43.カリアン撤収作戦2
早朝、カリアン王国に白銀の流星が流れ落ちた。
兵舎前に降り立ったミネルヴァからリーゼロッテとヴィクターも地に降り立つ。
扉を叩くと、ヴェーゼブル伯爵が顔を出した。
「お待ちしておりました。
全員揃っております」
「一人も欠けていないのね、よかった」
伯爵級のヴェーゼブル伯爵以外、全員が下位貴族級魔族だ。
総勢五十名弱。
リーゼロッテは少し考えて、全員に身体強化術式を付与した。
「あなたたち、自前の魔力では一日を維持できないでしょう?
私が力を貸してあげるから、国境まで死ぬ気で走るわよ?」
リーゼロッテの魔力で受ける身体強化術式の力に、下位貴族級の魔族たちは驚きを隠せないようだ。
疑似的に全員にヴェーゼブル伯爵と同等の爵位を分け与えているような状態だ。
初めて体験する上位貴族級の魔力、その格の違いに驚くのは仕方がないだろう。
リーゼロッテは小さく手を鳴らした。
「はいはい、感動は移動しながらして頂戴。
私は最後尾で付いて行くから、ヴェーゼブル伯爵が国境まで先導してね。
人間の攻撃には気を付けるのよ?
絶対に攻撃されないとは言い切れないから」
早速、号令をかけたヴェーゼブル伯爵が移動を開始すると、規律正しく下位貴族級が続いていく。
やはり統率力が高い。
力が弱いからこそ、団結力があるのだろう。
こうやって彼女たちは生き延びて来たのだ。
リーゼロッテは彼女たちの最後尾を、ヴィクターと共について行く。
探査術式を定期的に撃って周囲の様子も注意深く見て行く。
リーゼロッテの術式に、前方で待ち伏せする集団が引っかかった。
「……ヴィクター」
声とともに、指で方角を指し示す。
「畏まりました」
あとはヴィクターが自分で索敵を開始し、『虫』を『処理』してくれる。
探知できたのは五匹。
その反応が瞬く間に消えた。
――ふぅ。アロイスさんでも統制しきれないか。
彼女は統率力が高い個体だ。
その彼女が『極力徹底させる』と告げた。
今回の取引条件は圧倒的な人間側有利。
それでも彼女の言葉を理解できない『虫』が出た。
アロイスは非情になり切れないタイプの指導者なのだろう。
それは美点でもあるが、欠点でもある。
――少なくとも、今の状況では欠点ね。
****
昼近くなり、山岳地帯を進んでいく。
高い崖の上を左右から挟むように待ち伏せする集団が遠くで待ち構えている。
――これは位置的に、ヴィクター一人じゃ大変だな。
リーゼロッテはその相手の潜む現場に低級眷属を作り出し、全力の瘴気を転送した。
瞬く間に十匹ずつ居た反応が消えて行った。
これがリーゼロッテなりの遠隔攻撃。
低級眷属を媒介に手加減なしの瘴気を送り込む。
低級眷属はただそこに居るだけで、何もしない。
リーゼロッテも、そんな彼らを送り込むだけ。
リーゼロッテの存在そのものともいうべき、瘴気に耐えられない人間が勝手に滅んでいく。
そこには殺意すら必要ない。
言葉を理解できない、自制もできない『虫』が、『虫』として滅ぶだけだ。
リーゼロッテの目から涙がこぼれていく。
――目にゴミでも入ったのだろうか。
リーゼロッテは心が麻痺し、痛みを感じ取れない。
自分が何故、涙を流すのか、その理由を理解できないでいる。
彼女は人間を殺すには、まだ不慣れ過ぎたのだ。
同族殺しで麻痺した心で、なんとか乗り切っているだけだった。
涙を拭い、浄化術式で拭き取るリーゼロッテを見て、ヴィクターが痛ましいものを見る目つきで声をかける。
「殿下、無理をなさらずご命令ください」
「あれは高所を取られていたわ。
ヴィクター一人では手に余るわよ」
高所を左右二か所、ヴィクターが片方を殲滅している間にもう片方に逃げられる。
逃げられる前に『虫』は残らず潰さねばならない。
どちらかをリーゼロッテが相手をしなければならないなら、両方まとめて『処理』した方が効率が良い。
ただそれだけの話だ。
ここまでで二十五匹の『虫』が出た。
まだ国境までは遠い。
あと何匹の『虫』が出るのか、自覚なくリーゼロッテはため息をついた。
結局、日付を超えるまでにさらに三十七匹の『虫』を『処理』する事になった。
国境まであと少し。
この山を超えれば国境が見える――そこに、彼らは待ち構えていた。
山頂を中心に、進路をふさぐように二十八匹が息を潜めている。
まだ彼らとの距離が充分にあり、こちらに気付いた様子もない。
ヴィクターを向かわせることを考える。
広範囲に散開しているし、無理をさせるだろう。
暗い山中、逃げられる公算がある。
だが一匹たりとも逃さず『処理』されなければならない。
これは子供たちの幸福、その必要条件。
譲ることはできない。
リーゼロッテが一瞬の無自覚な迷いで動きを止めたあと、待ち伏せしている『虫』が的確に『処理』された。
涙を袖で拭うリーゼロッテに、またヴィクターが声をかける。
「殿下、ですからご無理をなさらないでください。
殿下に処理は負担が大きすぎます」
「この状況ではヴィクターでも取り逃がす公算があるわ。
そうなったら私が処理するもの。
一匹も二十八匹も変わりはないわ」
****
空が白み始める頃、ようやく国境を超えた。
そこで一旦ヴェーゼブル伯爵が足を止め、リーゼロッテに振り返った。
リーゼロッテも彼女の前で足を止め、彼女の言葉を待った。
「殿下、ここまで九十名の人間の対処、ありがとうございます」
リーゼロッテは少し驚いた。
気付いているとは思っていなかったのだ。
伯爵級が気づける距離ではなかった。
「よく気付いたわね。
あなた、探知系術式が得意なの?」
「危険察知と対応能力のみで生き残ってきた集団です。
あのくらいの範囲であれば、何とか」
「やっぱりあなたは優秀ね。
爵位が上がれば、とても優秀な個体となるでしょう。
次に宰相に会った時に伝えておくわ」
「ありがとうございます――では、我々はこれにて」
彼女は一度頭を下げた後、再び魔王城に向けて走り去っていった。
リーゼロッテは全員に施していた身体強化術式を解除し、一息ついた。
「――はぁ。
さすがにあの人数に、身体強化術式を付与し続けるのは疲れるわね」
リーゼロッテは今回、無理を通した。
五十人弱に上位貴族級の魔力を貸し与えるのは、かなりの負担だった。
だが今回はヴェーゼブル伯爵一派が国外に脱出するまで持てばいい話。
魔力効率は悪いが、手っ取り早い手段を選択した。
急場凌ぎ、という奴だ。
「ほぼ丸一日補給もできず、だいぶお疲れでしょう」
「今日は掛け値なしに疲れたわ――
こんな愚痴を言えるのも、ヴィクターの前だけね」
「いえ、お役に立てるなら何よりです」
リーゼロッテはクスリと笑いが漏れた。
彼が本当は、『九十匹全てを自分が処理したかった』という本心くらいは理解している。
それが出来ず、内心で忸怩たる思いなのも想像が付いていた。
全て任せたかったが、状況がそれを許さなかった。
ヴェーゼブル伯爵一派の安全を約束していた。
何より、『虫』を逃さず全て潰す必要があった。
躊躇えば余計な魔力と時間を消耗する。
迷わず的確に『処理』し、迅速に国外に彼女たちを送り届けるのが最善だと理解していた。
冷静に最善を尽くした――それだけだ。
「じゃあ、アロイスさんを迎えに行きましょうか――
お願いねミネルヴァ」
白銀の流星がカリアン国境からアロイスの拠点まで、真っ直ぐに伸びていった。
****
魔王城に向かうヴェーゼブル伯爵は、一日戦慄し通しだった。
彼女は探知系術式の範囲と精度だけは、公爵級すら上回る自負があった。
力の弱い自分たちが、数々の危険を掻い潜ってこれたのも、この高い探知系能力のおかげだ。
広範囲探知でいち早く危険に気付き、危険が近づく間に素早く機転を利かせて対処する。
彼女たちはそうやって生き延びてきた集団なのだ。
だというのに、そんな彼女が探知した時にはもう、リーゼロッテは人間への対処を終えていた。
ヴェーゼブル伯爵は消えて行く人間の命の数を数えるのがやっとだった。
リーゼロッテの探知範囲は、ヴェーゼブル伯爵の探知範囲を大きく超えているという事だ。
しかもそんな遠距離で的確かつ迅速に人間を殺傷せしめた。
『人間を殺せない魔族』として有名だったリーゼロッテの意外な一面だ。
彼女は、必要であれば人間を処分する手段を持っている。
その手際が余りに迅速過ぎて、知られることがないのだろう。
彼女たち全員に丸一日付与し続けていた身体強化術式も驚きだ。
公爵級ですら、この人数にあれだけの魔力を分け与えていたら途中で魔力が尽きる。
魔王級の魔力の格の違いを見せつけられていた。
それ以外にも驚いている事があった。
彼女が自分たちを「集団で一つ」と見抜いていた事だ。
そんな姿など、彼女に見せた覚えはない。
ヴェーゼブル伯爵の指示に、的確に迷いなく従ってくれる有能な部下たち。
彼らもまた、生命線の一つだ。
それを彼女がどこで見抜いたのか、ヴェーゼブル伯爵には見当もつかなかった。
魔王の娘――その肩書に恥じぬ能力をリーゼロッテが持っていると確信した。
そんな彼女に敵対せずに済んだ己の僥倖に感謝しつつ、彼女たちは魔王城に急いだ。
****
白銀の流星がアロイスの拠点の前に降り立った。
まだ日が昇る前だというのに、拠点前ではアロイスが集団で佇んでいた。
リーゼロッテがアロイスに声をかける。
「どうしたの?
なにがあったの?」
アロイスが顔をしかめて応える。
「『跳ねっ返り』が九十名出た。
今必死に行方を追っているところだ」
リーゼロッテは微笑んで応える。
「それなら探すだけ無駄よ?
『虫』はもう骨すら残って居ないわ――
私の全力の瘴気を、神の加護なく浴びて無事でいられる『虫』など居ないもの」
アロイスが愕然とした。
「今……なんて言ったんだい?」
「アロイスさんほどの指導者の言葉を聞けない者は、もう人間とは呼ばないわ。
言葉を理解できない『虫』よ。
今回のは飛び切りの『害虫』ね。
何をするにも邪魔になる。
そんな『害虫』を、大切な人間の傍に寄せ付けるわけにはいかないの。
伯爵たちの撤退を妨害しようとした『虫』は『処理』したわ」
アロイスがヴィクターの顔を見た。
ヴィクターはとても口惜しそうに歯を噛み締めている。
その表情で何かを感じ取り、アロイスが眉をひそめてリーゼロッテを見た。
リーゼロッテの感じるもの。
香ってくるのは哀しみの悪臭。
そして温かい感情。
「……すまない、あんたに無理をさせちまったんだね。
私が至らなかったせいだ。
本当にすまなかった」
リーゼロッテは微笑んだまま応える。
「アロイスさんはとても優秀な指導者よ?
そんなに卑下したら、並の指導者が泣いてしまうわ。
そんなあなたの言葉を理解できない『害虫』など、居ても邪魔にしかならないでしょう?
今までだって、苦労していたんじゃない?」
アロイスが苦笑を浮かべた。
「返す言葉もないね。
確かに、私に反抗する連中だった」
彼らは魔族に対するに憎しみに、心を深く囚われてしまった人間たち。
憎しみのあまり、人の心すら忘れた連中。
それをわかっていても、アロイスは彼らの力を必要とした。
絶え間なく魔族を攻め続けるには、頭数が必要だったと語った。
アロイスが己の不甲斐なさで顔を伏せた。
「そうかい、冥界に旅立っちまったかい。
あいつらも哀れだね。
人の心さえ忘れなければ、他の道もあっただろうに……
そんな道を提示してやれなかった、私の力不足さ」
リーゼロッテは微笑んで告げる。
「済んだことは忘れましょう?
生きている人は、今日これからを考えるべきよ――
アロイスさんはこれからどうする?
ミネルヴァで連れて行けるのは、精々大人十人。
私とヴィクターが居るから、アロイスさんを含めて八名までラスタベルトに連れて行けるわよ?」
アロイスが考えながら言葉を告げる。
「それなら私の部下を六名、同行させておくれ。
連れて行くのは器用で何でもできる奴を選んでいこう。
当座の力になるだろう。
私はあんたらと行動を共にして、逐次指示をカリアンの民に伝える事にする――
それでいいかい?」
リーゼロッテは頷いて応える。
「私やヴィクターの傍であれば、迅速に私たちの意志を伝えられるわね。
カリアンの民の意思伝達方法は任せるわ。
アンミッシュの森は王都から馬で一週間前後。
王都にはまだ馬が揃っていないから、自前で調達するしかないわよ?
そこだけ気を付けてね」
大人九人が乗る事になり、ミネルヴァには限界まで大きくなってもらった。
三回りは大きくなったミネルヴァの背で、アロイスが大きく声を上げる。
「マックス! 後発隊は任せたよ!」
群青の髪を長く一つに束ねた青年が、胸に手を当てて応える。
「姐さん、任せといてください!
後発隊二万五千、きっちり送り届けてみせます!」
その声と共に、ミネルヴァは白銀の流星となってラスタベルト王国へ向けて飛び立っていった。
****
我が家の前に降り立ったリーゼロッテたちは、アロイスたちを一旦自宅の中へ案内した。
「とりあえず朝早いから、応接間で時間を潰していましょう――
ヴィクター、人数分の紅茶を用意して頂戴」
「畏まりました」
恭しく頭を下げて部屋を辞去するヴィクターを、アロイスは物珍しそうに眺めていた。
リーゼロッテはソファに腰を下ろし、カリアン人にも座るよう促した。
「アロイスさん?
座らないの?
――何? ヴィクターの何が珍しいの?
古馴染みなんでしょう?」
アロイスも戸惑いながら、リーゼロッテの正面に腰を下ろした。
「いや、ヴィクターが従僕みたいな真似をしてるのが想像つかなくて、ついね……
あいつはいつもああなのかい?」
「ええそうよ
二十年前からあんな感じね」
少なくとも、リーゼロッテはそんなヴィクターの姿しか知らない。
それ以外のヴィクターを想像しろと言われても難しいくらいだろう。
それが楽しいらしく、アロイスは顔を綻ばせながら入り口を眺めていた。
「へぇ、あの荒くれヴィクターがねぇ……
見た目は変わらないってのに、中身はまるで別物なのかい。
まぁ、魔王の娘に忠誠を誓ってる時点で、確かに別物なんだろうね」
リーゼロッテも逆に興味が出て来たので尋ねてみる。
「二十年前、お父様に敗れる前のヴィクターってどんな人間だったのかしら?」
「喧嘩っ早い熱血漢、正義感に溢れ、悪が大嫌いだった。
その癖、何故か卑怯な戦法ばかりが得意でね。
そういう意味じゃあ、昔から不思議な奴だったよ」
――うわっ! なんだかまるで想像が付かない!
「どれもこれも、全部真逆に感じるわ……
大人しく陰湿かつ粘着質に相手を確実に追い詰め、勝つべくして勝ちを収めるのがヴィクターよ……
魔王軍に居る時点で、正義感や悪なんて概念はどうでもいい感じではあるわね。
ちなみに、この王都全体はヴィクターが常時盗聴魔法で聞き耳を立てているわ。
内緒話をしたかったら王都の外に行くか、筆談をするか、魔導を使う事をお勧めするわよ?」
その場にいたカリアン人たちの顔が引きつった。
アロイスも例外なく引きつっていた。
「……確かに、あたしの知るヴィクターとはまるで変っちまったみたいだね。
忠告は有難く受け取っておこう。
内緒話なんざする機会があるとも思えないがね」
「そんなに信頼してるのね――
ねぇ、一つ聞いて良いかな?
何故同行するのが七人じゃなく、六人だったの?
同じくらい器用そうな人が、他にもいたように見えたけれど」
アロイスが少し目を丸くした。
「あんた、よく見てるね……
そういう奴ら全員を連れて行くわけにもいかない。
後発隊の対応能力が落ちるからね。
それに、六人ってのは都合がいい数だ。」
六人組を二人一組で三つ、或いは三人一組で二つに分ける。
最低二人一組で行動し、互いを補って動くことができる。
庇い合って行動する事で死角や隙を減らす事が出来る。
アロイスはそうやって部下を行動させるのが基本だった。
アロイスの故郷で好まれた構成方法だと語った。
「納得したわ。
あなたたちの住居は、この地区の空き家を適当に使って構わないわよ。
この地区は私に与えられた牢獄。
国王が『ここに居ろ』と指示した場所なのよ。
まぁ私も、王宮に用がなかったから都合が良いんだけどね」
「王宮に用がない?
執政官なのにかい?」
「あそこには無能な人間がのさばっていて、邪魔だったのよ。
それに子供たちの傍で生活を支援してあげたかったしね。
あの子たち、二か月でようやく血色よくなったけど、二か月前は骨と皮で青白い顔をしていたの。
見るも無残とはあれの事ね」
「ああ、それで毎日森に狩りに出て食材を得ていたのかい」
「そういう事よ。
未だに畜産業は準備中で、食肉は市民の手にほとんど渡ってこない。
だからまだ、私は森に狩りに行って子供たちにきちんとお肉や山菜、蜂蜜を食べさせてるって訳。
王都の北にフィリニスの森もあるけど、あそこは小さいのよね」
「へぇ……
アンミッシュの森とか言ったっけ。
どの辺にあるんだい?」
リーゼロッテは応接間の戸棚から地図を取り出して広げてみせた。
「王都から西……
この辺りらしいわ。
私はミネルヴァに連れて行ってもらっているから、詳しい位置までは知らないの。
森の周囲には廃墟になった街がいくつか点在してるわよ」
「何故ここを使わないんだい?
馬で一週間なら、人の足でも十日と少しぐらいじゃないのかい?」
「途中の、この辺りに魔族が居るらしいの。
周囲を迂回すると野盗に狙われるそうよ。
恐らく、魔族は野盗の感情を食べて生きる野良ね。
次はこれを狩らないといけないんだけど、いつ手を付けようかってところ。
下手に魔族だけ倒しても、野盗が蔓延ってしまうのよね」
アロイスが不思議そうな顔をしている。
「フィリニスの森ってのは、王都から北だから――
この辺りだろう?
ここだって野盗が多そうに見えるが、どうしてるんだい?」
「低級眷属を五千体使って、街道を警護させてるわ。
アンミッシュも同じようにするなら、追加で一万体ぐらいは呼び出さないといけないかしら」
アロイスの顔が引きつった。
「低級眷属ってのは……
もしかして山羊の足に人間の胴体、牛の頭の、あれかい?
あれはそんなに生み出せるものなのかい?」
「それは魔族の魔力次第よ。
この間アロイスさんが相手にしてた子爵級なら、一度に五百体を維持するのがやっとじゃないかしら」
「五百?!
あいつの限界は百体ぐらいじゃないのか?!
どんなに多くてもそれぐらいだったよ?!」
「あの砦は人間の不満のはけ口よ。
あなたたちの力をあの砦に向かわせて、王都の安全を図っていたの。
あなたたちがギリギリ拮抗できる程度に力を抑えて籠城し続けていただけよ」
アロイスが顔をしかめた。
「チッ、面白くない話だね。
いいように弄ばれていたってのかい――
リズ、あんたはどれくらい出せるんだい?」
「そうねぇ……
瞬間的でいいなら十万体ぐらいかしら」
アロイスとカリアン人たちの顔が大きく引きつっていた。
「……ちなみに今、維持してる低級眷属はどのくらいだい?」
「今? 一万五千体よ?
ラスタベルトの各集落の護衛に一万、王都南北の街道の警備に五千を配備してるわ。
白銀色の眷属だから見ればすぐわかるでしょうけれど、この街の警備も大半は私の眷属が担ってるわね」
「……常時維持できる最大はどれくらいだい?」
「毎日三百人の子供たちから愛を補充しているから、ギリギリで四万体ぐらいよ。
でもそれだと私自身の余力がなくなってしまうから、できれば二万体に抑えたいところなの。
だからアンミッシュの街道保護に一万を追加で常設するのは、どうしても及び腰になってしまうのよね」
最大四万で現状一万五千、これに追加で一万となると、二万五千で魔力の過半数を低級眷属の維持に使われる事になる。
手札を減らす状態は避けておきたい、というのがリーゼロッテの考えだった。
今回、ヴェーゼブル伯爵一派を国外脱出させた方法も、今までの備蓄魔力があったから出来たようなもの。
その全てを吐き出してしまった。
常設する眷属が増えれば、その余力を蓄える速度も落ちる。
アロイスは腕を組み、納得したように頷いていた。
「なるほどね……
ラスタベルト王国の治安、その大半をリズが担ってる訳だ。
そりゃあヴィクターたちが私の提案を快諾する訳だなぁ」
ヴィクターが紅茶を持って戻ってきた。
リーゼロッテたちの前にカップを置いた後、リーゼロッテの隣に腰を下ろした。
「殿下の負担を軽減したいという俺たちの思いが、少しは理解できたか?」
「いや、これは確かに負担だ。
放置してたらリズが倒れちまう」
「その通りだ。
殿下はただでさえ、対魔族で飛び回られてしまう。
段階的に常設する眷属は減らしていきたいんだが、戦闘要員を抱える余力がない。
だがカリアンの民が森の恵みと引き換えにするなら、戦闘要員に回せる生産物の余裕が生まれる。
そんな感じだ」
リーゼロッテは深いため息をついた。
「とにもかくにも人手なのよ。
王都近郊の住民を移送する人手もたりないし、一度に受け入れる余力もない。
まずは農作物の収穫を上げたいけれど、今の人手で手一杯。
八方塞がりよね……
早く周辺集落の機能も回復させてあげたいんだけど」
アロイスがニヤリと笑った。
「そこでカリアンの民の出番だ。
森で狩猟ができるカリアンの民なら、アンミッシュの森から森の恵みをもたらせる。
魔族だけ処理してくれれば、輸送に護衛も要らない。
野盗相手に後れを取るカリアンの民なんざいないから心配は要らないさ――
そうして森の恵みと引き換えに、王都に一時的に住むカリアンの民の食糧を保証してくれればいい。
そいつらが農作業を手伝おう。
後発隊二万五千、巧く活かしておくれ」




