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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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38.白銀に輝く海

 リーゼロッテとガートナーは二週間、じっくりとヴェローナ王国を見て回った。


 まずは最初に王都に行き、ウェレアムレイト公爵の状態を探査術式で確認。

 そのまま各地の大きな街を目指し、低空を飛んだり、実際に街を歩いてみた。

 帰りには時折、隠遁を解除して飛び回って見せ、ラスタベルト王国に戻っていく。



 一週間後にはウェレアムレイト公爵は手勢を率いて王都を去っていった。

 彼らはそのまま、魔王城へ向かう途中で待機させていた魔族たちを合流させながら魔王城を目指しているようだった。

 その撤退の手際も見事なものだ、とリーゼロッテは感心していた。



『魔王はあいつをどうするつもりだ?』


(少なくとも、処分は免れるはずよ。

 部下をどこまで守ってやれるかは、公爵次第ね)



 謁見の間で意思を伝えた後、アーグンスト公爵――つまり魔王本人とも直接、話をした。

 彼は「何故、ヴェローナ王国へ?」と少し驚いてみせていたけれど、それだけラスタベルト王国の状態が酷かったから他国も心配だったと伝えた。

 彼は納得する様に頷いていた。


 ――こうやって、一人二役で私を操ってたのかなぁ。


 実の娘すらこの扱い、リーゼロッテの心境は複雑だった。



 『ヴェローナ王国は危惧していた状態に比べると、遥かに人間の減少が緩やかだった』と報告し、ウェレアムレイト公爵は有能な管理者だろうという所感も伝えた。

 アーグンスト公爵はそれにも納得した様だし、場合によっては彼が次の四魔公になる可能性すらありそうだ。



 ウェレアムレイト公爵が去ったことで、ヴェローナ王国は復興の気勢を取り戻したようだ。

 毎日見る王都からは絶望の悪臭が徐々に薄れていき、街を慌ただしく人々が動き回るようになっていった。

 少なくとも、王都ジェスカンには魔族が残っていないようだった。


 その後、隠遁しながらヴェローナ王国の街を歩いていると、人々の噂話が耳に入るようになっていた。

 『この国は白銀の魔力を持った救世主によって救われる』といった内容だ。

 そこに魔族の『ま』の字すら残っていない。

 その救い主が魔族である事を、国王は隠したようだ。


 民衆の顔が希望で明るくなる様子を見ながら、リーゼロッテはガートナーに尋ねる。


(何故、魔族である事を隠したのかしら。

 その意図は何?)


『単純な話だ。

 この国が魔族から解放されるというシンプルな結論にした方が、民は希望を抱く』


(でも、事実を知った時に落胆しないのかしら?

 それは誠実な対応とは言えないわ)


『今すぐできる事など、力が残されているヴェローナ王国とはいえ大して多くはない。

 海が汚染されているからな』


(じゃあ、自治できる範囲で浄化して欲しい場所を聞いてみましょうか。

 月の神とも相談になるけど、それでかなり生活は立て直せるはずよ)



 少なくとも、見て回った範囲に魔族は残って居なかった。

 ウェレアムレイト公爵は統率力が確かなようだ。

 ヴェローナ王国は、公爵を説得したことで魔族の手から解放された。

 後は汚染された海を取り戻せば、国民の生活基盤は徐々に豊かになっていくだろう。


 今のラスタベルト王国よりよっぽど再建しやすい状態と言える。





****


 翌日、リーゼロッテたちは隠遁魔法を使わずに王都ジェスカンを目指して飛び、その中庭に降り立った。

 衛兵は彼女たちの姿に最初は警戒を見せていた。

 だが、白銀の飛竜――ミネルヴァの姿を見ると、彼らは微笑みを浮かべていた。


 衛兵の一人がリーゼロッテたちに話しかける。


「あなたが我が国の救世主ですね!」


 話しかけた相手は――ガートナーだった。

 ガートナーが苦笑を浮かべる。


「俺じゃない、俺はただの付き添いだ。

 救世主はこっちの嬢ちゃん。

 力が強いのも嬢ちゃんだ」


 リーゼロッテは体全体で不満を表明しつつ、衛兵を睨み付けた。


「何よ、救い主が私じゃ文句があるの?

 国王はあの日の事を、どういう風に伝えているのかしら?!」


「失礼致しました!」


 慌てて頭を下げた衛兵に、リーゼロッテは告げる。


「今すぐ国王を呼びなさい。

 謁見の間に行けば会えるのかしら?

 なら、そこに私が行くけど」


「はい、では直ちに陛下をお呼び致します。

 謁見の間にてお待ちください」


 衛兵は慌てて駆け出していった。

 その姿を見送った後、リーゼロッテたちはあの日の道を辿って謁見の間へ向かっていく。

 途中途中で衛兵たちが怪訝な顔をするのだが、やはり肩にとまっているミネルヴァを見るとすぐに顔を綻ばせた。


 どうやら、リーゼロッテと言う存在の事を細かく伝えてはいないようだ。

 彼らは『白銀の魔力を持った救世主』とだけ知らされているように思える。


 謁見の間に到着すると、無人の玉座が待っていた。

 部屋の中央で、ガートナーと二人でしばらく待つ。

 間もなく、謁見の間にあの日の老人――ヴェローナ王国の国王が姿を見せた。


「あら、やっぱりあなたが国王だったのね」


「ヴェローナ国王、ギュンター・ウェレ・ヴェローナだ」


 偉そうな態度のまま、彼は玉座に腰かけてリーゼロッテたちを見下ろした。

 そのまま彼はリーゼロッテたちに言葉を告げた。


「我が国を救う者よ、名乗るが良い」


 ――おや? 彼も何か勘違いしちゃうタイプかな?


 横を見ると、ガートナーも苦笑を浮かべている。

 おそらく、この短期間で噂をばら撒いているうちに、妄想が広がって都合の良い現実を見てしまったのだろう。


 先にガートナーが名を告げる。


「俺はラスタベルト王国の平民、ガートナー・ベルオムウェナ。

 二十年前の神魔大戦に参加した戦士の生き残りだ」


 周囲から感嘆の声が上がった。

 リーゼロッテはガートナーに尋ねる。


「何故驚かれているのかしら?」


 ガートナーは肩をすくめた。


「二十年前の戦士たちは、ほとんどが神魔大戦で命を落とした。

 あれから二十年、今も生き残っている奴は少ないって事だ」


 この二十年、戦う力を持つ者ほど、魔族に抗い殺されたらしい。

 防御に偏り、抗う力が小さかったガートナーは皮肉にも生き延びた。

 その結果こうしてリーゼロッテに力を貸せるのだから『生き恥もさらしておくもんだな』と自嘲していた。



 国王が焦れたような声を上げる。


「隣の娘よ、お前の名は何と言うのか。

 早く名乗るが良い」


 ――んー、ここは早めに分を弁えてもらおうかな。


 目で合図をすると、ガートナーが頷いて人間たちに防御結界を張った。

 リーゼロッテはそれを確認し、直ちに瘴気を全て解放した。


 一週間ぶりに浴びる瘴気にその場の全員が顔を蒼くさせ、凍り付いたように動かなくなった。


「私は魔王の娘、リズでも殿下でも、好きに呼ぶといいわ。

 お父様から、この大陸南西部の執政官としてこの地方を治めるよう命じられて来たの。

 住居はラスタベルト王国にあるから、この国に用がある時は都度やってくる事になるわね――

 何か質問があるかしら?」


 国王が瘴気にたじろぎながら口を開く。


「何故、魔王の娘が魔族を追い払った」


「私が行う統治の邪魔だからよ。

 私という魔族は人間の愛や喜びを食べる魔族。

 単純に、他の魔族と真逆の性質をしていると考えていいわ。

 そんな私が好む環境に、他の普遍的な魔族は耐えられない。

 共存ができないのよ。

 だから彼らに、死ぬか去るか、その選択肢を与えただけ――

 他に質問は?」


「魔族の執政官と名乗ったな?

 では、この地方は、この国は魔族の支配下にあるままという事か」


「そうよ? 魔族である私が、大陸南西部の最高意思決定者。

 私に逆らう者は、人間も魔族も許しはしない。

 私に勝てるのは、魔王であるお父様ただ一人。

 それを理解しているから、この地を治めていた公爵は大人しく私の忠告に従い、魔王城に移り住んだ。

 残って居れば、私が滅ぼすと告げたからね――

 他に質問は?」


「……この国を救うという言葉は、嘘だったのか」


 リーゼロッテは白い目で国王を睨み付けた。


「人聞きの悪い事を言わないでもらえる?

 私は人間に嘘を告げないわ。

 私は告げた通り、この国の再建を手伝い、人間を増やしていく。

 それがお父様に命じられた仕事だもの。

 今日も、この国の再建について話し合う為に来たわ――

 他には?」


「……リズ殿下が、私より上位の存在だ、という認識で合っているだろうか」


「そうね。

 地位も、力も、あなたより上よ?

 それを認識したなら、あなたは己が取るべき態度がわかるんじゃないかしら?」


 リーゼロッテが眺めている前で、国王が玉座から降り、リーゼロッテの前に跪いた。


「――そう、いい子ね。

 理解の早い個体は好ましいわ。

 増長するのが思ったより遥かに早かったのには驚いたけどね。

 ご褒美に瘴気はしまってあげる」


 リーゼロッテは瘴気を納め、人間たちの結界が解除された。


 続けて国王の頭上から言葉を告げる。


「この二週間、姿を隠してこの国を視察してきたわ。

 どうやら、ラスタベルト王国に比べると遥かに救いのある状態みたいね。

 でも海が使えない事で困っているようにも見えた。

 だからその相談に来たの。

 自治の手が及ぶ範囲で、浄化して欲しい海域を挙げなさい」


 国王が顔を上げ、震える声で尋ねる。


「海を浄化……そんな奇跡が起こせるのですか」


 リーゼロッテの代わりにガートナーが応える。


「リズは月の神の寵愛を受けた魔族だ。

 それを利用して、俺が海を浄化する奇跡を願う。

 神が応じて下されば、その海域は浄化され、人間が再び使えるようになるだろう」


 リーゼロッテは人間に嘘は言えない。

 沈黙することは嘘と同義かもしれないが、今、信用できないものにリーゼロッテが月の神の魔法を使えることを知られる訳にもいかない。

 悩んだ末、ガートナーが詭弁を弄してリーゼロッテはそれを黙認する、という形になった。


 できない事は言わせないと決め、今の状況で最大限、誠意を尽くした行動だとリーゼロッテは信じている。



 国王は震える声のまま応える。


「では、王都近郊の海域を、なるだけ浄化して頂けるよう願ってはもらえないだろうか。

 王都の生活に、密接に関係した海域だ。

 それだけで、王都市民は今より格段に豊かになる」


 ガートナーが頷いた。


「わかった、願ってみよう。

 国王が案内してくれ。

 そこで俺が祈る」


 国王は頷き、立ち上がると近衛騎士たちを呼び、直ちに馬車を用意するよう声を上げた。

 リーゼロッテはそれを手で制する。


「馬車は不要よ。

 私のミネルヴァが連れて行くわ。

 中庭に行きましょう。

 近衛騎士も二名まで随行を許すわ」


 国王は一瞬、狼狽えた。

 だがすぐに二名の騎士に随行を命じた。

 リーゼロッテはそれを確認すると、すぐに中庭に向けて歩き出す。

 その後をガートナーと国王、そして近衛騎士二名が付いていった。


 中庭で飛竜の姿になったミネルヴァに驚きの声が上がり、リーゼロッテとガートナーがその背に乗った。


「国王たち、早く乗りなさい。

 振り落とされる心配はいらないわ。

 きちんと座っていればね」


 国王たちも恐る恐るミネルヴァの背に乗り、腰を下ろした。

 その途端、ミネルヴァは白銀の流星となって王都の港前にふわりと降り立つ。


 ミネルヴァの背で、国王たちが体を震わせていた。


「何をしているの?

 早く降りなさい。

 じゃないと私たちが降りられないわ」


 国王たちが慌ててミネルヴァから降り、リーゼロッテたちも続けて背から飛び降りた。

 ミネルヴァはたちまちフクロウの姿になり、リーゼロッテの肩にとまる。


 国王が震える声でリーゼロッテに尋ねる。


「それが最近目撃されていた、空を駆ける白銀の流星の正体でしょうか」


「そうよ?

 ミネルヴァは私の友人、飛竜なの。

 聖竜と魔竜の特性を持つ、特別な竜よ――

 この海域でいいのね?」


 国王が確かに頷いた。


「この王都近郊の海域を、なるだけ広範囲で浄化して頂きたく存じます。

 お願いできますでしょうか」


 リーゼロッテは頷いた。

 早速月の神の気配を手繰り寄せ、彼女に相談する。




(月の神、聞いていた?

 どこまでなら浄化できるかしら)


『かなり汚染されてるわね。

 とはいえ、海は私の領域よ。

 可能な限り広範囲で浄化してあげるわ』


(同時に、海の回復も祈れるかしら?

 汚染される事で、生態系もかなり弱っているでしょう?)


『それなら、海の回復のみを願いなさい。

 海を元の姿に戻したい、とね。

 それで叶えてあげる。

 どこまで元の姿に戻せるかは、保証できないけどね』


(わかったわ)




 続いてリーゼロッテはガートナーに語りかける。


(月の神に浄化と回復を祈れるみたい。

 同時に祈ってみるわ)


『贅沢だが、確かに海の生態系が回復しなけりゃ意味がないからな。

 了解した』


 リーゼロッテが頷いて見せ、ガートナーも頷いた。


 ガートナーが国王に告げる。


「リズの許可が下りた。

 神に海の浄化と海の生態系の回復を願う。

 神が応じて下されば、その祈りは魔法として姿を現す。

 月の神に祈りを捧げておけ」


 わざとらしくガートナーが海に向かって祈り始めるのに合わせ、リーゼロッテも密かに祈りを捧げる。

 海の回復――元の姿に戻る奇跡を願った。


 海が海中、さらに深く海底から白銀色の眩い光に包まれた。

 王都近海と呼べる海域、目に見える海面全てが白銀の光に包まれている。

 探査術式で探ると、海中の瘴気が瞬く間に消失していき、魔物が元の生物に戻っていった。

 魔法が終わり、眩い光は収束したが、淡い白銀の光は灯ったままだった。


 リーゼロッテは奇跡を祈る時に掴んだままだった、月の神の気配に語りかける。




(どういう事?

 ずっと光ってるけど、力は足りるの?)


『海は流動するものよ。

 常に浄化を続けていないと、瘴気が流れ込んでしまうわ。

 ちょっと力を消耗してしまうけれど仕方がないわね――

 でもそこは海の民の国よ? 私の信徒も多いわ。

 その光る海面は簡易的な私の祭壇のようなもの。

 祈りが届きやすくなっている。

 海に向かって毎日祈るよう告げなさい。

 祈りの力が続く間は、維持してあげる。

 祈りが途切れたら、諦めなさい』


(ありがとう、わかったわ)




 リーゼロッテはガートナーに念話で月の神の言葉を全て伝えた。


 ガートナーが大袈裟に祈りを終え、振り向いて声を上げる。


「神は願いを聞き届けてくださった!

 だが! この正常な海域を維持する為には、信徒たちの祈りの力が必要だ!

 月の神の信徒は、毎日光る海面に祈りを捧げろ!

 その祈りの力が足りている間は、この海が正常に保ち続けられるだろう!」


 光る海面に吸い寄せられるように傍に来ていた市民たちの一人が、感極まって服を脱ぎ、海に飛び込んでいった。

 それに続く者が続出し、たちまち海に民衆が溢れていく。

 彼らは十数年ぶりに取り戻した正常な海に歓喜し、快哉を叫んでいた。

 とても強い温かい感情がリーゼロッテの心を叩いている。

 それと共に、歓喜の感情の香りが色濃く香っていた。


「よっぽど嬉しかったのね……

 あら、もう魚を捕獲してる人までいるわ」


 海の中から、活きの良い魚を両手で掲げ、快哉を叫びながら神に感謝を述べているようだった。


 国王もその姿に胸を打たれたのか、涙を流しながら海を見つめていた。


「まさか、この国に海が戻ってくる日が来ようとは……

 私が生きている間に、再びそんな日が来るとは……

 月の神に感謝の祈りを捧げ続ける事を約束しよう」


 ガートナーが頷いた。


「それがいいだろう。

 いくら月の神の領域とはいえ、こんな奇跡を維持するのは相当な負荷だ。

 この光る海は簡易的な祭壇と化した。

 王都の民で出来る限り、祈りを捧げ続けるんだ。

 途絶えれば元の汚染された海に戻ってしまう。

 それを忘れるな」


 国王は何度も頷いた。


 リーゼロッテはそんな国王に尋ねる。


「他に回復して欲しい海域はある?

 同じ奇跡を起こせる場所があるかもしれない。

 月の神の信徒が多い場所に限られるでしょうけれどね」


「では、あと二か所ほどお願いしても宜しいでしょうか」


 リーゼロッテはミネルヴァに飛竜に戻ってもらい、その背に飛び乗った。


「さぁ、早く乗りなさい。

 試せるだけ試しましょう」


 国王たちがいそいそと乗り込み、ミネルヴァは再び白銀の流星となって飛び立っていった。





 二か所の大きな港町近海も白銀に輝く海に変わった。

 海を正常化した街では、街の執政官と月の神の神官長を呼びつけ、同じ戒めを厳しく、国王自ら言い渡していた。

 それぞれの街でも、王都と同じように海に飛び込む市民の光景が繰り広げられていた。





*****


 その後、リーゼロッテたちは王宮の中庭に戻ってきた。

 ミネルヴァから降りた国王は、中庭のその場でリーゼロッテに向かって跪いた。


「リズ殿下の御心を疑った事、心より謝罪させてください。

 我が国は海の国、海と共に生きる民の国です。

 海を蘇生する事は我が国を蘇生する事に等しい。

 リズ殿下は確かに、嘘偽りなく我が国を救ってくださったのです」


「大袈裟ねぇ……まだまだ、一部の海が正常化しただけよ。

 これからが本当の立て直し、人間たちが働いて元の姿を取り戻していく段階でしょう?」


 喜ぶにはまだ早い。

 森も浄化すべきだろうが、今は無理だろう。

 月の神の力が回復するのを見計らって順次、行っていく事になるだろう。



 国王がリーゼロッテを見上げ、大きく頷いた。


「リズ殿下と連絡を取りたい時には、どうすればよろしいでしょうか」



「私はラスタベルト王国の王都、ヘルムートに住居を構えているわ――」


 王宮に行けば自宅まで案内はしてくれる。

 だがリーゼロッテも毎日忙しく飛び回っている。

 時間が合わなければ、応接間で待つことになる。


「――でも夕食時までには必ず戻ってくる。

 その辺を踏まえて連絡を取りに来なさい」



 国王が驚いて目を見開いた。


「リズ殿下自らが飛び回ってらっしゃると?」


「そうよ?

 子供たちを養うために森に狩りに行くし、他国を視察したり、魔物の掃討もしてる。

 昼間も、夜間もね。

 私を確実に捕まえられるのは、子供たちと食卓を囲んでる朝夕の時間だけ。

 その時に付近の家で私が居る場所を聞けば教えてもらえるわよ」


「何故、殿下が子供たちと共に生活を?」



「私は愛と歓喜を食べる魔族。

 私に感情を捧げてくれる人間を求めたら、ラスタベルトの国王が平民全てに義務として課したの――」


 やってきたのは子供たちばかり。

 栄養状態は見るも無残。

 仕方なくリーゼロッテが食材を仕入れて与えている状態だ。


「――まだ二か月目だけど、子供たちはだいぶ肉付きも良くなってきた。

 この調子なら、半年後には私の子供を産んでもらえるかもしれない」



 国王は首を傾げて理解に苦しんでいるようだった。


 リーゼロッテは苦笑を浮かべる。


「あなたはどうやら、ある程度説明しておいた方が良さそうね――

 機密を守れる部屋を用意しなさい」





****


 軍議室――軍の作戦立案と言う、外部に漏れてはならない重要な会議を行う部屋だ。

 漏洩対策の魔法が各種万全に施されているので、例えヴィクターと言えども中の様子を伺い知るのが難しいらしい。

 知識の神の気配がうっすら漂うその部屋は、確かに魔法で満ちているようだ。


 扉を閉めた後、振り返った国王がリーゼロッテに告げた。


「この部屋でよろしいでしょうか。

 どうぞお好きな場所へおかけください」


 リーゼロッテが手近な椅子に座ると、ガートナーがその傍の椅子に腰を下ろした。

 国王が足元に跪きかけたのをリーゼロッテは手で制し、同じように傍の椅子に腰を下ろすよう促した。



「ガートナーさん、あなたは国王をどこまで信用できると思う?」


「……まだ見極めるには早い。

 リズの事情は、子供たちに関する事だけに留めておけ」


 リーゼロッテが頷いた。


 首を傾げ続ける国王に、リーゼロッテのもつ神の祝福が及ぼす効果を『魔性』と表現して伝えた。

 素顔を見るだけで心囚われ、神の奇跡でも解呪が不可能という性質だ。


 リーゼロッテが生きて行くには一日最低十人の愛が必要だ。

 動き回るならより多くの人数が必要になる。

 それには魔性に捕らえる必要があった。

 その食糧となる人間をラスタベルト国王に求めた結果、二百人の平民の子供たちが生贄として捧げられた。


「今では三百人に増えたけどね。

 彼らは全員が魔性に囚われ、毎日私に愛を捧げているわ。

 どう? 魔族らしくて卑しく悍ましいでしょう?」


 リーゼロッテはにっこりと微笑んだ。


 ヴェローナ国王は、静かな表情でリーゼロッテの瞳を見据えていた。


「……ですがそれは、ラスタベルト国王の判断、彼の選択の結果でしょう。

 何よりリズ殿下は、その子供たちを養う為、毎日森に狩りに出ていると告げられた。

 利用している人間の為にそんな事をする魔族の存在を、私は存じ上げません。

 それは、リズ殿下の慈しみではないのですか?」


 リーゼロッテはじろりとヴェローナ国王の目を睨み付ける。


「あなたまでそんな事を言うの?!

 私は心に愛を持つ個体だけど、それは正の感情を食べる魔族という意味でしかない。

 私が他人に慈愛を向ける事はないわ。

 私は私の為にしか行動しない。

 自分が飢えない為に必要だから人間を飼っているだけよ!」


 ヴェローナ国王が楽し気に微笑んだ。


「では、子供たちの様子は如何でしょうか。

 毎日を幸福に過ごしているのではありませんか?」


「当たり前じゃない!

 私が走り回って養っているのよ!

 そうやって愛と歓喜を私に捧げて貰わないと私が飢えて死ぬのよ!

 その為に喜ばせて感情を食べているだけ!」


 ヴェローナ国王の目が、ガートナーの目を見た。

 ガートナーは苦笑を浮かべている。


「……とまぁ、本人は絶対に認めない事だから、あまり追求しないでやってくれ。

 何をどう言おうと納得してくれないんだ。

 だが周りで見てりゃ、リズに育てられている子供たちは幸福そのものにしか見えん。

 それが全てだ」


 ヴェローナ国王が頷いた。


「了解しました、これ以上追及して、リズ殿下を困惑させるのは止めておきましょう――

 もし、愛を捧げる人手が必要になれば仰ってください。

 我が国の民から、有志を募ってみます。

 二十代以下の若者であればよろしいのですね?」


「国王?!

 何を馬鹿な事を口走って居るの?!

 国にとって若者は宝よ!

 私の魔性に囚われたら、もう男性は子孫を残せなくなる!

 女性は私の因子を持った人間の子供を生めるけど、必ず迫害を受けるわ!

 そんな簡単に口にして良い事じゃないのよ?!」


 ヴェローナ国王がニヤリと笑う。


「……なるほど、これほど言動不一致の方も珍しい。

 さては自覚がおありでないタイプですな?

 ここまで他国の民を思いやっておきながら慈愛を与えぬなど、どの口が仰るのか」


「私という魔族にとって、そもそも人間は別の種族よ。

 それに比べたら国籍なんて、住む場所の違いでしかない些末な事よ!

 そんな事より、誰が誰を思いやってるですって?!

 聞き捨てならないわ!

 言動不一致も、した覚えがないわね!」


「……いえ、これ以上は言葉を慎みましょう。

 確かに、何をどう言おうと納得しては頂けないようだ。

 ですがヴェローナの民も、必ずやリズ殿下の力となって見せましょう。

 これはお約束いたします」


 リーゼロッテはそれ以上言える言葉を見つけられず、悔しさで歯ぎしりを続けた。

 ヴェローナ国王とガートナーは、そんなリーゼロッテを楽しそうに見つめていた。


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