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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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75.新時代の産声

「ここに連邦制の国家を作るわ!

 メルトムント連邦国よ!

 大陸南東部、全ての国家へ参加を義務付けるわ!

 メルトムント連邦国の首都はここ、ヴェルモトーネ王国の王都バッサウよ!」


 リーゼロッテは声高らかに、ヴェルモトーネ王国の国王に宣言した。

 国王は目を白黒させて、言葉を失っている。


「国王、あなたは臨時の連邦国代表として任命します――

 ここに詳細を記した書状があるわ。

 最初の仕事として、これを各国に配りなさい」


「は、はぁ……

 連邦国、ですか」


「今のままでは、小国が多すぎて私が大変なのよ。

 復興し終わったら解散しても構わないわ」


「……意図は理解しました。

 では直ちに各国に書状を届けましょう」


「よろしくね!

 連邦国の首都として、ここに配給物資を届けるわ。

 あとは自治に任せるわね」


「では各国からの要望の吸い上げも行い、まとめてご報告いたしましょう。

 それでよろしいですかな?」


 リーゼロッテはサムズアップで応えた。


「ばっちりよ!

 そんな感じでお願いするわ!」



 こうして仮にだが、メルトムント連邦国が建国された。

 あとで加盟国全ての代表の同意を得て、正式に建国日とするらしい。

 拒否権が無いとはいえ、国家の歴史に刻む日だ。

 体裁は整えたいのだろう。





****


 自宅に戻ったリーゼロッテは、リビングのソファで横になって休んでいた。

 ミネルヴァにも、少し休息が必要だ。


「ヴィクター、報告があるから、少し手が空いたら来なさい」


 しばらくして、ヴィクターが現れ、リーゼロッテが言葉を告げる。


「大陸南東部にメルトムント連邦国を建国してきたわ。

 以降の連絡と配給は全て、ヴェルモトーネ王国に集めなさい」


「畏まりました。

 他にはありますか?」


「ヴェローナに食材の検閲をお願いして来たわ。

 海賊対策は既に動いているけど、カリアン人の戦闘要員を欲しがっていたわ。

 北部への物資輸送船の護衛には必ず必要になる。

 ロシュトック王国では、海賊対策をしているけど戦闘要員が不足しているそうよ。

 そちらは現地でなるだけ募るように頼んだけれど、ヴァレン周辺はヴェローナの哨戒艇を派遣する可能性が高いんじゃないかしら」


 ヴィクターは少し考えてからリーゼロッテに応える。


「野盗対策のカリアン人の半数を海賊対策に回しましょう。

 輸送船の準備はできてるのですか?」


「半年以内には間に合うそうよ。

 運ぶ中身さえ用意すれば、北部に配給の第一陣を届けられる。

 それを餌に、北部各国を動かせるわ」


「中身の準備には半年以上必要ですが――」


「私が手を貸してでも作るわよ?

 北部に送る分の備蓄を進めて、船が用意出来次第運ぶわ」


 リーゼロッテは『魔法で実った傍から粉にしてあげるわよ?』と豪語した。


「畏まりました。

 ガートナーにもそのように伝えておきましょう。

 以上ですか?」


 リーゼロッテは頷いた。


「ええ、そうよ。よろしくね」


 ヴィクターが頭を下げ、その姿が空気に溶けて消えて行った。




 あとはのんびり、みんなを信じて時間が解決するのを待つのみ。

 胎児を愛するユーディトのように。




 自分の子供に重たい運命を背負わせかねない選択を、彼女は何故したのか。

 子供が生まれたら、その疑問の答えがでるんだろうか。

 リーゼロッテはその事に思いを馳せていた。





****


 それから約一か月、リーゼロッテはガートナーと共に麦の増産を手伝った。


 神官と共にガートナーが奇跡を祈ると、種を蒔いたばかりの畑にあっというまに金色の麦穂が実っていく。

 リーゼロッテはそれを術式で刈り取りから製粉まで終わらせ、どんどん袋に詰めて保全術式を施す。

 刈り取り終わった土地は術式で土壌を整備し、麦の種を蒔いて行く。

 あとはまたガートナーたちが祈る――その繰り返しだ。


 神官とガートナーが疲れたら、その日はそこで終了となる。

 袋に詰めた麦粉は都度、人間たちが倉庫に運んでいた。


 そうして倉庫には北部へ運ぶ最低限の物資が出来上がった。

 もっと備蓄を増やしてもいいし、メルトムント連邦国に追加配給しても構わない。

 今後の様子を見て判断していく事になるのだろう。





 時刻はまだ昼前。人間たちは昼食休みだ。

 リーゼロッテは自宅に戻り、ユーディトたちと食卓を囲む。


 既にユーディトの胎児は充分に育ってる。

 リーゼロッテは食後のユーディトに尋ねる。


「ねぇユーディト。

 そろそろ出産しましょうか。

 どうする?」


 ユーディトがぱぁっと明るい笑顔になった。


「本当に?! この子に会えるの?!」


 どうやら了承が取れたようだ。

 リーゼロッテはユーディトに頷いた後、周囲の大人たちに準備を進めてもらった。





****


 家屋のリビングで大人たちに囲まれながら、ユーディトはソファに横になっている。

 ラフィーネたちは少し遠くで見学していた。


「じゃあ術式で取り出すわね」


 リーゼロッテが宣言した。

 ユーディトの胎児を母体の外に短距離転送する術式を発動する。

 無事、リーゼロッテが広げた手の上に胎児がその姿を現した。

 数秒待っていると、胎児が勢いよく泣き出し始める。

 そのままタオルに包んでユーディトの胸に抱かせた。


「おめでとう! 無事に出産よ!」


 大人たちは拍子抜けしていた。

 出血どころか、破水すらしていない。

 準備をしていたが、ほとんどが無駄になった。


 リーゼロッテが術式で、桶の中にユーディトの羊水を全て転送した。

 久しぶりにユーディトが身軽になっていた。


 リーゼロッテが唖然とする大人たちを見渡し、苦笑を浮かべながら告げる。


「だから、転送するだけだと告げたじゃない?

 でもここからは五倍速なだけで、普通の育児と変わらない世界よ」


 リーゼロッテが術式で補佐するが、しばらくはユーディトの母乳が頼りだ。

 今まで以上にユーディトに負担がかかる時期だろう。


 リーゼロッテはユーディトが愛おしそうに抱きしめている子供を見る。

 生まれたばかりで目も開いておらず、ただ泣くだけの存在だ。

 誰に似ているかもまだわからない、小さな命の息吹。


「どう? ユーディト。

 自分の子供を初めて胸に抱いた感想は」


「……言葉が出ないわ。

 胸が一杯よ――リズはどう?」


「……そうね。同じ気分、かな?

 私たちの初めての子供だものね」


 彼女たちが子供を見る目に、深い慈しみが宿っていた。


 魔族と人間の間に生まれた人間の子。

 この共同体、最初の新生児だ。

 リーゼロッテの初めての子供。

 人間だけれど、リーゼロッテの子供だ。



****


 それから数日、赤子の泣き声が昼夜問わずに鳴り響いていた。

 大人たちは「よく母乳を飲む子ね」と驚いていた。

 ユーディトには水分と栄養の補充をしっかり行ってもらい、不足している栄養はリーゼロッテが魔力を変換して補っていく。


 ラフィーネが呆れたようにリーゼロッテに尋ねる。


「ずっとそんなことしてたら、倒れないの?」


「低級眷属一体分より軽い負荷よ?

 倒れる訳が無いわよ」





 午後、大人の一人がリーゼロッテを呼びに来た。


「目が開いたぞ!」


 リーゼロッテが慌てて見に行くと、ユーディトが赤子と楽しそうに見つめあっている。

 恐る恐る近づいて、赤子の瞳を覗き込んだ――白銀の瞳。

 彼女は「ふぅ」と胸を撫で下ろした。


「あら、どうしたの?」


「だって、『理論上はそうなる』とわかっていても、瞳は巧く遺伝させられたか不安だったのよ」


 この白銀の瞳は、恐らく月の神の寵愛の影響だ。

 それを遺伝させられるか、リーゼロッテにもやってみないとわからなかったのだ。


 ユーディトがクスクスと笑っていた。


「リズが言った通り、あなたの瞳を持った、あなたの面影のある女の子ね。

 名前はマルゴットにしようと思うの。

 どうかしら?」


 リーゼロッテは微笑んで頷いた。


「いいんじゃないかしら。

 素敵な名前よ?

 ――マルゴット、私が……お父さん? よ!」


 ラフィーネが「なんで疑問形なのかしら」と呟いた。


 リーゼロッテは女性型魔族。

 父親と名乗っていいのかもわからないが、役割上は父親だ。

 己の肩書にリーゼロッテは頭を悩ませた。


 そんなリーゼロッテを見つめていたマルゴットが微笑んだ。


「――今!

 私を見て微笑んだわよ?!」


 周囲の大人たちが笑い出す。


「まだ目はほとんど見えない時期だよ。

 リズの事も、よくわからないはずだ」


「だって! 確かに――

 ほら、また笑ってる!」


 リーゼロッテには、赤子が自分を見て微笑んでいるように見えていた。


 ユーディトがリーゼロッテに告げる。


「どう? リズ。

 これでもあなたは、この子が不幸な運命を背負った子に見えるかしら?

 ――この子は生まれた時から、私の愛の記憶全てを引き継いでいる。

 あなたの顔も、声も知っているのよ」


 不幸には見えなかった。

 この子は全身で『自分は幸福だ』と主張していた。

 もう少し時間が経てば、この子が思っている事もリーゼロッテは伝えてもらえるはずだ。

 その時に、この笑顔の意味を教えてもらえるのかもしれない。





****


 その日、リーゼロッテは夕食に呼ばれるまでユーディトとマルゴットの傍に居た。

 ただひたすら、その姿を目に焼き付けるように見つめていた。


 背後でイェルクが「次は私の番ね!」と意気込んでいた。


 ――本気かなぁ?


 学校帰りの子供たちも代わる代わるやってくる。

 途中で大人たちからストップの声が入り、子供たちはすごすごと自宅に戻っていった。


「病気の類なら問題ないわよ?

 術式で対処してるもの」


 婦人の一人が苦笑した。


「こんなに大勢の人が来たら、ユーディトもマルゴットも疲れてしまうわ。

 毎日、少しずつね」


 リーゼロッテも『なるほど、それもそうか』と納得した。





****


 夕食の席で、イェルクが真剣な目でリーゼロッテに告げる。


「リズ、次は私よ?」


「イェルクあなた……

 王女の私生児になるのよ?

 本気なの?」


「もちろんよ!」


 目は真剣そのもの。

 どうやら生まれた子を見て刺激を受けてしまったようだ。

 他にも目が熱意で燃えている子が多数だ。


 リーゼロッテはふぅとため息をつく。


「わかったわ。

 学校を卒業していて健康状態に問題のない子から順番に子供を授けてあげる」


 リーゼロッテは、『希望者は夕食後に自宅に来るように』と伝えた。





****


 夕食後、家に集ったのは三十名余り。

 この共同体で学校を卒業している若い女性、全員だ。


「……え? 全員なの?」


 ラフィーネも苦笑を浮かべた。


「みたいね。

 ユーディトとマルゴットの姿に、触発されてしまったのね」


 ラフィーネは不老の呪いの影響で、妊娠する事が出来ない。

 どこか羨ましそうな瞳で志願者の少女たちを見ていた。



 リーゼロッテの健康診査を通り抜けたのは十二名。

 彼女たちが次の母親候補だ。


「ユーディトと同じく、しばらく仕事ができなくなるわ。

 その事を勤め先に伝えて頂戴」


 リーゼロッテは、母親たちには育児に約一年専念してもらう予定だ。

 子供の年齢は五歳にあたる。


 そこからは母親の自由とした。

 すぐに働きに出るも良し、三年間共に過ごしても良し。

 どちらにしても、周囲の大人たちの支援は必須だ。

 共同体で育児をしていく体制となる。


 イェルクも健康状態は問題がない。

 病弱だったが、特に痩せていた訳でもない。

 リーゼロッテが「合格よ」と告げると、珍しく飛び跳ねて悦んでいた。




****


 騒がしい夜が更け、日付が変わった。

 リーゼロッテは自宅のリビングに戻り、ソファに腰を下ろしているヴィクターを見た。


「あら、どうしたの?

 こんな時間に。」


「……殿下、決行なさるんですね?」


 リーゼロッテが目を見開いた。


 ――さすが二十年来の副官、でもどこで気が付いたんだろう?


 ヴィクターがリビングの机の上にあった書類の束を持ち上げ、リーゼロッテに渡した。


「ご確認ください。

 この一か月の大陸全土、その活動報告です」


 リーゼロッテが言われた通り、軽く目を通して行く。


 北部の復興状態と南部の復興状態、その各国の詳細な数字の報告書だ。

 ヴェーゼブル伯爵がリーゼロッテの所に来た日から直近まで、およそ一か月分。


 これだけ細かい報告ならば、大陸全土を任される以前との違いが一目瞭然だ。

 ユーディトとマルゴットの記録まで付いていた。


「こんなもの、いつの間に?」


「夜間、ミネルヴァをお借りして各地を調査しておりました」


 リーゼロッテが愛を捧げられている五時間の間に、毎晩調べていたようだ。


 ――こんなに細かく、各国を?!


 リーゼロッテが驚いていると、ヴィクターが苦笑した。


「半分は虚偽、推測の報告です。

 ただし説得力を持つよう精細に仕立てておきました」


「……何のために?」


「そろそろ魔王城に報告に向かわれる頃合い、そこで役に立つのではないかと――」


 魔王は人間の滅亡に烈しい焦燥感を感じているようだった。

 彼がこれを見れば、夢中で数字を追うはずだ。

 明らかに人間社会が立ち直る兆候が記されている。



 つまりこれは、不意を打つタイミングを作る材料だ。

 夢中で書類を精読している間に、魔王を仕留めろという事だ。


 ヴィクターは、リーゼロッテがマルゴットを見ることで決意をすると、前から推測していたようだ。


 困惑するリーゼロッテの表情を見たヴィクターが苦笑した。


「ただの勘ですよ。

 伊達に二十年お仕えしている訳ではありません」


「……そう。

 有難く使わせてもらうわ。

 明日の朝、出発します。

 それまでに宰相に渡せる形にしておいて」


 書類の束を返し、リーゼロッテはソファに横たわった。


 ヴィクターは朝になるまで細かくチェックをしていき、大きな封筒に書類を納めていた。





****


 リーゼロッテは魔王城、粛清部隊執務室に居た。


 大きな分厚い封筒を宰相に手渡す。


「ヴィクターからの報告書よ。

 これを読んで、宰相の感想を聞かせて欲しいの」


 封筒を受け取った宰相は、いつもの優しい微笑みで応える。


「ではその間、殿下はいつものように――」

「いえ、この場で待つわ。

 宰相の感想を都度聞かせて頂戴」


 リーゼロッテは『大陸全土の執政官なんて、まだ自信がないのよ』と苦笑を浮かべた。


 宰相はわずかに逡巡した後、頷いた。


「では、報告を読みながら感想を告げさせていただきますね」


 封筒から報告書を取り出し、書類に目を通し始める。

 最初の一枚目から、既に目の色が変わった。


「この復興計画……

 誰が考えたのですか?」


「リーベルト公爵たちと話し合いをして、みんなで決めたわ。

 知恵を持ち寄れば、案外何とかなるものね」


 その後も宰相は夢中で報告書を追う。

 都度リーゼロッテに話しかけ、彼女は適当に相槌を打った。

 相槌を打っている裏で、姿勢を変えずに月の神の気配を手繰り寄せ、そこに最初の祈りを捧げる。


 ――『気付かれる事なく、お父様の核の位置を知らせる奇跡』を願った。


 リーゼロッテの目には、宰相の頭部が薄っすらと白銀に輝いて見える。

 つまり頭部が、魔王の弱点。

 宰相がそれに気づいた気配はない。



 リーゼロッテは緊張していた。

 次は宰相が夢中で書類に目を通している時、一瞬で終わらせなければならない。

 躊躇う余地はない。

 この絶好の機会に、確実に決めなければならない。


 脳裏にマルゴットの微笑みを思い浮かべ、胸にヴィルケ王の熱い想いを思い出していた。

 守りたいものを守る。

 その為に、やるべきことをやる。

 気持ちが粛清任務をこなしていた時のように落ち着いて行く。


 ――そう、慣れた事だ。いつものようにやればいい。


 宰相が述べる感想に適当な相槌を打ち、彼が書類を深く読み込むタイミングを見計らった。


 ――『魔王の防御結界ごと核を破壊する魔法の矢を放つ奇跡』、それを願った。


 リーゼロッテの目の前に白銀の矢が現れ、同時に放たれた。

 白銀の矢が魔王の頭部目掛けて鋭く飛翔し、瞬きの間に魔王の頭部全てが消え去っていた。


 もうそこに、あの優しくて酷薄な微笑みは存在していなかった。



 書類を読み込んでいたアーグンスト公爵――魔王だった者は、塵となって消えて行った。

 いつものように、瞬きで魔族の個体を滅ぼした感触。

 血に染まった手に、父親の血が加わった瞬間だ。



 リーゼロッテは腰が砕け、その場にへたり込んだ。


 ――なんて呆気ない。


 月の神の気配を手繰り寄せ、彼女に問いかける。




(月の神、これで魔王は、お父様は滅んだのかしら)


『ええ、そうよ。

 あなたは見事、神の試練を踏破した。

 これで人間は今の魔族に滅ぼされる未来を回避したわ』


(『今の魔族』?

 今ではない魔族になら、滅ぼされる未来があるの?)


『あなたが知る事の出来ない遠い未来の話よ。

 気にしなくていいわ』


(……この魔王城に囚われている人間はどうしたらいいかしら)


『彼らをラスタベルト王都郊外に転移させる奇跡でも願いなさい。

 それくらいはサービスしてあげるわ』


(……約束よ。ご褒美を頂戴)


『気が早いわね。

 それはまた今度にしましょう。

 今は魔王城から人間を逃がして保護しなさい』


(わかったわ。でも、約束よ?!)




 リーゼロッテは月の神の気配を手放し、広域探査術式で魔王城全体を探る――魔族の姿はない。


 残って居れば、保護しようと思ったのだが一人も居なかった。

 魔王は魔王城の魔族全てを追い払ったか、始末してしまったらしい。

 彼らに与える感情すら惜しいほど飢えていたのだろう。


 人間の反応は……百人を切っていた。


 ――百人以上いたはずなのに、もうそんなに壊されてしまったというの?


 その半分がリーゼロッテの部屋に集まっているようだった。

 残りは魔王城に散っている。




 リーゼロッテはすぐに魔王城の私室に向かい、集められていた人間たちに告げる。


「魔王はもう滅びたわ。

 あなたたち人間はもう自由よ!」


 続いて魔王城に居る人間たちを、今すぐこの場に集めるように命じた。


「――さあ動いて!」


 リーゼロッテが手を大きく打ち鳴らした。

 人間たちは戸惑いながらも、部屋の外に駆け出していった。


 全員が部屋に集まったところで、リーゼロッテは再び告げる。


「これからラスタベルト王都へみんなを運ぶわ。

 少し待っていて」


 月の神の気配を手繰り寄せ、この場の全員をラスタベルト王都郊外に転移させる奇跡を願った。


 ぐにゃりと景色が歪み、眩暈を覚えて倒れ込んだ先――そこは私室の床ではなく、芝の生えた地面。

 明るい太陽が降り注いでいた。


 リーゼロッテが頭を振って眩暈を振り払い、顔を上げた。

 他の召使いたちも地面に倒れ込んでいるようだった。


 リーゼロッテが改めて辺りを見回した。

 そこはラスタベルト王国、王都ヘルムートの正門前。


 ――あの一瞬で? ミネルヴァですら三十分近くかかる距離を?!


 魔導術式では絶対に不可能な結果をもたらす、理屈のない現象。


「相変わらず……魔法ってとんでもない反則技ね」




 王都の門から、異変を察知して門兵たちが駆け寄って来る。

 リーゼロッテたちの元に辿り着いた門兵に言葉を告げる。


「魔王城から救い出してきた人間たちよ。

 彼らを保護して頂戴」


 リーゼロッテはミネルヴァの姿を捜す――人間たちから離れた位置に、倒れ込む飛竜が居た。

 どうやら彼女も目を回したようだ。


 リーゼロッテが近寄って「大丈夫?」と声をかけると、フクロウの姿に変わってふらふらと肩にとまった。

 どうやら、しばらく休まないと背に乗るのは危なそうだ。


 リーゼロッテは歩いて王宮に向かいながら声を上げる。


「ヴィクター!

 みんなを集めて自宅で待機していなさい!」


 そのまま兵士たちにヴィルケ王を呼び出してもらい、貴賓室に通してもらった。





****


 ソファに腰を下ろし待っていると、ヴィルケ王がすぐに姿を現した。


「こんな時間に、どうしたんですか?」


「報告よ。

 たった今、お父様を滅ぼしてきたわ。

 魔王城に囚われていた人間たちを連れてきたから、彼らの保護をお願い。

 彼らの要求があれば、なるだけ応じてあげて」


 ヴィルケ王が強張った顔で固唾をのんだ。


「……魔王が、滅んだのですか?」


「そう告げたわ。

 私の手をお父様の血で染めてきた。

 月の神にも確認を取ったから、間違いないわ」


「では、人間の滅びの未来は?」


「回避されたそうよ。

 ここから後は、社会を復興させていくだけね。

 もう私の邪魔をできる存在は居ないわ」


 リーゼロッテは立ち上がり「今日の報告は以上よ。じゃあね」と伝え、部屋を後にした。

 そのまま近くのテラスに出て、ミネルヴァに乗って自宅へ戻っていった。





****


 自宅に入ると、玄関でヴィクターが待機していた。


「無事のお帰り、お待ちしておりました」


「みんなは応接間かしら?

 報告会と行きましょうか」





 リーゼロッテは応接間のソファに腰を下ろし、部屋を見渡した。


 ヴィクター、ガートナー、アロイス、ゲルドシュタート侯爵、そしてラフィーネやイェルクの姿もある。


 ――さすがヴィクター、私の言った『みんな』が差す人物、きちんと揃えている。


 リーゼロッテは、クスリと笑って言葉を告げる。


「魔王は滅んだわ。

 もうこれで、魔族と人間の争いは終わりを告げた。

 これからは大陸の人間社会復興に全力を尽くすわよ」


 ガートナーが震える声で尋ねる。


「魔族の支配、それが終わったって事か?!」


 どうやらヴィクターからは何も聞かされていないらしい。


 ――でも、ちょっとまだ認識がずれてるな。


「私が大陸を支配する執政官なのは変わらないわよ?

 私という魔族に支配されている。

 魔族の支配は終わってなどいない。

 でも、大陸は人間の手に戻ったわ――

 北部がまだだけど、それも時間の問題ね」


 ガートナーが頭を掻きむしった。


「ややこしいなぁもう!

 ――とにかく、魔王の支配は終わったんだな?」


「それは確かね。

 私は魔王の娘だけど、魔王を襲名するつもりはないもの――

 フリッツさんに緊急連絡しておいて。

 それと北部を任せている公爵にもその事が伝わるように魔族に事実を伝えて頂戴」


 ガートナーが頷いた。


「これが終わったら伝えておこう。

 これからはお前も気兼ねなく魔法を使えるな」


「確かにそうね。

 もうお父様の目を怖がる必要はないもの。

 一人で海を浄化して回るわ」


 ゲルドシュタート侯爵が戸惑いながら言葉を告げる。


「正直……実感が全く湧きません」


「あら、それは私のセリフよ?

 あまりにも呆気なく終わり過ぎて、この手がお父様の血に塗れた実感が湧かないわ。

 でも全てヴィクターのおかげよ――

 ありがとうヴィクター。

 あの報告書、とても役立ったわ」


 アロイスが苦笑を浮かべながらリーゼロッテに告げる。


「リズの血塗られた道も、今日までだ。

 その手がこれ以上、血に染まることはないだろう――

 いや、染めちゃいけないよ」


「それは無理な話よ。

 反抗する魔族の個体が現れたなら、私はそれに情けをかける気はないわ」


「だとしても、周りに頼って、周りに任せな。

 それができるだけの手駒が、あんたの周りには居るだろう?」


 リーゼロッテは自分の両手を見る。


 目には見えない、赤い鮮血で染まった手。

 二十年間、染め続けてきた手だ。

 そして今日、愛する父親の鮮血が加わった手。


「……ここまで血に染まった手は、どう拭っても染まったままよ。

 何故それを躊躇う必要があるの?」


「あんたの心がそのたびに傷付いているからだ。

 心が麻痺しているだけで、あんたはちゃんと傷付いている。

 今日が一番傷付いた日だろう。

 だからもう、今日を最後に、手を血で染めるのを止めるんだ」


 リーゼロッテは少し考えてから、アロイスに応える。


「それを約束することはできないわ。

 百年もしないうちに、この場に居る人間はラフィーネ以外居なくなる。

 それでも私は復興の手を止めることはできない。

 それが愛するお父様を手にかけた、私の務めよ」


 アロイスの顔がくしゃりと歪んだ。


「あんたは!

 ……なんでもかんでも一人で背負い過ぎなんだよ。

 百年以内に魔族は裏社会に潜み終わる。

 その段階であんたの務めは終了だ。

 それ以上、あんたが背負う必要なんかないんだ」


 リーゼロッテはアロイスに微笑んで見せる。


「背負うんじゃないわ。

 追いかけるのよ、愛と平和で潤った世界を。

 この大陸をそんな世界にしたいだけ。

 私は自分の夢を追いかけるだけの、利己的な個体よ」


 ガートナーが渋い顔でリーゼロッテに告げる。


「だがそれは実現不可能だ。

 人間の歴史は戦争の歴史だ。

 その世界は、人間が生きている限り実現できん。

 仮に実現できたとしても、それはお前という存在を前提とした歪な世界となるだろう。

 お前が滅ぶと同時に消える幻だ。

 諦めろ」


「……私という存在は、人間社会を歪にしてしまうのかしら。

 なら私は、もう居ない方が良いの?」


「そこまでは言ってねぇよ。

 まだお前の力は必要とされている。

 だがいつか表舞台からは去った方が良いだろう。

 舞台裏から見守る程度にしておけ」



 リーゼロッテが反論しようとした瞬間、ヴィクターがリーゼロッテを手で制した。


「……なによヴィクター、あなたまで私にお小言?」


「いえ、ご報告です。

 ヴィルケ王が王都中に、『リズが魔王を倒した』と布告しています。

 市民たちが熱狂してお祭り騒ぎになって居ます」


 ――はぁ?!


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