72.大陸復興計画会議1
リーゼロッテが泣き止んだ頃、家の扉を叩く気配がした。
調査術式を撃ってみる。
――人間が一人?
怪訝に思いながら扉を開けると、人間の兵士が一人立っていた。
彼は綺麗な敬礼をしながら、リーゼロッテに報告する様に告げた。
「街の外に、『殿下を訪ねてきた』と告げる集団が来ています。いかがいたしましょうか!」
リーゼロッテはすぐさま広域探査術式で事実確認を行った。
確かに、街の外に八十人弱の魔族の集団が動かずに待っているようだ。
「わかった、すぐ行くわ。あなたは持ち場に戻って構わないわよ。ご苦労様」
「はっ! 失礼致しました!」
小気味よく声を上げた兵士は、外に向かって歩いて行った。
少し早いが、ヴェーゼブル侯爵の一派だろう。
だが近衛部隊全員という規模ではない。
彼女の一派だけでも五十人弱居たはずだ。
ウェレアムレイト公爵配下の魔族が三十名だけの訳がない。
――どういうことだろう?
「ミネルヴァ!」
飛んできたミネルヴァに乗り、街の外に向かう。
ミネルヴァが降り立った先には、大人しく並んで待っているヴェーゼブル侯爵たち。
リーゼロッテは遮音結界の術式で魔族全体を包み、ヴェーゼブル侯爵に声をかける。
「ヴェーゼブル侯爵、よく来たわね。
他の近衛部隊はどこ?」
ヴェーゼブル侯爵は苦笑を浮かべた。
「現在の私は伯爵です。
そして、生き残った近衛部隊はこれで全てです」
リーゼロッテが魔王城を去った後、ウェレアムレイト公爵が処分されたと聞かされた多くの近衛部隊所属の魔族が『宰相に直接事情を聴きに行く』と告げたそうだ。
元公爵の副官を含む多くの魔族が、そうやって宰相の元に向かい、そのまま帰ってこなかったのだと言う。
そのままでは出発する事もままならないと判断し、ヴェーゼブル侯爵は宰相に会いに行ったらしい。
近衛部隊所属の魔族たちの姿はどこにもなく『彼らはどこに行ったのか』と尋ねたところ『叛意を持つ者として処分した』と言われたそうだ。
その場で宰相から『近衛部隊を率い、殿下の元へ向かい指示にしたがえ』と、一通の手紙と共に命令を受けたという。
手紙の宛先はリーベルト公爵、ヴェーゼブル侯爵が恐る恐る『自分たちはどうなるのか』と尋ねたところ、『裏社会に潜む事になるだろう』とだけ教えられたそうだ。
ヴェーゼブル侯爵は『ならば今の階級は邪魔になるので、元の伯爵へ降格させて欲しい』と願い出たところ、許可が下りたのだという。
彼女は生き残った近衛部隊を従え、大急ぎでここまでやって来たのだと告げた。
「私の一派五十名弱に、元ウェレアムレイト公爵配下の魔族たちを加えた合計八十名弱の近衛部隊、ここに到着致しました」
ヴェーゼブル伯爵はそう告げて、リーベルト公爵宛ての手紙をリーゼロッテに差し出した。
「ミネルヴァ、ヴィクターを連れてきて頂戴」
肩にとまっていたフクロウが、流星となって街の中へ飛んでいった。
すぐに飛竜の姿となって戻ってきたミネルヴァから、ヴィクターが降り立った。
「ヴェーゼブル伯爵が到着したわ。
近衛部隊はこれで全員だそうよ。
リーベルト公爵宛の手紙を彼女は持ってきたんだけど、私が中を読んで構わないと思う?」
「罠が仕掛けられていないなら、構わないでしょう」
リーゼロッテは頷いて術式で罠の有無を確認した後、封筒から手紙を取り出して内容を確認した。
中の手紙に書いてあったのは以下の通り。
正式にリーベルト公爵をリーゼロッテの配下に置く事。
近衛部隊をリーベルト公爵の配下として転属させる事。
そういった事が、正式な魔王からの命令として認められていた。
それ以上の事は書いていない。
本当に『仔細は任せる』つもりなのだろう。
リーゼロッテは手紙を封筒に戻し、懐に仕舞った。
「生き残った近衛部隊のうち、上位貴族は降格したヴェーゼブル伯爵だけね。
他は下位貴族階級ばかり。
予定外だけど、これなら南部だけでも受け入れ余力があるんじゃない?」
ヴィクターが頷いた。
「ええ、準備が整うまでの間、王都に住まわせることも可能でしょう」
ヴェーゼブル伯爵の判断は実に的確だ。
人間相手に統制を取る場合、高すぎる階級は良いことがない。
配下の統制が取れる最低限の階級であればよい。
魔族は力の強さに拘る個体ばかりだ。
弱肉強食の世界で、魔力の強さは命綱とも言える。
この決断は簡単に下せるようなものじゃない。
状況に恐怖を感じながらも、即座にその決断を下せる辺り、彼女の機転はやはり頼りになるだろう。
「彼女たちはどうしたらいいと思う?
明日、ヴェーゼブル伯爵を連れてリーベルト公爵の元に打ち合わせに行こうと思うのだけれど」
「では一旦ゲルドシュタート侯爵の元へ身を寄せてもらいましょう――
明朝八時、殿下の家にヴェーゼブル伯爵とゲルドシュタート侯爵が来てくれ。
他はそのまま貧民街で待機だ。
案内するからついて来い」
ヴィクターがヴェーゼブル伯爵にそう告げて、近衛部隊を連れて王都の中へ入っていった。
明朝八時――リーゼロッテたちの朝食が終わるくらいの時刻だ。
ガートナーにも伝えておくべきだろう。
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神殿前に降り立ったリーゼロッテはガートナーを捜して駆け寄ると、近衛部隊が到着した事と明朝八時集合という事を伝えた。
「わかった、俺もその時刻にリズの家に向かう。
ミネルヴァの乗員にはまだ余裕があるよな?」
リーゼロッテとヴィクター、ガートナー、アロイス、ゲルドシュタート侯爵にヴェーゼブル伯爵を予定しているので、あと四人は載せられる。
頷いたリーゼロッテに、ガートナーも頷いた。
「それならフリッツ師匠も途中で拾っていこう。あの人の知恵も借りられるなら借りたい状況だ」
確かに、ガートナー以上の博識振りなのだから、作戦会議に居て困る事もない。
ついでに麦酒の差し入れを追加しておこうと考えた。
リーゼロッテはガートナーと別れた後、ミネルヴァに王宮に向かってもらった。
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ミネルヴァが降り立ったのは、王宮の中のあるテラス。
来た事のない場所だ。
リーゼロッテが不思議に思いながらテラスに降り立つと、中から驚いた顔のヴィルケ王が出てきた。
「どうしたのですか?!
こんな所に!」
「ミネルヴァに王宮に向かってもらったのだけれど、ここに連れてこられたのよ。
でも丁度良かったわ。
あなたに会いに来たの――
麦酒を十樽、追加で明日の朝八時までに用意できるかしら?」
ヴィルケ王は『自分に会いに来た』と告げられた瞬間に歓喜の笑みを浮かべた。
だが、続けて用件を伝えられて明らかに落ち込んだ。
すぐに我に返ったヴィルケ王が、微笑みながら頷いた。
「ええ、それなら今日中に用意いたしましょう。
前回同様、リズ殿下の自宅前にお運びすればよろしいですか?」
「それで構わないわ。
ありがとう」
手を振って別れの挨拶をするリーゼロッテを、ヴィルケ王が、まじまじと見ていた。
「……何よ。
言いたい事があればはっきりと言った方がいいわよ?」
「いえ、先ほどあんなに泣きじゃくっていたのに、もう普段の殿下に戻られているなと思いまして」
――人が! 必死に忘れようとしている過去を! 掘り返すな!
リーゼロッテの顔が真っ赤に染まっていた。
「別にいいじゃないの!
そんな記憶、さっさと忘れてしまいなさい!」
リーゼロッテは声を上げて叱りつけてからミネルヴァに飛び乗った。
そのまま白銀の流星が自宅に向かい流れていった。
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翌朝、朝食からリーゼロッテが自宅に戻ると、既にヴェーゼブル伯爵とゲルドシュタート侯爵、ガートナーが家の前で待っていた。
「あら、待たせちゃったかしら?」
ガートナーが笑いながら応える。
「遅れて置いて行かれちゃ、かなわねぇ。
早めに来ただけだ。
大して待っちゃいねーよ――
それよりこの樽、麦酒か?
まさか師匠への差し入れか?」
リーゼロッテはにっこりと微笑んで応える。
「ご名答よ。
前回差し入れした分は漁師たちと酒盛りをして、その場で飲み尽くされてしまったの。
だから追加で差し入れしておこうと思って――
ともかく、これで全員揃ったわね」
リーゼロッテはラフィーネとイェルクに向き直る。
「留守の間、子供たちとユーディトの事、お願いね。
なるだけ早く戻るわ」
ラフィーネが胸を叩いた。
「まっかせといて!
お留守番なら慣れた物よ?
――これでも私、魔導士なんだけどね。
リズの力に慣れない自分が不甲斐ないわ」
「そんな事ないわよ?
いつも二人には助けてもらってるもの。
安心して出かけられるのは、二人が居てくれるからよ」
微笑んで見送るラフィーネとイェルクの前で、リーゼロッテたちがミネルヴァに乗りこむ――もちろん、麦酒も忘れずに。
「じゃあ、行ってくるわね!」
リーゼロッテがラフィーネたちに告げると同時に、白銀の流星が朝の空を流れていった。
****
港町ヴァレンで麦酒と入れ替わるようにフリッツを拾い、リーゼロッテたちはリーベルト公爵の待つ王都オイテンの王宮に降り立った。
リーベルト公爵の部屋を訪ねると、中から彼が顔を出す。
ゲルドシュタートは、感慨深そうにリーベルト公爵を見つめていた。
「お待ちしておりました。
軍議室に行きましょうか」
軍議室の扉が閉まり、人間たちに防御結界が張られる。
全員が思い思いの席に腰を下ろし、リーゼロッテが口火を切る。
「リーベルト公爵、宰相からの手紙よ。
お父様からの正式な辞令が入ってるわ。
これであなたの配下にヴェーゼブル伯爵が、そして私の配下にあなたが正式に組み込まれたわ」
浮遊術式で封筒を受け渡し、その中身を確認したリーベルト公爵が頷いた。
「確かに、承りました」
リーゼロッテは改めて当面の人間社会復興計画の課題を整理して挙げていった。
大陸南西部、ラスタベルト王国の再建。
全てはこれが鍵になる。
大穀倉地帯が蘇らない限り、各地へ麦を潤沢に供給する事が出来ない。
逆に、ここが蘇れば飢えている各地方へ希望を届けることが出来る。
同時に、王都を中心に商工業の復興が目覚ましい。
そういった各種産業の製品も、各地へ輸出する事が出来る。
最優先で復興を目指していると言っても良い。
大陸南東部諸国の復興。
こちらはラスタベルト王国に陸路で隣接しているので、各種支援を最も受けやすい。
問題点は小国が多い所で、連絡のコストが高い。
農地自体は多いのだが、小国に分裂しているので一国当たりの収穫もあまり望めない。
ただし、南東部全体としては恵まれた気候の恩恵を最も与る地で、農作物収穫量は望める。
港もあり、回復させれば食材入手手段や海路として活用できる。
南部の有望な輸出食材の産地となり得る可能性がある。
南北輸送経路の確保。
麦を始めとした食材や製品を生産できても、輸送できなければ意味がない。
大陸中央はエッセングル山脈で東西に区切られていて、南部と北部を繋ぐ太い街道がない。
せいぜいあるのは人が通れる程度の細い道、荷車は望めない。
残る手段は険しい山道を進むか、海路で迂回する事になる。
海賊や野盗対策も必要だ。
大陸北西部の復興。
未だ、どこを基点に復興を進めていくべきかが見えていない。
港を多く持ち、海が浄化されれば海産物が見込め、海路での輸送経路となり得る。
芋や根菜類を生産して住民が飢えを凌いでいるが、生産品種に乏しいのが不満の種となっているようだ。
現状の人口を支えて少し余る程度の収穫しかないので、人が増えて来れば麦の配給も必要になるだろう。
大陸北東部の復興。
現状、最も悲惨な状態に陥っているのがこの北東部。
生き残っていた人口が半減してしまい、他の地方から人を呼び寄せる必要性を感じる。
こちらも復興の基点が見えていない。
広大な森があり、その恵みと芋と根菜類で飢えを凌いでいるらしい。
人口が半減した結果、当面は飢えが軽減されるだろう。
最も悲惨なのに最もラスタベルト王国から遠いのもネックだ。
こちらも海に面した地域ではそれなりに港が多い。
南東部からの海路の復旧が課題となる。
北部東西輸送経路の確保。
太い街道は多いが、二十年間まともに整備されていない。
既に森に飲まれている街道や、道が荒れて物資の輸送に向かない道が多いという情報がある。
北部全体の問題点は、魔族が居なくなると人間同士が国家間で争いかねない闘争心の高さと、国家間の協調性の無さ。
これをどうにかしないと、北部の復興は途中で頓挫しかねない。
これらと並行して、生き残った各地の魔族を各国の裏社会に潜伏させなければならない。
当然、今はそんな許容量が各地にはない。
大陸全土の表社会からリーゼロッテ以外の魔族を追放する。これは大前提だ。
そうしてはじめて、大陸全土が活気で溢れる未来を掴む道へ進むことが出来るとリーゼロッテは確信している。
だがこのままでは、魔族が行き場を失くしてしまう。
居るだけで人間を消費してしまう魔族をどう養い匿っていくか。
これも忘れてはいけない課題だろう。
その場の全員が深くため息をついた。
実に課題ばかりで目が回る。
ヴィクターが手を挙げて所感を告げる。
「飢えた人間を救うためにも、ラスタベルト王国の生産力拡大は急務。
だが北部まで配給を回すには、最低でも半年が必要となる。
半年後に街一つを賄える配給を行える程度だが、漸増は続いている。
時間は必要だが、時間と共に各地へ回していけるだろう」
これは現在、ヴィクターとガートナーが必死に回している部分だ。
農業の復興に伴い、商工業も活発化している。
隣国、海のカリアン王国や山のヴェローナ王国との交易も始まり、大陸南西部は最も都市機能の回復が早い地域だろう。
リーゼロッテが手を挙げて全員に尋ねる。
「では、次の復興対象とすべき土地はどこにすべきだと思う?」
ヴィクターが手を挙げた。
「まず、間違いなく南東部ですね。
ラスタベルト王国と連携を取りやすく、農作物の収穫が見込めます。
手厚い支援を最も与えやすい分、復興が早いでしょう。
海を回復させれば海産物も見込めます。
小国乱立状態さえ解消して効率化できれば、ラスタベルトに並ぶ食材の生産地になる潜在能力があります」
確かに、まだ南北輸送経路が確立していない。
今すぐ支援の手を差し伸べられるのは、南東部だけだ。
南東部の海が回復すれば、北東部への輸送経路の布石ともなる。
フリッツが手を挙げた。
「早めに海を回復して回るってのはやっておいた方が良いな。
ヴァレンの一港だけでも、周辺に海の幸が出回り始めてる。
後々の海路の確保にもつながるし、当面の食材の確保になる。
陸路の整備は時間がかかるが、海の整備なら奇跡を祈るだけだ。
比較的短時間で終わるだろう――
だが海賊が出没する事も考えねぇといけねぇ。
海の防衛力は忘れちゃならねぇぞ」
課題はあるけど、即効性が高くてリーゼロッテが飛び回る事で済ませられる有効打だ。
後々の物資輸送の布石になるなら、早めに整備しておくに越したことはない。
リーゼロッテは全員を見渡して、他に手を挙げる人が居ない事を確認した。
「じゃあ、半年間は南東部への支援に注力するわね。
同時に北部を含めた主要な港を私がガートナーさんと回復して回るわ」
フリッツが手を挙げた。
「ガートナーは南部での物資生産に尽力させておけ。
代わりに俺が手を貸してやる」
フリッツは『そのくらいの方便は俺でもできらぁ』とニヤリと笑った。
確かに、実際に奇跡を祈る訳ではない。
消耗はしないのだから、年齢は問題にならないだろう。
「じゃあ私がフリッツさんと一緒に、海を回復して回るわね」
リーベルト公爵が手を挙げた。
「ではその回復した港を中心に、周辺住民を救っていきましょう。
それでなんとか、北部は半年間耐えてみせます」
リーゼロッテはリーベルト公爵に頷いて見せた。
これで、直近半年間の基本方針が決まった。




