63.危険過ぎる男
粛清部隊の執務室に向かい、廊下を歩いて行く。
そんなリーゼロッテの目の前に、一人の魔族が待ち構えていた。
――ウェレアムレイト公爵。
「お父様に何か用?
四魔公就任おめでとうウェレアムレイト公爵」
「ありがとうございます殿下。
ところで――
抜け殻との会話はお楽しみ頂けましたか?」
「――何の話かしら?」
ウェレアムレイト公爵がおどけた顔で尋ねてくる。
「おや? まさかお気付きになられていらっしゃらない?
殿下ともあろう方が、実の父親の実態と虚像の区別もお付きにならないのですか?」
――悪かったな! 二十年間気付かなかったよ!
生まれた時から虚像を父だと言われて育ったのだ。
疑えという方が無理筋だろう。
――それにしても、何が目的なんだろう?
「用心深いお父様ですもの。
玉座に影を置く程度は不思議でも何でもないわ。
それよりあなた、いつ気が付いたの?
それにこの場の会話だって、お父様が聞いていないとも限らない。
あなた、自分が命懸けの綱渡りをしている自覚があるのかしら?」
ウェレアムレイト公爵が不敵に笑った。
「なに、魔王陛下は今、殿下の副官と話し込んでいる最中、こちらに聞き耳を立てる余裕はありません」
――お父様の本体まで勘付いてる!
この二十年間、誰も気付けなかった魔王の正体に辿り着いた男。
リーゼロッテの警戒心が高まった。
「私がお父様にこの事を伝えればあなたの命が終わる。
その可能性を考えなかったのかしら」
ウェレアムレイト公爵はニコニコと微笑みながらリーゼロッテに言葉を告げる。
「リーゼロッテ殿下、あなたはこう考えているはずだ。
『増産は構わないが出荷の計画には頷けない』と。
だが四魔公には対処できても、陛下自ら出てこられては勝ち目がない。
出荷せずに、かつ魔族に攻め込まれない方法があれば飛びつきたい、そう考えてらっしゃる」
ウェレアムレイト公爵が急に話を変えてきた。
その意図が読めず、リーゼロッテが尋ねる。
「……話が見えないわ。
何が言いたいの?」
「では単刀直入に言いましょう。
殿下は陛下の打倒を考え、迷ってらっしゃる――違いますか?」
リーゼロッテが密かに戦慄した。
そんな気配を悟らせた覚えなどない。
「私が……愛するお父様を滅ぼすと、あなたは本気で考えているの?」
「ですから『迷ってらっしゃる』と告げました。
しかし現状を打開するには陛下を滅ぼす以外に道はない」
確かにその通りなのだが。
彼の意図が未だにつかめない。
『この会話の帰着点はどこ?』と、リーゼロッテは焦りを感じ始めていた。
「ウェレアムレイト公爵、あなたの目的が全く見えないわ。
何がしたいの?」
「殿下が新しい魔王となり、各地で人間増産計画をおやりになれば宜しい。
四魔公を監視しつつ、人間社会を復興なされば良いのです。
今の陛下の人間支配体制では、人間は滅びを免れません」
「そんな事をすれば、あなたたち普遍的な魔族が生きていける世界ではなくなるのよ?
それは理解しているの?」
「人間社会には裏社会がつきもの。
我々はその裏社会に潜み、負の感情を食らっていく。
表の社会は殿下が、裏社会は我々が住む世界とすれば棲み分けが出来ます」
「それがどんなものか、私はいまいちわからないけれど、今の魔族全体を養える規模ではないでしょう?
でなければお父様だって検討ぐらいはするはずよ」
「今後、魔族は更に数を減らす――
現在の魔王軍は統制が取れておりません。
おそらく殿下は、陛下から『四魔公を粛清して構わない』と約束を取り付けてこられたはずだ。
各地の四魔公、特にレッティングル公爵の動きが活発化しています。
彼は近いうちに、大陸南東部に侵攻を開始するでしょう」
――ウィレンチュラ公爵が『わからない』と言ったレッティングル公爵の動向を把握していると、今言ったの?
動揺を隠せず、リーゼロッテの表情にも焦りが出始めた。
相手の意図がわからず、こちらの動きもどうやったのか読まれている。
リーゼロッテは半ば心理を掌握されつつあった。
「どこでそんな情報を?」
「自分の目で確認してきましたよ。
できれば止めたかったのですが、どうやら少し動くのが遅かったようだ――
レッティングル公爵は大陸北東部の人間を食い潰し始めました。
力を蓄えているのでしょう。
大陸北東部の人間が全滅次第、南下を開始するはずです」
「それをお父様は知っているの?」
「まだ陛下に知られる訳には参りません。
手遅れになる頃にお知らせする予定ですのでご安心を」
――何を安心しろってのよ?!
激高しかけた瞬間だった。
リーゼロッテの被る、冷徹な『魔王の娘』の仮面が囁いた。
……落ち着け。よく考えろ。
相手はウェレアムレイト公爵、踊らされる訳にはいかない。
まずは冷静になろう。
この場で彼の真意を探るのは、私には不可能。
判断材料がまるで足りない。
その上、会話の主導権を握られていて、すっかり振り回されてる。
圧倒的に不利な状況で、逆転の目はない。
ここは踊らされていると見せかけてやり過ごすんだ。
彼の目的、それが言葉通りだった場合、今の魔族は多すぎると考えている。
ならばこう言えば良い――
「つまり、レッティングル公爵一派を纏めて口減らしするのがあなたの目的、という訳ね?」
ウェレアムレイト公爵が満足そうに頷いた。
「ご明察です。
殿下は大陸北東部の人間を全滅させたくないとお思いのはずだ。
おそらくこの後、レッティングル公爵の粛清に向かわれるのでは?
それならば一派が壊滅することはないでしょう。
ですがあそこはレッティングル公爵の一強。
後任が誰であろうと、必ず揉めます。
あとは自滅し、現地の反抗する人間に止めを刺されるでしょう。
これで、大陸北東部が人間の手に戻ります」
「そんな土地があれば、あなたや他の四魔公に支配させるだけよ!」
「そうですね、おそらく私が一度制圧に向かい、屈服させた後に大陸北西部を支配するリーベルト公爵に命が飛ぶでしょう。
彼は人間に生温い治世を行う魔族。
それなりになんとかやっていくと思いますよ。
数十年後に次の四魔公が現れるまでは、北部はそんな状態を維持するでしょう」
「でも、あなたはそうならないと考えている――違う?」
ウェレアムレイト公爵が愉しそうに笑った。
「さすがは殿下だ。
そう、その通り――
その前に、魔王陛下の統治が終わります。
殿下が終わらせるでしょう。
そうして殿下が表社会に、我々が裏社会に棲み分ける。
レッティングル公爵さえ潰せば、ウィレンチュラ公爵もリーベルト公爵も脅威足り得ません。
まぁウィレンチュラ公爵は殿下がお嫌いでしょうから、ついでに滅ぼしてしまっても良いでしょう。
我が一派とリーベルト公爵一派であれば、問題なく棲み分けできる」
――なるほど、私を唆しているのね。『魔王を倒せ』と。
ウェレアムレイト公爵は、『提示した未来がリーゼロッテの望む未来』だと思わせ、誘導しようとしている。
恐らくその途中かその先に、彼は罠を仕掛ける予定なのだろう。
だが、先を読み過ぎだ。
実際には、そう思った通りには進みはしない。
必ず不測の事態が待ち受ける。
けれど自分の読みを疑う様子もない。
それだけ自分の智謀に自信があるという事だろうか。
その割に、自分の事には相変わらず無頓着だ。
いや、自分の智謀ならそれすらかわせるという自負の表れか。
「ウェレアムレイト公爵、あなたは少し頭が回り過ぎるわね。
そのままだと必ず身を滅ぼすわ。
少しは能力を隠す事ぐらい覚えた方が身の為よ?」
ウェレアムレイト公爵が恭しく頭を下げた。
「これはこれはご丁寧に。痛み入ります」
やはり自覚しておいて尚、改めていないようだ。
ちょっと救いがないな、とリーゼロッテは思ってしまった。
――思った以上に自信過剰だなぁこの個体。
「……もう一度言うわ。
私がこの事をお父様に全て話せば、あなたは身の破滅よ?」
「殿下が?
陛下の命を狙っているという事をばらすのですか?
この計画の柱は全てそこにかかっています。
この件を陛下に伝えるという事は、殿下が陛下の命を狙っている可能性を悟られるという事。
そんな愚を、殿下は犯せない――違いますか?」
――本当に頭が回る個体ね。
丁寧にリーゼロッテの身動きを封じながら立ち回ってくる個体だ。
唆されていれば、これで『唯一の光明』を逃したくないと思わされていただろう。
ならば叛意を疑われるような言動は封じられる。
そうなれば、もうリーゼロッテの心理は縛られる。
絶望的な現実の中で『唯一の光明』を提示したウェレアムレイト公爵を頼るようになっただろう。
あとは彼の意のままに操られ、いつか背中から刺してくるのは疑いようがない。
だが彼の『対魔王の手駒』になる気など、リーゼロッテにはない。
今回はやり過ごせたが、『放置しておける個体じゃない。必ず私の邪魔になる』と確信していた。
「どうなっても私は知らないわよ?
忠告はしたわ。
これ以上、あなたに告げるべき言葉もない――
執務室に行くわね」
頭を下げたままのウェレアムレイト公爵の横を、リーゼロッテはそのまま無言で通り過ぎていった。
****
粛清部隊の執務室では、書類仕事の手を止めたアーグンスト公爵とヴィクターが何やら話し込んでいた。
「あら、まだ話が終わって居なかったの?」
アーグンスト公爵がリーゼロッテに振り向き、言葉を告げる。
「ヴィクターが各地の情報を知りたがっていたので、意見を交換し合いながら伝えているところです。
殿下は人間どもに愛を捧げさせてやってください。
ウェレアムレイト公爵の近衛部隊を養う為、大量に人間を増やしました。
初物の感情が大勢ありますので、是非ご堪能下さい」
――ああそうか、四魔公を養うんだから、当然人間を増やすか。
リーゼロッテは仕方なく、そちらを優先する事にした。
「わかったわ――
ヴィクター、話が終わったら呼びに来なさい。
私も終わり次第この部屋に戻ります。
合流出来たら宰相と少し話をして、すぐに出発するわよ」
「畏まりました」
リーゼロッテは身を翻し、魔王城の私室へ向かっていった。
リーゼロッテの私室には、百人の人間がひしめき合っていた。
まだ魔族たちに絶望を覚えさせられていない、攫われて来たばかりの人間がほとんどだ。
リーゼロッテはフードを下ろして素顔をさらし、一人一人に愛を捧げさせていった。
二時間が経過する頃、ようやく全ての人間が床に倒れ伏した。
――魔力の補充はこれで充分だ。
「殿下、終わりましたか」
部屋の入り口に控えていたヴィクターが声をかけてきた。
「ええ、見ての通りよ。
宰相に確認を取ったらすぐに出発するわ」
歩き出すリーゼロッテの背後に、ヴィクターが付き従ってくる。
「何かあったのですか?」
「北東部のレッティングル公爵に不穏な動きがあるそうよ。
釘を刺しにいくわ。
それでも駄目なようならその場で滅ぼすしかないでしょうね」
「……誰からその情報を?」
「ウェレアムレイト公爵よ。彼は危険すぎる。
ヴィクター、始末できる機会があれば、あなたが対応しなさい。
お父様を出し抜ける個体よ。
無理をせず、決して油断はしないで」
「……畏まりました」
リーゼロッテは彼を危険視した。
魔王打倒の障害になり得ると。
一度は見逃したが、ああも野心に溢れる様を見てしまった今、看過してはならない。
おそらく、彼はリーゼロッテと魔王の共倒れを狙ってくる。
その為の布石として、レッティングル公爵の動きをリーゼロッテに伝え、裏社会潜伏計画を話した。
だがその裏社会潜伏計画、それ自体が囮。
本命の計画が必ず裏にあるはずだ。
彼が本格的に動き出す前に、息の根を止めておかねばならない。
でなければ彼の動きが、必ずリーゼロッテの邪魔をする。
――お父様にも、警告は出しておいた方が良いか。
愛する父の命を狙う男が傍に居るならば、警告するのが娘の務め。
リーゼロッテは素直にそう考えた。
そこに迷いはなかった。
*****
リーゼロッテが執務室に戻ると、アーグンスト公爵が書類仕事に戻っていた。
執務机の前まで行くと彼は手を止め、顔を上げた。
その顔には、いつもの優しく酷薄な微笑みが張り付いている。
「初物の味はいかがでしたか?」
「久しぶりの味ね。
中々に味わい深かったわ。
四魔公を魔王城で養うのも大変よね――
それより、各地方の四魔公の動きはどこまで把握しているの?」
「現在、予想以上に反感は買っているらしいとの情報は耳にしましたが、それ以上はまだです」
リーゼロッテが伝えた事以上は伝わってないようだ。
寝耳に水の情報、これから情報収集する段階だろう。
「一つ確認なんだけど……
私はお父様に『四魔公の粛清』を許可されたわ。
その中に、ウェレアムレイト公爵も当然含まれると思っていいのよね?」
アーグンスト公爵の微笑みが凍り付いた。
魔王が、リーゼロッテの一言で察したのだ。
リーゼロッテが彼を粛清対象に含めた。
つまり彼女が『お父様にとって危険』と判断した事を意味する。
必要以上に情報を与えるのは、リーゼロッテ自身が魔王の命を狙っていると疑われる事になる。
それは避けなければならない――さすがに彼女もそれは理解していた。
ここから先は綱渡りとなる。
――どこまで渡り切れるか。
リーゼロッテの背後で、ヴィクターもまた驚愕してリーゼロッテの顔を見つめていた。
アーグンスト公爵が真顔でリーゼロッテに尋ねる。
「彼に叛意がある、と仰られましたか」
「私はその匂いを嗅ぎつけただけ――
彼は危険過ぎる。
あの男を近衛部隊に配置したのは、お父様らしくない采配よ。
二割の口減らしといい、お父様ったらどうしたのかしら。
少し焦り過ぎよ」
リーゼロッテの、誠意を込めた言葉が続いた。
アーグンスト公爵が神妙な顔になり、俯き気味に考え込んだ。
リーゼロッテはそのまま言葉を続ける。
「とにかく、お父様に忠告をしておいて頂戴。
決して彼に対して油断はしないように。
私の方でも、不穏な気配を感じ次第手を下しておくけれど、身近にいるお父様が心配よ」
アーグンスト公爵が顔を上げた――その顔にはいつもの優しく酷薄な微笑み。
「畏まりました。
確かに陛下にお伝えしておきましょう。
殿下はくれぐれも増産の手を緩めぬようお願いいたします」
「わかってるわ――
じゃあまた来月、会いに来るわね」
――無事、渡り切れた。
リーゼロッテは内心で胸を撫で下ろしていた。
深く追及されず、必要最低限の情報のみで警告を与えた。
これ以上は望めない結果だ。
リーゼロッテは身を翻し、執務室を後にした。
****
アーグンスト公爵がリーゼロッテの後姿を見送った後、真顔で腕組みをし、顎に手を当て考え始めた。
各地方の四魔公、奴らの反感はある程度織り込み済みだったが、『己の任地から外に手を出すな』という厳命すら守らない可能性が出るのは誤算だった。
リーゼロッテの言う通り、予想以上の人間の衰退具合に、焦り過ぎていたようだ。
四魔公配下の造反とそれの粛清――想定外だが、口減らしには成功したと思って良い。
まだ人間の支配体制が揺らぐ程でもあるまい。
だがこれ以上はまずい。
各地方視察中も、人間からは強い敵意を感じる時があった。
絶望に叩き落とされた人間社会でも、したたかに生き延び、虎視眈々と反抗の機会を伺う勢力が各地に居る。
それについては、リーゼロッテに四魔公の粛清を任せた。
娘なら仕損じる事もない。確実に仕事をこなすはずだ。
だがおそらく、その後は荒れるだろう。
人間の反抗勢力が勢い付く事に繋がりかねない。
人間どもの反抗に付いて、手を打っておかねばならないが……信用できる手駒は娘ただ一人。
彼女には増産に専念してもらいたいが、他の地方を合わせて統治させることも考えた方が良いかもわからないな。
リーゼロッテの統治下であれば、人間共は大人しく彼女に従う。それはラスタベルト王国で実証した。
魔族に敵意を持った個体は自ら志願し、順次出荷されるだろう。
現在の魔族による直接的な支配体制から、自覚しないまま魔族に支配される体制への転換だ。
大陸南西部を見る限り、その賭けの勝率は悪くない。
奴らは娘という魔族に確かに支配されて居ながら、その自覚がなかった。
充分に検討する価値がある。
そんなことより気になるのは、娘の残した警告だ。
ウェレアムレイト公爵にそこまでの野心があるとは……リーゼロッテが自ら粛清を申し出るほどだ、余程の危険性を感じているはず。
確かに、頭が切れ過ぎる個体は危険だ。
それなら愚鈍な方がマシと言うものだ。
有能である事は間違いないが、頭が切れ過ぎる野心家など、飼っていて良い事は何もない。
今まで出し抜かれていたというのであれば、既にどれだけ情報を握られているか分かったものでもない。
他者に漏洩される前に早急に証拠を掴み、確実に処分を済ませるべきだろう。
……奴の後任にはヴェーゼブル侯爵がいる。彼女で充分だろう。
ヴェーゼブル侯爵は臆病な個体だ。強者に歯向かう真似は死んでもするまい。
近衛として傍に置くなら、あのくらいで丁度良い。所詮、見せかけの兵力だ。
攻めてきた勢力が近衛部隊の対応に手間取って居る間に、近衛部隊ごと私が殲滅する――ただそれだけの囮部隊なのだから。




