55.ヴェゲン領復興計画
離宮から離れ、廊下を歩いている途中でヴィルケ王が声を上げた。
「ヴィクター殿、聞いていただろう?
謁見の間へ来てくれ」
「ねぇヴィルケ王、ヴィクターを呼んで話を付けるつもりだったの?
なら、さっきの場所で私がヴィクターを呼べば、すぐ飛んでくるわよ?」
ヴィルケ王が苦笑で返す。
「父上にヴィクターの気配を感じさせると発作を起こして暴れるんです。
名を出す事も禁忌、余程恐ろしい目に遭ったのでしょうね」
――ああ、発作ってそういう……命を失う寸前まで責め苦を与えてたらしいしなぁ。
心が壊れるほどの責め苦を受けたのだ、発作くらいは起こすだろう。
そんな状態から、あそこまで回復しただけでも凄い、とリーゼロッテは感心していた。
謁見の間で玉座に座ったヴィルケ王が、改めて声を上げた。
「ヴィクター殿、いないのか!」
返事はない。
だが呼びつけてからの時間を考えると、居ないとは思えなかった。
「ヴィクター? 居るなら出てきなさい。一秒待つわ」
「御意。こちらに控えております」
即座に現れたヴィクターが、リーゼロッテの背後に控えていた。
リーゼロッテはため息をついてからヴィクターに尋ねる。
「なんでヴィルケ王に呼ばれたのに、すぐ姿を現さなかったの?」
「用件が掴めませんでしたので、様子見をしておりました」
――ああそうね、あなたはそういう人間だったわね。
リーゼロッテはヴィルケ王を見て言葉を告げる。
「ヴィクターが来たわよ?
ヴェゲン領の配給の話、ヴィクターに判断を仰ぐつもり?」
ヴィルケ王が頷いた。
「現在、内政はヴィクター殿が一手に計画を握って居ます。
優先順位を入れ替える必要があるなら、ヴィクター殿の了承が必要でしょう」
ヴィクターが、驚いているヴェゲン辺境伯に尋ねる。
「ヴェゲン辺境伯よ。
王都からお前の街まで、馬で引いた荷車がどれくらいの日数で到着するかわかるか?」
「王都からアルノルトであれば、片道一週間、七日から八日といったところだ。
往復で二週間程度だと記憶している」
「ではアルノルトの街の人口は、どれほど残っている?」
「三千人足らずだ。
それでようやく餓死者数が小康状態になった。
かつては一万人を数えた街が、酷い有様だ」
ヴィクターが冷淡に告げる。
「貴様の泣き言などどうでもいい――
貴様の街に配給を与えて、王都に何を見返りにもたらせる?
見返りの出せない街に配給を流せる程、王都にも余裕はない。
ユストゥスのように、馬をはじめとした牧畜の生産物を提供できるというのなら応じよう」
ヴェゲン辺境伯が悔しそうに顔をしかめた。
「……アルノルトの街は、領内の生産物の商取引の場としてあった街だ。
牧畜農家は居るが、ユストゥスほど多くの生産物は望めない」
「そうか、では優先順位が低いのは諦めろ。
生産の多く望める街から順次配給していく予定だ」
ヴェゲン辺境伯が歯ぎしりをした。
街道沿いにある領主の街、交易の中心地になるのは必然と言える。
むしろ、そういった街に領主が居を構えたのだろう。
国境に面した辺境伯ならば、兵力の維持や輸送に重点を置かざるを得ない。
――仕方ない、少し助け船を出してみようか。
「ねぇヴィクター。
アルノルトの街が生き返れば、野盗に対応しやすくなるわ。
他所から来た自警団より、領内の兵士たちの方が対応力が高くなる。
辺境伯には領内の野盗討伐をきっちりやってもらって、他の街の治安を守ってもらう。
これならどう?
辺境伯の所には優秀な兵士や騎士が多いわ。
馬さえ与えれば、充分対応できるはずよ?
その上で牧畜も提供してもらえば、配給に見合うと言えるんじゃない?」
ヴィクターがリーゼロッテを見る。
「ですが、大規模な野盗は殿下が殲滅してきたばかりと聞きました」
「二十人未満の小さな集団は、まだ多く残ってる。
その全てを潰して回るのは、魔力の効率が悪いわね。
大きな集団だから簡単に一網打尽にできたんだもの。
また大きな集団を組織されたら、その時に報告してもらえればすぐに対応に向かうけれど、およそ三十人以上の集団しか相手にするつもりはないの」
リーゼロッテがさらに追撃の言葉を告げる。
「今後、ヴェゲン領の街への配給は全てアルノルトの街に一元化してしまって、領内の自治を辺境伯に任せてしまえばいいのよ。
兵士の数が足りなければ、領地の街から兵士を募ってもらえばいい。
一旦アルノルトの街に配給を集約した後は、分配も辺境伯に任せてしまう。
その上で牧畜をアルノルトの街に集めてもらって、そこから一括で王都に運んでもらう。
王都の自警団を他に回せるようになるわよ?」
ヴィクターが顎に手を当て始めた。
「……ヴェゲン辺境伯、街の統廃合までお前は判断できるか?
少数が生き残った街を捨て、アルノルトや他の牧畜を行う街に移住させることが可能か?」
ヴェゲン辺境伯が逡巡した後、意を決した目でヴィクターを見据えた。
「生き残る為に必要であれば、領民を必ず説得して見せよう」
「……それなら考えても構わない。
とにかく、今は殿下に負担が大きく集中している。
その負担を軽減するのが喫緊の課題の一つだ」
ヴィクターの計画骨子は『集落に配備している眷属の数を減らす事』。
リーゼロッテが日常的に消費している魔力の大部分が、それに費やされてる。
それを減らし、魔王へ対抗する力へ変えなければならない。
つまり、集落の統廃合を行い、複数の街に分散している少数人数の生き残りを、それなりの大きさの街に集めてしまう。
そういう計画だ。
野盗が蔓延る今、集落には警備兵が必須。
だが小さな町一つずつに兵士を配置する余力が、ラスタベルト王国にはない。
なのでリーゼロッテが全ての集落に眷属を置いてるのだが、魔力効率は非常に悪いと言える。
生存者数に関わらず、低級眷属の数は街の大きさに比例する。
例えば百人弱が生存する二千人規模の街が二十あったとする。
生存者数に関わらず、街を防衛する低級眷属は十体から二十体前後は必要になる。
そんな街を二十個統合し、統合後の街を自衛してもらえば二十の街から最大四百体前後の低級眷属を撤去できる。
もちろん、戦力が不足していれば統合後の街にだけ低級眷属が残される。
この統廃合を領内で繰り返してもらい、リーゼロッテが常設している低級眷属の数を減らしていきたいのだ。
ただし、王都が配給できる余力はまだ、最大でも一万人分に届かないくらいしかない。
この全てをヴェゲン領に流すわけにはいかない。
ヴィクターの話では、五千人分が限界だという話だった。
次の収穫に繋がる配給でなければ、八方塞がりになって止まってしまう。
それは避けたいとのことだ。
ヴェゲン辺境伯が頷いた。
「領内の農地には穀倉地帯も含まれている。
そこが回復すれば、三千人分の収穫は最低でも上げられるはずだ。
領内の農地で賄えない物は牧畜と引き換えに配給で受け取る。
これで八千人以上の人間を養える。
統廃合する街の取捨選択と住民の説得は、私が行う方が話がまとまりやすいはずだ」
畜産業自体が領民の食糧を生み出せる産業でもある。
一度動き出せば、より多くの領民を養える見込みが高いだろう。
ヴィクターが顎を指で叩き始めた。
検討を始めた時の癖だ。
「……いいだろう。
次の回復する農地はヴェゲン領を優先しよう。
五千人分の配給はアルノルトの街に集め、そこから先は貴様に一任する。
それ以降、ユストゥスに配備している自警団と貴様の兵士を入れ替え、自警団には王都に引き上げてもらう。
対応が難しい、或いは被害が多く予想できる野盗集団は無理に対応せず、王都に報告を上げろ。
こちらで対処する――
これで構わないか?」
ヴェゲン辺境伯が頷いた。
「感謝する。
配給が届き、兵士たちの体調が回復次第、すぐに対応に移る。
さすがに今すぐ街の外に繰り出せる程の体調ではない。
回復期間の猶予は頂きたい。
その間にユストゥスで馬を融通してもらうよう交渉しよう」
「では回復の猶予は最大一か月、半年以内に統廃合が進まない場合、配給は打ち切られると思え。
統廃合の結果は定期的に報告を上げろ。
殿下に現地を確認してもらいつつ、眷属を回収して頂く。
配給品の受け取り時に報告書を渡せ。
急ぐときは、小規模の野盗を相手に出来る人間を伝令に使え。
馬も人も、無駄に命を使い潰すなよ?」
「わかっているとも。
大事な領民、大事な馬だ。
一つたりとて野盗に奪われて堪るものか――
陛下、甚大な配慮、感謝いたします。
いつか我が娘にも会ってやって頂けませんか。
王妃として相応しいと言える自信はありませんが、残り少ない結婚適齢期の上位貴族令嬢のはずです。
陛下の、国家のお力になれれば幸いと言うものです」
ヴィクターが酷薄な笑みを浮かべた。
「調子に乗って、この機に娘の売り込みか?
太い神経をしているな」
ヴェゲン辺境伯は冷静にヴィクターの目を見据えた。
「そんなつもりは毛頭ない。
イェルク王女が王籍を剥奪されたなら、残る王族は陛下のみのはずだ。
そのような状態に王家を置くわけにはいかん。
早く世継ぎを生める王妃を娶って頂き、王族を増やさねばならないだろう。
その相手は別に我が娘である必要もないが、候補の一人足り得ると申し上げたまでだ」
その目は確かな意志で真っ直ぐヴィクターの瞳を射抜いていた。
私利私欲で言い出した言葉ではなく、国を思っての言葉――そう思える目だ。
ヴィクターが小さくため息をついた。
「ヴィルケ王、近いうちに会ってやれ。
イェルク王女が王籍復帰する予定なのは知っているが、残るのが王女のみでは都合が悪かろう?
貴様が婚姻し王子を作るのが最も健全だ。
実際に会って、相手の資質を見極めてこい」
ヴィルケ王は不満気な顔で応える。
「だが今の時期、自警団を往復二週間も拘束する余裕など王都にはない!
ヴェゲン領から令嬢が来るのも警護の兵力の無駄遣いだ!
その分は牧畜のや農地の警護に当たらせるべきだろう?!」
「ならば明日、殿下に連れて行ってもらえ。
ついでにイェルク王女も連れて行けば一緒に査定してくれるだろう。
貴様は相手の査定をすると同時に、殿下が魔力を使い過ぎないように見張っておけ。
時間があると何をされるかわからん。
次は別の領地の野盗殲滅などを言い出しかねん」
――私の行動が読まれてる?! 明日やろうとしていた事がズバリ的中だ!
さすが二十年来の副官と言える。
ふと、リーゼロッテが考え込んだ。
――ん、明日会うのか。
その後の流れを推測し、リーゼロッテは即断、即決、即行動に移す。
「ヴェゲン辺境伯、帰る前に私の家に寄りなさい。
明日の為のお土産をあげるわ」
きょとんとするヴェゲン辺境伯に対して、リーゼロッテは微笑んで見せた。
****
ミネルヴァがリーゼロッテの家に降り立つと同時に、子供たちが家屋から飛び出て群がった。
「リズお帰り!」
「今日はどこ行ってたんだよ!」
「だから働き過ぎなんだよリズは!」
「みんな! 今はお客さんが居るから!
そういうのはまた今度にして!」
なんとか子供たちを追い返し、リーゼロッテがふぅと一息ついた。
ヴェゲン辺境伯も面食らったようで、戸惑いながら尋ねてくる。
「今のが……養っているという子供たちか」
「そうよ?
学校が終わる時間を過ぎて、空にミネルヴァが現れるのを見張ってたのね。
私が黙って出かけると毎回こうなるの。
困っちゃうわ」
リーゼロッテたちはミネルヴァから降り、自宅の中へヴェゲン辺境伯を案内して応接間に通した。
「そこで待っていなさい、今持ってくるから――
アロイスさん、辺境伯の相手でもしていて!」
リーゼロッテは慌てて食料庫へ走っていった。
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リーゼロッテが走り去った後の応接間で、アロイスはゆっくりとソファに腰を下ろした。
「何を突っ立ってるんだい?
あんたも座ればいいじゃないか」
「あ、ああ……」
促されたヴェゲン辺境伯がソファに腰を下ろし、アロイスに尋ねる。
「彼女は、何を持たせるつもりなんだ?」
アロイスは楽しそうに微笑んだ。
「明日、王様を邸に招かにゃならんのだろう?
だがそんな準備ができる訳が無い。
食うのに困る程困窮してるんだ。
紅茶も酒も出せる訳が無い。
だから王様を迎えられるものを持たせるつもりなんだろうさ」
「そんな馬鹿な……
こんな時代に、紅茶や酒が簡単に――
いや、大陸南西部の執政官だ。
それくらいは当然優先して配給されるようにするか」
アロイスは白い目でヴェゲン辺境伯を眺めた。
「あんた、何を聞いて何を見てきたんだい?
リズがそんな事をしているように思えたとしたら、その頭の中身はすっからかんてことだ。
せいぜい、それがリズに知られないようにしときな。
あいつは無能が嫌いだ。
歯向かってくる奴の次くらいにはね」
ヴェゲン辺境伯は俯いて考えた。
王侯貴族すら無視して平民を含め、王都市民全体に平等に配給を分配していると言っていた。
それならば確かに、権威で食料を優先して受け取るような真似は好まないだろう。
あのように大事にしている子供たちの為ならいざ知らず、自分の為なら断る事は間違いがない。
さらに自分で毎日狩りをしていると言っていた。
ならばそれで得た食材がこの家にはあるという事だろう。
それと交換で紅茶を得ているのかもしれない。
「そうだな。確かに、彼女はそういう者ではないだろう。失礼した」
アロイスが微笑んで告げる。
「まぁ楽しみにしておきな」
しばらくしてリーゼロッテが宙に浮かせて持ってきたのは、大瓶が三つと大きな麻袋が三つ、そして小さな缶が一つ。
かなりの大荷物だ。
リーゼロッテが楽しそうに微笑んで一つ一つを指差していく。
「瓶の中身は、これがリンゴ酢、これが果実酒、これが蜂蜜よ。
麻袋には鹿肉と猪肉が丸ごと入ってるわ。
もう一つはリンゴが入るだけ入れてあるわよ?
麦やパン、根菜の類は配給で賄っているから備蓄にはないの。
そこは自前でなんとか揃えて頂戴――
ああ、この缶の中身は紅茶が入っているわ。
今日もらった分の残りはこれだけなの。
少量でごめんなさいね」
ヴェゲン辺境伯が呆然と瓶と麻袋、そして缶を見つめる。
これは王都のような場所では、相当な貴重品ではないのだろうか。
森に近いアルノルトの街ですら、これほど潤沢な食材を得る事は難しい。
食肉を得た猟師が、ある程度の大きさの肉を元手に穀物を求めに来る。
それに応じて手に入れるくらいだ。
それも数日に一度の頻度なので、辺境伯と言えど毎食口に出来る物ではなかった。
「まさか、これらすべてをあなたが狩りで得ていると、そう言うのか?」
「紅茶以外はそうよ?
三百人の子供たちに食べさせるんだもの。
毎日五十頭の食肉や一瓶のリンゴ酢や果実酒、蜂蜜を得ていたわ――
でも、狩りは狩場の問題でもう止めてしまったの。
今は、子供たちの為にある程度優先してはもらえるけど、食材は配給にすべて頼ってるわ。
これは最後に残った備蓄よ。
これを使ってヴィルケ王を歓迎するといいわ。
少しは格好がつくでしょう?」
ヴェゲン辺境伯は我が目と耳を疑った。
今の時代、この国では金を積んでも手に入らない類の食材、その最後の備蓄を、辺境伯がヴィルケ王を歓待するのに使えと持ってきた。
リーゼロッテには何の得にもならない事は間違いようがない。
「あなたは、それを本気で言っているのか?」
「本気だけど?
私は明日の為のお土産をあげると告げたわ。
私は人間に嘘を告げた事はないの――
ああ、あなたの家の前まで荷物は運んであげるから、そこも気にしないでいいわ。
余った分はあなたたちの好きにしなさい。
大した量にはならないでしょうけど、兵士に振舞ってやれば少しは喜ぶんじゃない?」
少しどころではないだろう。
兵士たちが肉を口にするの等、年に一回あるかどうかだ。
酒など、それこそ何年も口にしていないはずだ。
ヴェゲン辺境伯が呆然としたままアロイスを見た。
アロイスは楽しそうに微笑んで告げる。
「リズってのはこういう魔族だ。
少しは理解が深まったかい?」
逆に困惑を深めたヴェゲン辺境伯は、ただ茫然と食材を眺めていた。
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夕暮れの中、白銀の流星がヴェゲン領アルノルトの街に降り立った。
リーゼロッテは食材を浮かせたままミネルヴァから降り、まだ呆然としているヴェゲン辺境伯に語りかける。
「この食材はどこに置いたらいいかしら。
玄関の中がいいかな?
――ああ、保全術式が施してあるから、常温でも一か月近くは保管できるわよ」
「――あ、ああ。
玄関の中に置いてくれ。
今扉を開ける」
ヴェゲン辺境伯が玄関を開け、リーゼロッテは中に入って玄関傍の床の上に食材を置いていった。
念の為にリーゼロッテはヴェゲン辺境伯の鼻っ面に指を突き付ける。
「いくら飢えていても、明日の歓待を終える前に食材を使っては駄目よ?!
部下にも徹底させておきなさい?
歓待が終わった後なら好きにしていいんだから、一日我慢するぐらい、大人ならできるでしょう?」
「わかった、それは必ず徹底させよう。
明日だが、何時頃に来るつもりなんだ?」
リーゼロッテは指を顎に当てて考える。
「んー、歓待するのに準備が必要でしょうし、午後二時くらいに連れてくるわ。
一、二時間も話せばヴィルケ王やイェルクも満足するでしょう。
明日の夕食には残り物を兵士たちに振舞ってあげるといいわよ」
リーゼロッテはまだ呆然としているヴェゲン辺境伯に微笑んで告げる。
「じゃあまた明日ね!」
リーゼロッテがミネルヴァに身軽に飛び乗った直後、白銀の流星が王都に向かって空を駆けていった。




