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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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66.大陸復興計画の曙

 ――大陸北西部、ツァイツ王国の王都オイテン。


 大陸南西部のカリアン王国から戻ったリーベルト公爵は、手の空いている部下たちへ招集をかけた。


 人間の統治に必要な最低限の人員を残しつつ、それ以外は明朝やってくるリーゼロッテを迎えなければならない。

 集まったのは二百名の貴族級魔族たち。

 平民階級は兵士として各地に配備されている。


 リーベルト公爵は彼らに、リーゼロッテが提案した案を話した。

 反応は様々ではあったが、『活力に満ちた人間たちの裏社会』という魅力的な言葉は抗いがたい誘惑だったようだ。


 リーベルト公爵の副官、ゲルドシュタート侯爵が彼に問う。


「閣下はその百名の選出を、どうするのですか」


「私では適切な人選はできん。

 ヴィクターという人間の査定を受け入れるつもりだ」


「我らは閣下の配下ですよ?!

 閣下こそが最も我らをご存じのはずだ!」


「今回必要なのはどれだけ知っているかではない。

 どう生かせるかをしっているかだ。

 私では、ラスタベルト王国の裏社会を統率しきる人選はできないだろう」


 これにはゲルドシュタート侯爵も反論できなかった。

 リーベルト公爵は人材を生かすのが苦手だ。

 人の本質を見抜く、先を考えて手を打つ――そういった事を苦手とする男だった。





****


 翌朝、王宮前に並ぶリーベルト公爵とその一派が居た。


 彼らの前に、白銀の流星が舞い降りてきた。

 人間の男を一人従えた、一人の少女。

 彼女は遮光結界を広範囲に展開し、人間たちから自分たちの姿を遮った。


「――ふぅ。これでフードを下ろせるわ。

 リーベルト公爵、これがあなたの配下たち?」


「はい殿下。

 人間たちを統治する百名を除いた、貴族級の魔族たち二百名です」


 リーゼロッテの姿を初めて見た魔族たちは息を飲んだ。

 美しさにではない。

 『その姿を見た時が命の終焉』と噂される魔王の娘、リーゼロッテが目の前にいる事実に、密かに慄いていた。


 彼女がその気なら、この場に居る二百名も瞬く間に滅ぼされるだろう。

 噂の数々が本当なら、それぐらい彼女は平然とこなす。


 彼女の機嫌を損ねるわけにはいかないと、腹を括ったのだ。




 彼女はリーベルト公爵の背後に控える二百名を微笑みながら一望した。

 そのまま、真っ直ぐゲルドシュタート侯爵の元へ歩いていった。

 ゲルドシュタート侯爵が困惑していると、彼女が言葉を告げる。


「あなたがリーベルト公爵の副官ね?

 名乗る事を許すわ」


 困惑したまま、ゲルドシュタート侯爵が名を告げる。


「ゲルドシュタート侯爵と申します――

 ひとつだけ、お伺いしても宜しいでしょうか」


 リーゼロッテは笑みを絶やさず、ゲルドシュタート侯爵を見据えた。


「何かしら?

 述べてみなさい」


「何故私が副官だと思われたのですか?」


「あなただけがリーベルト公爵をいつでも庇えるように身構えていたからよ。

 その行為は無駄だけど、気概だけは立派ね」


 その行為――庇うことが無駄だと、一刀両断で告げた。

 震える声でゲルドシュタート侯爵が尋ねる。


「何故、無駄なのかお伺いしても宜しいでしょうか」


「だって、あなたたちが身動きする前に、私はリーベルト公爵を含め、全員を塵にする事が出来るもの。

 庇いたくても不可能よ」


 噂通りの事を、当然の事実のように告げた。

 ならば確かに『見た瞬間に命が潰える』のだろう。


 戦慄を覚えながらゲルドシュタート侯爵が絶句していると、リーゼロッテが更に言葉を告げた。


「予定変更よヴィクター。

 人選はゲルドシュタート侯爵に任せてしまいましょう。

 どうやら彼を納得させるには、その必要があるみたい――

 ただし、ラスタベルト王国にくる百人に自分を含めなさい。それが条件よ。

 どう? 飲めるかしら」


 ヴィクターが不満気に応える。


「ですが、彼はラスタベルト裏社会の許容量を知りません。

 それに侯爵級を含めると他の人選が厳しくなります。

 お勧めできませんが」


「ラスタベルト王国の裏社会、その活力であれば、この土地の人間が覚える絶望より遥かに力を得られるはず。

 多少物足りなくても、しばらくは我慢ができるでしょうし、時間とともに解決する問題じゃないの?

 違うかしら?」


 まだ不満気なヴィクターに、リーゼロッテが言葉を続ける。


「どうしても納得できないなら、彼の選出した九十九人を自分の目で確認しなさい。

 それでも納得がいかなければ、二人でその百人を調整なさい。

 それで問題がなくなるはずよ」


 ゲルドシュタート侯爵は困惑を深めていた。

 ヴィクターはリーゼロッテの副官のはずだ。

 その副官の判断より、自分の判断を優先すると告げた。


 初めて会った魔族の個体をそこまで信頼する――リーベルト公爵のような性質だ。

 通常の魔族が持つ性質ではない。


 そんなゲルドシュタート侯爵の心を見透かすようにリーゼロッテが告げる。


「私は魔族の異端。

 心に愛を持ち、正の感情を食べる魔族。

 そして同時に魔王の娘よ。

 個体の資質を見極める目くらいは持っているわ。

 リーベルト公爵から離れた場所で統制を維持する能力、そして人間の裏社会でも利用されないだけの頭が必要とされる。

 この中でその二つを兼ね備えているのは、彼だけよ。

 何より、ゲルドシュタート侯爵ならリーベルト公爵を裏切る事もない。

 打って付けの人材だと思うけど、違うかしら?」


 ゲルドシュタート侯爵が思わず、尋ね返した。


「このわずかな時間、見渡した程度でそこまで見抜いたと、そう仰るのか」


「二十年間粛清を続けてきた私を余り舐めない方が良いわね。

 統率の取れる個体かどうかは、危機に瀕したときに現れる。

 その危機でどこまで機転を利かせようとするかで、対応力も測れる――

 私がいつでも滅ぼせると告げた時の反応で、色々なことがわかるのよ」


 そこまで考えての言動だったのかと、ゲルドシュタートは深い戦慄を覚えていた。


「リーゼロッテ殿下、あなたは常にこのように対応なさるのですか」


「言いたいことが不明瞭ね。

 でも私は何時いかなる時でも襲われる可能性は考慮している。

 味方でもない魔族の前で、油断をする訳が無いわね」


 ゲルドシュタート侯爵の口角が上がった。


「味方の前なら油断をする、と言わんばかりですな。

 そのような心持で、よく魔族の間で生き延びてこれたものだ」


 リーゼロッテが小首を傾げた。


「私は『何時いかなる時でも襲われる可能性は考慮している』と告げたわ。

 味方の前だろうと、人間だけに囲まれている時だろうと、油断をした事などないわよ?」


「……では、なぜ最初からそう仰らないのか」


 リーゼロッテがニコリと微笑んだ。


「あなたがどちらの言葉を選ぶか、見ていたのよ。

 やっぱりあなたはリーベルト公爵の副官ね。

 どちらかというと、相手を信じたいと思う魔族の個体。

 危険なほど注意深い訳ではないみたい。

 それくらいの方が、傍に置いておきやすいわね」


「……まだ査定が続いていると、そういう訳ですか。

 その査定の途中で、不可の判定が出た場合、私はどうなるのでしょうか」


 リーゼロッテが小首を傾げた。


「何を心配しているのかわからないわね。

 ヴィクターに選び直させて、あなたを出向メンバーから外すだけよ?

 私はむやみに同族を殺すような事はしないわ。

 従順に従っている限り、命の心配をする必要はないわよ?」


 ゲルドシュタート侯爵は混乱していた。


 今まで出会った事のない魔族の個性だ。

 純朴な少女と、冷徹な為政者が同居する、神気を纏った魔族。

 矛盾だらけの存在だ。


 リーベルト公爵以上に心惹かれる存在に、初めて出会った。

 この個体の傍で、その正体を見極めてみたいと思った。



 ゲルドシュタート侯爵がヴィクターを見て告げる。


「ヴィクター、俺が選び出す九十九人をまずは見てくれ。

 文句はその後に聞こう。

 それと、裏社会で養える魔族の目安はどれくらいだと考えている?

 それを教えろ。でなければ始まらん」


「……目安は子爵級二百人くらいが限界だろう。

 できれば百五十人に抑えておいた方が良いがな。

 それが一か月ほどで五割は増えると推測される」


「把握した。

 確かに侯爵級である俺が入ると少し苦しいな。

 だが一か月で解消される目途が付いているのも理解した。

 当面の組織構築に必要な者を下級貴族主軸に選びだそう。

 時期を見て上位貴族も組み込んでいく」


 そう告げたゲルドシュタート侯爵が身を翻し、配下たちに指示を飛ばしていった。





****


 ゲルドシュタート侯爵は現在人間たちを統治する者を半分ほど入れ替え、この場に呼んだ。

 そういった者たちを含む、伯爵二人と子爵級五十人、騎士級四十七人がヴィクターの前に並んだ。


 ヴィクターが一人一人査定をしていく。

 最後にゲルドシュタートの前に行き、言葉を告げる。


「この編成では一か月間、貴様が飢えを覚えるはずだ。

 耐えられるのか?」


「神魔大戦後、初めて裏社会に魔族が進出するのだろう?

 既存、とくに老舗の組織で噴出する鬱憤が必ず出る。

 それを食って凌ぐさ」


 ヴィクターが不敵に笑った。


「……いいだろう。

 貴様たちがそれで一か月耐えられると言うのならば耐えてみるがいい。

 飢えが苦しいようなら野盗を捜せ。

 見つけ次第殺して構わん。

 なぶり殺して補充しておけ」


「人間の命だろう?

 そんな簡単に殺して構わないのか?」


「今のラスタベルトの生産力には、無法者を養う余力などないからな。

 野盗に身をやつした者の命は切り捨てるという殿下の判断だ。

 まずはまっとうに生きるものを保護し、数を増やしていく」


 ゲルドシュタート侯爵がリーゼロッテを見た。


「殿下はそれで構わないのですか?

 増産計画が主軸だと聞きましたが……

 野盗が多いのであれば、かれらを出荷に含めればよいのでは?」


 リーゼロッテが肩をすくめた。


「盗賊たちは飢えて大した活力はないし、彼らが活力を取り戻すまで収容し監視する余裕もないのよ。

 そのうち対応したいとは思っているけどね。

 収容せずに都度、あんな人間を少量出荷しても、お父様から『期待外れだ』とお叱りが飛んでくる。

 ならば処断するだけよ。

 それが魔族の食糧に繋がるなら、彼らの命も無駄にはならないわ」



「ではお聞かせください。

 殿下はどのような統治を目指しているのか」


「愛と平和で潤った社会よ。

 人間たちが愛と歓喜で生命を謳歌する、活力あふれる社会ね――

 でも、そんな社会でも裏社会は不可避の存在らしいわ。

 ならば普遍的な魔族たちを理知的に統率できる個体に、その管理を任せる。

 おそらくリーベルト公爵以外の四魔公は近いうちに居なくなるわ。

 大陸全体の表社会を私が建て直し、裏社会をリーベルト公爵が統率する――

 そんな未来になるんじゃないかしら」



 リーベルト公爵が慌ててリーゼロッテに尋ねる。


「殿下?!

 ウィレンチュラ公爵とウェレアムレイト公爵が粛清されると、そう申しましたか?!」


 リーゼロッテが平然と応える。


「ウェレアムレイト公爵は危険な男よ。

 恐らく次は不満を燻ぶらせるウィレンチュラ公爵を唆すでしょう。

 そうなれば私が粛清に行くわ。

 ほぼ同時に、お父様がウェレアムレイト公爵の存在を許さなくなる。

 四魔公はあなた一人になるわね。

 しばらくは北部をあなたが、南部を私が統括する形にでもなるんじゃないかしら。

 その裏社会でなら、リーベルト公爵一派を養える負の感情も渦巻いているはずよ。

 リーベルト公爵なら手を組むのに問題はない相手。

 私と同じく、増産と出荷計画に反対する魔族の個体ですもの」


 リーベルト公爵が愕然として尋ねる。


「何故……私がそれに反対していると?」


「だって、あなたの置かれた状況なら、数十年を現状維持していれば人間が出荷されてくる。

 途方に暮れる必要はないわ。

 その後に知らされた、人口調整の話はまた別ね――

 つまり、現在推し進められている増産と出荷の計画に危惧を抱いているのよ。

 昨日の言葉の端々にそれが現れていた。

 何が悪いかはわからないけれどこのままではいけない、そんな状態にあるのね。

 確かに、このままだと人間が滅ぶと神に告げられたわ。

 お父様の進める計画は穴があるみたいなの。

 だから魔族が滅びない為にも、私がお父様を止めるわ」


 リーベルト公爵の顔が困惑で歪んだ。


「私は陛下に忠誠を誓う身。そんな私に話す事ではないと思いますが」


「いいえ?

 あなたは常に魔族全体の事を思って行動している。

 でなければ増産と出荷の計画に、そこまで危惧は抱かないもの。

 お父様への忠誠と魔族という種の存亡、それらを秤にかければ、あなたは必ず魔族を取るわ。

 ならばあなたは、私に協力するのが最善だと判断できるはずよ」


「……私にそのような先の事を判断する能力はありませんが」


「そんな事はないわね。

 あなたは自分を見くびり過ぎよ。

 もっとあなたの嗅覚を信じなさい。

 この話に対して、あなたの嗅覚はどう反応しているの?」



 リーベルト公爵は沈黙して考えを必死に巡らせる。


 これは旨い話の類ではない。

 まっとうに努力すればそれが報われる、そんな世界の話だ。

 表社会で養えない魔族を裏社会に回していく――

 飢える事はなくなるだろう。


 神魔大戦前も、そうやって人間の裏社会で生き延びてきた。

 その頃の生活に戻るだけだ。

 人間が滅びなければ、魔族が生き延びていく事は間違いがない。

 逆に人間が滅びれば、魔族も滅びる。

 ならば選択の余地もないだろう。



 リーゼロッテが言葉を続ける。


「もしあなたが魔族の為にならないと判断したなら、あなたが思うように行動すればいいわ。

 お父様に付くのでも、私に進言するのでも好きにすれば良いのよ。

 私も魔族が滅びる未来を望んでいる訳ではないの。

 その思いを共有できるのであれば、きっとよりマシな未来が手に入ると思わない?」


「ですが、殿下は逆らうものには容赦をなさらないのでは?」


「そこはせめて、私に気付かれないようにお父様に庇護を求めるのね――

 ああでも、ウェレアムレイト公爵が生きている間は、魔王城に近付いては駄目よ。

 彼に使い潰されるだけ。

 彼が粛清されたあとにしておきなさい。

 私からしてあげられる忠告は、このくらいね」


「……それでよろしいのであれば、その通りに致しましょう」


 リーゼロッテが微笑んだ。


「よかったわ。

 お父様を滅ぼした後、魔族たちを逃がす先を探していたのよ。

 生き残った普遍的魔族を統率できるリーベルト公爵がいなければ、最低でも貴族級魔族たちを大陸から駆逐して回る日々が待っていた。

 彼らは私の目の届かないところでは、指示に従いそうもないからね。

 それをせずに済みそうで安心したわ」


 リーベルト公爵が神妙な顔でリーゼロッテの顔を見据えた。


「殿下は、陛下に勝てると思っておいでなのですか?」


「お父様が生きている限り、人間の絶滅は不可避らしいの。

 つまり魔族の絶滅も不可避ね。

 ならば私は出来る事をするだけよ。

 あなたも魔族を救いたかったら、出来る限り協力して頂戴――

 尤も、あなたの本番はその後よ。

 それまでは力を溜めておいた方が良いわね。

 お父様を倒した後、各地の魔族を保護して裏社会に潜り込ませる大仕事を、あなたたちに任せるわ。

 最終的には大陸の表を私が、裏をあなたが統括する事になるはずよ」




 リーベルト公爵は、信じられないものを見ていた。

 自分以外の、信じる事を知る魔族の個体。

 ――真の魔族の異端、リーゼロッテ。


 本来、ここまで重要なことを告げてよい関係を築けて等いない。

 だというのに、『魔王打倒』という最重要機密をあっさり打ち明けた。


 『リーベルト公爵なら魔族全体の事を考えてリーゼロッテに付く』と信じている。


 リーベルトという、不器用で頭は回らないが、魔族全体の為を思う個体を理解した。

 普遍的な魔族が侮蔑し嘲る存在に、優しく微笑んだ。

 提示できるだけの手札を全てさらし、充分な利点を示してみせた。


 確かにこのままでは、人間の滅亡が不可避。

 増産と出荷の計画に不備があるなら、八方塞がりだ。

 ならば提示された通り、表社会をリーゼロッテが統治し、裏社会をリーベルト公爵が統治するのが最善だろう。


 リーベルト公爵が足を運んだカリアン王国の空気は、希望と喜びで満ちていた。

 リーゼロッテの統治下であれば人間が復興できると、リーベルト公爵に確信させるには十分だった。




 リーベルト公爵は恭しく深々と頭を下げた。


「不肖リーベルト、この身を尽くしてお仕えいたしましょう」


「あらありがとう。

 でもその思いは言葉じゃなく、結果で見せてね。

 私も協力を惜しむつもりはないから、気兼ねなく相談をしなさい」



 リーベルト公爵が頭を上げ、ゲルドシュタート侯爵を見た。


「先発隊としてラスタベルトの同胞の事、任せるぞ」


 ゲルドシュタート侯爵が頭を下げる。


「はっ! お任せを!」


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