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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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33.フィリニスの森

 リーゼロッテはそれからもしばらく、変わらぬ日々を過ごしていた。


 朝起きては狩りに出て、食材を補充したら魔族の掃討を進める。

 夕食の時間には戻ってきて、愛を捧げて貰い魔力を補充したら、朝まで再び魔族の掃討を進めた。


 リンゴ酢も毎日作りためて、半分をドミニクたちに分けていた。

 彼らはそれを商人や住民に少しずつ分け与えることで、わずかだけどリンゴ酢が出回り始めたらしい。

 だが商人を経由したリンゴ酢は、やはり王侯貴族の手元に行くことがほとんどだという話だった。


 市民たちの手元には、もう物々交換できるだけの財産がない。

 配給品を節約して交換に用いようとも、有り触れた配給品と希少品のリンゴ酢では交換レートが合わない。

 必然的に、財産が残っている王侯貴族だけが交換できる状況だ。


 貨幣で引き換えられるならこんな状況も改善できるかもしれない。

 だが貨幣経済が回復するまでは、もう少しかかるだろうというのがヴィクターの見立てだった。

 公共事業に従事してもらい、その対価として配給を渡しているが、配給の質も量も充分とは言い難い。

 食品の生産能力が足りていないのだ。

 こんな状況で配給を抑えて貨幣を渡しても、生活に支障が出る。

 せめて潤沢に食品が商店に並ぶくらいに食品の生産能力が上がらないと厳しいのだろう。




 そして今、リーゼロッテはフィリニス傍にある北の森に来ている。

 通称フィリニスの森だ。

 ここが回復すれば、市民の生活が一段階引きあがると言っても過言ではない。

 夜遅く、月が出ている晩を選んだ。

 月の神の奇跡を祈るなら、その方が効果が強くなるというガートナーからの助言に従った。



 遠くから街道を北上してくる集団を背後に感じながら、リーゼロッテは森を観察していく。


 森の中に人の気配はない。

 瘴気に汚染され魔物が多数生息する森に、野盗も潜もうとは思わなかったようだ。


 森のあちこちが大規模に瘴気に汚染され、生態系の半分が魔物化している。

 魔物化した動植物に捕食され、正常な動植物は数を減らしているようだ。


 確かに、酷い有様だ。




 街道を歩いてきた集団がリーゼロッテの背後、森の傍に到着した。

 その気配でリーゼロッテは振り返る。


 木こりたちや狩人、そして彼らを守る自警団たちだ。

 その指揮を執るのはヴィルケ王子。

 背後には自警団と共に、多数の低級眷属を従えている。


 街道を遠くまで見ても、低級眷属が一定間隔で街道を見張っているのが見て取れた。

 低級眷属の一軍を連れ、街道を進みながら配置してきたようだ。


 これで、野盗が街道を使用する市民たちを容易に襲うことはできなくなった。

 伯爵級の戦闘力を持つ低級眷属一体が本気で暴れれば、百人程度の集団など数分で肉の塊に代わる。

 一度でもその脅威を目にすれば、二度と近寄ろうとは思えないだろう。



 リーゼロッテはヴィルケ王子に振り向いて言葉を告げる。


「じゃあ、これから森を浄化するね」


 そう言ってミネルヴァの背に乗り、森の上空に移動した。

 月の神の気配を手繰り寄せ、その気配に森の浄化を強く願った。


 空に輝く月から、光が降り注ぐように森に注がれていく。

 それと共に、探査術式で検知できる瘴気が次第に薄くなっていった。

 どうやら魔物化した生態系も、正常な姿を取り戻していったようだ。


 しかし、それでも荒れ果てた状態には変わりがない。


 続けて月の神の気配に、森の回復を強く願った。

 再び月から光が森に降り注ぎ、森全体が白銀色に輝き始める。

 探査術式にひっかかる生物の数が増えていき、五分もしないうちに生命が溢れる森にその姿を変えていった。


 神の奇跡、理屈抜きで現象のみがその姿を現す――それが魔法という魔導だ。

 理論で構築された魔導術式に通じるリーゼロッテには、同じ魔導というカテゴリだとは思えなかった。


 つい癖で、魔法の中に秩序や理屈を見出そうとする。

 だが、手掛かりすらつかめなかった。


 ――いくらなんでも、『何でも有り』すぎない?


 こんな魔法にもちゃんとしたルールのようなものがあるらしいのが、さらに混乱に輪をかける。

 『何でも有り』に見えても『万能』ではないらしい。

 実に不可解な世界だと、リーゼロッテは困惑していた。



 だがこれで、王都市民が多く救われる。

 子供たちのような笑顔を、より多くの人が浮かべられるようになる。

 リーゼロッテは月の神の気配に感謝の念を送った後、ヴィルケ王子の元に降り立った。



「終わったわよ。

 もうフィリニスの森は正常に戻ったわ。

 生態系も戻したし、荒れ果てた状態も回復して貰った。

 森の恵みを得られるはずよ」


 木こりや狩人たちから快哉の声が上がり、我先にと森の中に踏み入っていった。

 自警団が低級眷属を従えつつ、慌ててその後を追った。


 ヴィルケ王子は近衛騎士五名を連れたまま、この場に残った。

 まだその背後には大量の低級眷属を連れている。


「その眷属は何故残しているの?」


「彼らには木材を運搬してもらいます。

 力加減が難しくても、丸太を肩に乗せるくらいなら問題ないでしょう」


 リーゼロッテも『そのくらいならできるだろう』と頷いた。



 ヴィルケ王子は感慨深く森を眺めている。


「ようやく、王都市民に森の恵みを与えられる。

 全てリズ殿下のおかげです」


「油断しちゃ駄目よ?

 野盗が森の正常化に気が付けば、必ず彼らも潜伏場所として選択肢に挙げるわ。

 食材に満ちた森ですもの。

 作業をする市民たちを保護する事を忘れないで」


 ヴィルケ王子が力強く頷いた。


「ええ、それはもちろんです。

 フィリニスの森周辺を、低級眷属に警邏させます。

 市民が作業中は護衛が付きますし、その間も森の中を警邏して野盗が潜んでいれば潰していきますよ」


「あまり動植物に低級眷属を近づけては駄目よ?

 彼らは瘴気を持っている。

 それを抑える能力を低級眷属は持っていないわ。

 せっかく浄化されたのに、また汚染されてしまうからね」


「わかっていますとも」



 遠くから、木こりたちが樹木に斧を入れていく音が聞こえてくる。

 夜間の作業になってしまうから『昼間を待て』とリーゼロッテは告げたのだが、待ちきれないと言って利かなかった。


 きっと狩人たちも、十数年ぶりの故郷の森で狩りに勤しんでいる事だろう。

 人間を射抜いてしまわないかが心配だった。


 ――だって、夜だよ?


 月明かりが眩しい夜だが、森の中はかなり暗い。

 そんな中で狩りをしたいというのだ。

 余程待ちきれなかったのだろう。



 リーゼロッテはヴィルケ王子を再び見て尋ねる。


「イェルク王女と仲直りはできたの?」


「事情は聴きました。

 最短三年間程度は猶予がもらえるそうですね」


「母親となる子供たちの栄養状態と成長状態が戻るまで、最長一年くらいは見るつもり。

 だから四年くらいじゃないかしら?

 まだ彼女たちの時間を止めてしまうには、肉付きが悪すぎるわ」


「その間に、私はあなたの心を落とせばいいんですね?」


 ――落とす? 私の心を?


「ヴィルケ王子には、その自信があるの?

 私にはさっぱりよ。

 他人を愛する方法なんて全くわからない。

 そんな私が誰かを想う事なんて、あるのかしら」


 ヴィルケ王子がクスリと失笑した。


「相変わらず、自覚がないんですね。

 あなたほど他人を慈しめる人は稀有だ。

 そんなあなたであれば、私を愛する事は可能だと思いますよ」


 リーゼロッテはヴィルケ王子に詰め寄り、見上げて睨み付けた。


「それは毎日、同族を大量に滅ぼし続けている私への嫌味かしら?

 こんな私の、どこに慈しみがあるというの?

 私の手から同族の血が乾くことはないわ。

 同族すら愛せない私に、人間を愛する資格などあると思うの?」


 ヴィルケ王子の瞳が悲し気にリーゼロッテを見つめていた。


「……だけどそれは、人間を滅亡させない為、いては魔族を滅亡させない為に仕方がない事だ。

 言葉で説得して応じる相手でもないのでしょう?

 ならば力で排除するしかない。

 あなたはそう結論付けているはずだ」


「それはっ!

 ……そうだけど。

 それでも、滅ぼす前に一人一人、説得を試みてもいいはずよ。

 もしかしたら滅ぼした個体の中には、人間と共存できる個体がいたかもわからないの。

 私はそれをしていないわ」


「でもそれでは、人間たちが持たない――そういう判断だったでしょう?

 一人でも多くの人間を救い、人間社会の再建に組み込む必要がある。

 彼らの持つ知識や技術、人間の文化を少しでも多く引き継ぐ為に、説得する事をあなたは諦めた。

 説得していたら、一晩で一つの集落を解放する事も難しいでしょう。

 それでは間に合わない。

 この国の再建に手間取る訳にはいかないのだから」


 ラスタベルト王国は大陸南西部の要所。

 早期に立て直しを図り、周辺国へ支援できる形に持ち込まねばならないとリーゼロッテは考えている。


 だがそれは、人間社会の文化消失を防ぐために、同族の命を見捨てているということだ。

 結局はそういう事なんだと、遣る瀬無い思いを募らせていた。


 ――そんな同族殺しの自分が『他人を慈しめる』など、利益を享受している人間だから言える事。


 同族である魔族たちからは、リーゼロッテは『無慈悲な死を与える者』にしか見えないだろう。


「……やっぱり、私は自分が心優しいなどという幻想を、認める訳にはいかないわ」


「それは、あなたが同族を慈しみたいと願っているから、そう思ってしまうんです。

 慈しみたい同族を手にかけなければならない事に嘆き、心を痛めている。

 そのどうしようもない現実に、密かに絶望している。

 だから認める事ができないんだ」


 リーゼロッテにはその言葉を素直に受け止めることができない。

 彼女には他人を慈しんでいる実感も自覚もない。

 あるのはただ、同族を殺し続けているという実感だけだ。


 リーゼロッテは月明かりの下で両手を見た。

 白銀の光にさらされた手のひらは真っ白だが、そこには見えない同族の血がこびりついて離れない。

 今も滴る赤い鮮血が見えるかのようだった。

 この滴る鮮血は、日を追って濃くなる一方だ。

 既に彼女自身には、自分の手を白く感じる事もできなくなってきている。

 彼女の表情に諦観と哀愁の色が深くにじむ。


 そんなリーゼロッテに、ヴィルケ王子が温かい気持ちを向けた。

 彼女の胸に、その気持ちが熱として届く。


「そんなに悲しまないでください。きっとどこかに、人間と共存できる魔族が生き残っていると信じましょう。

 あなたの望む愛と平和で潤った世界――そこに普遍的な魔族が生きる隙間はありません。

 彼らを排除するのは、避けられない事なんです。

 本来なら人間たちが自力で達成しなければならない事ですが、力も時間も足りません。

 あなたに手を汚させなければならない己の至らなさが、唯々ただただ口惜しい」


「……仕方ないじゃない、力どころか人手すら足りないんだもの。

 できる人ができる事をやる。

 それだけよ。

 私にしかできないから私がやっているの。

 何より私は、自分の為にしか行動しない個体よ。

 他の魔族が生きていけない、愛と平和で潤った世界なんてものを望む時点で、同族に対する愛など口にする資格もないわね――

 そんな私が、他種族である人間に対する愛を口にする?

 それこそ資格がないわ」


 ヴィルケ王子がリーゼロッテの頭を抱え込んだ。

 彼女の頭が、すっぽりと彼の胸の中に収まる。

 不思議とそれを拒む気にもなれず、彼女も大人しく従っていた。


「そんなに自罰的に生きないでください。

 もっと自分を愛してあげる事を覚えてください」


「愛し方など分からないと告げたわ。

 他人どころか、自分すらね。

 愛が何かすら見失った、愛を求める憐れな個体よ。

 月の神のように『滑稽だ』と笑うといいわ」


「笑いません。

 あなたが愛を見失ったというのであれば、私が与えます。

 私があなたに、自分の姿を自覚させましょう。

 あなたは既に、他人を慈しむ存在です。

 その在り方に、目を向けるだけでいい。

 罪悪感で目を背ける必要などありません。

 あなたは、他人を愛しても良いんです」


 リーゼロッテは目の前のヴィルケ王子から、ラフィーネに匹敵する熱気を感じていた。


 ――わずかな期間で、彼に何があったんだろう。以前感じた熱気よりも熱い。


 リーゼロッテは心でも嗅覚でも、ヴィルケ王子の『天然物の愛』を確かに感じていた。


「ヴィルケ王子、その想いを引っ込めて頂戴。

 天然物の愛は、私には刺激が強すぎるの。

 思わず食べてしまうわ。

 今、あなたが倒れる訳にはいかないでしょう?」


「あなたに食べて頂けるなら、倒れても構いません。

 後の事は近衛騎士たちが引き受けてくれます――

 それに、誘惑されていると言いながら、あなたの食欲が私に向いている気がしません。

 それは何故ですか?」


 その答えは、リーゼロッテにもわからなかった。

 イェルク王女のように、食欲を刺激される香りではないように思えた。


 ――いや、刺激されてはいるけど、我慢している自分が居る。


 リーゼロッテは『この熱気を浴び続けたいのかな』と、ぼんやり考えていた。

 愛を食べてしまえば、この熱気が途絶えてしまうから。


 考えてみても答えは出ない。

 出ないまま、ただ熱気を間近で浴び続けた。

 その時間が何故か、とても心地良く感じていた。


 ――でも、私にはやる事がある。


 リーゼロッテは、ゆっくりとヴィルケ王子の手を解いていき、彼から距離を取った。


「私は今夜も魔族の掃討をしなければならないの。

 名残惜しいけど、今夜はここまでよ。

 帰り道、気を付けてね」


 リーゼロッテはそのままミネルヴァの背に乗り、月夜に流れる白銀の流星となって駆けていった。



 その晩、リーゼロッテの頭の中はあの時間の事で一杯だった。

 あの時間の意味、自分の心、なにもわからぬまま、同族を掃討していった。


 食欲に勝る思いが自分の中に在るなど、思いもしなかった。

 その正体がわからず、その姿を探りながらその晩は過ぎていった。


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