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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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32.妥協案

 応接間の中で、言葉もなく流れをずっと見守っていたラフィーネが、冷たい眼差しでイェルク王女を見据えた。


「あなた、随分と冷たい人間なのね。

 自分の愛だけはリズに受け止めてもらっておきながら、お兄さんにはそれすら許さないなんて」


 イェルク王女はその眼差しを平然と受け止めながら応える。


「王家に生まれた者の責務、というものがあります。

 平民にはわからぬ世界、理解して欲しいとも言いません。

 このラスタベルト王国を維持する為、お兄様にはリズ殿下への愛を忘れて頂く。

 その方がお兄様の為でもあるのです。

 生涯その叶わぬ愛に身を焦がす人生を送るより、そちらの方がずっと幸福なはずです」


 リーゼロッテは深くため息をついてから、二人に告げる。


「そもそもだけど、私がヴィルケ王子と愛を通じ合って子供を作るという前提が理解できないのよ。

 在り得ないわ。

 彼の持つ天然物の愛が失われてしまうのは惜しいとは思う。

 けれど私も、国家を維持する為には彼に私への愛を忘れて貰った方が良いと判断するわ。

 そこはイェルク王女に同意よ」


 これはリーゼロッテの為政者としての判断だ。

 現在の愚王をとっとと退位させ、ヴィルケ王子に即位してもらった方がよっぽど良い国家を運営できるだろう。

 国政に関わる以上、そこに感情を差し挟む余地はないと考えている。


 ラフィーネがリーゼロッテの目を真っ直ぐ見据えて尋ねる。


「本当に?

 本当にヴィルケ王子からの好意を失っても後悔しないと、リズは思えるの?

 私にはとてもそう思えない。

 フィリニスから王都への道行きで、あなたはとても楽しそうに王子と過ごしていたわ。

 あの時間が永遠に失われてしまうのよ?

 よく思い出して」


 リーゼロッテの脳裏に、フィリニスから王都までの四日間が蘇った。

 ヴィルケ王子を始めとした、同行した役人や騎士たちからの温かい気持ちと共に、困惑しながら過ごした四日間。


 その中でも最も熱い想いをぶつけてきたのがヴィルケ王子だった。

 ラフィーネに匹敵しかねないほどのあの熱量。

 食欲なんて感じる余裕もないほど圧倒される想い。


 あれを失ってしまうのか、と考えると、確かに心の中を一抹の寂しさがよぎる。

 だけどそれはリーゼロッテの我儘だと理解しても居る。

 為政者には為政者の務めがある。

 今のリーゼロッテは国家を超えた、この大陸南西部を預かる為政者なのだから。


 リーゼロッテはラフィーネの目を見つめて応える。


「それでも、私の幸福より人間国家を維持する事の方が大切よ」


 リーゼロッテはヴィルケ王子と愛を通い合わせられるとは思えない。

 仮にそうなったとしても、子供を授かる気にはなれなかった。


 リーゼロッテには懸念があるのだ。

 魔族である自分が母体となって人間との間に子供を授かったとして、その子供が『普遍的な魔族の性質を持たない』という保証がない。

 魔族の残虐性や暴力性を兼ね備えた王族など、害悪以外の何物でもない。


「そんな存在は国家の為に、必ず処分される運命が待っているわ。

 生まれながらに不幸が待つ存在を、私は産むつもりがないの」


「月の神はなんと言っているの?

 あなたの子供は、そんな運命を背負った子になるの?

 神ならそのくらいわかるんじゃない?

 聞いてみて。今すぐに」


 とても強い眼差しでリーゼロッテを見てくるラフィーネにたじろぎつつ、リーゼロッテは頷いた。

 月の神の気配を手繰り寄せ、彼女に話しかける。




(月の神、聞こえてる?)


『ええ、全て見ていたわ。

 あなたがヴィルケ王子の子供を産んだとしても、その子供の気性はあなたと王子の性質を併せ持った個体になる。

 それ以後の子孫にも、普遍的な魔族の性質が現れることがない事を約束してあげるわ』


(……本当に?)


『神の言う事ぐらい信じなさいな。

 神はあなた以上に嘘は言わないし、言えない存在よ。

 例外的な神は居るけど、私を始めとしたほとんどの神はそういう存在なの』


(じゃあ私は、ヴィルケ王子の愛を受け止める事が可能なのかしら)


『可能か不可能かで言えば、当然可能よ?』


(じゃあ、その場合ラスタベルト王国はどうなるの?)


『しばらくは混乱期が続くわね。

 でもそれを過ぎれば落ち着くわ。

 確かな未来ではないけれど、そんな未来になる可能性が高いみたい』


(わかった、信じるわ。ありがとう)




「月の神は『そんな心配は不要だ』と断言したわ。

 子孫に至るまで、普遍的な魔族の性質を持った子供は現れないんですって」


 ラフィーネがさらに強い意志を込めて、真っ直ぐリーゼロッテを見据えた。


「じゃああなたがヴィルケ王子との子供を産んだ場合、この国はどうなるかも聞いてみて」


「それも聞いたわ。

 しばらくは混乱期が続くけど、その後は安定するそうよ。

 おそらくそんな未来が待っている、ですって。

 あまり確かな未来は、神でもわからないみたいね」


 ラフィーネがイェルク王女を見据えた。


「――どうかしらイェルク王女。神の言葉よ?

 これでもヴィルケ王子は愛を忘れるべきだと、あなたはそう言うの?

 リズに自分の幸福を捨てさせ、国家を安定運営させることを強いるの?

 これ以上リズに犠牲を強いると、あなたはそういうの?

 あなたの愛はその程度と思っていいのかしら」


 リーゼロッテは堪らずラフィーネを手で制止した。


「ちょっとラフィーネ!

 話が飛躍し過ぎよ!

 確かに私がヴィルケ王子からの好意を失う、その事を惜しいと思ってしまったのは事実よ?

 でもその事と、私がヴィルケ王子が婚姻して子供を作る事は別じゃないかしら?

 愛のない夫婦の間に生まれた子供に幸福などないわ。

 私には他者を愛する方法などわからないの。

 ヴィルケ王子を愛する自信などないのよ?」


 ラフィーネは強い意志を湛えた瞳で、黙ってリーゼロッテを見据えていた。

 横目で見たイェルク王女は、苦悩するように眉をひそめ、やはり黙って俯いている。


 リーゼロッテは二人に改めて言葉を告げる。


「ともかく、私は忙しいの。

 二人とも喧嘩をしないようにしておいて頂戴」


 ラフィーネがリーゼロッテに尋ねる。


「これからリズはどうするの?」


「魔力を充分に補充できたし、夕食まで魔族の掃討を進めて来るわ。

 このペースで行けば、一か月以内にラスタベルト王国の集落から魔族を追い払う事ができるはずよ。

 野に潜む魔族は残ると思うけど、それは見つけ次第滅ぼしていくしかないでしょうね」


「そう――気を付けてね」


「誰に物を言っているのかしら?

 二十年高位魔族を滅ぼしてきた私が、今この国に残る程度の魔族に後れを取る訳が無いわ――

 じゃあ行ってくるわね」


 リーゼロッテは外に飛び出し、ミネルヴァと共に白銀の流星となって空に駆けていった。





****


 リーゼロッテが慌ただしく飛び出していった応接間。

 ラフィーネは冷たい眼差しでイェルク王女を見据えていた。


「あなたは、自分がリズを愛する同士になると私たちに告げた。

 でも私にはそうは思えないわ。

 あなたはリズよりも国家の事を優先して考えている。

 私も、ここに居る子供たちも、自分の事よりもリズが大切なの。

 国家を最優先として考え、リズから幸福を奪おうとするあなたを、私は同士とは認めないわ。

 おそらく、子供たちもね」


 イェルク王女は寂し気な微笑みを浮かべて応える。


「それが王家に生まれた者の責務。

 自分の愛よりも国家の繁栄。

 それこそが大切な事よ。

 でなければ、多くの国民が不幸になってしまう。

 国民の人生を背負う者として、決してないがしろにしてはならない責務なのよ。

 それはお兄様だってわかっているはず。

 なのに、それでもリズ殿下への愛を捨てきれないほど、強い想いを抱いてしまったのね」


 その寂しげな微笑みでラフィーネも何かを感じ取り、眉をひそめ拳を握った。


「……確かに、私たち平民に王族の心労は理解できないわ。

 どれほどの重圧を受けて生きているのか、想像することもできない。

 確かに、リズへの愛を貫くことは、この国の国民全てに影響がある決断でしょうね。

 それを止めたいと思うあなたの気持ちも、理解はするわ」


「あらそう?

 理解してくれるの?

 それだけでも、私はずっと気持ちが楽になるわ。

 ありがとう」


「……お礼を言われるほどの事ではないし、それでも私たちはあなたを同士とは認められないのよ。

 私たちはリズの為に生きる人間だもの。

 それができない人は同士足り得ないのよ」


 イェルク王女がひたとラフィーネの瞳を見据えた。


「その想いが、真に自分自身の想いだという自信はあるの?

 リズに心囚われた結果、思わされているだけではないと、胸を張って言えるの?

 これは心囚われていない私からの、純粋な疑問よ」


 ラフィーネが強い意志で、イェルク王女の眼差しを弾き返した。


「……そんな疑問を感じる時点で、やはりあなたは同士足り得ないわ。

 あなたは昨日から、一体何をその目で見てきたの?

 どうやらイェルク王女の目は飾りらしいわね」


 身を翻したラフィーネが応接間を出ていった。




 残されたイェルク王女は、静かにため息をつく。


「――ふぅ。

 私の目が飾り、か。

 そんな事を言われたのは初めてね」


 イェルク王女も、彼女たちがそこまで心酔するリーゼロッテの事は充分に理解しているつもりだった。

 むしろその神の祝福とやらに心囚われず、リーゼロッテの資質のみでたらしこまれたイェルク王女だからこそ、その真価を理解していると思っている。


 自分が女性の身でありながら女性であるリーゼロッテを愛してしまったのは、自分に元々同性愛者の素質があったのだろう。

 共同生活をする子供たちの家族は、リーゼロッテに対して純粋な好意のみを向けているようだった。

 とても強い好意ではあるみたいだが、本来ならその程度が普通なのだ。


 それを理解しているからこそ、リーゼロッテ第一主義の彼女たちの気持ちを理解したいと思ったのだが、どうやら怒らせてしまったらしい。

 リーゼロッテの為にも、彼女たちと早期に和解できることを祈りながら、イェルク王女は部屋に戻っていった。





****


 新たに十の集落を解放し終わったリーゼロッテは自宅前に降り立った。


 日も暮れて、間もなく子供たちが食卓に呼びに来る時間帯だ。

 リーゼロッテはリビングのソファに腰を下ろし、その時が来るのを待っていた。


「ちょっといいかしら?」


 リビングの入り口からラフィーネが声をかけ、リーゼロッテがそちらに目を向けた。


「どうしたの?

 イェルク王女と喧嘩はしなかったでしょうね?」


 ラフィーネが苦い微笑みで応える。


「喧嘩ではないけれど、穏便という訳でもないわね。

 彼女は同士になる事を望んでいるようだけれど、多分私たちはそれを受け入れる事ができないわ」


 ラフィーネがリーゼロッテの横に腰を下ろす。

 リーゼロッテは隣のラフィーネに尋ねる。


「どういう事なの?

 私を愛する者同士、仲良くすればいいじゃない。

 彼女の愛は確かに本物よ?

 それは私が保証してあげる。

 何が気に入らないというの?」


「あなたの幸福を一番に願えない、ただその一点のみよ。

 子供たち全員から聞いた訳ではないけれど、きっと子供たちも同じ結論を出すはずよ」


 ――そんな大袈裟な。


「それはヴィルケ王子の愛を私が受け止め、彼の子供を私が生む未来の事かしら?

 確かに彼の愛も本物よ。

 でも私が彼に好意を持っているかさえ、私はわからない。

 彼に求愛されても、愛を与える自信などないわ。

 私には誰かを愛する方法などわからないし、愛が何なのかさえ見失った。

 唯一愛だと胸を張って言えるのは、お父様を慕う心ぐらいよ」


 ラフィーネがリーゼロッテの瞳を、再び強い意志で見つめる。


「やっぱり無自覚なのよねぇ……でもそんなリズだからこそ、私たちはあなたの幸福を願うのよ。

 それは何よりも優先されるべき事。

 リズは幸福になる権利を持っている。

 それは義務と言い換えてもいいわ。

 あなたの人生には救いが必要なの」


 リーゼロッテは苦笑を浮かべてその眼差しを受け止めていた。


「私も、自分の人生に救いが欲しいとは思っているわ。

 そして実際に、あなたたちからの愛を心で感じることが出来るようになった。

 あなたたちの幸福な笑顔が私に対する何よりの報酬。

 それで充分幸福を感じられるわ。

 私は利己的な個体よ。

 自分の為にならない行為は何一つとしてしないの」


 ラフィーネが目を伏せ、深いため息をついた。


「本当に、自分の事にはとことん鈍感なのよね……見ていられないし、放っておけないわ」


 リーゼロッテはきょとんとした顔でラフィーネを見つめた。

 ラフィーネはそんなリーゼロッテの目を見据えて告げる。


「いい? リズ。

 例えイェルク王女からヴィルケ王子の愛を忘れさせるように要求されても、すぐに応じては駄目よ。

 よく考えて、考えて考えて、時間をかけて考え抜いて頂戴。

 後戻りのできない選択のはずよ。

 少なくとも私は、彼の愛を忘れさせるべきではないと感じている。

 それを忘れないで」


 ――なんだか物凄い真剣なんだけど、そこまで言われるほどの事なのかなぁ?


 国家の安定運営の為なら、彼の愛は忘れさせるべきだとリーゼロッテは冷静に判断を下している。

 その方が彼も苦しまずに済むだろう。


「よくわからないけど、あなたがそこまで言うなら少なくとも第一世代――

 今の子供たちが生んだ子供が大人になるまでの三年間は様子見をする。

 こんな条件でいいかしら?

 その間は、ヴィルケ王子の愛を忘れさせることはしないと約束するわ。

 それで納得してもらえる?」


 最短で三年後、ヴィルケ王子は二十四になるはずだ。

 そのぐらいであれば、まだ婚姻は取り返しがつくし、貴族女性との間に子供を作る事も望めるだろう。


 ラフィーネが頷いた。


「今はそれで充分よ。

 その三年間で、できれば自分の気持ちを見定めて欲しいの。

 あなたがヴィルケ王子に何を想うのか。

 三年間でも見定められなければ、期間を延長してでも見定めて」


 ラフィーネがリーゼロッテの両手を握りしめて言葉を続ける。


「あなたが心で愛を通じ合える機会を逃してほしくないの。

 『私たちが感じる貴方の愛が幻想だ』という貴方の言葉、それを私たちは否定できないわ。

 そこに心が伴っていないというのは、私たちにも理解できるもの。

 私たちが捧げる愛を全て受け止めるその姿に、神の愛のようなものを勝手に感じているだけなの。

 でもリズはきっと、人間と人間が通じ合うような愛を与え合う事もできるはずよ」


 リーゼロッテが心から求める、愛と平和で潤った人生。

 心で愛を通じ合える相手。

 その相手の一人がヴィルケ王子だと、ラフィーネは言いたいようだ。


「ヴィルケ王子がその相手だという自信は全く持てないけれど、ラフィーネの言葉は大切に受け止めておくわね――

 ほら、子供たちが呼びに来たわ。

 イェルク王女たちと共に夕食に行きましょう。

 仲良くね?」





****


 夕食の席でも、どうもイェルク王女は他の人間たちに壁を作られているようだった。

 朝食の席での一悶着が、他の人間たちにも噂として伝わったようだ。


 子供たちは和やかに会話を弾ませるけれど、イェルク王女がその輪に入れてもらえることはなかった。

 大人たちは元々、子供たちの会話に加わることなく大人たちだけで会話をしている。

 だがイェルク王女が会話の輪から弾き出されている事を、窘める事もしなかった。


 リーゼロッテはその空気に耐えられず、夕食の途中で言葉を告げる。


「――ねぇ、お願いがあるの。

 貴方たちがイェルク王女を受け入れ難い人間だと思ってしまうのを止める権利は、私にはないわ。

 それでも尚、彼女の為の料理を追加で一皿作ってくれている事にも感謝している。

 だけど彼女だけを会話の輪から省くような陰湿な真似は、私の前で見せないで欲しいの。

 それを見ていると、とっても嫌な気持ちになるのよ。

 これが私の我儘だという事はわかってる。

 可能な限りで構わないの。

 彼女とも手を取り合える明日を作る努力を、お互いにしては貰えないかしら」


 リーゼロッテの顔に皆の視線が集中する。

 大人も子供も、眉をひそめて申し訳なさそうにしていた。


 女の子の一人がリーゼロッテに頭を下げた。


「ごめんねリズ。

 あなたを悲しませたかったわけじゃないの――

 でも、これは価値観の違いなのよ。

 あなたの幸福を一番に考える私たちと、国民全ての幸福を一番に考える王女、その立場の違いなの。

 価値観の違う者が理解し合うのは、とても難しい事だと思うわ」


 この子は頭が良い子らしい。

 幼い子供が理解するのは難しい概念だと思うが、よく理解している。


「それが理解できているなら、違う価値観を認めあいながら歩み寄る事が、人間にはできるんじゃないかしら。

 私が一番に望むのは愛と平和で潤った世界よ。

 それは国民全てが幸福になるのと同義とは言えないかしら?

 私が望むものと同じ事を望んでくれるイェルク王女を、拒絶せずに会話の輪に入れる事が、そんなに難しい事なの?」


 女の子は押し黙ってしまった。


 リーゼロッテが言葉を続ける。


「あなたたちが何に拘っているのか、それを私は理解できないわ。

 でも、そうやって拘りすぎれば、いつか争い諍いあう事になる。

 それは私の望む世界ではないの。

 イェルク王女だって、私の事を愛する一人であることは保証してあげる。

 それでも尚、優先しなければならない責務を抱えて苦しむ人よ。

 彼女の苦しみの断片でも、思いやってあげられないかしら」


 ラフィーネが子供たちを代表し、リーゼロッテに言葉を告げる。


「それでも、よ。

 イェルク王女の望みがリズの幸福の否定である限り、私たちは彼女を認める事ができないの。

 イェルク王女があなたの幸福を否定する事を諦めて、初めて私たちは手を取り合う事ができる。

 これは私たちにとって譲れない一線よ」


「だから、考えが飛躍しすぎなのよ。

 彼女の考えが即ち私の幸福の否定という事にはならないはずよ?」


「いいえ、なるわ。

 リズに自覚がないからそう思ってしまうだけ。

 これからヴィルケ王子とも言葉を交わし、交流していけばいつかは理解してくれると私たちは期待しているの。

 あなたに想いを寄せる男性よ?

 あなたも憎からず思っている。

 時間が経てば、あなたの気持ちが育まれる可能性が充分にあるの。

 その仲を割こうという人間を、私たちは認められないのよ」


 ――憎からず思っている? 私が? ヴィルケ王子を?


 リーゼロッテはひたすら首を傾げた。

 ラフィーネたちが自分の何を見てそう判断したのか、見当もつかなかったのだ。


 イェルク王女がため息をついてから告げる。


「……わかったわ。

 今すぐお兄様の愛を忘却させてほしいと願うのを、私は止めます。

 リズ殿下の様子を見て、二人の仲が進展するようであれば、それを見守ることを約束するわ――

 でも、ある程度の期間を経ても進展が見られなければ、改めてリズ殿下に同じお願いをする事になる。

 この国の為に、それは必要な事よ。

 それを理解しては貰えないかしら?」


 リーゼロッテが混乱する中、イェルク王女が妥協案を提示した。

 子供たちもラフィーネも、戸惑ったまま返答に困っているようだ。


 ――仕方ない、話を進めてあげるか。


「じゃあ、今のイェルク王女の譲歩に賛同できる人は手を挙げて頂戴。

 期間は私の最初の子供が成人するまで。

 最初の子を授ける時期が読めないけど早くて一年以内、そこから三年。

 それまでに私の心に変化があれば、イェルク王女には願いを諦めてもらう。

 変化がなければイェルク王女の願いを聞き届ける――

 これでどうかしら?」


 リーゼロッテは既に自分の子供について説明してある。

 一世代が通常の五倍の速度で生育していき、三年で十五歳を迎え、そこで若さを止め、それを成人とする。


 ぽつりぽつりと子供たちが手を挙げていき、最後にラフィーネも手を挙げた。

 満場一致、という訳だ。


 リーゼロッテが安堵あんどのため息をつく。


「ふぅ。

 どうやら、この場では同意が取れたみたいね。

 同じことを他の子たちにも伝えておいて頂戴――でもあなたたち、もう少し考えることがあるんじゃない?」


 リーゼロッテとヴィルケ王子の子が王位を継ぐ――ラスタベルト王国が魔族の混血に未来永劫統治されるということだ。

 この場にいる人間はそんな国の国民となる。


 せっかく魔族の統治から逃れたはずの人間国家が、魔族の統治を引き続き受けるようなものだ。

 この地区に居る女性たちに産ませる場合とは違う、純粋に魔族と人間の合いの子が王族になる。

 周辺国家からも迫害されかねない。

 後戻りができない話だ。


「ヴィルケ王子の愛を受け入れる未来があるかはわからないけど、それは国民にとって幸福な未来とは言えないんじゃない?」


 ラフィーネが苦笑を浮かべてリーゼロッテに応える。


「リズは大陸を魔族の手から救う英雄になる人よ?

 そんな英雄の血を引くことを名誉に思っても、後悔する事なんてないわ」


「そんな大袈裟な……

 私はまだ、このラスタベルト王国すら救いきれてないわよ?

 気が早すぎるわよ」


「たった一か月でそんな事まで望んではいないわ。

 時間が足りないだけよ。

 すぐにこの国は再建を果たすわ。

 そして近隣の国も順次救われていく。

 その波は大陸に波及し、いつか大陸全土に及ぶわ。

 間違いなくね」


 ラフィーネの瞳には一切の迷いがない。

 既にそんな未来が見えていると言わんばかりだ。


 ――自信満々だなぁ……どこからその確信を得ているんだろう?


 時々、ラフィーネの言動はリーゼロッテの理解を超えてくる。

 リーゼロッテは首を傾げるばかりだ。



 和やかな会話が再開され、イェルク王女もぽつりぽつりと言葉を投げかけられるようになった。

 彼女もおずおずと躊躇いがちに言葉を返しているようだった。


 ――これなら、時間と共に打ち解けられるかな?


 リーゼロッテはようやく心地良い空気に浸りながら、紅茶の香りを鼻に届けていた。


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