65.朴訥な男
リーゼロッテが夜通し子供たちから愛を捧げてもらって夜が明けた。
リーゼロッテはリビングのソファで一息ついていた。
「『今日は大丈夫』って言っても利かないんだもの。
結局全員の愛を食べたわ……
明け方近くになった子、寝不足にならないのかしら」
一寝入りして目を覚ましたヴィクターが、向かいのソファに座っている。
「殿下の『大丈夫』は信用されていませんから――
おや? カリアンからの連絡術式がやってきていますね」
窓の外に、一羽の白鳩が座っていた。
足に通信筒を括り付けて飛ぶという、伝書鳩を模した術式だ。
カリアンやヴェローナからの連絡は、この術式を使う事になっている。
ヴィクターが窓を開けると、彼の手にとまった鳩が木綿のハンカチに戻った。
ハンカチの中には通信筒が包まれている。
ヴィクターはその中から手紙を取り出し、目を通してからリーゼロッテを見た。
「カリアン王国の王都エメリヒに、四魔公を名乗る魔族が尋ねてきたようです。
殿下に会いたいと言っています。
告げられた日時は今日の昼に当たります」
さすがにリーゼロッテは目を丸くした。
――夜遅くまで大陸北東部を鎮圧したかと思ったら、まさか今度は北西部?
「忙しいわね……。
本物の四魔公だと思う?」
「彼は朴訥な男です。
小細工を弄する気質ではありませんし、頭が回るタイプでもない。
彼らしいと思いますよ」
大陸北西部を任されているらしいリーベルト公爵は、確かにそう言う男だと聞く。
「今日も勇者パーティーで向かうわよ。
ガートナーさんにも伝えておいてもらえる?
食後、すぐに迎えに行くわ」
「畏まりました」
****
食事が終わるとすぐにガートナーと合流し、カリアン王国に白銀の流星が駆けていった。
王都エメリヒの王宮に降り立ったミネルヴァに、周囲の衛兵たちが敬礼で挨拶をする。
カリアン王国へはあまり足を運んでいないのだが、白銀の流星は有名になりつつあるようだ。
リーゼロッテは微笑みながら彼らに告げる。
「手紙を見て来たの。
魔族がやって来た時の話は、誰に聞けばいいかしら?」
****
通された貴賓室で待っていると、一人の騎士がやって来た。
彼はリーゼロッテたちに騎士の礼を取ってから話し始める。
「衛兵から連絡を受け、私が対応いたしました」
一昨日の昼頃、王宮に壮年の貴族紳士がやってきたらしい。
見た事もない男、この時代に立派な身なり、最初はラスタベルトからの旅人かと思ったそうだ。
男は『私は四魔公、大陸北西部の執政官を務める公爵だ。
南西部執政官と会いたい』と伝え、一通の手紙を手渡したのだと言う。
男はそのまま北に向かって歩いていったそうだ。
リーゼロッテはその騎士から手紙を受け取った。
中身は告げた言葉と同じ内容がかかれているだけだった。
ただし、瘴気の残滓があったので、魔族だったのは間違いがない。
リーゼロッテは『変な話だ』と違和感を持った。
四魔公なら自分の飛竜くらいは与えられている。
飛竜で直接飛んで来れば、魔族とわかりやすかったはずだ。
リーゼロッテの表情を見たヴィクターが、微笑みながら言葉を告げる。
「彼らしいですね。
人間を威嚇するつもりが一切ないのですよ。
疑われる事も考えていない」
騎士を下がらせて、リーゼロッテは改めてその場の三人に相談をする。
「四魔公が自らそんな手間をかける理由がわからないわ。
何故部下を使わなかったのかしら」
ヴィクターがリーゼロッテに応える。
「殿下が現れる事を憂慮したのかもしれません。
部下では何かを伝える前に滅ぼされます。
ですが四魔公である彼なら、やってきた理由くらいは尋ねるのでは?」
確かに、その時にリーゼロッテがカリアン王国を訪れていたならば、そうなっていただろう。
魔族の接近を検知した時点で遠距離から、先手必勝で滅ぼす。
だが四魔公がやってきたのなら、話を聞くだけは聞いただろう。
アロイスが楽しそうに微笑んだ。
「へぇ、魔族にもそんな部下思いの奴がいるのかい?」
ヴィクターが頷いた。
「彼は魔族の異端の一人だ。
理知的で暴力を嫌うタイプ、それも極端にな。
昨日資料で確認したが、大陸北西部は最も人口の減少が緩やかだ。
人間にも優しい統治を行っている証拠だろう」
アロイスが安堵したようにため息をついた。
「そうかい……
そういう統治か。
なら、私の国も比較的人間が残ってるかもって希望が持てるね」
リーゼロッテはきょとんと尋ねる。
「あら、北西部出身だったの?
それでカリアン王国に居たのかしら」
「ああそうさ。
カリアン王国からエッセングル山脈を北に抜けるのが最短距離だ――
ビットブルク王国。
森と荒れ地ばかりで、農地はそれほどない国だ。
小さい国だが、名産品は精強な騎士さ」
――名産品が騎士って……よっぽど強かったのかな?
ガートナーが笑いながら解説する。
「がはは!
北部は神魔大戦でも戦争を止めなかった地域だ。
混乱に乗じて、大国が小国を飲み込み続けた。
そんな中でも生き残った小国――
それだけで、どんだけ強いか推測できるだろう」
なるほど。自慢の精強な騎士が国土を守り通したのか。
ヴィクターが補足をする。
「母国に残った騎士だけではありませんよ。
国外に傭兵として雇われていた騎士たちの部隊が大国にも多くいた。
軍内部で彼らが反旗を翻せば、無視できない被害が出る。
アロイスみたいな騎士ばかり、と言えば想像しやすいのでは?」
その一言でリーゼロッテは納得した。
アロイスなら、確かに雇っている国を放置してでも母国を救いに走るだろうし、慕った部下が大勢付いてくるだろう。
ヴィクターやガートナーが語った。
神魔大戦中、北部の人間は互いに争い、戦争の手を止めなかったそうだ。
魔王軍を前にしてすら足を引っ張り合った。
結果、実質的にあの大戦は南部の人間だけで戦ったようなものなのだと。
ヴィクターが静かに語る。
「北部の人間が協力していれば、魔王軍に勝てた可能性はずっと高かった」
――そういうの、お父様がやりそうな手だなぁ。
足を引っ張り合うよう、人間を誘導したのだろう。
北部が神魔大戦に参加して来ないように手を打ってから魔王城で決起した。
リーゼロッテは『ありそうな話だなぁ』と感慨に耽っていた。
扉が叩かれ、騎士が入室してきた。
騎士の礼を取りながら、その騎士が告げる。
「四魔公が再び現れました。如何致しますか」
リーゼロッテは微笑みながら応える。
「この部屋に通して頂戴」
****
現れたのは、四十代くらいの男性紳士。
厳めしい顔つきと精悍で屈強な肉体。目付きは鋭く、リーゼロッテを見据えている。
そのまま入室した彼は、扉を閉めた。
室内にいる人間は、ヴィクターたち三人だけだ。
「ガートナーさん、汚染から身を守る結界を張っておいて。
あとは部屋全体を遮る遮音結界もね」
ガートナーが結界を張り終わるのを確認すると、リーゼロッテは彼に座るよう促した。
壮年の男性が腰を下ろし、リーゼロッテに言葉を告げる。
「リーゼロッテ殿下、お初にお目にかかります。
四魔公の一角、リーベルトと申します」
「あなたがリーベルト公爵……
噂は聞いてるけど、今回はどんな用件かしら?」
「恥ずかしながら、この苦境に至って、助言を頂きたい」
彼の用件は一言で言うと『途方に暮れているので助けて欲しい』という事だ。
二割の口減らしを行った結果、部下の離反を恐れている。
人間をこれ以上増やす方法など分からないし、希望を持たせる方法も思いつかない。
どうすれば魔王――延いては魔族の為に繋がるのか。
彼の頭では、もう次に何をすべきかがわからず、相談相手が欲しかった。
だが部下も同類の、愚直な魔族の個体が多いらしい。
そこでリーゼロッテの副官、ヴィクターの知恵を借りたいと語った。
リーゼロッテはまじまじと彼を観察していた。
たどたどしく言葉を探しながら、必死に想いを訴えていた。
確かに、魔族としては珍しいタイプだろう。
異端と呼ばれるのも頷けた。
他者を信じる事を知る――それしか知らないタイプ。
そこは美点でもあり、欠点でもある。
だが協力関係を結ぶには、充分な資格を持っているように思えた。
「ヴィクター、意見を述べなさい」
「……現状、北西部で打てる手は皆無と言えるでしょう。
資料も見ましたが、出来る事はすべてやれているはず。
これ以上を求めるのは、魔王陛下に非があります――
そうなると、もう外部の力を借りるほかはありません」
――やっぱりそういう評価になるか。
リーベルト公爵は、手を抜くタイプにも見えなかった。
彼は彼なりの精一杯をみせていたはずだ。
「ヴィクター、北西部の問題点を述べなさい」
「人間の生活品質でしょうね。
魔族に感情を差し出しながら暮らすには、食料事情も悪い。
出生率を含め、人口減少が最も緩やかな地域。
生活品質が上がるだけで、かなり持ち直すでしょう」
「アロイスさん。
北西部で食料事情を改善するにはどうしたらいいと思う?」
アロイスが顎に手を当てて考えている。
「現地を見てみないとなんともいえないが、南部からの食料品輸入が手っ取り早いね。
ヴェローナから海路を使うのが一番太い輸送路だった。
大陸北西部の主要な港が復活すれば、民衆に生きる活力をいくらか取り戻させることができるはずだ」
となると、あとは南部の余力次第となる。
「ヴィクター、南部にその余力はあるかしら?」
「それほど多くは望めません。
現状、王都の生産余力は五千人分。
時間と共に余力は増えて行きますが、この余力では街一つを養うのがやっとでしょう。
なにより、殿下は南東部も統治を今後任されます。
南東部と北西部を同時に救済していく余力は、さすがにまだありません」
――あ、それがあったか!
リーゼロッテは頭痛を覚えながら、リーベルト公爵に告げる。
「リーベルト公爵、実は南東部を任されているウィレンチュラ公爵が北東部に移動させられるらしいのよ。
昨晩、私がレッティングル公爵を粛清して、代わりに統治者として移動させるらしいの。
でも彼らの一派を養うには人間の数が減らされ過ぎてしまって足りない。
宰相は北西部の人間の一部を北東部に移動させるつもりらしいわ」
リーベルト公爵が小さな目を見開いた。
「ばかな!
そんな事をされたら、我々の食料とて不足してしまう!
ただでさえ必死にやりくりしている状態だ!」
――やっぱりそうなるか。
魔族の食糧事情だって厳しい。
人間と魔族、両方の食糧事情を考えていかなければならない。
リーゼロッテが少し考えを巡らせる。
「ねぇリーベルト公爵。
あなたの配下の一部を、大陸南西部、ラスタベルト王国に派遣することはできるかしら?
支配体制を維持しながら、派遣できる人数はどれくらいになる?」
リーベルト公爵が考え込んだ。
「申し訳ございません。
私にはすぐに応えることが難しい問題です」
リーゼロッテがふぅ、とため息をついた。
――本当に頭が回らない人なのか。
咄嗟に『考えろ』と言われても応えられない、愚鈍な個体だ。
機転とは無縁な人材だろう。
「ヴィクター、推測で構わないわ。
述べなさい」
「リーベルト公爵の配下三百名、そのうち二百名は派遣が可能でしょう。
魔族百名もいれば、北西部の人間は充分従えることが出来ますから」
「ではラスタベルト王国王都、ヘルムートで棲み分けできる人数はどのくらいかしら?」
「階級次第ですが、百名程度であれば十分、裏社会で養っていけます――
ですが殿下、本気なのですか?」
リーゼロッテがニコリと微笑んで告げる。
「アーグンスト公爵が決定した北西部の人間の移動、これは避けられないわ。
魔族の食糧事情を解決する事が喫緊の課題よ。
配下がそれだけラスタベルトに移動すれば、人間を減らされても魔族が飢える可能性は低くなる。
リーベルト公爵に従う魔族の個体であれば、信頼する価値がある――もちろん、責任者はきちんと見定める必要があるけどね。
飢えることがなければ、少しは反感も減るでしょう。
特に、ラスタベルトの人間は活力に溢れている。
彼らの負の感情はさぞ美味しいでしょうね。
反感を持った魔族を多く引き受けることで、造反の目をいくらか潰せるはずよ。
お父様に造反しようとしても私の直轄地。
下手な動きなど出来なくなるしね」
ヴィクターが顎を指で叩き始めた――検討しているな?
リーゼロッテが微笑んだまま、言葉を続ける。
「そうして誤魔化して時間を稼いで、ラスタベルトの生産量を上げて行きましょう。
当面は南東部に集中しておいて、そのうち半数を北西部にも支援に出し始める。
港町から機能回復を図り、少しずつ規模を拡大していくしかないわね」
アロイスが難しい顔をしている。
「港に希少な食材が届けば、それの奪い合いになるんじゃないかい?
北部は協調性とは無縁の国家関係だ。
必ず奪い合いが生まれるよ」
「それはそれで、その感情が魔族の食糧になるし、酷くなるようなら魔族が鎮圧すればいいのよ。
困窮期に協調でき無い国が国力を衰退させるのは、自業自得ね。
知った事ではないわ」
アロイスが苦笑した。
「手厳しいね。
だがその通りでもある――
北西部の輸出品は良質の木材だ。
宝石の鉱脈もいくつかある。
良質の土もそうだね。良い煉瓦になる。
森を余り荒らしたくない今のラスタベルトでは有難いはずだ。
人材も特産品なんだが……
さすがに人を移動させるのは拙いね」
「いえ、魔族を養って余りあるなら、血気盛んな騎士をいくらか輸出してもらって野盗対策に割り当てても良いんじゃない?
人間同士が争う事で浪費するくらいなら、無法者相手に力を振るってもらう方がまだマシよ」
ヴィクターの指が顎を叩き続けている――もう一押しかな?
「ともかく、リーベルト公爵の配下を実際に確認にいきましょう。
ヴィクターはその中から百名を選出しなさい。
リーベルト公爵がその百名の出向に頷けるようなら、一旦ラスタベルトで引き受けるわ。
それで北西部の人間を減らされても対応できるはずよ。
それ以上は、その後の情勢を見てから決めればいいんじゃない?」
ヴィクターの顎を叩く指が止まった。
「畏まりました」
リーゼロッテはリーベルト公爵を見る。
「そういう訳だから、リーベルト公爵は明日までに、王都に出来るだけ配下を招集しておいて。
明日の朝、そちらに向かうわ。
その他の街もめぐって、百名選出後の人間管理、その再編をヴィクターに提案させる。
あなたがそれに頷けるなら、魔族を減らさずに魔族の食糧問題に対応できるはずよ」
リーベルト公爵が頭を下げた。
「畏まりました。
そのように致しましょう」
****
リーベルト公爵を外まで見送った後、リーゼロッテたちはミネルヴァに乗りこんだ。
「じゃあ、とりあえず北西部の港を視察に行きましょうか」
アロイスが驚いたように目を見開いた。
「今からかい?
明日じゃなく?」
「明日は出向する魔族の選出で忙殺されるわ。
今のうちに主要な港の下見をしていきましょう」
リーゼロッテがミネルヴァの首を叩くと同時に、白銀の流星が北に向かって飛んでいった。
辿り着いたのはエッセングル山脈を越えてすぐの港町。
海は瘴気で汚染され、魔物が徘徊している。
「あら、ヴェローナを思い出すわね。
でもまず、ここを回復させればいいのかしら?」
アロイスを見る。
「そうだね。
ここから先は陸路もある。
二十年前もヴェローナからの荷物が多く届いていた街だ。
周辺から木材を運び出す事も可能だろう」
「ここはなんて街?」
「ロシュトック王国の港町、ヴァレンさ」
その後、街の人をアロイスが説得して回り、ヴェローナのようにガートナーと協力して海を回復して見せた。
やっぱり街の漁師らしき人たちは喜んで海に飛び込む――ということはなく、ただ喜んで海を眺めている。
「そんなに嬉しくないのかな?」
アロイスが笑った。
「あはは!
この港で海に飛び込んだら、這いあがるのに苦労するからね!
大型船舶用の港だ。
人間が飛び込むのに向いてないのさ」
――それはヴェローナも同じようなものだと思うんだけど……国民性なのかなぁ?
リーゼロッテがガートナーに振り向く。
「この街の人たち、海を維持できると思う?」
「なんとも言えねぇな。
そのくらい北部は信仰が薄い。
だが海の民は信心深い奴が多いはずだ。
そっちの可能性に賭けるしかねぇ」
維持できなかったら自業自得。
そこから先がないだけではある。
****
その後、ミネルヴァに乗ってカリアン側に南下しつつ、上空から海を眺めていった。
海路の確認だ。
浄化された海の端は、汚染されてないように見えた。
海を眺めながら、リーゼロッテが呟く。
「魔族もここまでは汚染しなかったってことかな」
アロイスがリーゼロッテの疑問に応える。
「ここの海流は南から北に流れるんだ。
この辺りの海は、ヴェローナで浄化された海からの水なんだろう」
「ということは、ヴェローナからの浄化の流れが届くのかな?」
「あり得るだろうね。
ともかく、これで海路は確保できた。
ヴァレンの連中が海を維持できれば、船で人や物資を輸送する事が出来る」
――大陸北西部との輸送かぁ。
こんな短期間でそこまで手を伸ばすことになるなど、予想外だった。
ラスタベルトだけで悲鳴を上げていたのが嘘のようだ。
だがラスタベルトすら、全体を救えている訳ではない。
王都以外は、まだ長い時間がかかるだろう。
これに未着手の大陸南東部が加わる事になる。
――さすがに無茶振りだよお父様……。




