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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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5.粛清の時間

 リーゼロッテは夕暮れの中、ヴィクターと共に王宮を目指して歩いていた。


「殿下、私の助勢は必要でしょうか」



「特にいらないわ。

 さっき聞いた戦力の十倍程度が潜んでいても、何の問題もないわね」


 足手まといが居なくなることが確定していれば、リーゼロッテにとっては『日常業務』が待っているだけだった。


「そんなことより――」


 リーゼロッテの目が左右に走る。


 ヴィクターの隣を歩くガートナー。

 リーゼロッテの隣を歩くラフィーネ。


「なぜ二人が付いてきてるのかしら。

 私は仕事の邪魔をして欲しくないんだけど。

 いったい私の言葉の何を聞いていたのかしら」


 彼女にはどう見ても『日常業務』を邪魔する足手まといにしか思えなかったのだ。


 リーゼロッテの冷たい視線にさらされながら、ガートナーが渋い顔で応える。


「お前がどういう存在なのか、俺たちは見極めなきゃならん。

 これから執政官として統治をすると聞いちまったら尚更だ」


 ガートナーには足手まといにならない確信があった。

 「俺はヴィクターと共に魔王城に辿り着いたパーティーの一員だ」と告げた。


 魔王の放つ遠距離攻撃魔導術式に耐える防御結界を張ることが、ガートナーにはできるのだ。

 ラフィーネ一人くらいは守り切る自信を持って居た。


 ――お父様の遠距離攻撃魔導術式すら防いだのなら、公爵級程度で怪我をすることはないか。


 リーゼロッテはガートナーの腕を見直していた。

 遠距離で減衰するとはいえ、魔王の攻撃は並の魔導士が凌げるものではない。


 ラフィーネも明るい笑顔でリーゼロッテに応える。


「私はリズが活躍すると聞いたら黙って居られないだけよ!

 貴方の活躍、必ずこの瞳に納めてみせるわ!」


 リーゼロッテは乾いた笑いを浮かべていた。


 ラフィーネはどうみても、『まともな戦闘経験もないひよっ子』だ。

 これから起こる事を欠片も想像もできてない事は確かだろう。


 リーゼロッテはラフィーネに苦笑を返しつつ、ヴィクターに尋ねる。


「ヴィクター貴方、魔王城に攻めてきた人間だったの?

 初めて聞いたわよ?」


 ヴィクターは魔王軍の中でも経歴不詳の人間として有名だった。

 リーゼロッテも、今初めて知らされた事実だ。


「恥ずかしながら、魔王城に辿り着いた唯一の勇者パーティー、その一員でした。

 殿下には遠く及びませんが、これでもそれなりの戦闘能力は保持しております」


「そう、それならガートナーさんとラフィーネのフォローをお願いしておくわ」


 当時の仲間なら、連携を取るのも簡単だろうという判断だ。

 粛清対象の始末は全てリーゼロッテが付けるので「おりはよろしく」とヴィクターに命じた。


「そろそろ王宮ね。

 ヴィクターはラフィーネを背負って頂戴。

 ガートナーさんは防御結界の維持に努めて」


 ヴィクターがラフィーネを背負い、ガートナーが自分たちに防御結界を張り終わるのを確認してからリーゼロッテは瘴気を解放する。

 途端にガートナーの顔色が蒼白に変わる。


「リズ、お前――なんだその化け物みたいな瘴気は?!」


 リーゼロッテは胡乱な目線をガートナーに向ける。


「私は魔王の娘だと名乗ったはずだけど?

 強さは魔王軍でもお父様に次ぐと告げた気がするのだけど?」


 瘴気が化け物、もとい魔王級なのは当たり前、という話だ。


 一方、ラフィーネは恍惚としていて語る。


「さすがリズの瘴気だわ……禍々しくて神々しい。

 神気と混ざり合って、まさにリズの気配と言った趣よ。

 貴方の在り方が気配にも表れているわ」


「そ、そう?

 そう言われたのは初めてね」


 リーゼロッテは少したじろぎながら応える


 ――この子、防御結界がなければ自分が即死してる事、理解してるのかな?


 おそらく理解はしていないだろうと半ば確信していた。



 リーゼロッテたちはそのまま、遠くに見え始めた王宮方面へ歩いていった。





****


 王宮に居た人間の衛兵たちも、遠くに居るリーゼロッテの瘴気を感じ始めた瞬間に一目散に逃げだし、彼女たちは真っ直ぐ謁見の間に向かっていく。

 途中の道案内もガートナーが行い、迷うことなく真っ直ぐ謁見の間へ、のんびりと歩いて行った。


 道中、魔族が現れて襲撃してくる様子もない。


「なんだか平和ね……

 退屈で欠伸が出そうよ。

 犠牲者が増えないのは良いことだけど、ここまでなんの手応えもないと疑問すら感じるわ」


 リーゼロッテが王宮全体に探査術式を撃つ――その結果に、リーゼロッテは呆れ、乾いた笑いを浮かべていた。


 広い部屋に上位貴族級が固まっている。

 中の一人はダグムロイト公爵とみられる強い反応。


 魔王軍上位四名の一角が、一部屋に取り巻き集めて迎え撃つ――見事な小心者ムーブだ。


「もうこれ、四魔公って名乗るのが恥ずかしくなるんじゃないかしら。

 他の三人はいい迷惑ね」


 ――そもそも誰が最初にこの恥ずかしい名前を名乗ったんだろうか。


 リーゼロッテが魔王軍上位四人の一角だったなら、誰かが名乗り始めた瞬間に殴ってでも止めただろう。

 これは彼女の中で暴力を振るっても良い理由足り得る。

 彼女の尊厳に関わる問題だ。

 『私は四魔公の一人リーゼロッテ!』などと想像しただけで、恥ずかしくて引きこもりになること請け合いである。


 少なくともリーゼロッテは『四天王』だとか『四人衆』などと呼ばれて喜ぶ感性は持ち合わせていない。


 ヴィクターがリーゼロッテに尋ねる。


「殿下、相手の規模はどの程度ですか」


「執政官以外のことなら、公爵級が三人、侯爵級が十五人、伯爵級が二十人といったところかしら」


 ガートナーは戦慄しているようだった。

 『王都を一瞬で壊滅させる存在が十八体も居る』と告げられた瞬間だ。

 自分たちは防御結界で無事だろうが、王都市民の命が風前の灯火だろう。


 それはヴィクターも同じ様だった。

 人間を増やしに来て逆に滅ぼす事はあってはならないだろう。


「それが一部屋に固まっているとなると、相当な規模の戦力だと思うのですが……本当に殿下御一人で問題ないのですか?」


 リーゼロッテはひらひらと手のひらを振って応える。


「ヴィクターは心配性ね。

 むしろ相手を殲滅しやすくて助かるわ。

 執政官たら、ガタガタ部屋の隅で震えている割に、私の力を考える余裕もないのかしらね」


 リーゼロッテは余裕に満ちていた。

 なにせ彼女の『日常業務』がこれから始まるだけなのだ。

 緊張も気負いも必要はない。





 リーゼロッテたちが謁見の間に辿り着くと、見事に三十八体の魔族たちが出迎えた。


 ヴィクターやガートナーは強く緊張していた。

 一瞬たりとも油断は出来ない――歴戦の戦士である彼らでも、街の被害を最小限に抑えるにはどう対処すればよいのか、わからない戦力だ。


 ラフィーネは暢気にリーゼロッテに見惚れているようだった。

 彼女はガートナーが歴戦の魔導士だと知っている。

 そのガートナーがここまで酷く緊張する場面で、自然体で余裕を見せるリーゼロッテに本物の強者の風格を見ているようだった。



 ダグムロイト公爵の姿はない。姿を隠して潜んでいるようだ。

 リーゼロッテは乾いた笑いすら売り切れた。


「本当に呆れた……自分だけは姿を隠しているなんて。どこまで魔族の名を貶めれば気が済むのかしら」


 呆れているリーゼロッテに、部屋の中から声が響いてくる。

 位置を悟らせないように声を反響させている――リーゼロッテの落胆は更に激しくなった。


「これはこれは殿下、ようこそおいで下さいました。こんな時刻に何用ですかな?」


 リーゼロッテは冷めた目で辺りを見回してみせた。


「私の仕事が何か、忘れたわけじゃないんでしょう?

 なら私が何をしにここまで来たのかも分かっているわよね?

 これだけ豪勢なお出迎えをしてくれるんだもの」


「ははは! いくら貴様が魔王の娘とはいえ、これだけの上位貴族に囲まれた上に私の相手をして無傷で帰――」


 リーゼロッテはダグムロイト公爵の口上の途中で、素早く魔力の矢を放っていた。


 その場に居る粛清対象全員の正確な位置は、謁見の間に入る前から把握済みだ。

 いつ、どの瞬間でも滅ぼせる準備がリーゼロッテにはあった。

 せめて途中で姿を見せないものかと待っていたが、攻撃を仕掛ける気配があったので粛清を決行した。


 一瞬で四方八方に放たれた白銀の矢が、姿を隠していたダグムロイト公爵を含む、その場にいた魔族全員の弱点を正確に破壊し、瞬時に塵に変えていった。


「――はぁ。

 頭も弱ければ対応力も下の下ね。

 姿を隠したまま塵になるだなんて、四魔公として悲しい末路になったわね?」


 リーゼロッテの言葉に応える事の出来る存在は、もう居ない。

 謁見の間は静かな静寂に包み込まれ、彼女たちだけが佇む広間と化している。



 ガートナーが振るえる声でリーゼロッテに尋ねる。


「おい……まさか、今ので終わりなのか?

 あれほどの数の上位貴族級魔族たちが、手も足も出ずに消滅したのか?」


 ガートナーは歴戦の魔導士だ。

 二十年前の神魔大戦経験者だからこそ、この光景が信じられないのだろう。

 公爵級や侯爵級との戦いは、街が簡単に吹き飛ぶ攻撃の応酬となるのが普通だ。


「見ての通りよ?

 お得意の魔法でも何でも使って、この部屋や王宮を探してみれば?

 私には王宮内に魔族が潜んでいる気配は感じられないけれど」


「いったい何をした?

 どんな高等な魔導を使えばこんな結果になる?!」


「見て分からなかったの?

 ただの初級魔導術式よ。

 特別なことは――さすがに、一瞬で三十九発を撃ち込むのは集中力を使ったわね。

 少し疲れたわ」


 ヴィクターも己の目が信じられないようだった。

 魔王と直接戦った男ですら、この光景は信じがたいものだったようだ。

 戸惑いながら言葉を告げる。


「魔族同士が本気で殺し合う場を初めて目にしましたが……このような結果になるのですね」


 リーゼロッテは冷めた表情で応える。


「相手の防御結界ごと撃ち抜く力技よ。

 こんなのは殺し合いじゃない、一方的な殲滅ね。

 力の差が大きくないと、こんな光景は見れないわよ?」


 これがリーゼロッテの『日常業務』だ。

 彼女の粛清は二十年間、ほぼこのように行われてきた。

 『命を狙われて生き延びた者は居ない』と噂されるのは伊達ではない。


 リーゼロッテがガートナーたちに告げる。


「『力を使う前に滅ぼす』というのはこういう事。

 一瞬で街を瓦礫の山に変える魔力を持っていようと、それを使う前に滅ぼせば平民階級との違いなんてないわ」


 相手が何かをする前に止めを刺す。

 先手必勝の極致と言える。

 この戦法に、彼女の使う初級魔導術式が非常に噛み合い、無敵を誇っていた。

 魔王級の圧倒的魔力と、鍛え上げて脅威的な瞬発力を持った術式の組み合わせは凶悪だった。


 これが通用しないのは、彼女の父親――魔王ぐらいだろう。



 ガートナーがまだ信じられないのか、動揺を隠せない表情でリーゼロッテに告げる。


「……すまんが、使った術式をもう一度見せてくれないか?」


 リーゼロッテが渋々応じる。


「しょうがないなー……はい、これで満足?」


 リーゼロッテが両手を広げた瞬間、その手には弓矢がつがえられ、引き絞られていた。

 それを見た瞬間にガートナーの顔が驚愕に染まった。


「なんだその術式の展開速度は?!

 手を広げた瞬間にはもう魔力の弓矢が形成されてるとか、いくら初級魔導術式だからって速過ぎないか?」


「そんなことを言われても、二十年間、こればかり毎日のように使ってきた技だもの。

 熟達するのは当たり前じゃない」


 リーゼロッテは呆れながら、術式を解除して白銀の弓矢を消した。

 およそ七千日に及ぶ修羅場を、ほとんどこの技だけでくぐり抜けて来たのだ。

 熟達しない方が嘘と言うものだろう。


「だがその術式、魔力の矢を打ち出すだけのものだろう?

 何故弓まで形成してるんだ?

 無駄じゃないのか?」


「私も最初はそうしてたんだけど、気まぐれで弓を作ってみたら威力も射程も倍くらい変わったのよ。

 それ以来、私は弓もセットで形成してるの。

 私のアレンジ術式ね」


 何か納得したようにガートナーが頷いている。


「なるほどなぁ……リズの神気は月の神のものだろう?

 月の神は狩猟の神の側面を持つ。

 弓と相性がいいんだ。

 生まれつき神気を持っていたというからには、お前は月の神の寵愛を受けているはずだ」


「神の加護もよくわからないんだけど、さらに寵愛とかいうのもあるの?

 何が違うのかしら?」


「祭壇で神に与えられるのが加護だ。

 一方で寵愛は地上に生まれ落ちる魂に、神が自ら加護を与える状態だ」


 生まれつき神気を纏っている者は神に愛され、寵愛を与えられた魂だ。

 神の加護を持つ者は魔法を使う事を許された状態で、神気を纏う。

 魔法の強さは神がどれだけ願った者を気に入っているかで大きく変わる。

 加護持ちより強い魔法を使えるのが寵愛持ち、という事になる。


「つまり、私は強い魔法を使う素質があるという事?

 私も魔法を覚えてみたいわ。

 せっかくの寵愛? なんだし」


「一応王都にも、とても小さいが月の神の礼拝所がある。

 お前が興味があるというなら、明日案内してやろうか?」


「いいの? じゃあお願いするわ。

 私は国王に新しい執政官として挨拶でもしておこうかしら――

 国王はどこにいると思う?」


 ガートナーが苦笑を浮かべて応える。


「まずは瘴気をしまえ。

 その瘴気はかなり広範囲に影響を与えている。

 今頃はその瘴気に恐れをなして、私室に衛兵と共に引きこもっているんじゃないか?」


 リーゼロッテが慌てて瘴気をしまうと共に、ガートナーが結界を解除した。

 ヴィクターがラフィーネを背中から降ろし、リーゼロッテに恭しく頭を下げた。


「では私が国王をここに呼びつけて参ります。

 今すぐ参上するよう言いつけて参りますので、玉座にてお待ちください」


 そう言い残し、ヴィクターの姿は瞬く間に空気に溶けるように消えていった。


「……玉座って、私にあんな場所に座って居ろというの?」


 リーゼロッテの目には、どう見てもソファよりくつろぎにくい椅子にしか見えなかった。

 あんな椅子に『座って待ってろ』と言われても『願い下げだ』という気分だ。


 ラフィーネが不思議そうな顔でリーゼロッテに尋ねる。


「その国で一番偉い人が座る椅子でしょう?

 リズが座るのは当たり前じゃないのかしら?」


「それは人間社会の話でしょう?

 あんな座り心地の悪そうな椅子、私は興味が無いわね。

 このまま立って待っているわ」


「さっすが私のリズね!」


 謎の言葉を口にしながらラフィーネがリーゼロッテに抱き着いた。


 リーゼロッテはラフィーネのものになった覚えがない。

 そのまま困惑していると、強い愛の香りがラフィーネから漂ってきているのに気付いた。


「あら、そんなに愛を溢れさせていると勿体無いわ。

 普段は我慢しておきなさい」


 感情を発生させるのにもエネルギーが必要となる。

 無駄に感情を発生させるのはエネルギーの無駄遣いであり、魔族にとって食糧を捨てるようなものだ。

 なのでリーゼロッテは食事時以外に愛を要求することはない。

 普段は抑えておくように要求する。


 だがラフィーネはそれでは納得しなかった。


「あれほど恐ろしい悪魔たちを相手にして、一瞬で滅ぼし切って見せたリズの姿を見ていたら我慢なんてできる訳が無いじゃない!

 私の感情が食事なのでしょう?

 疲れたと言っていたし、食べても良いんじゃないかしら?」


 ラフィーネの熱意に、リーゼロッテが折れた。


「……それもそうね。

 じゃあ少しだけ愛を食べてあげる。

 でも、少しだけよ?」


 リーゼロッテはそう言って、ラフィーネが立っていられる程度の活力を残しつつ、ゆっくりと感情を貪っていった。


 だがラフィーネは不満気だ。


「こんなの、愛を捧げているうちに入らないわ!

 きちんと捧げさせて!

 私に生きる悦びを実感させてほしいの!」


「……ねぇラフィーネ。

 それはあなたが捧げたいだけの、貴方の為の愛ではないの?

 それは本当に私を愛しているの?

 私はそんな美味しくなさそうな愛なら要らないわよ?」


 実際、リーゼロッテが感じる感情の味わいはかなり劣化していた。

 こんなのはエネルギーの無駄遣いだろうと判断した。


 リーゼロッテは貪る手を止め、ラフィーネの魂を解放した。


 ラフィーネはしょんぼりとして俯いていた。


「ごめんなさい、そうよね。

 こんな独りよがりの愛、貴方を愛しているとは言えないものね。

 貴方が食べて悦べない愛を捧げるなんて、貴方の愛を冒涜しているわ。

 今は我慢する」


 リーゼロッテはラフィーネから愛の香りが収まっていくのを感じていた。

 ラフィーネは確かに、愛しい気持ちを我慢していた。


 リーゼロッテはそんなラフィーネの頭を撫でてやる。


「いい子ね、こんなにすぐに聞き分けられる子は魔王城には居なかったわ。

 貴方は素直な子なのね」


 褒められたらラフィーネは、少し照れ臭そうに俯いた。




 リーゼロッテが改めて腕を組んで考え始めた。


「私は王宮に寝泊まりすることになると思うわ。

 ラフィーネもわたしと一緒に居なさい。

 しばらく主食として愛を食べてあげる。

 でもあと十人くらいは食べられる愛を捧げる個体が欲しい所ね……どうしようかしら」


 ガートナーが嫌悪感をあらわにしてリーゼロッテに尋ねる。


「ラフィーネみたいな被害者を十人増やすと、そう聞こえたんだが俺の気のせいか?」


 リーゼロッテは冷めた目でガートナーを見た。


「貴方は毎日パンを一欠片だけの生活をしていて耐えられるの?

 これはそういう話でしかないわ」


 その一言で、ガートナーがハッとして目を見開いた。


 そう、魔族にとって、感情は食料。

 食料に困窮しているこの国の人間なら、『飢えても耐えろ』と言われる苦しみは理解できる。

 耐えられないからこそ、ガートナーたちは立ち上がったはずだ。


 リーゼロッテは言葉を続けていく。


「前任者の掃除が終わったから、しばらく大きく消耗することはないでしょうけど、ラフィーネ一人で私の一日分の食事を賄うのは無理があるわね」


 彼女は、あと数日なら耐えられるが、それ以上は理性で抑えられる保証ができない。

 空腹のあまり、フードを下ろして素顔をさらし、街を練り歩いてしまうかもしれない。

 そうなれば彼女の姿を見た王都市民全員が軒並み彼女の虜となるだろう。


「その前に穏便に食糧を調達しておきたいと思うのだけど、私は何か間違った事を言っているかしら?」


 ガートナーが苦悩で顔をしかめている。


「……それじゃあ、せっかく執政官を滅ぼしたってのに、結局俺たちは魔族に支配されたままじゃねーか」


 リーゼロッテの虜となる人生。

 それは普遍的な魔族の食糧となるよりは、幸福な人生を送れるのは間違いがない。

 だが人間が魔族の食糧となり続ける事に、今までと変化がない。

 魔族の支配を受け続ける。

 その事にガートナーは強い不満を感じて居るようだった。


「ガートナーさん?

 貴方は少し考え違いをしているわ」


 確かにダグムロイト公爵は取り巻き共々粛清された。

 だが新しく魔王の娘、リーゼロッテが執政官として就任した。

 状況は別に人間に優しくなった訳ではない。

 引き続き魔族であるリーゼロッテに食糧を供給しなければならない義務がある。

 それが魔族に支配されるという事だからだ。


 リーゼロッテは人口を増やし、この大陸南西部に愛と平和で潤う地域を作るつもりだ。

 だが、魔族の支配から完全に解き放つと決めた訳ではない。

 魔王の命令に逆らうつもりも、彼女にはない。


 リーゼロッテに対して反抗活動を行おうにも、勝ちの目がない。

 ダグムロイト公爵とその取り巻きを倒す望みすらなかったガートナーたちが、それを超える戦力を有するリーゼロッテに抗える訳が無いのだ。

 そういう意味でなら、状況は以前より悪化したと言える。


 リーゼロッテはこれらを丁寧に説明した。

 ガートナーが歯ぎしりをしながら、リーゼロッテを憎悪を込めた眼差しで睨み付けた。


 リーゼロッテも白い目でガートナーを睨み付ける。


「私はそういった感情が嫌いだと伝えたはずよ?

 思うのは勝手だけど、外に漏らすのは自制して貰えるかしら?」


 憎悪の悪臭で顔をしかめながら、リーゼロッテは言い放つ。


 リーゼロッテは喫茶店で正直に『貴方たち人間の味方だと断言はできない』と伝えた。


 人間の国家を再建し、庶民の生活を立て直し、人口を増やす手伝いをすると宣言した。

 必要なら大陸南西部から魔族を追い払う手伝いもするとさえ告げた。

 ここまで嘘偽りなく、リーゼロッテは本心を告げた。


 だが、この大陸南西部を魔王の支配圏から解放するとは一言も言ってない。

 魔族から解放するとは一言も口にして来ていなかった。


 リーゼロッテは嘘をつかないというポリシーを持つ。

 可能な限り、誠意をもって人間と接しているつもりだ。


「勝手に期待して、勝手に裏切られた気分になって、勝手に憎悪を燃やすのも好きにすればいいわ。

 けれど、私の前でその感情を漏らすのは止めて頂戴。

 迷惑よ」


 顔をしかめているリーゼロッテの傍に、ヴィクターが突如として出現した。


「殿下、ガートナーの命を奪う許可を頂ければ、裏で私が始末して参りますが如何いかがいたしますか」


 ヴィクターは殺気を孕んだ眼差しでガートナーを睨み付けている。


 ガートナーはヴィクターの言葉が信じられないようで、呆然としていた。

 二十年前、苦しい戦いを共に手を取り合って生き延びてきた戦友のはずだ。


「……ヴィクター、お前は俺を殺せると、そう言ったのか」


「俺は殿下の直属の部下、魔王軍の人間だと伝えたはずだが?

 殿下の言葉も、俺の言葉も、真面目に聞いていなかったのか?」


 絶句しているガートナーを無視して、リーゼロッテはヴィクターに告げる。


「別に今は統治の邪魔になるような勢力でもないわ。

 悪臭を放つだけの存在だから、自制できないようなら王宮から締め出すだけで充分よ。

 殺すまでもないわ」


 悪臭が酷いので、『歯牙にもかけない』とは言い難い。

 だがガートナーたちが無力であると言い切った。


 リーゼロッテの目が優しくなる。


「二十年前、苦楽を共にした仲間だったんでしょう?

 もう少し友人は大切にした方が良いわよ?

 それより国王は見つかったの?」


「はい、今すぐこちらに来るよう伝えてあります。

 間もなく姿を現すかと……玉座には座られないのですか?」


「あれは人間社会の支配者が座る椅子でしょう?

 あんな座り心地の悪そうな椅子に興味はないの。

 このまま国王を待つわ」


「ではせめて、座り心地の良さそうな椅子を――」


「その暇はなさそうよ。

 あれが国王じゃない?」


 謁見の間の入り口に、一人の老年に入りかけた男性の姿が現れていた。


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