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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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70.知識の神の老爺

 リーゼロッテはヴィクターやガートナー、アロイス、そしてゲルドシュタート侯爵を集めて、自宅の応接間で会議を開いていた。


 大陸全土を任された事。

 裏社会をリーベルト公爵一派に任せる事。

 ウェレアムレイト公爵の末路。

 魔王への出荷。


 その全てを伝えた。



 さすがのヴィクターも、ソファの上で頭を抱えこんでいた。


「南東部に加えて北部もですか。

 この国の余力がそこまで回復するには、最低でも半年が必要です。

 いきなり北部までは手が回りません」


 ゲルドシュタート侯爵も腕を組んで難しい顔をしている。


「近衛部隊という事は、ウェレアムレイト公爵一派でしょう?

 そんな余力、南部には在りませんよ?

 その上で出荷もですか?」


 リーゼロッテは苦笑を浮かべて二人に応える。


「それでも、お父様が決めた事だもの。

 もう覆らないわ。

 北部と調整しつつ、なんとか回していくしかないの。

 詳細は後日、リーベルト公爵も含めた全員で詰めましょう」



 ガートナーも厳しい顔で考え込んでいる。


「魔王との力の差がそれほど広がったか。

 正攻法では難しいかもしれん。

 こうなると不意を打っての暗殺しかあるまい」


 リーゼロッテは眉をひそめた。


「あの用心深いお父様の不意を打つの?

 それこそ不可能よ」


「いや、そうとも言い切れん。

 娘とは言え、お前に大陸全土を任せた。

 魔王がリズの事を信用していなければ、その選択はしないはずだ」


 アロイスが頷いて言葉を告げる。


「大陸全土で魔族による人間支配、それを捨てる決断だ。

 大きな博打になる。

 リズなら裏切らないと、そう確信する何かがあったんじゃないか?」


 そう言われても、リーゼロッテには何も覚えがない。

 定例報告に行ったら突然言い付けられただけだ。


 ――その間に何があったんだろう?


 ヴィクターがアロイスを見て言葉を告げる。


「恐らく、ウェレアムレイト公爵の危険性を宰相に警告した件だろう。

 あれは俺も内心で慄いた。

 一歩間違えれば殿下の叛意も疑われる、危険な綱渡りだった――

 殿下、なぜあのような事をなさったのですか?」


 ――え? それに疑問を抱かれるの?


 リーゼロッテは困惑し、目をしばたかせてから応える。


「なんでって……

 愛するお父様の命が狙われるのよ?

 娘として警告するのは当然じゃない」


 その途端、その場のリーゼロッテ以外、全員が頭を抱え込んだ。


 ――え?! 何その反応!


 リーゼロッテは『普通の事でしょう?! 愛するお父様なんだけど!』と困惑を隠せない。


 顔を上げたアロイスがリーゼロッテを見て、全員を代表するかのように苦笑しながら告げる。


「そういうところは本当にあんたらしいが……

 あんた、自分もその父親の命を狙ってる自覚、あるのかい?」


 リーゼロッテはそれでも不満気だ。


 ――それとこれとは話が別なのよ! 分かってもらえないかなぁ?!


 ガートナーも顔を上げ、苦笑している。


「放っておけば、お前は愛する父親を自ら手にかけずに済んだかもしれん。

 だというのに、危険を顧みずに警告を発し父親を助けた、という事だな」


 リーゼロッテは納得がいかず、眉をひそめた。

 必死に頭を動かして自分の気持ちを整理し、言葉にして告げる。


「そうは言うけど、愛するお父様が誰かに殺されるのを見逃す事はできないし、お父様が魔族を滅ぼすなら、その責任を取るのが娘の務めよ。

 他人の手に任せる気にはなれないわ」


 アロイスが優しく微笑みながら言葉を告げる。


「それもあんたらしいが、不憫な子だね。

 愛する父親を思うが故に身を挺して守り、その命を狙うか。

 あとは土壇場であんたの決心が鈍らない事を、祈るだけさね」


「……それは私も、願っている事ね」


 ヴィクターが苦笑しながらリーゼロッテを見て言葉を告げる。


「ともかく、今すぐ何もかも、というのは不可能です。

 どうしても時間が必要になります。

 近衛部隊の受け入れだけは北部と分担して行いつつ、しばらくは食料の生産力を増強する事に努めましょう。

 各地の裏社会で制裁対象が発生次第、それは陛下の元へ即座に出荷して耐えて頂く。

 南東部が立て直して来れば、生産力の増強が見込めます。

 半年以内には北部への支援を開始する事もできるでしょう」


 ガートナーがそれに頷いて告げる。


「農作物はそれでいい。

 急場の生産力を上げる為に、またしばらく魔導士や神官共に奔走してもらう事になるだろう。

 北部への支援は、俺とリズで森と海の浄化と回復を図る。

 その時にリズが新しい支配体制の説明も行う。

 大陸から魔族の脅威が去ったと、表向きに思わせておくんだ。

 これだけで半年は時間が稼げる」


 アロイスが顎に手を当てて考えて告げる。


「……北部は魔族の脅威が去ったと知れば、人間同士で争い合いが始まる。

 間違いなくね。

 最初は小競り合いからだろうが、それを止めることは難しいだろう。

 だが逆に、そういう地域は魔族の好む負の感情の温床だ。

 力の強い貴族階級魔族を、北部に送り込む余地が生まれるんじゃないか?」


 リーゼロッテは深いため息をつきながら応える。


「困窮しているのに争うと言うの?!

 理解できないわね……

 争いが大きくなるようなら、私が仲裁に入るわ」


 ゲルドシュタート侯爵がリーゼロッテに応える。


「ならば、裏社会を統制するリーベルト公爵に睨みを利かせて頂きましょう。

 過剰に争いが大きくなるようであれば、魔族が制裁を加えに行く。

 補佐に機転が利く個体が付くのであれば、巧く立ち回って頂けるでしょう。

 表向きは殿下に、裏で閣下に制御されれば、大きく人間を損失する事は防げるのではないかと」


 リーゼロッテは小さくため息をついた。


「今はそうするしかないわね。

 私の身体は一つ。

 いくらミネルヴァでも、ここから北部へ移動するのは時間がかかる。

 現地で即座に対応できるリーベルト公爵の協力は不可欠だもの。

 あとはヴェーゼブル侯爵一派の能力に期待するしかないわ。

 彼女なら良い搦め手を思いつくかもしれないし。

 最悪、時間稼ぎさえしてくれれば、私が間に合うわ」


 ガートナーが考えながら意見を述べる。


「本来なら南東部に配置する予定だったんだが……今は手が空いてる、知識の神の加護を得ている魔導士が居る。

 爺だからあまり無理をさせたくないんだが、こうなったらそいつに北部に行ってもらう事にしよう。

 そいつと俺の間でなら、ごく短時間、長距離念話の魔法が使える。

 北部で何かあっても、すぐにわかるようになる」


 リーゼロッテがわずかに考えこんだ。


 長距離念話であれば、ミネルヴァより速いだろう。

 特に、北部から南部への連絡手段が欲しかった。

 だが年寄りだと言う。


「北部は食料事情が厳しいわよ?

 大丈夫なの?」


 ガートナーが応える。


「北西部は食材の品揃えが悪いだけで、芋や根菜は足りてるんだろう?

 北西部、南西端の港町ヴァレンなら海も浄化されてるから海の幸もある。

 なら何とかなるさ。

 そいつの護衛にカリアン人にも何人か同行してもらう必要があるけどな」


 リーゼロッテが顎に手を当てる。


「そのお爺ちゃんの魔導士をこっちに残して、ガートナーさんが北西部に行くわけにはいかないの?

 さすがに酷な気がするわ」


 ガートナーが首を横に振った。


「南部は生産量を増やすのに、これから多忙を極める。

 あんな爺じゃすぐに倒れちまうよ。

 粗食に我慢して、何かあったら念話の魔法を飛ばすだけの仕事だ――

 だが、時折差し入れは持って行ってやってくれ。

 護衛のカリアン人も、その時に入れ替えた方が良いだろう。

 そうやって半年間回していこう」


 ヴィクターが大きく手を鳴らした。


「今決められるのはそのぐらいだな。

 ガートナーはその魔導士を説得して、北部に行かせる準備をしておいてくれ。

 アロイス、お前は同行するカリアン人を見繕ってくれ。

 最低三人程度で足りるだろう。

 ゲルドシュタート侯爵は陛下に送る生贄の話を各地へ伝達、同時に近衛部隊の受け入れ先を見繕っておけ。

 南部で吸収できない分は北部へ送らざるを得ないな――

 以上だ、質問はあるか?」



 全員が頷いたのを見渡して、リーゼロッテも頷いた。


「じゃあみんな、ヴェーゼブル侯爵がやってくるまでそれで凌いで頂戴。

 彼女が到着次第、北部へ飛んでリーベルト公爵を含めて最終方針を決めましょう。

 お爺ちゃん魔導士は準備ができ次第運ぶ事にするわね――

 早速動いて頂戴!」


 全員が声を上げて応え、結界が解かれた応接間から次々と退出していった。



「――ふぅ。まだまだ忙しくなりそうね」


 リーゼロッテはのそりと立ち上がり、リビングで声がかかるのを待つことにした。


 まずはその連絡用魔導士の輸送が待っている。

 それまで少し、気持ちを休めたかったのだ。


 無自覚だが、精神的疲労の蓄積が激しかった。

 大陸全土の復興――重責だ。

 この大陸の人命、全てを背負った事に、耐え難い重圧を感じていた。





****


 リーゼロッテは再び応接間に居た。

 ガートナーが一人の老人を連れてきたからだ。

 その連絡用魔導士と直接対話をしておきたかった。


 傍には屈強なカリアン人の男性が三人。

 彼らがアロイスが選出した護衛だろう。


 一方、連絡用魔導士は老爺。

 頼りなくて枯れた感じの、白髪の老人だった。



 リーゼロッテは思わず、老爺の隣に座っているガートナーを見て尋ねる。


「ねぇ……

 本当にこの人を派遣しても大丈夫なの?」


 ガートナーは自信満々に笑って応える。


「ははは!

 こう見えて、殺しても死にゃあしないタイプだ。

 さすがに年だから仕事は任せてないが、魔法の腕は確かだぜ。

 なんせ俺の師匠だからな」


 ――師匠?! ガートナーさんに魔法を教えた人ってこと?!


 老爺がジロリと鋭い眼差しをガートナーに向けた。

 その眼光に、強い意志と叡智を感じるものだ。


「ガートナー、お前随分と偉くなったな。

 俺だってまだ現役だ。

 それをただの連絡員だなどと……

 落ちこぼれのガートナーの分際で生意気な」


 ――落ちこぼれ?! 今も頼りになるガートナーさんが?!


 リーゼロッテが唖然と二人の魔導士を見比べていた。

 ここまで、リーゼロッテはガートナーには何度も助けてもらって来ている。

 『落ちこぼれ』などと感じた事はなかったのだ。


 ガートナーが両手で老爺を制しながら宥め始めた。


「まぁまぁ、師匠、抑えてください。

 老人を労わる心遣いって奴ですよ。

 師匠の腕前は疑っちゃあいませんが、今は体力勝負の時期です。

 さすがに八十近い師匠を動員する訳にはいきませんよ」


 老爺は「フン!」と鼻を鳴らした後、厳しい目をリーゼロッテに向けた。

 リーゼロッテがわずかにたじろいだ。

 圧力の高い目力だ。


「俺はフリッツ・シャッファー、知識の神の信徒で、長年魔導士をやってる。

 俺の不肖の弟子、落ちこぼれのガートナーがお前さんに迷惑をかけてないか?」


 リーゼロッテが両手を振って否定した。


「迷惑だなんてとんでもない!

 いつも助けられてばかりよ!

 ガートナーさんは立派な魔導士よ?

 そこは認めてあげて欲しいわ」


「ふん……月の神の寵愛か。

 じゃああんた、相当苦労してるだろう。

 あの神は力こそ強いが、無慈悲で傲慢で身勝手な神だ。

 寵愛にも、それが現れると言われている――

 そうやって顔を隠しているのも、そのせいなんだろう?」


 ――そこまでわかるの?!


 ガートナーが事情を説明――した訳ではないらしい。

 リーゼロッテと目を合わせたガートナーが、首を横に振ってる。

 自分の寵愛や祝福について、老爺に説明をした。


 老爺が愉しそうに含み笑いをする。


「ククク、月の神らしい祝福だな――

 あんたがこの地に来て、俺はずっとその姿を見てきた。

 あんたに協力するのは、やぶさかじゃあない。

 ガートナーで手に負えねぇ事があれば、いつでも俺を頼れ。

 力になってやる」


 頼もしい発言だが、年齢を考えると無理をさせられない。

 だが、知恵袋としては満点合格だろう。


 リーゼロッテが事情を告げる。


「とりあえず今は、エッセングル山脈を越える必要がある北部との緊急連絡手段として待機していて欲しいの。

 陸路を行くのも海路で迂回するのも時間がかかるわ。

 私が移動すれば早いけれど、頻繁に通える訳でもないし。

 つまり北部との連絡手段が欲しいのよ。

 ごく短い会話ができる魔法だと聞いたけど、どのくらいの長さなの?」


 フリッツが応える。


「風の神の魔法を使う事になるんだが、今の俺じゃあだいたい一分が限界だな。

 情報をこっちに伝えたい時は、その程度の長さにまとめてくれ。

 少し無理をする方法だから、一日に連続して使う事はできん。

 それは覚えておいてくれ」



 ――ん? なんかおかしくない?


 リーゼロッテは違和感を覚えて尋ねる。


「フリッツさん、知識の神の信徒なのでしょう?

 何故、風の神の魔法を使えるの?」


 フリッツがニヤリと笑い、説明をする。


「知識の神は他の神の魔法に同調できる――

 つまり、他の神から間接的に力を借りることが出来るんだよ。

 知識の神の魔法、その奥義だ。

 ガートナーみたいな小僧には、まだ使えねぇけどな。

 俺が連絡先と定めた相手となら、双方向で会話する事が可能だ。

 単純に『俺とガートナーは一日に一分だけ、どんな場所からでも遅延なく会話ができる』と覚えておけば良い」


 リーゼロッテが呆気に取られていた。


 ――距離を無視して遅延なく……さすが理屈抜きで現象となる魔法ね。


 魔導術式では不可能だ。

 これは極端な時間制限があっても、強力な連絡手段になる。


「一日に一分だけというのは、具体的にどういう制限なの?」


 フリッツが頷いて応える。


「知識の神に無理を頼み込むから、普段から多く祈りを捧げておく必要があるし、魔法を使った後は知識の神を休めてやらんと応じてくれん。

 だいたい半日以上は知識の神に休んでもらう必要がある。

 一日休めば確実に応じてもらえるようになるから、そんぐらいの意味だ。

 一分を過ぎると知識の神が魔法を打ち切っちまう。

 『これ以上働きたくねぇ』ってな」


 リーゼロッテは『知識の神も自分勝手なのね……』と呆れていた。


 実際には『奥義』や『無理』という言葉を使うくらいだ。

 それだけ無理を頼み込む、難しい魔法なのだろう。


「じゃあフリッツさんにはその緊急連絡手段として、それにその知識を生かして、現地で相談役をやってもらおうかしら。

 周囲の住民の相談にも乗ってあげてくれると助かるわ」


「あっちの連中が言う事を聞いてくれるかはわからねぇが、引き受けよう。

 爺の長話に付き合えるなら、だがな」


 フリッツは「ククク」と楽しそうに笑っていた。

 ガートナーはげんなりした顔で「師匠の話はなげぇからなぁ」とぼやいていた。


 ――本当に長そうね。


 リーゼロッテはパンと手を打ち鳴らして立ち上がった。


「さ! 準備もできたみたいだし、北西部の港町に移動しましょう!

 フリッツさんの住居も見繕わないといけないし!」





****


 ミネルヴァが大陸北西部の港町、ヴァレンの港に降り立った。

 港を見ると、漁から帰ってきた船がそれなりの数、沖合にいる。


 白銀に淡く輝く海を眺めたフリッツがリーゼロッテに尋ねる。


「この海は、あんたが浄化したのか?

 月の神の気配が強いな」


「そうよ。

 月の神の奇跡で瘴気に汚染された海を浄化したの。

 でもその事は内緒にしておいて。

 お父様に、私が魔法を使える事を知られたくないから」


 フリッツが頷いた。


「なるほどな……了解した」


 どうやら、これだけで粗方事情を把握したらしい。

 この辺りは頼もしさを感じる。



 白銀の飛竜、ミネルヴァを見た漁師たちが何人か笑顔で駆け寄ってきた。


「あんた!

 リズだったか?

 おかげで二十年振りに魚が獲れてるよ!

 夢みたいだ!」


「ちゃんと毎日、月の神へ祈りは捧げてる?

 忘れるとその海は失われてしまうわ。

 決して忘れては駄目よ」


「ああ! わかってるって!

 ――それより、その爺さんは?」


 漁師の男性がフリッツを見ていた。


「今日からこの街に滞在してもらう事になった、知識の神の魔導士とその護衛よ。

 この人たちの住居を探しているんだけど、良い場所はあるかしら?」


 漁師の男性が胸を叩いた。


「それなら俺たちが探して来てやる!

 空き家ならたくさんあるからな。

 一番マシなものに住めばいいさ。

 ちょっと待っていてくれ――

 おーい! 手を貸してくれー!」


 声を上げながら走り出した漁師たちを、リーゼロッテは呆然と眺めていた。


「……なんで海の人たち、私にあんなに協力的なのかしら。

 ヴェローナもそうだったけど、ここでも私が魔族で魔王の娘だって事は伝えたのよ?

 ……忘れられてるのかしら」


 フリッツが楽しそうに笑っている。


「ククク、そんな肩書なんぞより、実際に目の前で海を使い物になるようにしてくれた。

 その恩を篤く感じたんだろうよ」


 ――そんなもんなのかなぁ?


 しばらく待っていると、走り回っていた漁師たちが相談した後、リーゼロッテたちにまとめて駆け寄ってきた。


「あんたら四人が住めそうなマシな家が見つかった!

 ついてきてくれ!」





****


 向かった先は、一世帯が住めそうな家屋。

 しばらく使われていなかったのか、少し損なわれてはいる。

 だがすぐに修理はできそうだ。


 中を見て見ると、雨漏りの跡もない。

 埃が積もってる以外、綺麗な家だ。


「うん、悪くないわね。これなら今日中に住めるようにできると思うわ――

 寝具の予備はあるかしら?

 なければカリアンから運んでくるけど」


「それも今持ってくるから待っててくれ!

 ついでに今日の晩飯の食材も持ってくる!」


 再び漁師たちが駆けだして散っていった。


 ――元気だなぁ。活力がなかった最初の頃とは大違いだ。


 リーゼロッテがしみじみと呟く。


「港の人間って、海が生き返るだけで活力があんなに満ちるのね。

 人間って不思議」


「ククク――

 海と共に生まれ、海と共に生き、海と共に死ぬ。

 そういう人種だ。

 そいつらに海を取り戻した事がどれだけでかい意味を持つか、少しは理解したか?」


 生まれてから死ぬまでを海と共に生きる人間。

 彼らにとって、海は人生そのものと言える。


 それを取り戻したということは、人生を取り戻したに等しい。

 それなら、生きる活力だって戻ってくるというものだ。


 リーゼロッテがぼんやりしている間に、瞬く間に四人分の寝具や生活用品、大量の食材が入った木箱が並べられていった。


「ちょっと!

 さすがにこんなに食べられないんじゃないの?!」


「鮮魚は保全術式がかけてある。

 明日の朝まで鮮度は持つさ。

 芋や根菜は日持ちがするからそこまで気にしなくていい――

 爺さん、なんかあったら近くの漁師に言ってくれ。

 爺さんの事は漁師仲間に伝えておくよ」


 フリッツは笑顔で頷いて応える。


「ああ、頼むぜ。

 お前らも、年寄りの知識や魔法が必要になったらいつでも相談に来い。

 できることはしてやる」


「ははは!

 そんときゃ頼む!

 じゃあな!」


 笑いながら漁師たちが散っていった。


 ――賑やかだったなぁ。


 いつのまにか大量に湧いてきて、あっという間に去っていった。


 海の男たちの活力に圧倒されながら、リーゼロッテは気を取り直した。


「さてっと。

 じゃあまず、家を綺麗にしますか!」


 家全体を浄化術式で洗浄。

 寝具を中に運び入れた。


「食材はどうしようかしら?」


 フリッツが応える。


「台所に入れといてくれ。

 俺が後で調理するからよ。

 こんだけ物がありゃあもう大丈夫だ。

 あんたはもうラスタベルトに戻って構わねぇぜ」


 リーゼロッテはフリッツの顔をまじまじと見た。


「調理?

 フリッツさんが?」


「俺に出来ねぇことはねぇよ。

 四人前の飯ぐらいは問題ねぇさ」


 フリッツは豪語して笑っていた。

 護衛のカリアンの人たちは、その様子に少し困惑気味だ。


「じゃあ有難く戻らせてもらうけど……

 次来るとき、差し入れを持ってくるわ。

 何か欲しいものはある?」


 フリッツが顎に手を当てて考えこんだ。


「そうだな……

 この辺じゃ、麦酒は手に入らねぇだろう。

 それでいい。

 できれば大目に持って来い。

 海の野郎共は酒好きが多いからな」


「麦酒ね!

 わかった、なるだけたくさんもってくるわ!

 ――じゃあカリアンの人たち、フリッツさんをお願いね!」



 リーゼロッテがミネルヴァに乗り込むと、白銀の流星が北に向かって空を駆けていった。





****


 リーベルト公爵はツァイツ王国の王都、その一室にいつも滞在してる。

 リーゼロッテは何度か来ているので、サクサクとその部屋まで自分の足で向かった。


 周囲に人間がいないことを確認してから扉を叩く。

 中から音がして、リーベルト公爵が顔を出した。


「――これは殿下、何用ですか?」


 リーゼロッテが微笑んで告げる。


「南西の港町ヴァレンに、緊急連絡手段が使える魔導士を派遣したの。

 それを伝えておこうと思って。

 ラスタベルトに居る、対になる魔導士と一日一分だけ会話ができる魔法を使えるわ。

 飛竜を使うより早いわよ? 本当の緊急事態に使って頂戴。

 『フリッツ』っていうお爺ちゃんなの。

 漁師に聞けばわかるはずよ」


 リーベルト公爵が頷いた。


「なるほど、エッセングル山脈を越えられない時にも使える手段ですね。

 有難く使わせて頂きます」


「それと宰相から私が北部も預かるように言われたの。

 あなたは裏社会に潜んでもらう事になるはずよ。

 そういった細かいことは、今度みんなを連れてきて、ここで話し合いましょう」


「畏まりました――

 北部への支援は、まだ難しいでしょうか」


 リーベルト公爵の顔は、少し不安気だ。

 北東部の統治が巧く行ってないのだろう。


「ヴィクターからも『どうしても時間が必要』と言われてしまったわ。

 半年間、なんとか耐えてもらう感じね。

 でも大丈夫!

 その後はちゃんと私が引き継ぐわ!

 それまで、出来る努力を続けて頂戴」


 少しだけ笑顔になったリーベルト公爵が頭を下げた。


「はい、その通りに致しましょう」


 リーゼロッテは手を振って挨拶をした後、近くのテラスからミネルヴァに乗りこんだ。

 白銀の流星が、今度は南の空、ラスタベルト王国へ向けて流れていった。


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