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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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35.ラスタベルト王国の解放

 家に帰ったイェルク王女は、「少し一人にさせてください」と部屋に閉じこもった。

 ウルズラにはリビングに居てもらい、リーゼロッテは夜の魔族掃討に出かけていった。



 朝日を拝みながら家の前に降り立ち、自宅の扉を開ける。

 リビングにはウルズラがソファで寝る姿があり、リーゼロッテの部屋の扉は締め切られていた。


 中から哀しみの悪臭の残り香が臭ってくる。




 外まで臭うほど、強い哀しみ――まぁ、それはそうか。

 ああも面と向かって『我が子ではない』と言い切られてしまったのだから。

 終いには『後は好きにしろ』と来たもんだ。


 ああいいだろう、ならば好きにしてやろうじゃないか。

 イェルク王女――いえ、イェルクはもう私たちの家族だ。

 泣いても喚いても、もう返さない。




 ラフィーネが部屋から出て来たので、イェルク王女の様子を尋ねてみた。


「昨晩からずっと、部屋にこもりきりよ。

 ウルズラさんも心配していたわ」


 リーゼロッテの予想通りだ。

 子供たちが朝食に呼びに来たので、部屋の扉を叩く。

 中で音がして、少しするとイェルクが顔を出した。


 目を赤く泣き腫らし、見ていて辛いほどだ。

 リーゼロッテは月の神の気配を手繰り寄せ、その気配に彼女に対する癒しを願った。

 少し躊躇う気配の後、イェルクの顔が淡く白銀に輝き、泣き腫らした目元が綺麗になっていった。


 愛と美の神なのだ、このくらいの事はしてくれるはずだと思ったのだが、少し無理をお願いしたような気がしていた。

 リーゼロッテは月の神の気配に感謝を念じてから、その気配を手放した。


 ウルズラも起こし、皆で朝食の席へ向かった。





 弱々しいけど微笑みを浮かべるイェルクは、今日も美味しそうに猪の肝臓を食べている。

 ウルズラも静かに食事を口の中に納め、子供たちは笑顔で「今夜こそ愛を受け取ってもらうからな!」と意気込んでいた。

 ヴィクターも黙々と食事を進めている。


 イェルクがおずおずとヴィクターに尋ねる。


「あの……お父様はどうなったのですか?」


「あの男は現在、『教育』を施している最中だ。

 あの様子では、解放できるまで最低でも一週間はかかる。

 未だに殿下へ悪態をついているからな」


「そうですか。

 あんな目に遭った後ですら、そのような態度では仕方ありませんね。

 くれぐれも命だけはお助け下さい」


「殿下からそのように指示を頂いている。

 心配の必要はない」



 食事を手早く済ませたヴィクターが立ち上がりリーゼロッテに頭を下げた。


「では引き続き、『教育』を施して参ります」


「よろしくね。

 加減はあなたに任せるわ」


「御意」


 そのまま空気に溶けるようにヴィクターの姿が消えて行った。

 いつ見ても鮮やかな隠遁魔法だ。

 一瞬で何もかもが消え去ってしまう。

 得意技というだけはある。



 子供たちも続々と食べ終わり、揃って学校へ向かって駆けていく。


「リズ! 行ってくる!」

「行ってくるわねリズ!」


「いってらっしゃーい!

 転ばないように、気を付けるのよ!」



 走り去っていく子供たちを見送りながら、リーゼロッテは小さくため息をついた。

 元気なのは良いけれど、ああも走り回って居たら危なっかしい。


 現在稼働している教育機関は十五歳までの初等教育と中等教育らしい。

 中等教育を卒業した十六歳から十七歳の子たちは、大人に混じって労働の手伝いだ。


「じゃあリズ、行ってくるよ」


「みんなも気を付けてね!」



 子供たちが全員居なくなり、イェルクたちも全ての皿を平らげた。

 ウルズラは婦人たちと一緒に後片付けを手伝い、それ以外の大人たちは労働に出かけていった。

 後片付けが終わった婦人たちは、家事が終わると順次農作業を手伝いに家を出ていく。


 配給品の種類が増え、家事の負担が減った分だけ、婦人たちも農作業を手伝いつつあった。

 こうして復興が進んでいけば、彼女たちもより多くの時間を家事以外に割けるようになるだろう。

 生活用の魔導術式も、リーゼロッテやラフィーネが都度教えている。

 魔法全盛期よりは劣るだろうが、それでも二か月前に比べれば段違いの省力化だ。


 イェルクを部屋に送り届けるようにラフィーネに頼んだ後、リーゼロッテはいつものようにドミニクたちの元へ向かった。





****


 それから数日後の明け方、ようやくリーゼロッテは最後の集落を魔族から解放した。

 いつも通り指示書を書き残し、解放した集落を手早く見て回っていく。


 常設している低級眷属からは、何度か野盗たちの襲撃の感触が伝わってきていた。

 その全ては撃退していたはずだけど、その確認も一応しにいく。



「柵が壊されちゃったか。

 直すにもこの辺りには資材がないなぁ」


 王都から遠い集落だ。

 樹木の生殖地からも距離がある。

 これは現状、どうしようもない。



 なんとか集落を結ぶ流通を正常化させないといけないが、そのめども立って居なかった。






 リーゼロッテが自宅の前に降り立つと、珍しい時間にヴィルケ王子が来ていた。

 背後には近衛騎士が二人、佇んでいる。


 今までも、リーゼロッテの居ない時間にイェルクに会いに来ていたとラフィーネから聞いてはいた。

 だがこんな早朝に来る人でもないはずだ。

 イェルクだって寝ている時間だ。


「どうしたの?

 こんな朝早くに」


「こんな時間でなければ、あなたの時間が空かないかと思いまして」


 ヴィルケ王子を応接間に通し、リーゼロッテは腰を下ろした。


「ようやく全ての集落を魔族から解放し終わったわ。

 長かったわね……」


「とんでもない、たった二ヶ月ですよ?

 子供たちの世話も並行して行いながらなのですから、恐るべき早さです」


「でもまだ解放しただけ、住民たちの生活は大して変化がないみたい。

 魔族に虐げられないだけマシだろうけどね。

 早く流通を正常化させないといけないわ。

 まずは配給品を送り届けないと」


「ラスタベルト王国は広い国です。

 その隅々となると、中継点をいくつも作る必要があります。

 それらの機能を順次回復させていくしかありません」


 日持ちがする形で中継点に送り届け、まずはそこで配給品を分配していく。

 最初の中継点が機能し始めたら、より遠く、より細かく分配していく。

 段階を追って機能回復を目指していくしかない。


 加工品も現地で済ませられるならいいが、現状は王都で加工せざるを得ない物も多い。

 労働力はさらに不足し、食料生産力の増強もさらに求められる。

 輸送力の確保や街道の整備も控え、考えれば考えるほど課題は多い。


 先を思うと中々に遠い道のりといえる。



 リーゼロッテが思わず小さいため息をついた。




「今の王都市民の人口はどのくらいなの?」


「元々の市民が一万二千、そこにフィリニス市民四千人が加わって一万六千人、労働人口は一万人程度です」


 残りが子供や働けなくなった老人たち。


 未成年の大半はリーゼロッテの元に居る三百人。

 これに十歳未満の子供が加わるが、どう多く見ても七百人も居る訳が無い。

 つまり、未成年は一千人未満。

 非労働人口の老人世代が五千人以上いる計算になる。


 中々にキツいプレッシャーだ。


「五千人の老人か……

 彼らの知識や技能も無駄ではないはず。

 それを子供たちに継承する手段はあるかしら」


 現在老人だった者の多くは、二十年前はまだ労働者、しかも熟練の働き手だったはずだ。

 おそらく当時五十代から六十代、現在七十代から八十代辺りだろう。


 この二十年で失われた、彼らしか知らない技巧や知識を持って居る。


「三千人程度が該当すると思います。

 彼らは今後、二次産業が活発化してくると活用の目が出てきます。

 それまでは抱え込むしかありません」


 現場で教師として伝承してもらう、というプランだろう。

 農業の分野では既に機能しているはずだ。


「二次産業の回復具合はどんな感じ?」


「木材と動物の解体部位で、それなりに動き出しつつあります。

 燃料を確保したことで、鉱山も動き始めました」


 鉱山から掘り出された鉱石類。

 それらを加工するには燃料が必要となる。

 森を確保したのはとても大きな一歩と言える。


「ここからは、ひたすら人手が欲しくなるわね。

 フィリニス以外の街から人を受け入れる余裕はあるのかしら?」


「ええ、既にその余裕が生まれています。

 一度に受け入れるとやはり混乱しますから、小分けにして少しずつ、自警団で護衛しながら移送する計画があります」


 自警団で護衛なら、移送する人数は五十人前後、多くて百人あたり。

 低級眷属が二十体もいれば、充分守り切れるだろう。




 リーゼロッテは、「ふぅ」と改めてため息をついて、話を区切った。


「……こんな事を話しに来たわけではないわよね?

 本題は?」


 ヴィルケ王子が言いづらそうに切り出してくる。


「父上は、まだ戻せないのでしょうか。

 現在は私が国王の代理で王族の決済をしていますが、一体あの夜、何があったのですか?

 イェルクは何も言ってくれないのです」


 『愛する父親から子供ではないと言い切られて捨てられました』なんて、十六歳の少女が兄に言える訳が無い。

 だが、リーゼロッテがそれを伝えるのも何か違う気がしていた。

 彼女の中で心の整理を待つ必要があるだろう。


「……彼女が自分から告げる事ができる日を待ってあげて。

 国王はヴィクターの『教育』が終わり次第戻ってくるから安心して。

 どうしても国王の決裁が必要な書類があれば、私が代理で処理するからここに持ってきなさい」


「イェルクは、妹は元気ですか?

 私の前では元気に振舞って見せていますが、無理が透けて見えます」


「それは私たちの前でも同じよ。

 時間が解決するのを待つしかないわ。

 大丈夫、彼女にはウルズラが付いているもの。

 彼女がイェルクの心の支えになってくれるはずよ」


 まだたった数日前の出来事だ。

 心が千々に乱れ、毎晩泣き腫らしている。

 毎朝それをリーゼロッテが癒すのが既に日課になりつつある。

 彼女にリーゼロッテがしてあげられるのは、そのくらいだ。


「イェルクは母親の愛を知りません。

 彼女を産み落とした時、母上は亡くなりました。

 父親の愛のみが親の愛だったのです。

 妹があそこまで気落ちするなら、きっと父上と何かあったのではないですか?」


 母親の愛を知らず、父親を思う愛だけが親の愛。

 リーゼロッテとの共通点とも言える点で、共感を深めていた。


「私の口から言える事はないわ。

 イェルクの傷が癒えるのを待ってあげて」


「……先日から、リズ殿下は妹の事を『イェルク』と呼び捨てにしていますね。

 父上が王族から妹の籍を抜くよう指示していたのも把握しました。

 現在、その書類は最終決裁を待つところで止めていますが、つまりはそういう事なのですか?」


「――そこまで理解しているなら、あの愚昧な男から速やかに彼女を解放してあげなさい。

 もう彼女は王族の責務から解放された、一人の平民よ。

 私の大事な家族なの」


 リーゼロッテはまっすぐヴィルケ王子の目を見据えた。

 ヴィルケ王子の表情には戸惑いと苦悩がありありと見える。


「……わかりました。

 ではその書類をこちらに回します。

 私には決心する事などできません。

 申し訳ありませんが、よろしくお願いします」


 悩んだ末、ヴィルケ王子が深く頭を下げた。

 あれほど愛する妹を家族の籍から抜く――辛い選択ではあるだろう。

 だがあのまま王族として王宮に居ても針のむしろなのは明白だ。


「書類は応接室に置いておいてくれればいいわ――

 そろそろ朝食の時間なの。

 一旦帰ってもらえる?

 それとも、紅茶だけでよければ食卓にお邪魔する?」


「……では、是非お邪魔させてください。

 イェルクと同じ食卓を囲むのは、何年ぶりでしょうか」


 王宮では病弱だったイェルクと共に食事をする機会もほとんどなかった、ということだろう。

 今の賑やかで笑顔に溢れた食卓など、彼女にとっては憧れの光景だったのかもしれない。

 イェルクが「もっと一緒に居たい」と言ったのも、本心から漏れた言葉だったということだ。


「今、イェルクの支度をしてくるわ。

 すぐに子供たちが来ると思うから、そのまま待っていて――

 ああ、近衛騎士たちも、紅茶くらい飲んでいきなさいな」


 迎えに来た子供たちの一人に、三人分の席と紅茶を追加してもらうよう頼んでから、リーゼロッテはイェルクが居る部屋の扉を叩いた。

 いつものように顔を出したイェルクの目元はやはり赤く泣き腫らしているが、少しずつ腫れが引いているようだ。

 リーゼロッテは魔法で目元を癒した後「ヴィルケ王子が来てるわよ」とだけ伝え、一緒に玄関に向かう。




 ヴィルケ王子たちを含めた集団で子供たちと一緒に食卓を囲み、リーゼロッテはその食事風景を眺める。

 いつもの通りの和やかな光景。

 日増しにイェルクの笑顔も力が戻ってきている。

 そんな彼女を、ヴィルケ王子も微笑ましく見守りながら、蜂蜜が入った紅茶を口に含んでいた。


「相変わらず、ここには蜂蜜が潤沢にあるんですね」


「まだフィリニスの森で得られる蜂蜜は多くないものね。

 配給に含められるほどではないと報告は受けているけれど、アンミッシュの森まで行かないと潤沢な供給は無理かもしれないわね」


 フィリニスの森はそれほど大きくない。

 一万人の食卓を支えるには心許ない大きさの森だ。


 アンミッシュの森であれば、『王都近郊部だけでも一万人を支えるくらいはできる』とドミニクが言っていた。

 だが距離があるので、どうしても肉が傷む。

 食肉としてそのまま輸送するなら、保全魔術を使える魔導士の同行は必須だ。

 日持ちのする状態にするには、現地に工場が必要だ。


 本来ならアンミッシュの森近郊の街がその供給機能を提供するべきなのだが、既に無人の廃墟と化していた。

 人が住めるように修繕するのにも人手と時間が必要だ。

 森が近い分、資材の心配がないのが救いだろうか。


「とにもかくにも人手不足。

 人手を増やそうにも生活基盤がまだまだ貧弱。

 長期戦よね……

 苦手だわ」


 ヴィルケ王子がクスリと失笑した。


「リズ殿下はせっかちですからね。

 力が強い分、強引にでも物事を推し進めてしまう人だ」


「待つのが嫌いなのよ。

 結果を出せるならさっさと出してしまいたいだけ。

 でも国内の魔族掃討が終わって、私には時間に余裕ができたわね……

 その間、何をしようかしら」


 このまま隣国の魔族掃討に打って出るのもありだ。

 国内の生活基盤をより確かなものにしていくことに注力できるならそれもまたいいだろう。


 隣国だって、魔族を掃討したからって、すぐに回復する訳じゃない。

 国内の集落だってそんな有様だ、同様の結果になると思うべきだろう。


 回復したラスタベルト王国なら、大規模な穀倉地帯を背景にした配給を回せる力がある。

 ひとまず麦さえ回せれば、餓死する人数を大きく抑え込めるようになる。


 問題は、隣国の人間がどこまで追い詰められているか。


 まだ耐えられるのか。

 もう耐えられないのか。


 すぐにラスタベルト王国からの配給を回せなくても、魔族を掃討するだけで建て直せる可能性は残ってる。

 魔族掃討以外でも、リーゼロッテ一人でもできることはそれなりにあるはずだ。


 隣国の救援をすぐに行うべきか否か。

 その判断を下す時期、という事だろう。


 やはり、一度隣国の様子を探る必要がある、とリーゼロッテは判断を下した。

 しかしリーゼロッテ一人では知識が足りない気がして悩ましい、とヴィルケ王子に告げた。


「そういう事でしたら、ガートナーを連れて行くのはどうでしょうか。

 ヴィクター殿はまだ多忙な様子。

 ガートナーなら相談役になるはずです。

 彼も隠遁魔法ぐらいは使えるはずですよ?」


 隠遁魔法で姿を隠し、隣国の魔族を刺激せずに敵情視察する、という案だ。

 今のリーゼロッテは魔法を使える。

 リーゼロッテにも使えるはずだ。

 それなりに情報収集はできるだろう。


「じゃあ、後で早速ガートナーさんに相談してみるね!」


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