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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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47.心の在処

 女の子に抱き着いたままのリーゼロッテが、ようやく泣き止んでいた。

 その頭を、横からラフィーネが優しく撫でていた。


 リーゼロッテが抱き着いていた女の子から身体を離して、ラフィーネを見る。


 目が合ったラフィーネが、優しい微笑みでリーゼロッテに尋ねる。


「今日は二度も、涙を流すリズを見る日になったわね……

 でも、どう? 朝の涙と、今の涙、なにが違うか、あなたにはわかる?」


 リーゼロッテは朝、堪らず泣いてしまった時のことを思い出し、それからついさっき、思わず泣いてしまった時の事を思い出していた。


「朝は……とっても『苦い涙』だった。

 でも、今の涙はとっても『甘い涙』だった。

 これはきっと私が魔族だからそう感じてしまうのだと思うけど、何が違うのかしら……

 私の心は、どちらも何も感じていないというのに」


 ラフィーネがリーゼロッテの頭を胸に抱きかかえた。


「リズ、あなたは何も感じないのではないの。

 『何も感じていない』と必死に思い込んでいるだけ。

 そうしないとあなたの心が壊れてしまうから、何も感じていないと思い込む事が癖になってしまっているのよ。

 でも本当はちゃんとあなたの心は感じているの。

 でなければ、涙を流したりなんてしないわ。

 嗚咽を上げて泣くなんて事はないの。

 その涙は、あなたの心が確かに感じているという事の現れよ」


 ――思い込んでいるだけ……?

 そうしないと、壊れてしまうの?


 ラフィーネが優しく言葉を続けていく。


「リズ、あなたの心はとっても脆いの。

 繊細で優しい心を持っている人。

 でも、あなたの環境は、魔王の娘という肉体はそれを許さなかった。

 だから、あなたの心は何も感じていないと思い込む事を選択したの。

 そうやってあなたは二十年を生きて来てしまった。

 もう、そうではない自分を思い出せないくらい長い時間、自分を騙し続けて来てしまったのよ」


 リーゼロッテは、ラフィーネの言葉を噛み締めていた。


「そう……かもしれないわね。

 なんとなく、納得できる自分がいるわ」


 ラフィーネが胸の中のリーゼロッテに、優しい言葉を続けていく。


「あなたの愛は、毎日慈しまれている私たちが保証してあげるわ。

 それは決して愛を捧げている時に感じる幻想の愛じゃない。

 生活している中で、ふとした瞬間にあなたの思いやりを思い知るの。

 毎日生きているだけで、私たちは自分があなたの愛と優しさに包まれていると気づかされるのよ」


 リーゼロッテはラフィーネの胸の奥から、迸る程の熱気を感じていた。

 ついさっき、貪り尽くしたはずの愛を、全身で感じている。


 今のラフィーネはきっと、言葉を口にする事も辛いはず。

 そんな事を微塵も感じさせないほど優しく柔らかい口調で、リーゼロッテに思いを伝えていた。


「私の心に、慈愛があると、あなたたちは言うのね?

 でも、私にはまだその言葉を信じる事はできない。

 私にそんなものがあっていいはずがないの。

 私はあなたたちにこんなに温かい気持ちを向けられる資格なんてないのよ」


 ラフィーネが首を横に振った。


「愛する事に資格なんて要らない。

 愛される事にも、資格なんて必要ないの。

 人はただ、そこに居るだけで愛し愛される事が許されているの。

 そこに魔族も人間も関係ないわ。

 リズは地上に生まれ落ちた瞬間から、愛されて良い存在なのよ」


 リーゼロッテの目から、また涙が溢れていた。


「私なんかが、これほど血に塗れてしまった私が愛されるだなんて、誰が許すと言うの!」


 リーゼロッテの涙声が部屋に静かに響いた。

 彼女を包み込むように優しいラフィーネの声が続く。



「それを許さないのはあなた自身。

 優しいあなたの心が自分を許せないの――」


 自分だけが幸せになる事を許せなくて、だから自分の幸福を否定してしまう。

 でもそれと同時に、幸せになりたいと、心が血の涙を流しても居る。

 それならば、周りにいるラフィーネたちがリーゼロッテを幸福にしてみせる。


「――嫌だとどれほど言っても、私たちがあなたを愛で溺れさせてあげる。

 あなたが私たちにしてくれている事を、全てあなたに返してあげる」



 リーゼロッテが泣き叫ぶ。


「でも、私はこれからまだ手を血に染めなくてはいけないわ!

 みんなの子供たちの手も、それに巻き込んで親族の血で汚させようとする、忌まわしい存在なのよ!

 私はあなたたちに産ませた私の子供を使って魔王を、お父様を殺そうと考えている!

 なんて卑しいの?!

 自分が心底嫌になる!」


 ラフィーネがリーゼロッテを強く抱きしめた。

 優しい声が、更に優しくなる。


「もっと、本当に思っている事を口にしていいのよ?

 私たちはそれを全て許すわ。

 ねぇ教えて? 本当のあなたの気持ちを」



 自然と、リーゼロッテが意識していなかった言葉が口からこぼれていく。


「……みんなを巻き込みたくなんかない。

 私の子供たちだって、巻き込みたくなんかないの。

 私のように血に塗れた存在を、これ以上生みたくなんてないのよ! ――」


 でも、そうしないと魔王には勝てない。

 魔王に勝たないと、人間は滅びてしまう。

 決して負ける訳にはいかない。

 だからリーゼロッテは、どんな手を使ってでも人間を、みんなの未来を守る為に魔王を殺さなくてはならない。


「――逃げ出せるのなら逃げ出したい。

 でも月の神は、それを許してはくれなかった。

 これは私の運命なのだと言ったわ。

 私は愛するお父様を殺す事から逃れられないのよ」



 女の子が力強く声を上げる。


「リズの手が血に塗れてるというのなら、私たちの手が血に塗れることなんて何も怖くないわ。

 あなたが血に塗れるのが怖いなら、私たちが代わりに手を血に染めてあげる。

 私たちが魔王を殺すわ。

 だからあなたは、その運命から逃げてしまってもいいの。

 代わりに私たちがその務めを果たすわ」


 リーゼロッテは強く首を横に振った。


「お父様は人間が勝てる相手じゃない、この大陸で勝てる可能性があるのは私だけ。

 どうかみんなは馬鹿なことを考えないで。

 みんなが死んでしまうなんて、それこそ私が耐えられないの――

 大丈夫、みんなを守る為なら、私はこの運命を踏破してみせる。

 必ずお父様を殺すわ……

 でも、そのためにみんなの手を血に染めてしまうのが恐ろしくて堪らないの」


 アロイスが優しい目で見つめながら、リーゼロッテに声をかける。


「リズ、あんたはもう少し人を頼る事を知りな。

 あんたはもう一人なんかじゃない。

 戦う事を知っている人間が周りにたくさんいる。

 戦う事を知らない子供たちを戦争に巻き込まなくても済む未来が、必ず見つかる」


「そう、なのかな」


「ああそうさ――だがね。

 あんたを守る為に立ち上がりたいと思った時点で、子供たちはもう立派な戦士の一人なんだ。

 彼らの想いも汲んでやりな。

 みんなあんたの力になりたくて堪らないのさ。

 あんたがみんなを守りたいと思うのと同じくらいにね。

 そうやってみんなで力を合わせて、みんなで運命を踏破すればいいじゃないか。

 何でも一人で背負い込むのは、あんたの悪い癖だ」


 男の子も拳を握って声を上げる。


「リズが血に塗れた道を歩いてるなら、俺たちはそんな道怖くもなんともない。

 みんなで一緒に血に塗れて明日を生きて行こうよ。

 どんな場所でも、俺たちはリズと一緒なら心から幸せだと笑ってみせるさ。

 今はまだ俺たちには力がないけど、すぐに力になって見せる。

 だからもっと俺たちを頼ってくれよ。

 何でもできるリズほど強くなれなくても、力を合わせて立ち向かうよ」


 ヴィクターが静かに語る。


「殿下、その子たちやアロイスの言う通り、なんでも全て背負い込む悪い癖を直してください。

 もっと人を信じ、頼ってください。

 私たちはあなたの力になる。

 それこそが自分の生きる意味だと思っているのです。

 私たちから生きる意味を奪わないでください。

 あなたが教えてくださった慈しみの全てを、私たちにも返させてください。

 殿下の負担を軽減する為ならば、この命すら惜しくはないのです」


 リーゼロッテはクスリと笑った。


「ヴィクター……何を聞いていたのかしら?

 私はあなたたちが命を落とす事を最も恐れ、悲しむのよ?

 命を粗末にする事は、私が許さないわ。

 決して死なないで。

 誰一人命を落とさずに、お父様を倒す未来を手に入れるの――

 これは命令よ。

 その為に全力を尽くしなさい。

 私のために、命の限り燃やし尽くして生き続けなさい……お願い、どうか死なないで」


 最後は切実な願いだった。


 その願いをヴィクターは心で受け止め、満足そうに微笑んだ。


「畏まりました。

 その願い、確かに聞き届けましょう」


 イェルクが部屋を見渡しながら声を上げる。


「みんな、聞いたわね?

 リズの為、一人たりとも死ぬことは許されないわ。

 その為に使えるものは何でも使いなさい。

 頭も体も、隣国の人間すら使い倒して、必ず未来を手に入れるわよ!」


 子供たち全員の大きな雄叫びが部屋を揺らした。




****


 ラフィーネがようやくリーゼロッテの頭を解放し、それに合わせてリーゼロッテも身体を離す。


 リーゼロッテはラフィーネの顔を見上げ、眉をひそめて告げる。


「ラフィーネ、イェルク、あなたたち無理をしているでしょう?

 少し横になった方がいいわ。

 起きているのも辛いはずよ?」


 ラフィーネが目を逆立ててリーゼロッテを睨んだ。


「ついさっきまでの自分がどんな状況だったのか、理解してるの?

 同じくらい辛かったはずなのにいつも通りに狩りに行くだなんて……

 その上倒れかけるだなんて、どんな無茶をしたって言うの!」


 リーゼロッテはたじろぎながら弁明を開始する。


「えっと、アンミッシュの街の廃墟を下見していたのよ。

 カリアン王国から来た人たちには、アンミッシュの森の周辺に街を作ってもらう事になっているから。

 そしたら『こんな廃墟じゃ他の場所に街を作った方が早い』と言われてしまって……

 でもあそこに街があったのはラスタベルト王国の文化、それを失うのは惜しいと思ったの。

 だから――」


「だから?」


「……廃墟を全て綺麗さっぱり消し去って、地面を耕して均して街を作る土台を作ったの」


「……街一つ分の広さを?」


「ええ、そうよ?

 誘致という奴ね。

 それに、いくら辛くても私は魔族、あなたたちのように肉体的疲労とは無縁なの。

 魔力さえあれば問題ないわ」


 ラフィーネの目が更に険しくなった。


「一つ確認しておくわよ?

 そんな魔族の魔力が尽きてしまったら、どうなるの?」


 気圧けおされたリーゼロッテがたじろいで応える。


「……命が危なくなるわ。

 もちろん、死ぬ直前で魔力を使う行為を止めるけれど、本当にすべて使い切れば命を失うわ」


「その命の源とも言える魔力をとても消耗した状態で、街一つ分の広さの土台を作ったと、そう言うことなのね?」


 リーゼロッテは小さく縮こまりながら俯いた。


「……はい」


 ラフィーネとイェルクが同時に深いため息をついた。


「いい? もう今後、そんな無茶を絶対にしないで。

 一日狩りを休んでも困らないくらい備蓄はあるの。

 無理をした翌日はきちんと魔力を補充するまで行動禁止よ!」


 リーゼロッテは顔を上げてラフィーネに縋りついた。


「でも! 時間がもったいないわ!

 せっかくカリアン王国からアロイスさんたちが来てくれたのよ?!

 彼女たちの時間を一分一秒でも無駄になんてできる余裕、この国にはないわ!」


 アロイスが不思議そうにリーゼロッテに尋ねる。


「なんでそこまで焦るんだい?

 カリアン王国からの後発隊が到着するのはだいぶ先の話だ。

 一日や二日あんたが休んでも、何も変わりゃしないよ」


「今も魔族が滅んだだけで、生活基盤が崩壊したままの街が山のようにあるのよ!

 彼らのために出来る事を、一つでも多く進めておきたいの!

 たった七人でも、アロイスさんたちが居れば、出来る事が増えるのよ!

 今のラスタベルトに、遊ばせておける人手なんて一人も居ないの!

 なんでもできる器用な人たちなら、なおさら重宝するわ!

 早く他の街の人たちの生活も救ってあげなくてはいけないのよ!」



 アロイスが微笑みながらため息をついた。


「……リズ、あんたは優し過ぎだね。

 だけどそんなに焦っても、いい結果は出せやしない――」


 ヴィクターやガートナーが最善を尽くしている。

 それ以上を無理して求めるから倒れかける。

 我慢して耐える事も、リーゼロッテの仕事の一つだ。

 もっと仲間を信頼するべきだ。


「――今度からはあたしもその仲間に加わる。

 あたしらを信じて、あんたはあんたにしかできない事のために、力を蓄えておきな」



「でも! それじゃあ救えない人が出てしまうわ!」



 アロイスが諭すようにリーゼロッテに応える。


「それでも、我慢するんだ。

 カリアン後発隊がくれば、二万五千の人手だ。

 それで劇的に状況が良くなる。

 それまで今は耐えな。――」


 今の状況で『魔王の娘』が一人で気を吐いたって、出来る事はほとんどない。


 とにもかくにも人手が、それも能力のある人材が必要な時期だ。

 ただの民衆を抱えるだけじゃ、それだけで終わる。

 次の手が打てなくなる。


 余力を使ってどんな人間を抱え込むか、苦しくても選んでいかなきゃならない。


「――全員を救う事はできないんだ。

 為政者なら、それくらいは理解できるだろう?」



 リーゼロッテはそれ以上何も言えず、黙って俯いた。



 そんなリーゼロッテの背後からイェルクが抱き着いた。


 驚いたリーゼロッテが背後のイェルクの顔を見る。


「うわ、イェルクなに?! どうしたの?」



「いつもの冷徹なリズらしくないわよ?

 いえ、これが本当のあなたなのね――」


 リーゼロッテはカリアンでの出来事で、『魔王の娘』の仮面を被れなくなってしまうくらい、心が疲れている。

 だから、今日はもうリーゼロッテは行動してはいけない。

 いつもの冷静なリーゼロッテが戻ってきたら、すぐに納得して選択できるようになる。


「――あなたには為政者の能力があるんですもの。

 それは私が保証してあげる。

 だから、今はゆっくりと心を休めて」



「イェルク……」



 アロイスが何かを思いついたように「リズ!」と声をかけ、リーゼロッテが顔を向けた。


「まだ日が高い。

 もう少しアンミッシュの森を上空から視察しておきたいから、地図と鉛筆、それにミネルヴァを貸しとくれ。

 私たちだけで下見を続けてくる」


「あ! それならドミニクさんに同行してもらうといいわ――

 ヴィクター、今すぐ動けるかしら?

 ドミニクさんをここに呼んで頂戴、それと地図と鉛筆を用意して」


 ヴィクターが立ち上がり頭を下げた。


「畏まりました――

 アロイス、少し待っていろ、すぐに用意する」


 言うが早いか、ヴィクターは部屋から駆け出していった。


 リーゼロッテは部屋の中に居るミネルヴァを見る。


「ミネルヴァ、アロイスさんの下見につきあってあげて」


 ミネルヴァが「ホー。」と応え、アロイスの肩にとまった。


 リーゼロッテが部屋を見渡す。

 子供たちの姿が、いつの間にか消えていた。


 ――どこにへ行ったのだろう?


 バタバタと音がして、食料庫の方から足音が近づいてきた。


「リズ! 食材はしまっておいたよ!

 じゃあ私たちは家に戻るから!」


 そう言って次々とリーゼロッテに笑顔を向けて家の外に駆け出していった。

 リーゼロッテたちが話込んで居る間に、浮遊魔法で宙に浮かせていた食材を全て食料庫にしまったようだ。


 アロイスが楽しそうに笑いだした。


「ははは!

 自分たちに今出来る事を考え、言われる前に動いて的確にこなす。

 良い人材が育ってるじゃないか!」


 リーゼロッテも苦笑を浮かべて応える。


「そうみたいね。

 頼もしいわ――

 ねぇイェルク、日課のリンゴ酢を作るぐらいはやってもいいでしょう?

 アロイスさんに見せておきたいし」


「もう! しょうがないわね!

 それくらいなら消耗しないのね?」


「ええ、消耗するうちに入らないわ。

 簡単な術式を五分続けるだけですもの」


「ならいいわ。

 私とラフィーネは、少し横になってくるわね」


 そう言ってラフィーネとイェルクもリビングから出ていった。


 リーゼロッテはソファから立ち上がり、食料庫へ向かう。


「さぁ、アロイスさん。

 私の自家製リンゴ酢の作り方、見せてあげるわ」





****


 一瓶分のリンゴ酢作りを見学したあと、アロイスは呆れていた。


「本当に林檎と水を五分混ぜただけでリンゴ酢を作っちまったのかい……

 普通、半年はかかるんだがねぇ」


「ちょっとした腐敗を進める術式の応用よ。

 腐敗も発酵も、原理は一緒なの。

 あとは五分間で半年分の発酵を進めて、その間ゆっくり中身を攪拌しておくだけで終わるわ――

 どうかしら、これって他の人も真似ができると思う?」



 アロイスが少し難しい顔をしている。


「んー、あたしだけじゃ判断が付かないね。

 こういうのはガートナーに聞いた方が良い――」


 普通は収穫物を無差別にリンゴ酢にする訳ではない。

 リンゴとして価値が高いものはリンゴとして市場に流す。

 なるだけリンゴとして品質が悪い、例えば目立つ傷がある物を選んで加工品の素材とする。

 こうする事で、収穫物を無駄なく市場に出回らせることが出来る。


 リンゴ酢は調味料としても使えるし、猪の肝臓の下ごしらえのような使い方もできる。

 飲んでも栄養価が高いし、他の酒にも混ぜられる。


 もし量産ができるなら、これで市民の生活が格段に豊かになる。


「――半年間の時間節約になるし、発酵場所も節約できる。

 ガートナーに聞いてみる価値があるね」



「じゃあこれから聞いて――」

「あんたは今日はもう動いたら駄目だ。

 イェルクに言われたろう? 明日にしておきな」


 リーゼロッテはしょげ返って「はい……」と返事をした。





****


 自宅にやってきたドミニクが、地図と鉛筆も持って来ていた。

 アロイスがリーゼロッテに微笑んで「じゃあ、ミネルヴァを少し借りるよ」と、カリアン人たち全員を引き連れて家を出ていった。



 リーゼロッテはリビングのソファに横たわり、今日の出来事を振り返る。


 『何も感じていないと必死に思い込んでいるだけ』というラフィーヌの言葉を噛み締めた。


 リーゼロッテは二十年間、そうやって自分を騙して生きてきたのだと告げられた。

 その言葉に説得力を感じていた。



 ――それじゃあ、本当の自分の心はどこにあるんだろう?


 心を殺す事に慣れ、見失ってしまった自分の心の在処ありか

 みんなの温かい気持ちを受け止めている自分の心を、きちんと見定めたいと感じていた。

 そのまま静かに自分の心と向き合い、夕食の時間を待った。


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