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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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59.魔王軍の胎動

 ――魔王城、謁見の間。


 ウェレアムレイト公爵が玉座の前に跪いていた。


「――以上が近衛部隊の骨子となります。

 問題ありませんか」


 わずかに間が空き、魔王の返答が響く。


「それでよい。仔細は任せる」


「では、この謁見の間の警護もお任せ頂けるという事で宜しいですね?」


 ふたたび間が空き、魔王の返答が響く。


「いや、それは不要だ。

 貴様は魔王城の外のみを固めておけ」


「畏まりました」


 ウェレアムレイト公爵は、不審に感じた。


 どうにも反応にいちいち間がある。

 魔王陛下の魔力も、そこにあるようには感じない。

 魔王級の瘴気こそ間違いなくそこに在るが、強大な魔力の圧迫感がない。

 普段は気にならないそれが、今日はやけに気になった。


 考えられる可能性――

 おそらく、玉座に居るのは影、本体はこの部屋のどこかにいる――いや、それにしては間があり過ぎる。

 ならばこの謁見の間から遠い場所に居るのだろう。その為、魔力の圧力を感じさせることが出来ないのだ。

 ふと、アーグンスト公爵の顔が頭をよぎった。

 宰相は今、どうしているだろうか。


 考え事に耽っていると、再び謁見の間に声が響いた。


「――どうしたウェレアムレイト公爵、まだ何か用があるのか」


「いえ、宰相はどこにおられるかと。

 先程、執務室を見に行ったときに不在でしたので」


 またしばらく間があり、声が響く。


「奴は視察に向かった。

 終わり次第帰ってくる。わかったら下がれ」


「はっ! 失礼致しました」


 立ち上がって身を翻し、謁見の間を出た。




 廊下を歩きながら、ある考えが頭をよぎる。


 普段は粛清部隊の執務室に詰めている宰相が魔王城に不在――大変珍しい事だ。

 魔王陛下共々、魔王城から出ない魔族として有名な男だ。


 そんな男が不在の折に、妙に反応に間が生まれた魔王陛下――回り過ぎる頭が、危険な事実に気が付いた。


 ――なるほど、実質的に魔王軍を取り仕切るあの男が、陛下の本体か。


 いくら魔王陛下と言えど、遠隔地から魔王城の影で会話をする術式は、どうしても会話に間が生まれてしまう。

 魔導術式は、魔力が伝わる速度を超えて情報を伝達できない。


 魔王陛下に直に会う魔族も滅多に居ない。

 普段は宰相が代わりに話を聞くからだ。

 魔族たちも、強大な魔王陛下に直接会うよりも、弱小な宰相の指示を仰ぐ方が心理的負担が少ない。

 宰相が部屋に不在なら、戻ってくるまで待つ事を、どの魔族も選択したがるだろう。


 元々、魔王陛下の指示を仰ぐこと自体が少ないのだ。

 ただ命じられたことをこなす、それが魔族たちの姿だった。


 今回は新設の近衛部隊の配備に当たり、どうしても陛下の了承が必要だった。

 宰相に確認を取りに行けば不在だったので、仕方なく陛下に直接了承を取り付けた。

 こうして宰相が不在の間に近衛部隊の準備が間に合わず、魔王城が攻められる――そんな失態を演じる訳にはいかないのだ。


 宰相不在時の魔王陛下への謁見、そんな稀有な体験が、ウェレアムレイト公爵に真実を悟らせた。

 それを悟られたと知られれば、己の命が危うい情報だ。

 用心深い魔王陛下が、その正体を悟った魔族の個体を放置するわけが無かった。


 だが逆に、強力な切り札ともなり得る情報だ。

 これを巧く使えば、己が新たな魔王となる目もある。

 かなりの危険を伴うが、ウェレアムレイト公爵にも野心ぐらいはある。


 幸い、魔王城の近衛として配備された。

 用心深い魔王陛下を出し抜く機会が、最も多い立場と言える。


 己の味方となり得る魔族の心当たりを検討した。


 ヴェーゼブル伯爵――いや、彼女は身の安全のためにウェレアムレイト公爵を売りかねない。

 弱者だからこそ、生き延びる道に対する嗅覚は並外れた存在だ。

 危険を冒す愚行は忌避するだろう。

 彼女に打ち明ける前に、こちらに付けば確実に生き延びられると確信させる必要がある。


 ――リーゼロッテ殿下。

 魔族の異端。

 自分たちを脱落者なく、生かして魔王城へ帰還させた個体。

 父親である魔王陛下に逆らうとは思えないが、魔族の中で最も魔王陛下に勝ち目がある個体とも言える。

 彼女を味方につける事ができれば、魔王陛下を出し抜いて自分が魔王となる、そんな未来の可能性が高まるように思えた。


 できれば共倒れをしてくれるなら尚良いだろう。

 彼女には恩義がある。

 愛する父と共に滅びる道は、温情の一つとなり得る。


 共倒れと行かずとも、戦い傷付いた状態で襲い掛かれば勝ち目は増える。

 彼女を手にかけるのは忍びなくも思うが、強大な力を持って生まれた不幸を呪ってもらう他はない。


 残る四魔公も有効活用せねばならない――


 今後の展開を考えながら、ウェレアムレイト公爵はどのような策謀を巡らせるかに思いを馳せていた。





****


 ――大陸南東部、ある王城の玉座で、ウィレンチュラ公爵が不機嫌そうに顔をしかめていた。


 先日、宰相が行った抜き打ちの視察で虚偽の報告が露見し、魔王陛下から厳しく叱責を頂いてしまった。

 挙句の果てには配下の魔族たちを二割口減らししろ、という命令のおまけが付いた。


 魔族の数を二割ではない。

 消費する人間の感情を二割減らせ、という命令だった。


 平民階級の数をいくら減らしても、全体の二割には遠く及ばない。

 魔力が強ければ、より多くの感情を摂取する必要がある。

 どうしても力の強い貴族階級、それも上位貴族を含めなければならない。


 それだけ食糧事情が逼迫していることも理解はしている。

 日々、人間は減り続けている。

 このままでは人間がいなくなり、食糧が無くなる。

 そうなれば魔族を待つのは餓死だ。それは避けなければならない。


 だが配下の貴族階級の処分は少なからず反感を買う。

 造反する配下の魔族が続出し、造反者の処分を終えた頃には配下の数が半減していた。


 まだ人間を支配し続ける余裕はあるが、手痛い損害と言える。

 魔王陛下に対する反抗心も芽生えようと言うものだ。



 だがそれよりも、大事なことがあった。


 宰相から伝えられた魔族の希望――『増産と出荷の計画』だ。

 大陸南西部で数を増やした人間が、自動的に出荷されてくるらしい。


 エッセングル山脈があるので、最初に大陸北部に攻め入る可能性は少ない。

 国境に障害物が存在しない、街道で隣接する大陸南東部こそが、最もその恩恵をあずかれる土地だと告げられた。

 『だからしっかりと死守しろ』と重ねて言いつけてから、宰相は魔王城へ戻っていった。



 数十年後、この土地には人間どもが自分たちから魔族の支配圏に攻め入ってくる。

 魔族はただ、迎え撃つだけで良い。

 攻め入ってくる気配がなければ、こちらから攻め入って捕獲すればよい。

 今の時代、神殿を封印された人間が魔族に勝つ目などない。

 活力に溢れた人間をあっさりと捕獲し、思う存分絶望を味わわせることで腹を膨らせることが出来る。


 半数程度は魔王城や他の地域へ譲渡さねばならないだろうが、それでも最も早く食糧にありつける土地なのだ。

 虚偽の報告を上げて数をごまかせば、六割から七割をせしめる事も可能かもしれない。

 食糧に飢え、力衰えた魔王陛下に対し、力を蓄えた自分が牙をむく事さえ可能だろう。



 それほど有望な土地なのだ、他の四魔公が狙ってこない保証がない。


 隣接する大陸北東部が最も危うい。

 あそこは野心溢れるレッティングル公爵の統括地だ。


 逆に大陸北西部は、魔族としては珍しい、魔王陛下への忠義に篤いリーベルト公爵の統括地。

 彼が魔王陛下の命令を無視する事は考えにくいが、自分を危険視すれば襲ってくる可能性を否定できない。



 まずは大陸北東部のレッティングル公爵への対策を早急に行っておく必要がある。

 だというのに、配下を半数まで減らされ、大きく動く力を奪われた。

 しばらくは他の四魔公と争うなど、まず無理だろう。



 手を組める存在――リーベルト公爵は、魔王陛下に弓引く存在を許しはしないだろう。

 いま手を組むと、あとで動きが取り辛くなる。

 なにより、魔王城の目を盗んで大陸北西部と連絡を密に取り合うのは厳しい。

 間にどうしても魔王城の領域が入るからだ。

 それを避ければ他の地方に踏み入らざるを得ない。

 それはそれで危険を孕む。要らぬ刺激を与えるわけにはいかない。


 そうなると残った候補――大陸南西部を統括する、リーゼロッテ殿下か。

 彼女なら御しやすい。

 愛と平和などと言う、魔族に取って寝言としか思えない理想を夢見る個体だと聞く。

 ならばこちらから攻め込まないことを確約することで、味方に引き入れてレッティングル公爵を追い返してもらう事も可能ではないか。

 当然、魔族にとって約束などというのは、都合よく破って良い契約だ。

 それで損をこうむる訳ではない。

 もとより信用や信頼などとは無縁、弱肉強食、暴力の世界だ。

 口約束を信じる個体が愚かとしか言いようがない。



 手始めに、どうリーゼロッテ殿下と接触を図るべきか、それに思いを馳せていた。





****


 ――大陸北東部、ある王城の玉座。


 レッティングル公爵は情勢のおおよそを把握していた。


 今回、魔王陛下の指示した二割口減らしの命令、あれが決定打だ。

 用心深く立ち回る魔王陛下にしては珍しい失策だと思っていた。


 ――いや、失策とは言い切れないか。

 それほど魔族の食糧事情が厳しい。

 確かにこのまま人間から絶望を搾り取って居れば、半世紀以内に人間の絶滅は免れない。

 大陸南西部で行われる人間の増産まで、今の人口をなるだけ維持しなければならないのだ。

 ならば口減らしは頷かざるを得ないが、これが各地の魔族の反感を大いに買っていた。

 レッティングル公爵の配下も、およそ半数を処分する結果となった。



 大陸北部は人間の食料事情も厳しい。

 大陸南西部の穀倉地帯からの補充がどうしても欲しい所だ。

 減少を緩和し、増加傾向に持ち込むためには大陸南西部の協力が必要だった。



 或いは北部の人間を見限り、搾り取れるだけ絶望を搾り取って命を使い切った後、隣接するウィレンチュラ公爵の統括地を乗っ取る事も考えて良いかもしれない。

 人の居なくなった土地なら、魔王陛下も手放す事を責めはしないだろう。

 その後、最も増産された人間が出荷されやすい土地で、安穏と生きて行けば良い。



 一方、魔王城に配備されたという近衛部隊に不穏な匂いを感じた。

 近衛部隊を統括するウェレアムレイト公爵と直接会ったが、あれは頭が切れすぎる。

 危険なほど頭が回る男が、魔王陛下の傍仕えという立場を手に入れた。

 魔王陛下とて、一手間違えれば手を噛まれるどころでは済まない男だと確信していた。


 だが所詮は弱小派閥、四魔公となって間もなく、力を蓄えている時間もなかった。

 正面からの潰し合いとなれば、負けの目はない。

 巧く唆す事が出来れば、魔王陛下を始末させ、その背後から襲い掛かる事も可能だろう。

 その後は自分が新しい魔王として君臨すればよい。




 次の一手――三つのうちどれを取るか。


 身の保全を優先し、人間の数を維持する事に努めるか。

 先々の利益を狙い、統括地を移すか。

 いっそ野望は高く、自分が新しい魔王となるか。



 どれも悩ましい選択肢だ。

 全てが可能に思え、全てにそれぞれの利点がある。


 自分に最もふさわしい未来像、その検討を始めていた。





****


 ――大陸北西部、とある王城の一室。


 リーベルト公爵は椅子に座り一人、物思いに耽っていた。


 人間に可能な限り優しい統治をしていた自負があった。

 虚偽の報告も、上げた覚えはない。

 四魔公の統括地の中で、最も人口の減少が緩やかな土地だ。

 だがアーグンスト公爵から下された評価は『報告よりも人間の質が悪い』という理不尽なものだった。


 大陸北部の山岳森林地帯、農地にはあまり向かない土地ばかりだ。

 海も汚染され、森も汚染された。

 魔物が徘徊する土地で必死に生きる人間を時には支援し、開拓も手伝った。


 だが、そんな土地で明日を生きる活力を維持し続けろというのは無茶なのだ。

 人々の活力あふれる状態からの深い絶望。それこそが魔族最大の糧だった。

 絶望した人間から搾り取れる絶望、そんな活力など、ほとんど滓ばかりだ。


 それを数で補うため打てる手は打ってきたが、評価に結びつかなかった。

 これ以上何をどうしていいのか、リーベルト公爵にはわからない。



 その上で二割口減らしの命令だ。

 苦悩したリーベルト公爵は、その命令にも従った。

 造反する部下を抑える事はできたが、魔王陛下に対する反感までは抑えきれなかった。

 このままではリーベルト公爵の元から離反した一派が、魔王陛下に弓を引きかねない。



 リーベルト公爵は朴訥な男だ。

 頭も口も回らない、ただ強い心で信ずるものを押し通してきた。

 そんな男は、力で全てが解決しない事を知っていた。

 誠意というものが時に魔族すら動かす事がある事を知っている、そんな男だ。

 負の感情こそ食べるが、魔族の異端の一人だった。



 この二割口減らしの命令は、他の二地域にも与えられ、多くの造反者を出したという。

 彼らはより多くの反感を抱いただろう。

 そんな彼らをどう抑え、どう動くのが魔王陛下の為となるのか。


 魔王陛下の繁栄は魔族の繁栄につながる。

 魔王陛下への忠誠、それは魔族への忠誠だ。

 リーベルト公爵は常に魔族全体の事を考え、行動しているつもりだった。


 だが次に打つべき手がわからない。

 その助言を与えてくれる頭脳を欲した。



 宰相アーグンスト公爵――彼では駄目だ。

 彼は冷徹が過ぎる。

 魔王陛下の為なら同族すら簡単に切り捨てる男だ。



 近衛のウェレアムレイト公爵――彼も駄目だろう。

 彼は頭が切れすぎる。

 自分が良いように利用されて終わるだけだと、さすがに理解した。



 残る四魔公――ウィレンチュラ公爵もレッティングル公爵も、反りが合わない。

 協力する事はまず無理だろう。



 最後の候補――リーゼロッテ殿下。

 彼の副官、ヴィクターといったか。

 あの人間は宰相に負けぬほど頭が切れると評判だった。

 この二十年間、彼を出し抜けた魔族など聞いたことはない。

 粛清部隊の一人として、人間でありながら的確に仕事をする経歴不詳の傑物だ。


 彼はリーゼロッテに忠誠を誓う。

 愛と平和を愛するリーゼロッテ、彼女の足元には人間たちに与えられる豊富な食糧を生み出す大穀倉地帯がある。

 手を組むことが出来れば、人間たちに希望を与える事もできるかもしれなかった。


 優秀な頭脳と人間たちの希望、その二つを得られる可能性――少なくとも、助言はもらえるだろう。

 食料については、大陸南西部の事情が著しく悪いとも聞いていた。余り望みはないかもしれない。



 今後の人間増産計画、その事もリーベルト公爵には懐疑的に思えた。

 あまりに話が旨すぎる――そういったものに対する嗅覚だけは、リーベルト公爵も持っている。

 さすがに生まれてから何度も騙され続ければ、嗅覚くらいは育っていく。


 必ず落とし穴があるはずだ。過信すれば痛い目にあうだろう。

 その先に待つのは、魔族の滅亡だ。そんな予感があった。

 計画の発案者、アーグンスト公爵は疑いを持っていないようだが、それと同時にどこか焦りのようなものを感じた。

 確かにこの計画が失敗すれば、人間が生き延びる希望はないのかもしれない。

 それでも己の嗅覚が、この計画の危険性を訴えていた。


 だが朴訥なリーベルト公爵は、その思いを言葉にして相手に伝えることが出来ない。

 この危機感をどう表し伝えてよいのかがわからない。



 そんなリーベルト公爵の話でも、リーゼロッテ殿下なら聞いてくれるだろう。

 一度接触を図ってみるべきかもしれない。

 他の四魔公への警戒をしつつ、その機会を探る。

 不器用な男が、不器用なりに考えを巡らしていた。


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