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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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56.ヴェルケ王のお見合い

 翌日、ラフィーネやイェルク、アロイスの昼食の席で、リーゼロッテはのんびりと紅茶の香りを鼻に届けていた。


 ――あの商人さん、なんで無償で紅茶を渡してくれるんだろう?


 毎朝自宅にやってきては、少量の茶葉が入った缶を一つ置いて行く。

 少量と言っても、朝昼晩と三食、その場に居る大人や子供が一杯ずつ飲んでも余るくらいの量はある。

 毎日少しずつ余ったものを集めて、リーゼロッテはそれを自宅で楽しんでいた。


 昨日はヴェゲン辺境伯にその日の紅茶を全て渡してしまったので、夕食時の紅茶は全員お預けになっていた。

 リーゼロッテはみんなには謝ったが、笑って『気にしないで』と言われていた。

 食後に飲む蜂蜜の入った甘い紅茶を、みんなが楽しみにしていたのをリーゼロッテは知っている。

 それを笑顔で許してもらえたことに『みんな優しいなぁ』と心を温かくしていた。




 人間たちが昼食を食べ終わり、リーゼロッテが自宅に戻ると扉の前にヴィルケ王が近衛騎士二名を連れて待っていた。


 リーゼロッテが笑顔で尋ねる。


「随分早いのね。

 まだ午後一時よ?」


「遅れるよりは良いのではないでしょうか」


 イェルクが冷たく言い放つ。


「早く来すぎるのは迷惑だって、お兄様は考えたことがあるかしら?」


 ヴィルケ王の顔が引きつった。

 早すぎる来賓など、持て余して困るだけという考えがなかったらしい。


 リーゼロッテは笑いながら告げる。


「気にしなくていいわよ!

 準備をしたら、出かけるわよ!」


 イェルクが不思議そうにリーゼロッテに尋ねる。


「もう出るの?

 約束は午後二時でしょう?」


「ミネルヴァはのんびり飛ぶこともできるわよ?

 牧草地帯の上空を時間をかけて飛んでいけばいいわ」


 イェルクがため息をついた。


「わかったわ、準備をしてくるわね」


 リーゼロッテはラフィーネに向き直る。


「留守の間、よろしくね。

 夕食までには戻るわ」


「任せといて!」





****


 ミネルヴァが低空で牧草地帯を飛んでいく。

 その背中に乗るのはリーゼロッテ、ヴィルケ王、イェルク、近衛騎士二名、そして何故かアロイスだ。

 イェルクが『是非アロイスさんも一緒に』と言って利かなかった。


「ねぇイェルク、なんでアロイスさんまで?

 予定外の来客は先方に迷惑じゃない?」


「アロイスさんは伯爵令嬢なのでしょう?

 査定する目が多いに越したことはないわ。

 それに、リズの暴走を止めるにはアロイスさんが一番効果的だもの」


 ――暴走って……私が何をすると思っているんだろう。


 イェルクの目が、宙に浮いている麻袋と大瓶に移った。


「多分『なんでこんなことを言われるんだ』みたいに思ってるんでしょうけれど……

 こちらこそ聞きたいわ。

 その麻袋と大瓶は何かしら?」


「え?! それはその……

 ヴィルケ王をもてなしたら、食材が減るじゃない?

 兵士たちに振舞う分が足りなくなるかなぁと思って、猪肉と果実酒をちょっと朝、追加で――」

「狩りは止めたんじゃなかったっけ?」


 鋭く言葉を遮られつつも、必死に次の言葉を告げる。


「えっと、それは狩場が重なるからであって、森の奥地なら狩場が重ならないから問題はないわよ?

 それに猪三頭とリンゴ五十個ぐらいだし、生態系への影響もほとんどないわ」


 リーゼロッテが用意した果実酒は大瓶に二つ。

 あの邸に居る兵士や騎士全員にコップ一杯ずつ振舞っても余るはずだ。


 アロイスが白い目でリーゼロッテを見ていた。


「朝からどこかに慌てて出かけていたけど……

 まさか追加の食材を調達しに行ってたとはねぇ。

 うっかり見逃しちまったよ。

 次からは気を付けておかないとね」


 ――せっかくアロイスさんに見つからないように隠遁まで使っていたのに!

 やっぱり向こうに着くまで、食材も隠遁しておくべきだったか。反省しよう。


 イェルクの冷たい指摘が飛ぶ。


「長時間の隠遁魔法なんて魔力の無駄遣いを、まさかやる気じゃないわよね?」


「え?! 魔法は自分の魔力ほとんど消費しないし、無駄遣いにはならないわ!」


「やっぱりやる気じゃない!

 渡す時に結局バレるんだから隠す意味なんてないの!

 月の神の魔力が無駄遣いなのよ!」


 ヴェゲン辺境伯に渡す時には隠遁を解いて渡すのだ。

 みんなに見られるのは避けられない。

 確かに、隠遁までして隠す意味はない。


 アロイスが不審な顔で鼻を動かしていた。


「なんか、磯臭いんだけど、なんでこんな生臭い匂いがするんだい?」


「ああ、それはこっちの麻袋にヴェローナの港で譲ってもらった鮮魚が入ってるからよ。

 お酒に合うからって。

 保全魔法をかけて持ってきたわ」


 途端、アロイスの目が逆立った。


「あたしらですらまだ味わってない、ヴェローナの獲れたて鮮魚を兵士に食わせるってのかい?!」


 恐ろしい顔で迫ってくるアロイスを必死に宥めつつ、リーゼロッテが買収を開始する。


「えっと、家に帰ればちゃんともう一匹あるから、ね?

 冷やしてあるから、帰ったらアロイスさんが食べて?

 配給の麦酒、うちではアロイスさんしか飲まないし――

 ああ、ちゃんと切り身にする方法は教わってきたから、刺身って奴に調理までしてあげるわよ?

 これなら文句ないでしょう?」


 何かを必死に堪えるように顔をしかめていたアロイスが、かくんと力なく項垂れた。


「……その買収、あたしには勝てない。

 すまないイェルク。

 これ以上リズを叱れない」


 イェルクが深くため息をついた。


「なんでアロイスさん対策まで完璧にしてるのかしらね、リズってば……

 しかもわざわざヴェローナまでいくだなんて」


「何故かヴェローナの漁師さんたち、私が行くたびに海産物を譲ろうとしてくるのよね。

 いつもは断って居たんだけど、ふと思い出したからもらいに行っただけよ。

 もらってあげたら何故か喜んでるし、人間はよくわからない生き物よね」


 まだヴェローナとの交易路は確立してない。

 現在のラスタベルト王国にある鮮魚二匹のうち一匹という貴重品である。


 ラスタベルト王国の沿岸は遠浅が続き、基本的に魚は獲れないらしい。

 兵士たちのお土産としては上々だろう、とリーゼロッテは満足気だ。


 リーゼロッテは、いつかこの沿岸部にも、大きな船を寄せられる港を作りたいと考えている。

 ヴェローナからの交易路なら、陸路より断然海路が効率が良いだろう。



 二時直前、まだ草原地帯にいたリーゼロッテたちを、白銀の流星が運んでいった。





****


 ミネルヴァがヴェゲン辺境伯邸に降り立つと、衛兵たちから歓声が上がった。

 香ってくる感情は強い期待と焦燥。


 ――さては、これが終わったらお土産が待っている事を知らされたな?


 それが振舞われるのが待ち遠しいのだろう。


 衛兵が速やかに玄関の中に吸い込まれ、中からヴェゲン辺境伯が顔を出した。


「よくぞいらっしゃいました陛下、そしてイェルク王女にリズ殿下――

 リズ殿下? その荷物は一体?」


「兵士たちへの手土産よ。

 国王が手土産も無しじゃ恰好付かないでしょう?

 今朝獲れたての猪肉三つ、それに今朝獲れたてのヴェローナの鮮魚一匹、あとは果実酒の追加よ。

 これはもう今すぐ兵士たちに振舞ってしまいなさいな。

 待ちきれないみたいだし。

 警備が心配なら私が眷属を呼び出しておくわよ?」


 ヴェゲン辺境伯の目が丸くなった。


「……狩りは止めた、と仰ってなかったか」


「もてなしに食材を使ったら、兵士一人当たりの分量が減るじゃない?

 だから補充しておこうかと思って」


「王都では、もうヴェローナの鮮魚が食べられるのですか」


「いいえ?

 ヴェローナとの交易路はまだ確立してないから、簡単に往復できる私ぐらいしか手に入れることはできないわ。

 現在、二十年ぶりくらいにラスタベルト王国にやってきた最初の鮮魚になるんじゃないかしら――

 でもこれは兵士の為の魚よ?!

 辺境伯が口にする事は禁止するわ!」


 更に目を白黒させる辺境伯にリーゼロッテは命じる。


「今すぐ兵士たちにコップとお皿を持たせて並ばせなさい。

 私がこの場で猪肉と鮮魚を調理して振舞うわ――

 ヴィルケ王にイェルク、あなたたちは先に中に入ってなさいな」


 アロイスが苦笑を浮かべた。


「じゃああたしらは中で待ってるよ。

 振舞い終わったら中に入っといで――

 ほら辺境伯、コップと皿の用意だ!

 早く兵士を集めて並ばせな!」


 慌てて辺境伯が侍従に命じて食器の用意をさせつつ、兵士や騎士たちを集め出した。

 騎士の一人にその場を任せ、ヴィルケ王たちを中へ招いていった。





 リーゼロッテは浮かせた食肉や鮮魚を手際よく切り刻み、猪肉は火炎術式でこんがり焼いていく。

 兵士が涎を垂らして手に持つお皿に肉を二切れと刺身を一切れのせ、コップに果実酒を注いでいった。


「はい次の人ー!」


 五十人以上の兵士たちや二十人ほどの騎士たちが、玄関前の庭で座り込み、震える手で肉を摘まんで頬張っていた。

 特に鮮魚の刺身は大事そうに食べる兵士が多かった。

 そうして少しずつ食べては少しずつ果実酒を味わう――そんな光景がそこかしこに在った。



 リーゼロッテは不思議に思って、近くの食べ終わっている若い騎士に尋ねる。


「なんであんなに鮮魚の刺身を大事に食べてるの?

 猪肉よりずっと大事そうに食べてるけど」


「ヴェローナの鮮魚など、二十年前ですら現地に行かねば食せない高級品だったと聞きます。

 ラスタベルト王国に入ってくる鮮魚は、そのほとんどを貴族階級が買い占めてしまい、庶民の手に入る価格ではなかったそうです。

 それをこんな時代、こんな場所で口にできる――

 二十年前を知る者ほど感激を覚えますよ」


 ――なるほど、それで若い人は食べ終わるのが早いのか。


 肉も魚も全部振舞い終わり、酒も尽きた。


「じゃあ私は中に入るわね。

 ゆっくり味わうといいわ」





****


 玄関で待っていた従僕に案内された先、その部屋にヴィルケ王たちが居た。

 一緒にテーブルを囲んでいる、見知らぬ令嬢が一人。

 これがヴェゲン辺境伯の娘だろう。


 薄緑の髪に深緑の瞳。

 長い髪は艶やかで、頬もふっくらしている。


 ――この時代の人間とは思えない健康っぷりだな。


 その子がリーゼロッテを見た――途端に強烈な悪臭が漂ってくる。

 敵意と警戒心、侮蔑の感情だ。


 ――微笑んだままでこれだけ醜い感情を抱けるなんて、すごい性格してるなぁ。


 イェルクやアロイスの様子は――顔は笑っているが空気が笑っていない。

 『人間って器用だなぁ……』とリーゼロッテはしみじみと感心していた。


 上品で婉曲的な話術は貴族の嗜みのようなものだが、リーゼロッテには無縁なものだった。

 知識として『そういういものらしい』と知っているが、実物を見たのは初めてだった。



 リーゼロッテが部屋の隅で様子を伺っていると、静かに辺境伯が隣に佇んだ。


「兵士たちへの振る舞い、ありがとうございました」


「いいのよ、私がやりたくてやった事だし」


「殿下はいつもああなのですか?」


「言ってる意味がわからないけれど、特に普段と変わった行動をした覚えはないわね」


「……なるほど、理解しました。

 それで殿下は、我が娘をどう見ますか」


 ――そうだなぁ。


 リーゼロッテが辺境伯の娘を観察しながら考えていた。


「人間の貴族としては合格じゃない?

 あれだけ本音と建て前を使い分けられるのは、人間の貴族くらいよ」


 ヴィルケ王とにこやかに会話しながらリーゼロッテへの負の感情もびしばしと迸らせ続けている。

 実に器用だ。

 イェルクやアロイスも、その辺は負けていない。

 ヴィルケ王だけが、どことなくわたわたとした空気で会話に参加している。


 女性陣の戦いに巻き込まれた男性一人、という風情だろうか。



「では、王妃としてはどう見ますか?」


「為政者としての資質は、今は分からないわ。

 でも冷徹に判断を下せそうな人にも見えるし、情に流される事はないんじゃない?」


「王妃にも、為政者の資質が必要だとお考えで?」


「当然じゃないかしら。

 王と共に、時には王の居ない場所で、責任を持って判断を下せるような人間でなければならないわ。

 今のラスタベルト王国に、暢気にお茶をすすって社交界に精を出す人間を養う余裕なんてないのよ」


 ヴェゲン辺境伯が小さな声で笑った。


「ははは、それでは殿下は為政者失格となってしまいませんか」


 リーゼロッテは横目でヴェゲン辺境伯を睨み付ける。


「私のどこが失格なのかしら?」


「兵士の為だけに、朝から狩りをして、隣国へ魚を仕入れに行かれたのでしょう?

 しかも自らその場で振舞った。

 おそらく、あとで兵士たちが土産を取り上げられる事を恐れたのでしょう?」


「……兵士たちが待ちきれない気持ちで溢れていたから、思わずその場で振舞ってしまっただけよ。

 私は魔族、感情を食べる生き物よ。

 彼らの喜ぶ感情を食べたかったのよきっと」


「では、兵士たちの感情はどんな味でしたか?」


 リーゼロッテは言葉に詰まった。

 喜びに溢れた笑顔に包まれただけで満足して、感情を食べていないとは言えない。

 かといって、食べたと言えば嘘になる。

 喜びの味も人それぞれ、時と場合で変わるので、適当な味を言ってごまかす事も難しい。


 なんと言っていいか迷っているうちに、ヴェゲン辺境伯がまた小さく笑った。


「ははは、『人間に嘘は告げない』、なるほど確かに」


「何がおかしいのかしら。

 ちょっと腹が立つわね」


「いえ、なんでもありません。

 兵士たちを代表して、深く感謝申し上げます」



 しばらく見ていると、辺境伯の娘が立ち上がり部屋を去っていった。


 リーゼロッテは首を傾げながらイェルクに近づいて話しかける。


「あの子どうしたの?

 急に立ち去ってしまったけど、いいの?

 まだ話は途中だったと思うんだけど?」


 イェルクが冷たい笑みを浮かべて応える。


「化粧直しですって。

 分が悪くなったから、一旦撤退して頭を冷やしに行ったのでしょう」


 リーゼロッテにはさっぱり意味がわからない言葉だった。

 アロイスも同じように冷たい笑みを浮かべてる。


 リーゼロッテはヴィルケ王に尋ねる。


「ヴィルケ王?

 あなたはどう思ったの? あの子の事」


 ヴィルケ王は苦笑している。


「イェルクと仲良くできるタイプではありませんね。

 それだけで大減点です」


 ――どんだけ妹馬鹿なの?! この兄貴は?!



「えーっと、ということは現時点での評価点は……

 三人とも不可ってところかしら」


 ヴィルケ王、イェルク、アロイスが仲良く揃って微笑んで頷いた。


 さらにイェルクが冷たく言い放つ。


「現時点で、ではなく未来永劫、の間違いですけどね」


 ――評価が回復不能なほどのどん底?!


 ヴェゲン辺境伯もさすがに苦笑を浮かべていた。


「そうですか、ディートリントはそこまで王妃として不適合でしたか」


 イェルクが微笑んで応える。


「妻として、人としても駄目ね。

 真横でリズが兵士たちに笑顔で食事を振舞ってるのよ?

 嫌でも比べざるを得ないわ。

 そうなったらどうなるか、例え親馬鹿だったとしても理解できるんじゃないかしら?」


「これは手厳しい……

 ですが、確かにリズ殿下の振る舞いを見てしまうと、親の目から見ても嘆かわしいとは思います。

 ですが子は親を見て育つもの。

 私がそれだけ、至らなかったという事でしょう」


 堪らずリーゼロッテが二人を手で制した。


「……お願いだから、本人の目の前で、本人が理解できない会話を繰り広げるの、止めてもらっていいかな?

 なんだかモヤモヤするわ」


 アロイスが優しく微笑んだ。


「あんたはわからなくてもいいさ。

 ヴィルケ王が理解していればそれで事足りる。

 彼女に足りているのは結婚適齢期の上位貴族、ただそれだけだ。

 それ以外は全てリズに劣るという評価だよ」


「ちょっと待ってもらえる?!

 それ以外すべてって、外見だってあるでしょう?!

 この中に私の素顔を見た人間は居ないはずよ?!」


 イェルクが柔らかく微笑んだ。


「それはラフィーネから証言を得ています。

 見ただけで感動で身体が震えるほどの美貌だと――

 少なくとも、ディートリントさんはそこまでの美貌ではないわ」


 ヴィルケ王も微笑んで言葉を告げる。


「あなたは愛と美の神の寵愛を持って生まれた。

 この世にあなた以上に美しい人間は恐らく居ないでしょう。

 居ればおそらく、神が寵愛を与えています」


「……人間の感性が理解できないわ。

 こんな小娘の外見のどこにそんな美しさを感じるのかしら。

 姿見なんて見慣れているけれど、私なんかより月の神の方がよっぽど感動で身体が震えたわよ?」


 イェルクが今度は白い目でリーゼロッテを見つめた。


「リズ、さすがに神と魔族は比べるものじゃないわ。

 相手は神よ?

 勝てる訳が無いでしょう」


 リーゼロッテはイェルクたちに、『魔族が人間と同じ地上の生き物である』と再三告げている。

 なので『それなら神に勝てる訳が無いでしょう?』と言っているのだ。

 これにはリーゼロッテも、ぐうの音も出ない。


 アロイスは苦笑している。


「自分の顔なんざ、毎日見てればすぐに感覚が麻痺しちまうからね。

 当てになんざできやしないさ」


 リーゼロッテは頬を膨らませてそっぽを向いた。


「だとしても!

 私はもっと魔王の娘らしい畏怖を与える威厳を持った外見がよかったわ!

 こんな小娘の外見だから侮られてばかりなのよ!」


 背後からヴェゲン辺境伯が笑いをこらえながら言葉を告げてくる。


「どんな容姿でも、大差はないでしょう。

 リズ殿下がリズ殿下である限り、何も変わらないと思いますよ」


「それには多いに反論したいけれど、彼女の為政者としての資質も見ずに全てが劣ると判断するのは早計じゃないかしら?

 いえ、私より劣るとしても、ラスタベルト王国王妃として充分な資質があれば事足りるのではないの?!」


 ヴィルケ王が真顔に戻って返答する。


「彼女が王妃になった場合、国庫を私物化するのは火を見るよりも明らか。

 他者や公益より己を優先する人種です。

 権力を持った肩書を持たせるべきではないでしょう」


「それって、つまり私はその逆だとでも言いたいのかしら?」


「あなたは己より、他者や公益ばかりを実際に優先してきました。

 この半年間、自分がやってきたことを顧みる事も忘れましたか?」


 リーゼロッテは目を逆立て反論する。


「何度も言わせないで!

 私は利己的で卑しい魔族よ!

 自分の為にならない事は一切やらないわ!」


 イェルクが冷たく言い放つ。


「じゃあ外で楽しそうに飲み食いしてる、兵士たちの感情の味でも言ってみればいいじゃない。言えるものならね」


 リーゼロッテが再び絶句し、歯ぎしりをした。


 ――さてはイェルク、聞き耳を立ててたな?!


 目の前の相手と婉曲的に会話しながら、部屋の隅の小声の会話を聞き取る。

 実に器用な真似をしてみせた。

 彼女なら神魔大戦前の社交界でも、立派に泳ぎ切って見せただろう。


 ヴェゲン辺境伯は楽しそうに言葉を告げる。


「あの鮮魚など最たるもの。

 こんな東の辺境、ヴェローナから最も遠い地域です。

 二十年前ですら、この地の食卓に並ぶことが稀でした。

 特に旅行など縁がない庶民たちなど、生涯口にできない味です。

 それなのに、二十年振りに仕入れてきた一匹を何の見返りもなく兵士たちに振舞った。

 普通はできませんからね」


「あれはっ!

 昨日渡したものと全く同じ差し入れじゃ芸がないと思って!

 ちょっと考えたらヴェローナが頭をよぎったから譲ってもらってきただけよ!

 王の手土産なのよ!

 恰好が付かないんじゃ王失格じゃない!」


「普通なら、その王が真っ先に口にすべき食材だと申し上げています。

 二十年前ですら宝飾品一つに並ぶほど高価と言われた獲れ立ての鮮魚です。

 今の時代、二十年振りなら値の付けようがない貴重品。

 それを惜しげもなく辺境伯の私兵たちに、自ら調理してまで振舞った」


「私は魔族だから!

 人間の食べ物の価値など分からないだけよ!

 知った事ではないわ!」


 アロイスが苦笑をしている。


「リズ、むきになって自分を否定するのは止めろと言ったじゃないか。

 認められなくてもいいから、否定するのは止めておくんだ」


 ――ぐ、そういえばそうだった。


 リーゼロッテは歯ぎしりをしながら、必死に反論したい言葉を我慢していた。


「そうそう、我慢しておきな――

 大陸南西部最高位の執政官が、たかが一国の王の面目の為にそこまで自ら動く。

 それがどれだけ枠から飛び出ているかは、そのうち自覚できるさ――

 もっとも、あんたは本当はそんなこと微塵も考えちゃいない。

 ただ兵士を喜ばせたかっただけだ。

 じゃなければ鮮魚は今頃、辺境伯の手に渡っていただろう」


 ヴェゲン辺境伯も口惜しそうな顔をした。


「私も二十年振りの鮮魚、口にしたかった……

 いえ、もうこれ以上は言いますまい。

 リズ殿下が『じゃあもらってくるわね』と言って飛び出していきかねません」


 ――ぐっ! 今言おうと思っていたのに!

 欲しいのか欲しくないのか、はっきりして欲しいなぁもう!


「ああもう!

 別にもらってくるだけなら数分よ!

 何故か知らないけどヴェローナの人、私の為に夜まで鮮魚を避けておくとか言っていたし!

 欲しいなら欲しいと言いなさい!」


「いえ、あれは兵士たちにのみ与えられた特別な鮮魚。

 それでいいのです。

 私は別の日に、別の手段で手に入れましょう」



 そのヴェゲン辺境伯の笑顔の意味がわからず、リーゼロッテは困惑したまま、みんなの顔を見渡していた。


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