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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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6.不毛な話し合い

 謁見の間に現れたのは、既に白髪交じりになった金髪の男性だった。

 その青い瞳は疲れ切り、生気を感じることはできない。

 身なりは煌びやかな衣装の上に立派なマントを羽織っている。


 ラスタベルト王国の国王、グレゴール王だ。



 リーゼロッテが黙って立っていると、その男性が彼女の元へゆっくりと近づいて来る。

 おどおどと周囲を見回しながら、魔族が潜んでいないかを確かめるように近付いていた。


「そんなに心配しなくても、前任者は取り巻きごと全員滅ぼしておいたわ」


 リーゼロッテの声に弾かれるように反応した国王が、リーゼロッテをまじまじと見つめる。


「貴方が、新しく就任されたという執政官ですか」


「そうよ?

 この大陸南西部は魔王の娘である私の管轄になったわ。

 私の事はリズでも殿下でも、好きに呼びなさい」


 魔王の娘と言われ、国王が目を白黒させた。


「前任者はこの謁見の間がお気に入りだったみたいだけど、私は興味が無いから人間に返すわ――

 貴方が国王、という事で合っているわよね?」


 国王が慌ててリーゼロッテに駆け寄って跪き、首を垂れた。


「はい、ラスタベルト国王、グレゴール・ラスタベルトと申します。

 殿下が新しくこの地方を統治されるとのことですが、前任者の執政官は全て自分の指示通りにしろと仰っていました。

 殿下も同じ方針という事でしょうか」


「それについてはこれから相談をして決めるけど、私の基本方針は『人間の国家は人間が統治しろ』というものよ」


 最終意思決定はリーゼロッテが行う。

 だが国王にも、統治に必要な裁量は与える。

 統治に相応しくない統治者はリーゼロッテの判断でその座から引きずりおろす。


 この三点をリーゼロッテは宣言した。


 リーゼロッテの言葉を聞いて、国王の表情が和らいだ。

 少なくとも、行動を起こす都度、魔族の機嫌を取る必要はないと理解したのだろう。


 一方、リーゼロッテは首を傾げていた。


 ――『全て自分を通せ』なんて、そんな面倒なことを本当に前任者はやってたのかな?


 実際には、ただの嫌がらせだろう。


 続いてリーゼロッテは二つの事を要求した。


 リーゼロッテとヴィクター、ラフィーネが寝泊まりする男女別二部屋を用意すること。

 今後の方針を話し合う場をすぐに設ける事。


「会議を行っている間に部屋の用意が終わているでしょう?

 理解したなら返事をしなさい」


「畏まりました。

 直ちに用意いたします。

 それまではこちらでお待ちください」


 国王は立ち上がり、慌ただしく謁見の間を出ていった。


 リーゼロッテは未だに絶句していたガートナーに告げる。


「ガートナーさん、あなたはどうする?

 悪臭がしないなら、会議に同席しても構わないわよ?」


 戸惑うようなガートナーがリーゼロッテに告げる。


「俺なんかが、そんな重要な会議に出る資格はねぇだろう」


「そう?

 あなたが出たくないというのなら無理強いはしないわ。

 でもラフィーネは同席させる。

 何か国王や私に伝えたい意見があれば、今のうちにラフィーネに伝えておきなさい」


 ガートナーは悩んだ末に結論を出した。


「……この国の惨状は、ラフィーネも充分に理解している。

 今更伝える事もない――

 じゃあなラフィーネ、達者でな」


 リーゼロッテは立ち去ろうとするガートナーの背中に声をかける。


「あら、明日、月の神の礼拝所を案内してくれるんじゃないの?」


 立ち止まったガートナーが、振り向かずに応える。


「お前は魔族、俺たち人間の敵だ。

 それが理解できた。

 ラフィーネの解呪が無理だというのも理解できた。

 心が操られている訳じゃないというなら、これ以上行動を縛り付ける権利は俺にはねぇ」


 ガートナーは「だが、この国をお前たち魔族の好きにさせるつもりもねぇぞ」と言い残し、その場を去っていった。



 立ち去っていくガートナーの背中を、リーゼロッテは黙って見送った。

 彼が立ち去ってから、リーゼロッテは小さくため息をついた。


「強情な人ね。

 そして頭が悪いわ。

 魔族を憎む心に囚われて、柔軟に対応することが出来ていない。

 私を敵と定めたなら尚の事、会議に出席して私や国の方針を知るべきだった」


 リーゼロッテは正確にガートナーの心理を読み切っていた。


 リーゼロッテを敵と定めたなら尚の事、会議には参加するべきだったのだ。

 己の感情を制御しきれれず、理知的に振舞えなかったガートナーに深い失望を覚えていた。


「もう少し賢い人かと思ったけど、とんだ見込み違いよ。

 あれで本当に二十年前、魔王城まで辿り着けた一人だったのかしら」


 ラフィーネが申し訳なさそうにリーゼロッテに応える。


「この二十年間、魔族に苦しめられる人間を見続けてきた人だもの。

 その原因の一つに、力及ばなかった自分の不甲斐なさを感じているみたいだったわ」


 二十年前、ガートナーがヴィクターに付いて魔王と戦えたなら、魔族の勝利は防げたかもしれない――そんな思いが彼にはあったのかもしれない。

 魔族の支配を受けて二十年間、魔族への憎しみに心囚われ続けた人間と言える。


 リーゼロッテがガートナーを鼻で笑った。


「確かに、力不足ははなはだしいわね。

 この二十年間で言えば、彼が滅ぼしてこれた魔族の数は、私が二十年間粛清してきた数の一割に遥かに届かないわよ」


 リーゼロッテは二十年間で三十万人以上とも言われる貴族階級魔族を粛清してきた。

 その数字は見栄や誇張表現ではなく、その程度は手にかけてきていた。

 人員の補充もされてるとはいえ、魔王軍をこの二十年で半壊させたと表現する事も可能なほどの数だ。


 リーゼロッテは『魔王軍にはどれだけ無能が居るのよ?!』と憤慨した時期もある。

 今ではすっかり無能嫌いになってしまった。


 その一割、三万人の貴族階級魔族を滅ぼす事など、ガートナーたち反魔族同盟のメンバー、誰一人として不可能だ。

 下位貴族級相手に逃げ回る戦力が成し得る数ではない。



 リーゼロッテは小さくため息をついた。


「どちらが人間を救ってきたのかわからないくらいよ。

 彼が人間の生活を再建する統治の邪魔をするようなら、ヴィクターに排除してもらうしかないかもしれないわね。

 あまり昔の仲間を手にかけては欲しくないんだけど。

 そんな殺伐とした事にならないよう願っておくわ」


 ヴィクターがリーゼロッテに静かに応える。


「殿下が御心を痛める必要はありません。

 私の方で判断し処理いたします。

 それより殿下の食糧事情を改善する方がよっぽど優先されるべきことでしょう」


「何か良いアイデアでもあるの?」


「それは会議の場で提案いたします」


 リーゼロッテは小首を傾げながら、国王が呼びに来るのを黙って待っていた。





****


 小さな会議室には、国王のほかに二人の男性が座っていた。


 リーゼロッテはヴィクターに促されるままに上座に座る


 ――なんだか立派な席だけど、これって王様が座る席じゃないの?


 座り心地はどの椅子も大差なく見えたので、リーゼロッテはそのまま気にしない事にした。



 リーゼロッテの両隣にはヴィクターとラフィーネが座り、下座に国王達が並んでいる。


「これで揃ったのかしら?

 国王、その二人は誰?」


「我が国の内政を取りまとめる宰相のスヴェンと、兵士たちを取りまとめる将軍のクリスハルトです。

 本会議に必要な情報を把握している為、参加させました」


 どちらも疲れ切っていて生気のない瞳をした老年の男性だ。


 この時点で、リーゼロッテは嫌な予感を覚えていた。


 『国王が全体を把握していないのでは?』という疑惑だ。

 重臣に丸投げして放置するタイプ――彼女にはそう見えていた。


 そして彼らからは魔族に対する侮蔑を嗅ぎ取っていた。

 それを隠せてると思ってる。


 それら全てが、密かにリーゼロッテを苛立たせる――彼女の嫌いな、無能の匂いだ。



 リーゼロッテは国王を見据え、ヴィクターに目線を与えずに指示を出す。


「じゃあヴィクター、会議を進めて頂戴。

 私は必要なら言葉をあげるわ」


 ヴィクターが立ち上がり、リーゼロッテに頭を下げた。


 顔を上げたヴィクターが国王に命じる。


「国王、まずは人払いをしろ」


 国王が頷いて、部屋に控えていた侍女たちが引き上げていき、扉が絞められた。


「――では、これから告げる事、全て国家機密のつもりで居ろ」


 人間たちの国家再建を手伝う事。

 国民の生活を立て直す事。

 人間の数を増やす事。

 魔王軍に対抗する人間の軍勢を作り上げ、この地域から魔族を追い払う事。

 他の地域を人間の手に奪還する作戦を立案し実行する事。


 これらを明言した。同時に――


 全てリーゼロッテの支配下で行われる事。

 リーゼロッテに歯向かう者は国家ごと滅ぼすつもりである事。


 これも明言した。


「殿下のお力は魔王陛下に匹敵すると言っても過言ではない。

 逆らったところで貴様ら人間に勝ち目はないと知れ」


 リーゼロッテは内心で『いやーさすがに匹敵はしないかなぁ?』と密かに首を傾げていた。



 国王が困惑したようにヴィクターに疑問を投げかける。


「……仰りたい意味がわかりません。

 それではまるで、殿下が我々人間の味方だと断言しているような展望ではありませんか。

 一方で魔族の支配を続けるという。

 殿下の立ち位置はどこにあるのですか」


 口を開きかけたヴィクターをリーゼロッテは手で制し、国王に応える。


「私は自分を人間の味方だと断言はしないわ。

 敵だとも言わないけどね」


 リーゼロッテの目標は『愛と平和で潤った世界』だ。

 彼女は愛や慈しみ、希望や喜びを好み食べる魔族。


 彼女が治める地域はそういった感情で満たすを宣言した。

 負の感情は嫌いで、争いや諍いも可能な限り避けたいと、希望を述べた。



 クリスハルト将軍が恐る恐る手を挙げる。


「――意見を述べても宜しいでしょうか」


「構わないわよ?」


「大陸南西部の各国をそのような世界にするのは、他の魔族が反対するのではないですか?

 殿下の方針に反対し、反旗を翻す魔族すら出るでしょう。

 それについてはどうお考えか」


「これは普遍的な魔族たちが食べる感情を撲滅するという宣言だから、彼らと共存はできないわね」


 可能であれば他の地方へ追い出す。

 それが無理ならば滅ぼさざるを得ない。


 そして、恐らく魔族たちは言う事を聞かないだろう。

 大陸南西部の魔族を収容できる余裕が他の地域にない。

 結果、滅ぼす事を前提で進める事になる。


 そうリーゼロッテは明言した。


 クリスハルト将軍が叫んだ。


「そんな戦力、人間には存在しません!

 あればここまで魔族の支配に甘んじたりなどしていません!」


 追い出すにしても滅ぼすにしても、王国軍にそんな力は残っていないようだ。


「そうね。

 なるだけ人間たちの力で立ち上がってもらいたいところだけど――」


 高位貴族階級はリーゼロッテやヴィクターが手伝っても構わない。

 だが下位貴族階級程度は自力で何とかしろ。


 そうリーゼロッテは要求した。


 だが下位貴族級はおろか、平民階級相手でも今の国内戦力では数年単位でかかるとヴィクターに聞かされ、遂にリーゼロッテは折れた。

 人間に対魔族の戦力を求める事を諦めたのだ。


 普遍的な魔族の存在は、リーゼロッテの目指す『愛と平和で潤った社会』にとっても『増産計画』にも障害にしかならない。

 速やかに排除する必要があると判断を下した。

 ヴィクターには食後、迅速な王都内の魔族掃討を命じた。


「私は自分の食糧問題が解決次第、ミネルヴァでこの地方の各国各都市を巡って殲滅してまわるわ。

 それで構わないかしら?」


「ではそのように対応いたしましょう――

 将軍、聞いたな?

 これで疑問は解決したか?」


 将軍も、国王も、そして宰相も唖然としてしばらく返事がなかった。

 リーゼロッテたちを見つめたまま硬直し、ようやく国王が言葉を絞り出す。


「そこまでされるというのに、それでも殿下は人間の味方ではないと、そう仰るのか?!

 私には理解できません!」


 リーゼロッテは人間の味方をしているつもりはない。

 これはあくまでも魔王からの命令に従っているに過ぎない。

 新しい命令が下れば、それに従わざるを得ないのだ。

 彼女には、父親に逆らう意思はない――力では勝ち目がないし、それ以上に愛する父親だからだ。


 どれほど他の魔族を追い払おうと、この大陸南西部の頂点がリーゼロッテという魔族である事に変わりはない。

 そして今の大陸南西部に、リーゼロッテに逆らえる人間側の戦力と言うものは存在しない。


 リーゼロッテはここまでを丁寧に説明した。


「私は愛と平和を愛し、争いや諍いを嫌う個体だけれど、歯向かってくる人間にかけてやる情けなどもっていない。

 私自身は人間を殺すことが出来ない個体だけれど、対応方法はいくらでも考えられる。

 逆らわない方があなたたち人間の為よ?」


 困惑を続ける三人の人間の中で、宰相が口を開く。


「殿下の食糧問題と仰いましたね?

 それは具体的にはどういう事なのでしょうか」


 リーゼロッテは愛と歓喜を好んで食べる魔族の個体だ。

 それもなるだけ若い、できれば女性の感情を強く求める。

 その方が得られる生命力が高いと、実体験で判断しているからだ。


 三十代以上の魂は、もう口に合わない。

 栄養効率が悪いし、美味しいと思えないのが理由だった。


 我慢をして二十代、出来れば十代の、可能であれば女性、というのがリーゼロッテの要求する条件だった。


「そのくらいの年齢の人間たちに、私に感情を捧げてもらうわ。

 そこは他の魔族と変わらない。

 私が生きるために必要な食事よ」


 人間たちは魔族を『神の様な超常的な存在だ』と勘違いをしている。


 確かに人間とは大きく特性の異なる性質を多く兼ね備えた種族ではある。

 だが魔族も人間と同じ、地上の生命である事に変わりはない。

 飢えれば死ぬという、当たり前の摂理を備えている。


「でも他の魔族と違って、私は『人間』を殺す事も傷付ける事もしないわ。

 本人が望まない事も嫌がる事も、可能な限りしない」


 宰相は更に困惑して尋ねる。


「殿下に、魔族に感情を捧げる事を、人間が自ら望むというのですか?

 とてもそんな人間が居るとは思えませんが……」


 リーゼロッテはラフィーネの肩を抱いて見せる。


「この子はラフィーネ。

 反魔族同盟という勢力の一員だったらしいわ。

 数時間前にこの王都で出会ったばかりの女の子よ?

 ――ねぇラフィーネ、あなたは私に感情を捧げることをどう考えているか、言ってみて?」


 ラフィーネがリーゼロッテの横顔を見ながら頬を染めて応える。


「私はリズに、私の愛を喜んで捧げるわ。

 この命が燃え尽きるまで――

 でも、リズは三十代になった私の愛を食べてくれなくなってしまうのかしら。

 それを考えるととても悲しいわ」


 宰相が呆然とラフィーネの言動を見つめていた。

 リーゼロッテはそんな宰相に微笑んで見せる。


「どうかしら?

 これでもそんな人間が居ないと思う?

 魔族を憎んでいた人間の一人だったラフィーネでも数秒でこうなるわ。

 でもラフィーネ一人では私の食事を賄えないの」


 リーゼロッテは基礎代謝を賄うのにラフィーネ以外に十人を要求した。

 更に、魔族を殲滅するために活動するのであれば、より多くの人間から感情を捧げてもらう必要があるとも告げた。

 これがリーゼロッテの食糧問題である。


 公爵級や侯爵級を街の被害なしで対応するのに、リーゼロッテの戦力は不可欠だ。

 ヴィクターでは街を滅ぼされかねない。

 いつかは多くの人間に愛を捧げてもらう必要がある。


 国王が深刻な顔でリーゼロッテに尋ねる。


「……今、愛を捧げると仰いましたね?

 それはつまり、殿下以外の者を愛せなくなる、家族を作れなくなるということになりはしませんか」


 リーゼロッテは「男性についてはその通りね」と事実を認めた。

 彼女が人間の男性との間に子供を作る事が出来る可能性はあるが、あくまでも理論上可能という話で、実例も口伝でしか魔族に伝わってない希少なケースだ。

 なにより、彼女にそのつもりがなかった。


「でも女性なら、私たち魔族は人間の子供を授けてあげられる。

 人間の数が減るという事にはならないわ。

 もちろん、子供を望む女性にだけ授けることになるでしょうけれど」


 国王が更に厳しい顔で言葉を告げる。


「……魔族と人間の間に生まれる人間の子供、ですか。

 社会問題になります。

 容易に頷ける話ではありません。

 若い男性だけにしては頂けませんか」


 リーゼロッテが冷淡な目で国王を見据えた。


 これはリーゼロッテの生活品質の問題であると同時に、エネルギー効率の問題でもある。

 男性から得られる生命力より、女性から得られる生命力が大きいという実体験でものを言っていた。

 広く大きく活動するのであれば、女性から愛を捧げられるのは必須条件に近い。


 体感では、男性は女性より大きく劣る生命力しか得られない事が多いとリーゼロッテは語った。

 つまり、その分だけ魔族の掃討が遅くなるという意味でもある。

 それを補うなら食糧提供者の数を倍は必要とするだろう。


 また、統治者である自分の生活品質を犠牲にしてまで、それは飲まざるを得なければならない問題かと国王に問うた。

 リーゼロッテは女性に人間の子供を授ける事が出来ると言う、事実を元に『人口減少は起こらない』と断言したのだ。

 それを覆したければ、リーゼロッテにその条件を飲む必要性を説かなければならない。


「何か勘違いをしていないかしら?

 これは提案ではないの。

 私の食料を提供しろという命令よ。

 逆らう権利をあなたたちは有していない。

 それを踏まえて発言する事ね」


 リーゼロッテがその気になれば、王都市民全員をラフィーネと同じ状態にすることが可能だ。

 「そうしないだけ譲歩していると思って欲しい」と彼女は国王たちに伝えた。


 国王の目が更に厳しくなっていく。


「王都中の人間などと、そんな大規模な呪いを使えると、あなたは仰るのか」


「何故私が屋内でフードを目深に被っていると思う?

 私の素顔を見た人間は漏れなくラフィーネと同じ状態になるからよ」


 これは魔法でも呪いでも術式でもない、純粋な現象として発生する。

 神の奇跡を祈るガートナーの魔法でも、解呪は不能だった。


 神の奇跡でも対応できず、またリーゼロッテ自身でもどうしようも出来ない『現象』なのだ。

 リーゼロッテが素顔で街を歩くだけで、王都に住む人間の心が彼女に囚われてしまう。

 国王たちがリーゼロッテを納得させられなければ、彼女はその通りにするだけで食糧問題を解決できてしまう。

 そこを『譲歩』して、もっと穏便な案はないか、とリーゼロッテは国王たちに問うているのだ。


 国王が固く歯を食いしばり、リーゼロッテの目を見据えた。


「……つまり我々に、生贄を提出しろと、そう仰るのですね」


 リーゼロッテには『生贄』と呼ばれる理由が理解できなかった。

 苦痛を受ける訳ではない。

 年齢制限こそつくが、充実した人生を送れることは実証付きで保証できる。

 『リーゼロッテしか愛せない』というデメリットはあるが、それに対する実現可能な解決策の提案もした。人口が減る事にはならない。


 それでも頷けない国王に、リーゼロッテは理由を問うた。

 国王がそれに応える。


「生まれた子供は、必ず魔族との合いの子という迫害を受けます。

 迫害は対立を生み、社会不安の元となります。

 殿下が争いや諍いを嫌うというのであれば、生贄の数は最小限に絞るべきでしょう」


 リーゼロッテは小首を傾げた。

 生まれてくるのは人間の子なのに、『魔族との合いの子』と呼ばれる筋合いなどないと考えている。

 母体がリーゼロッテ自身であるならいざしらず、母体は人間の女性だ。

 生まれてくるのは間違いなく人間の子供となる。これは何度も説明をして来ている。


 不可避の社会問題となる人間社会の仕組みに、納得できないで居た。

 だが国王が深刻な顔で『不可避の社会問題が生まれる』と応えるのだ。それは事実なのだろうと理解はした。



 ヴィクターが冷たい声で国王に告げる。


「それについては解決策がある。

 それで対応できる」


「解決策? この社会問題にか?」


「そうだ。

 少数派だから迫害を受ける。

 多数派になれば、迫害しても逆襲されるだけだ」


 ヴィクターの提案、それは『この国の二十代までの未婚女性全てをリーゼロッテの虜』にするというものだった。

 その女性たち全員に子供を授ける事で飛躍的に出生率を高め、人口問題にも対応できる一石二鳥の手だ。

 これがヴィクターが言う腹案だった。


 これにはリーゼロッテも唸った。

 確かに良い案に思えたのだ。



 宰相が興奮しながら椅子から立ち上がり叫んだ。


「馬鹿なことを?! そんな事をすれば、この国の男たちは子供を残せなくなるではないか!」


 ヴィクターは冷たい目で淡々と応える。


「だからどうした?――」


 民族として女系の血統は残る。民族が滅ぶ事にはつながらない。

 多数派になればリーゼロッテとの間に出来た子供を迫害できる者も居なくなる。


 更に生まれた子も同じように虜にする事で、人口は飛躍的に増えて行く。

 百年もせずに大陸中をリーゼロッテの子供で生め尽くすほどに増やす事も不可能ではない。

 良い事ずくめだと説いた。


「――男系の血統さえ諦めれば、崩壊した人間社会を立て直せるのだぞ?

 絶滅しかかっている人間を救う、唯一の手だと思うが?」



 宰相が唾を飛ばしながら反論する。


「近親婚までしろと言うのか……

 貴様に人の心はないのか?!」


「殿下は魔族の能力として任意の子供を授けることが出来る。

 近親婚で発生するような、問題のある子供ができる可能性はないだろう――

 その認識で間違いありませんか、殿下」


 リーゼロッテは自信を持って頷いた。


「ええ、遺伝具合は私が思うように制御できる。

 遺伝問題は発生しないわ」


 リーゼロッテが国王たちに告げる。


「まぁ、あなたたちが頷けないと言っても私には関係ない事よ。

 ヴィクターの提案なら私はそれを飲むし、全員を魅了してこいというのであればフードを下ろして王都を練り歩くだけの話だもの」


 ここまでヴィクターは不可避の社会問題と人口問題に対する、説得力のある提案をした。

 これの是非を問われれば、リーゼロッテは肯定するしかない。


 国王が再び厳しい目でリーゼロッテを見据えている。


「どうにか、少数の生贄で我慢して頂くことはできませんか」


「それでは必ず社会問題になるといったのは国王、あなたよ?

 そんな争いや諍いなんて私は御免ね」


「……決して社会問題にはさせません」


 国王は意を決した様に発言した。


「どうやって?

 どのような理屈でどんな対策を打つのか、きちんと説得力のある話をするのでしょうね?」


 少なくとも、ヴィクターと同等以上に説得力のある提案でなければ、リーゼロッテは頷く気がない。

 この場に同席している以上、当然国王もそれは理解しているだろうと彼女は考えている。


「……迫害のない社会を根気強く説き、子供も大人も道徳心を向上させ迫害のない国家とします」


 リーゼロッテは国王の言葉に呆れ、ゆっくりと深いため息をついた。


 国王は苦し紛れで机上の空論を口にした。

 それが通用するなら『不可避の社会問題』などにはならない。

 彼は『決して社会問題にはさせません』と口にし、その答えとして説得力皆無の机上の空論を述べた。


 誠意もなく、また知能も低い。

 今この場で口にして良い言葉ではなかった。

 国王も苦し紛れなのは理解している。

 だがこの場で思いとどまってもらう為に、なにか案をひねり出した結果がこれだったのだ――リーゼロッテはそう理解した。


 リーゼロッテは深い失望を覚えながら、国王に『無能』の烙印を押した。

 こんな相手と話し合いなど、望めるとも思えなかった。


 話し合いは互いが誠意を持ち合い行うべきだ。

 それが望めないのであれば、それは話し合いではなく化かし合いである。


 彼女は話し合いの場を用意しろと告げた。

 それに応じなかったという事でもある。

 最初から誠意ある対応をするつもりがないと見做した。


 つまり、これ以上は『時間の無駄』である。


「どうやらあなたの口から誠実な言葉は望めないみたいね。

 話し合いの場を設けた私が間抜けだったわ――

 部屋の用意はできてるのかしら?

 私は部屋に戻るわ。

 案内しなさい」


 立ち上がったリーゼロッテに慌てた国王が言葉を告げる。


「お待ちを! まだ話し合いは途中です!」


 リーゼロッテが冷淡な表情で国王を見下ろした。


「私は無意味な言葉の応酬で遊ぶ気はないの。

 この交渉を打ち切ったのはあなたの不誠実な言葉よ。

 生涯その言動を後悔しながら生きるといいわ」


 弁解を続けようとする国王を言葉で切り捨てているうちに、リーゼロッテは気が付いた。


 対魔族で戦力にならない。

 誠実な話し合いもできない。

 彼らはリーゼロッテの統治において、なんの力にもならない存在だ。


 役人や兵士の力が必要なら、都度指示を飛ばすだけで良い。

 不快な無能共の傍に居るだけ、精神衛生に悪いと判断した。


 つまり、『王宮に居るだけ無駄だ』と気が付いたのだ。

 彼女の統治に王宮は必須ではない。


「王都の宿屋にでも行きましょうか。

 そこで好きに振舞うわ。

 行くわよヴィクター、ラフィーネ」


 国王が慌てて会議室の扉の前に駆け寄って跪き、リーゼロッテに向かって首を垂れた。


「発言を訂正致します!

 ですからどうか今一度だけ機会を!」


 リーゼロッテは冷めた気分でその無様な姿を見下ろす。


「まさか、この上に自分が口にした言葉の責任すら持てないというの?

 よくそれで国王なんて名乗れるわね」


 『無能』の烙印が重ねて押された瞬間である。

 為政者は発言に責任を持つべきだというのがリーゼロッテの持論だ。

 大きな発言力を持つ者は、発言に相応の責任を伴うべきなのだ。

 それすらできないのであれば、為政者失格と言える。


 リーゼロッテの『嘘をつかないポリシー』の根底にあるものだ。

 彼女は魔王の娘――為政者の自負を持つ者だ。


「返す言葉もございません!

 ですが国を預かる者として、今一度機会をお願い申し上げます!」


「……そうね、一度だけなら機会をあげる。

 とにかく今日は部屋に戻るわ。

 部屋の準備が途中でも構わないから案内しなさい。

 今すぐよ?

 できないのなら王宮を出るわ」


 国王が慌てて立ち上がり、侍従と言葉を交わした後、侍従が恭しく頭を下げ「ご案内いたします」と告げた。

 リーゼロッテはラフィーネとヴィクターを連れ、不毛な会議室を後にした。


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