、とても頑張った。

 ようやく『無理して頑張っていた自分』を認めてあげられた気がした。

 二十年前のあの日、最初にこの手を血で染めた日から、私はずっと無理をしていたんだ。


 これだけ頑張った人には、ご褒美くらいあげるべきだ。

 報われるべき人は、報われなきゃ。




 そこでふと、月の神を思い出した。




(月の神。

 ご褒美の約束、どうなったのかしら)


『そうね、今ならご褒美をあげても良いかもしれない。

 あなたの愛の渇望。

 あなたが望めば、それは満たされるわ』


(……まるで、今の私が望んでないみたいな言い方ね)


『フードを下ろしてみればわかるわよ?

 もうヴィルケ王が心囚われてあなたが絶望しても、人間が滅びる事はない。

 それでも怖いでしょう?

 でもそのフードを下ろさない限り、その渇望が満たされる事はないの』


(今の私に、そんな事を試す心の力は残っていないわ)


『あら?

 ようやくそれを認められるようになってしまったの?

 つまらない子ね。

 もっと滑稽に踊ってくれてもいいのよ?

 その手を染めてるのはあなたの血の涙。

 それに気づかず踊り続ける滑稽な運命の操り人形、それがリーゼロッテという魔族の正体よ』


 ――この血塗られた手を染め上げていたのは、私自身の血の涙?


 意味の解らない言葉でリーゼロッテは混乱していた。

 だが、父殺しを運命づけられた日々は、昨日で終わったのだ。

 それだけは実感していた。


(……そんな運命、もう終わったわ。

 試練とやらも終わったのでしょう?

 もう私が踊り続ける事もないわ)


『ならば踊るのを止めればいいのに、あなたはまだ踊ろうとしているじゃない。

 そこはまだ、滑稽で面白いわね』




 月の神の気配が勝手に遠のいた。

 掴んでいた手から気配が逃げていった。

 もう一度手繰り寄せようとしても、するりと逃げて行く。


 リーゼロッテが小さくため息をついた。

 どうやら今夜は、月の神が会話を拒否しているようだ。


「ため息なんかついて、どうしたんですか?

 ……ああ、月の神に何かを言われたんですね」


「どうしてわかるのよ……

 ええそうよ。

 あなたの前でフードを下ろせば、私の愛の渇望が満たされると言われたわ。

 神は嘘をつかないらしいし、きっと満たされるのでしょうね」


「じゃあ遠慮なく」


 断りもなく、ヴィルケ王はリーゼロッテのフードに手をかけて一瞬で下ろした。

 見事な早業だ。


 リーゼロッテが慌てて顔を両手で隠す。


「馬鹿!

 何考えてるのこの馬鹿王!

 ――見てないわよね!

 当然見てないでしょうね?!」


 ヴィルケ王は返事をしない。

 ぼんやりと両手で顔を隠したリーゼロッテを見つめていた。


 リーゼロッテは『彼の心が囚われてしまったのだろうか』と不安に襲われた。

 胸に感じる熱気を確認する――そこには、変わらぬ熱気が渦巻いていた。


 小さく安堵のため息をついて、無理やり後ろを向いてヴィルケ王の両手からフードを取り戻し、被り直した。


「……全く、一瞬でも見ていたらお終いなのよ?!

 何を考えているの!」


「――失礼、想像していた以上の美貌だったので、言葉を失っていました。

 ええ、もちろんばっちりはっきり、この瞳に焼き付けました。

 生涯の宝物にしようと思います」


 ――え?


 リーゼロッテが慌ててヴィルケ王に振り向いた。

 変わらぬ微笑みがリーゼロッテを見ていた。


「私の素顔、見たの?」


「そう言いませんでしたか?」


「でも、あなたの愛は天然物のままよ?

 何故、心が囚われていないの?」


「さぁ、何故でしょう――

 その理由は、あなたが一番ご存じのはずだ」


「……何故、無断でフードを下ろしたのよ。

 失礼過ぎないかしら?!」


「今のあなたに、自分でフードを下ろす事などできませんよ。

 疲れ切って居ますからね。

 恐怖に打ち負かされて泣き出すのが落ちです」


「だからってフードを下ろさなくてもいいじゃない!

 今下ろす意味なんてないでしょう?!」


「あなたは渇望を満たしたがっていた。

 そのお手伝いをしただけですよ?

 無意味だと知って、まだその鬱陶しいフードを被り続けますか?」


 ――そうね、確かに鬱陶しいフードよ。


 下ろせるものなら、さっさと下ろしたいものではあった。

 リーゼロッテは『そうか、ヴィルケ王の前ではもう下ろせるのか』と気付いた。


 今度は素直に、自分でフードを下ろせた。


「――ふぅ、すっきりした。

 王都の中では、自宅ですら下ろせないんですもの。

 鬱陶しいったらないわ」


「ああ、イェルクとウルズラが居ますからね。

 彼女たちを王宮で引き取りましょうか?」


 リーゼロッテは首を横に振った。


「イェルクが頷く訳が無いじゃない――

 それにしても、いい風の吹く夜ね」


 頬を冷たい夜風が撫でて行く。

 フードを被っていると感じられない類のものだ。


「それで、あなたの渇望は満たされましたか?」




 ――どうだろう?


 フードを下ろしても、素顔を見ても変化がないということは、私はこの人と愛を通じ合わせたの?


 うーん……確かにヴィルケ王からは愛を向けられ、私はそれを求めた。

 愛を求める心は満たされた気がする。


 でも自分からヴィルケ王に愛を向けた覚えがない。

 胸に湧く想いはあるが、確かな手ごたえを感じた瞬間はなかった。

 愛したいという思いは、なんだか宙ぶらりんだ。




 リーゼロッテが「ふぅ」とため息をついた。


「いまいちピンとこないわね。

 私があなたを愛した実感がないわ」


 ヴィルケ王が楽しそうに微笑んだ。


「つまり、私の愛を受け取った、求めた実感ならあるんですね?

 それならそれで充分ではないでしょうか。

 あなたならば、愛していない相手の愛を求めたりはしませんよ。

 あなたに取って慈しむことは、自然体で無自覚に行ってしまう行為です。

 それを自覚するのが難しいのかもしれません」


 リーゼロッテは『一理あるか』と考え込んだ。



 そういう体質なら、確かにリーゼロッテは一生愛の渇望を満たせない個体だろう。

 だが『そのうち実感できる日も来るかもしれない』とも思えていた。


 少なくとも、リーゼロッテの『愛して欲しい』という、渇望の半分は満たされたのだ。

 神の祝福と関係なく愛をくれる人が二人も居る。

 『私は幸せ者だ』と実感していた。


 彼女は自分が今、幸福を感じた事に気が付いた。



 リーゼロッテが呆然と言葉を告げる。


「私は今、幸福を感じているみたいなんだけど、何故かしら?

 さっきまで、あれほど感じられなかったのに」


「少しだけ、あなたの心が癒された証拠ですよ。

 幸福を感じるにも、心の力が必要という事です。

 でもまだあなたは疲れている。

 きちんと休息を取ってくださいね」


「……そうね、それを忘れては駄目ね。

 それを伝える為だけにあんな事までさせて、後始末が大変だったでしょう?」


「布告の事ですか?

 いつかはやる事です。

 気にしないでください」


 リーゼロッテは微笑みながらフードを被り直し、ミネルヴァに飛び乗った。


「布告ついでに、各国へ伝令を走らせておいて頂戴。

 私が魔王を倒した事と、しばらく静養する事。

 この二点よ。

 相談事は受け付けるけど、実務はヴィクターに任せるから――

 頼んだわね」


 言い終わると同時に、ミネルヴァが白銀の流星となって自宅に流れていった。


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