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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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60.夢のような食卓

 ヴェゲン領に物資を配給するようになって一か月が経過した。

 通算四度の配給が行われた事になる。


 ヴェゲン辺境伯は大規模な農地に隣接した街を中心に集落の統廃合を開始した。

 自ら説得に奔走し、この一か月でその総数を五割弱にまで落としてみせた。

 それだけ小規模な集落が多かったという事でもあるが、彼の尽力と為政者としての能力が発揮された賜物たまものだろう。

 おかげでリーゼロッテの眷属も三千体近くを減らせた。

 大きな魔力の節約につながる功績だったと言える。


 ヴェゲン領の農地が回復し、その傍の集落に人が集められ、農業や牧畜に従事しているという。

 五千人分の王都からの配給に加え、領内からの収穫を合わせ一万人の人口がアルノルトの街からの配給を受けていた。


 アルノルトから牧草が届く事で、王都でも畜産業が活気づいているようだ。


 こうしてヴェゲン領や王都の畜産業の生産物が王都に広く出回るようになった。

 今の王都市民の生活品質はさらに向上していた。





 その成果、チーズが朝食の席に並び、牛乳を子供たちが元気に飲み干している。

 蜂蜜を加えた紅茶にも牛乳が加えられ、更に芳醇な香りを感じる『……らしい』。

 魔族のリーゼロッテには、『香りが複雑になったな』、という感慨しかない。


 鶏の卵を使った料理も食卓に並び、家庭の味のさらに多くが子供たちやラフィーネに伝授されていた。

 バターが潤沢に出回るようになり、この地区に届く配給のパンも、バターが加えられた物に代わっていた。



 アロイスが感慨深げに牛乳の入ったコップを持っている。


「ここまで回復するのに二十年弱か。

 まさかまた新鮮な牛乳をラスタベルト王国の食卓で飲める日が来るだなんてね」


「カリアンには牛は居ないの?」


「わずかだが牧畜業はあるよ。

 だけど食わせる牧草があんまりないから、今も残っている牧畜農家の規模が小さいんだ。

 周辺住民は口にしていたようだけどね。

 牛乳や牧草も、多くはラスタベルト王国からの輸入に頼っていたのさ」


「カリアンまで牛乳を?

 傷んでしまわないの?」


「牛乳の輸送は活発だったからね。

 長期間常温で保存して、長距離を輸送する――

 そんな事に耐えられる技術が発達したのさ。

 あまり遠くは無理だが、隣国カリアンくらいなら問題ないよ」


 ――へぇ~、それも一つの文化。失われなくて良かった。


 カリアンはそれだけ、食材の生産能力が貧弱な国土なのだな、とリーゼロッテは痛感していた。

 半面、冶金に最適なので輸出品には困らない。

 ラスタベルト王国が食糧庫として機能していれば、何の問題にもならなかったのだろう。


 もう一方の隣国、ヴェローナの海産物は魔法全盛時代でも『鮮度が命』と言われていたらしい。

 一般人が使える保全術式では、カリアンまで鮮度を維持するのが難しいと言っていた。

 漁師たちの保全術式は丸一日ぐらいしか持たないと言っていた。

 人間の一般人にはそれぐらいが限界なのだろう。

 一部に魔法を使える漁師もいるらしいのだが、『傷まない魚』の魔法は神が応じてくれないそうだ。

 神には神なりのルールがやはりあるようだった。


 だが大商人お抱えの魔導士が直接輸送するなら、つまり術式を維持すれば二週間以上は鮮度を維持できるそうだ。

 おそらく、ガートナーくらいなら簡単にそれぐらいの魔法は使って見せるだろう。

 だが魔導士を長期間拘束するため、どうしても人件費が高くつく上に大量輸送には向かない。

 漁場から遠い場所では、そうした付加価値や費用の結果、とても高価な品として取引されていたらしい。

 塩漬けした加工品は比較的日持ちが良く、安価に出回って居たそうだ。




 ラフィーネはチーズが入った卵の炒め物が気に入ったらしい。

 火が加わるとチーズがとろりとして、堪らない味になるそうだ。


「このチーズって食べ物、濃厚なコクがあって美味しいですね!」


 リーゼロッテはその笑顔を微笑んで見守っていた。


 魔族に伝わる腐敗の魔導術式で発酵を早める手法が広く知れ渡った。

 牛乳や羊乳を発酵させるチーズが早期に出回り始め、製法を聞いた時にリーゼロッテも驚いた。

 『いつの間にそんな広範囲に?!』といった所だ。


 きっかけはイェルクに滋養を付ける為、猪の肝臓の下ごしらえとしてリンゴ酢を作ったことだった。

 それが酒造の高速化にも活かされ、今はチーズ製法の高速化に活かされている。

 巡り巡って意外な産業効果が生まれていた。

 きっとこの腐敗の術式は発酵の術式へと名前を変え、今後の人間社会に深く根付き、残り続けるだろう。



 神魔大戦後に生まれたラフィーヌたち子供世代。

 彼女たちの記憶にある食卓はわずかな根菜と傷んだ質素なパン、それが常識だったそうだ。

 王宮では以前の生活を必死に維持しようと務めていた為、イェルクの知る食卓はもう少しまともだったようだ。


 あの王も、無能なりに必死に配給は行っていたらしい。

 尤も最初に指示するだけで、計画と実務は文官が行うのが常だったと、イェルクが苦笑していた。


「それは私もほとんどをヴィクターに任せているんだし、同列にされるのは癪だけれど、大差ないと言えるんじゃない?」


 イェルクは深いため息をついて応える。


「あなたはあなたが出来る事を方々に飛び回って充分にやってるわ。

 指示だけ出して王宮で暇を持て余していたお父様とは違うわよ」


 ――んー、そういうものかなぁ?


 リーゼロッテには魔王級の魔力があり、ミネルヴァが居てくれるからこそ発揮できる機動力だ。

 人間の国王が長距離を移動しようとすれば、随行する兵力が必要になるだろうし、機動力なんて出しようがない。

 馬が無くなれば、尚更長距離の移動なんて無理だ。

 単身で安全を確保しつつ、あちこちを瞬く間に移動できるリーゼロッテは反則技の塊だ。

 ただの人間に真似をしろと言う方が酷だと、リーゼロッテでもさすがに思っていた。



 食材が失われた時代の記憶しかないラフィーネを始めとした庶民の子供たちにとって、今は夢のような世界だ。

 知らない美味と栄養で溢れた食卓――夢にすら見ることが許されなかった世界と言える。


 着ている服にも柄や色が付き、装飾も増えた。

 子供たちが袖を通した時、『これが本来のラスタベルト王国の服よ』と、婦人の一人が涙ながらに語っていた。

 大人たちは勿論の事、子供たちもそうして立派になった好みの服を身に纏っている。


 『ほつれのない服すら貴重品』と言われた時期からリーゼロッテが知る限りで半年余り。

 実際には何年もの間、失われてきた文化だ。

 長かったのか短かったのか――リーゼロッテには判断が付かなかった。

 だが大人たちが感涙を堪え切れない姿を見る限りでは、きっと長く苦しい時間だったのだろう。




 イェルクが蜂蜜入りのミルクティーを楽しみながら、リーゼロッテに尋ねる。


「それで、あなたの眷属は今、何体常設しているの?」


「残った集落に一千体、王都の外敵対策に一千体――

 合計二千体まで減らせたわ」


 国内の集落統廃合も進み、増員した王国軍兵士や自警団、カリアン人が協力して治安維持に努めてくれている。

 その結果、大量の眷属を引き上げることが出来た。

 東の牧草地帯の野盗対策も、ヴェゲン辺境伯が一手に引き受けている。


 一時期は一万五千を常設していた低級眷属が二千まで減ったのだ。

 カリアン人とヴェゲン辺境伯の働きは、とても大きな功績だろう。


 おかげでリーゼロッテは日々、魔王対策で魔力を備蓄する事が出来ている。

 保険を打っておくに越したことはない。

 魔法だけに頼らず、勝ちの目を増やす努力は続けなければならない。



 牛を取り戻し耕作能力が回復し、養える人口が増える事で王都は受け入れられる許容量が増えた。

 そこにじわじわと周辺集落から人が集まり始めたのだ。

 次第に働き口を探す人が増え始め、王国軍の兵士を増員する事も可能になった。

 農業従事者は充分な人手を確保し、余った分が他の産業へと流れだしている。


 既に貨幣経済も稼働を再開し、リーゼロッテの居住区以外の配給は、最低限飢えない程度にまで減らされている。

 それ以上を欲するなら、労働の対価として貨幣を得るという社会活動を行う必要がある。

 そうして得た金銭で、自分の需要に応じて物資を買い求める――貨幣経済による、都市機能の復活だ。


 生活品質を高める製品を製造する産業も次第に回復していき、徐々に王都は往年の姿を取り戻しつつあった。

 飲食業も再開する店が出始めている。

 人が増える事で需要が生まれ、需要に対応するように産業が活性化し、活性化した産業が人手を求める。

 良い循環が生まれていた。


 あとはこの流れを、近隣の街に波及させていくだけだ。

 そうして穀倉地帯をさらに活性化する事で、『大陸の食糧庫』の姿を取り戻していくのだ。




 イェルクが感心するように呟く。


「あれだけ荒れ果てていた王都を、わずか半年余りでここまで回復させるなんて……ヴィクターは優秀なのね」


「私の自慢の副官だもの。

 うちの宰相と張り合える、唯一の存在じゃないかしら」


 尤も、魔王から豊穣の神の神殿機能の回復の許可をもらうなど、並の人間が望める事ではない。

 『魔王の娘の副官』という立場を全力で活用して得た結果とも言える。

 それでも、あの魔王を口説き落とす事が出来る人間は、二十年間仕え続けたヴィクターくらいでもあっただろう。

 ヴィクター以外がリーゼロッテの副官だったとしても、一年も経たずに命を落としていたに違いない。

 様々な条件が重なった結果の成果だ。


 それに、智謀だけならウェレアムレイト公爵――彼も相当に頭が切れる魔族だった。

 彼なら魔王やヴィクターすら上回る智謀を見せるかもしれない。


 だが、頭が切れすぎる個体は周囲から警戒心を抱かれやすい。

 その事に付いて、本人は無頓着のようだった。

 あのままでは、いずれ魔王が処刑してしまうだろうという危惧をリーゼロッテは抱いている。


 ――その前に忠告をしておいた方が良いかもしれない。





 人間たちが朝食を食べ終わり、学校や仕事へ出かけていった。

 既に働きに出る人間の半数近くが農作業以外に従事していた。

 手に職があった人、つまり技能職の人は、家業を再開しはじめた。

 女性たちも接客業や加工業に従事する人が出てきている。


 そんな中、リーゼロッテは一人の女の子に声をかける。

 彼女は二週間前から働きに出るのを止めてもらい、話し合いの結果、一つの事が決まっていた。

 彼女の体調を術式で調査して、今日が相応しい日だと言う確認も終わっている。


「ユーディト。体調は大丈夫かしら?」


「ええリズ。万全にしておいたわ!」


 ユーディト――リーゼロッテに分かち合う愛を説き、泣かせた女の子だ。

 栗色の髪をした、意志の強い瞳を持つ少女。


 彼女は体型もふっくらとしていて、栄養状態もこの半年で見事に問題がなくなっている。

 元々裕福な家庭だったようで、家財を処分することで長く食材を手に入れていたようだ。





 リーゼロッテはラフィーネやイェルク、ウルズラ、アロイス、そしてユーディトと共に自宅に入っていく。


 ユーディトがリビングのソファに横になる。

 周りではラフィーネたちが興味津々で様子を見守っている。

 ユーディトは少し緊張しているようだ。


 リーゼロッテは高らかに宣言した。


「では、私の最初の子供を授けるわ!」


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