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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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29.朝の一悶着

 リーゼロッテはヴィクターと分かれ、夜空をミネルヴァに乗って駆けていった。

 向かう先はまだ魔族に占領されたままの街だ。


 街上空でミネルヴァに静止してもらい、探査術式で屋外に居る魔族の位置を把握する。

 あとは勘に頼って次々と上空から彼らの弱点を撃ち抜き、塵に変えていった。


 隠遁魔法を月の神に願ったあと、街に降り立った。

 屋内に潜んでいる個体は中に押し入って見つけ次第塵に変えていく。

 そんな事を繰り返して街から全ての魔族を取り除いた後、街の警護のために十体ほどの低級眷属を置いておく。


 一応、一番魔力が強い個体が居た場所に、指示書を残す――魔族から解放された事実と自治を任せる事を伝えるだけのものだ。

 白銀に輝く低級眷属の事も記してあるのだが、書面で説明されても信用されるかどうか、いまいち心許ないところだ。





 そんなことをリーゼロッテは一晩中繰り返し、新たに十の街を解放した。

 これで王都近郊で解放された街や村は六十となる。

 ゆっくりとだが、少しずつ魔族からの解放は進んでいった。


 間もなく朝日が昇る。

 リーゼロッテは空が白み始め、付近の目視ができるようになると解放済みの街や村を巡り、様子を伺う――異常はないな。


 そろそろ朝食の時間だ。

 朝日を浴びる中、リーゼロッテはミネルヴァに王都に戻るようお願いした。





*****


 リーゼロッテが家の扉を開けると、ラフィーネが泣きそうな顔で立っていた。


「どうしたの? ラフィーネ。何かあった?」


「『何かあった?』じゃないわ?!

 目が覚めたら家の中のどこにもリズが居ないから、心配したじゃないの?!」


 リーゼロッテがきょとんとなった。

 一晩でこんなに心配していたのでは、ヴィルケ王子が恨まれても仕方がないのかもしれない。


 すぐにリーゼロッテは苦笑を浮かべて応える。


「ちょっと夜の間に魔族の掃討を進めていたのよ。

 最近あまり時間が取れてなくて、街の解放が遅れているからね」


「そんなに働き詰めじゃ、身体を壊すわよ?!」


「魔族はそんな事じゃ身体は壊さないわ――ああ、ヴィクター。

 あなたからも説明してよ。

 魔族は人間ほど貧弱な生き物じゃないって」


 丁度目を覚ましてきたらしいヴィクターが、ラフィーネの背後で怖い顔で睨んでいた。


「殿下、まさか……今、帰られたという事ですか?

 ずっと魔族の掃討を?」


「新しく十の街を解放してきたわよ?」


「昨晩五千の低級眷属を常設して頂いたばかりです。

 あまり無理をなさらないでください」


 リーゼロッテは目を吊り上げてヴィクターを睨み付ける。


「ちょっとヴィクター?!

 ラフィーネは仕方ないにしても、あなたまで魔王の娘を侮るつもり?!

 なんなら追加で一万の低級眷属を常設して見せましょうか?!

 私の魔力を舐めないで欲しいわね!」


 リーゼロッテがへそを曲げてそっぽを向いていると、失笑と共にヴィクターが頭を下げた。


「申し訳ありません。うっかり失念しておりました」


「失念していい事じゃなくない?!

 私のアイデンティティよ?!」


 ラフィーネも肩を揺すりながら必死に笑いを堪えていた。

 どうやらツボに入ったらしい。

 リーゼロッテが、ジロリと白い目を向ける。


「……ちょっとラフィーネ?

 何がおかしいのか言ってごらんなさい?

 回答次第では今日のあなたの愛は受け取らないわ」


「だって……

 リズったら反応が……

 可愛くて……」


 ラフィーネは笑いを我慢しながら、途切れ途切れに応えた。


 ――魔王の娘を可愛いと?

 宜しい。

 ならばお仕置きだ。


「決まりね。

 今日のあなたの愛は受け取りを拒否するわ。

 私は魔王の娘よ?!

 魔王の娘が私!

 それを忘れないで頂戴!」


 リーゼロッテがぷいっとそっぽを向いた瞬間、堪え切れなくなったラフィーネの笑い声が玄関に響いた。





****


 朝食の席には、今日からイェルク王女が同席する。

 同時に彼女の侍女ウルズラも同席する事になっている。

 ウルズラは「侍女が王女と共に食事をとる訳には参りません」と一度は辞退した。

 だが「別々に食事をとる方がこちらの迷惑よ」と伝えると、大人しく従った。


 そしてヴィクターも同席する事になった。

 今後はなるべく同席するよう努めると口にしていた。


 全員の手元には猪の肝臓のソテーが一皿並んでいる。

 蜂蜜で甘く仕立ててあるものに塩が振ってある。

 ヴィクターは美味うまそうに食べていたが、食べづらそうにしている子供も中には居た。


「ヴィクターはなんだか、食べ慣れていそうね」


「私は二十年前、旅をしてる中で狩りもしていました。

 動物の内臓も食べ慣れていますよ。

 特に豚や猪の肝臓は滋養強壮や疲労回復にとても効果的な部位です。

 喜んで食べますよ」


 イェルク王女も美味おいしそうに食べているし、今朝は昨日よりも顔色がずっと良くなってる。

 栄養不足の彼女に猪の肝臓は、蜂蜜以上に効果てきめんといったところだろうか。


 リーゼロッテは彼らが食事で喜ぶ感情をつまみ食いして少し魔力を回復していた。

 さすがに一晩中動き回った彼女は、空腹を覚えていた。


「リズ、あなた今、私の感情を食べたわね?

 お腹が空いているんでしょう?!

 一晩中暴れていたんですもの、当然よね?!」


 ラフィーネが横からリーゼロッテを責めるように睨み付けていた。

 リーゼロッテは飄々ひょうひょうと応える。


「ええそうね。お腹は空いているけれど、今日はあなたの愛は受け取らないわよ?

 これは食事の喜びだから、愛じゃないわ。だから食べているの」


「なんでそんな意地を張るの?!

 このあと私の愛も食べればいいじゃない!

 私は数時間寝入る余裕くらいあるわよ?!」


 リーゼロッテはラフィーネを横目で睨み返す。


「あ、の、ね?

 繰り返し言うわよ?

 私は偉大なる『魔王の娘』、お父様以外の全てに畏れ敬われるべき存在よ?

 それを言うに事欠いて『可愛い』ですって?!

 失礼にも程があるわ!」


 一瞬、食卓が静まり返ったあと、暖かい笑いで包まれていた。

 その場にいた全員が、温かい感情を溢れさせて笑っている。


「ああ……威厳が、威厳が欲しいわ。

 魔王の娘として恥ずかしくない威厳が……」


 女の子が楽しそうに微笑みながらリーゼロッテに告げる。


「あら? リズはとっても綺麗で可愛らしいわよ?

 こんな綺麗な子は王都でも見たことがないわ!

 白銀の瞳も美しいけれど、そのフードの下には神の奇跡が秘められているのよ!

 みんなに見せてあげられないのが惜しいくらい!」


 他の子供たちも、感慨深げに頷いていた。

 確かにリーゼロッテの素顔は、人間の世界では類い希な美貌を持っている。

 芸術品と言っても過言ではないが、神の奇跡は大袈裟だろう。


 何よりリーゼロッテ本人が、そんなものを望んでいなかった。


「あなたたちね……私の言葉をちゃんと聞いていたのかしら?

 私が欲しいのは威厳なのよ?!

 魔王の娘として畏れ敬われるだけの!

 おごそかな恐ろしさが欲しいのよ!」


 ラフィーネが隣から「それは無理ね。対極にあると思うわよ?」と呟いた。

 リーゼロッテはそんな彼女を睨み付ける。


「どうやらラフィーネは、明日の愛の献上も取り上げた方がいいのかしら?」


「私は構わないけど、それではリズのお腹が減るわよ?

 それは我慢できるの?

 肉体的な疲労とは無縁でも、逆に魔力の補給はあなたの死活問題でしょう?」


 ――ぬぐ! ラフィーネの癖に生意気な!


 確かに、昨晩のような魔族掃討を今夜も続けるなら、ラフィーネ一人分の愛が足りないのも辛いところだ。

 明日もないとなればさらに辛い。

 お仕置きを与えているようで、結果として自罰を与えている事にリーゼロッテも気付きつつあった。


 その温かな笑いが続く空気で、楽し気にイェルク王女が告げる。


「あら、なら私がその分の感情をリズ殿下に差し上げるわ。

 今すぐ王宮に戻ってお父様に直訴して、私を王家の籍から抜いてもらってくるわね。

 平民となれば、私も義務を受ける身。

 リズ殿下に心囚われても問題が無くなるわ」


 そのにこやかな爆弾発言で、その場が凍り付いた。

 ウルズラがすぐさま我に返り、イェルク王女の肩を激しく揺さぶった。


「イェルク殿下?! お気を確かに!

 王家から籍を抜くなど、何を仰っているかわかっておられるのですか?!」


「わかって言ってるに決まってるじゃない。

 ウルズラなら私が本気なのは理解しているでしょう?

 食事が終わったら早速王宮に行くわよ?

 あなたとはそこでお別れになるのかしら。

 少し寂しいわね」


 リーゼロッテは隣に座るイェルク王女の肩を叩いて振り向かせ、真剣な目で告げる。


「――イェルク王女。

 そんな事をしたら、私はあなたが私に十メートル以上近づけない呪いを施すわ。

 それでもいいかしら」


「それでは私の感情を食べてもらえないどころか、同じ家にも居られなくなりますよ?」


「この地区にはまだ空き家があるわ。

 そこに勝手に住み着くことになるでしょうね。

 食事は自分で用意して頂戴。

 配給の食材をなんとかしてお腹に納めて飢えを凌ぐといいわ」


 イェルク王女は楽しそうな微笑みを湛えている。


「あら? リズ殿下にそんな酷い事が出来るとは思えないわ。

 きっと飢え死に仕掛けている私を見かねて、食卓に招く事になる。

 賭けてもいいわよ?」


 リーゼロッテが悔しそうに顔をしかめた。


 ――くっ、確かに飢えて死にかけている王女を見捨てる自分を想像できない!


 言われた通り、食卓に招くことになるだろう。


「……わかった。

 じゃあもう私はみんなと同じ食卓を囲むのは止めるわ。

 だから王女は安心してみんなと食事をして頂戴。

 その間、私は魔物の掃討を進めてくるわね。

 呪いはあなたが王宮から帰ってきて事実を確認してから施してあげる」


 人間たちの食事の時間で集落一つくらいなら解放できる。

 今まで同席していた食事の時間、一日三回、三つの集落が追加される。

 塵も積もれば山になる。

 一か月で百近い集落が追加で解放される事になる。


 リーゼロッテはそんなことを考えながら立ち上がった。

 つまり、嫌がらせや皮肉の類ではなく、時間の有効利用をしたいだけだ。


 だがリーゼロッテに、子供たちが駆け寄って腰に縋りついた。


「ちょっと! 出かけるんだってば!

 みんなはまだ食べ始めたばかりでしょう!

 きちんと朝食を食べなさい!」


 子供たちの責める視線がイェルク王女に注がれていた。

 大人たちも、非難する視線を王女に注いでいる。

 負の感情の悪臭が漂ってきて、リーゼロッテは朝から陰鬱だった。


「みんな落ち着いて?!

 私が負の感情の悪臭が嫌いなのは知っているでしょう?!

 こんなところで嫌悪や憎悪や怒りをまき散らさないで頂戴!

 くさくて堪らないわ!」


 リーゼロッテはがっちり腰を子供たちに固められて動けない。

 困って眉をひそめていると、イェルク王女が子供たちに頭を下げた。


「ごめんなさい、あなたたちに迷惑をかけたかった訳ではないの。

 今の話は取り消します。

 だからリズ殿下も、子供たちと一緒に食事をしてあげてください」


「……思い直したならいいのよ。

 そういう事なら、私はこれからも食卓に居るわ

 ――ほらみんな、話は聞こえたでしょう?

 きちんと朝食を食べて、夜に捧げる愛を蓄えて頂戴」


 だが子供たちは動かない。

 一つの異変を聞き取っていた。


 女の子の一人がリーゼロッテを見上げて告げる。


「リズ、今お腹が鳴ったわよ?

 お腹が空いてるんでしょう?

 私たちの食事が終わったら、私たち十人の愛を食べて行って。

 それを約束するなら放してあげる」


 ――聞かれちゃったか~……。


 抱き着かれてなければ聞こえないくらい小さい音だったのだが、間が悪いという奴だろう。


「わかったから、あなたたちの愛を捧げてもらうから、ちゃんと朝食を食べて頂戴。

 きちんと食べない子の愛は受け取らないわよ?」


 パッと子供たちが元の席に戻り、食事を再開した。

 どの子も必死に食事を口に運んでいる。

 猪の肝臓に顔をしかめていた子も、綺麗に皿を平らげていた。

 わずかでも栄養を摂取して愛に変えようと必死なようだ。

 それを見ていた子供たちの家族にも、笑みが戻っていた。


 気が付いたら悪臭は消え去り、甘く優しい匂いと温かな気持ちで包まれた空間に戻っていた。

 リーゼロッテはようやく、ほっと一息ついて紅茶の香りを鼻に届けた。


「リズ殿下は、これほど慕われていても『それは魔性に堕ちたせいだ』と思ってるのね。

 なんだか、それはこの子たちの想いを馬鹿にしているように感じるわ。

 もっと自覚を持った方が良いわよ?」


 リーゼロッテは声の主――イェルク王女を見つめた。


「他の理由があるのかしら? 自覚って、どういう事?」


「あなたは切っ掛けこそ魔性に落とす事だったけれど、愛されるべくして愛されていると言っているのよ。

 自分が心優しい人である事を、少しは認めるべきよ。

 彼らの愛は、確かに自分が信じる愛する者に向かっているのよ」


「……その信じる愛が幻想だと、何度も告げたじゃない。

 心優しいと感じるのも全て幻想よ。

 私ほど利己的で卑しく悍ましく忌まわしい存在など居ないわ。

 朝まで同族の血で手を汚してきた私が、それを保証してあげる。

 一瞬の躊躇もなく、的確に同族を滅ぼしていったわ。

 情けも容赦もなくね。全ては人間から愛を搾り取る為よ

 ――こんな事、朝から何度も言わせないで欲しいわ。

 折角和やかになった空気が台無しよ」


 食べ終わった男の子が大きな声を上げた。


「大丈夫! 俺たちがいつか、リズに信じさせてやるよ!

 だからそいつの言う事なんて、今は気にしなくていいさ!」


 食べ終わった女の子も声を上げる。


「そうよ! それを言えるのは私たち、リズに愛を捧げている人間だけよ!

 いつか必ずリズは気が付いてくれるって、私たちは信じてるし!」


 まだ食事が終わっていない子供たちも、黙って頷いていた。

 ラフィーネもまた、何度も頷いていた。


 心囚われてしまった彼らの言葉を、リーゼロッテは信じる事が出来る日が来るのだろうか。

 なんとなくそんな日は来ない気がして、とても後ろめたい気分になっていた。


 だがイェルク王女も負けていなかった。


「お兄様が的確に事を運べば、私は魔性に堕ちることなくリズに愛を捧げる同胞となるわ。

 そこまで邪険にしなくても良いんじゃないかしら?」


 ――愛……愛と言った?


 イェルク王女は間違いなく『愛』と口にしたが、リーゼロッテは己の耳を疑っていた。

 呆然とする子供たちも、同じような心情のようだ。

 大人たちは唖然としている。


「ねぇイェルク王女。あなたは同性を愛する個体だったの?」


「そういう自覚はなかったのだけれど、こうもリズ殿下が愛らしいと、思わずそういった同性がどうとか、どうでもよくなりそうなのは確かですわ。

 自制しておりますが、お許しがあれば私の好意を解放してその匂いで確かめて頂いても――」

「自制して? きちんと自制して頂戴。

 天然物の若い女性からの愛だなんて、それが真実なら我慢できる自信は一切ないの。

 国王から許可が出ない限り、そのあなたの好意を解放することを私も許せないわ」


 リーゼロッテは慌ててイェルク王女を制止した。


 自分が約束を違えるだなんて不誠実な行為を、リーゼロッテは絶対に許せない。

 それだけは認めるわけにはいかず、必死だった。


 そうこうしている間に毎朝の狩りの時間も近い。

 懐中時計で時刻を確認したリーゼロッテが、子供たちに告げる。


「イェルク王女の寝言はさておき、食事を終えた子から順番に、私に愛を捧げて頂戴」


 順番にベッドに横になってもらいながら、約束通り愛を捧げてもらっていった。


 昨晩感情を搾り取ったばかりの魂は、一晩ですっかり活力を取り戻していた。

 活きのいい感情が迸っていて、十人分でも空腹が気にならなくなっていた。


 大人たちにリーゼロッテは謝った。


「子供たちをまた寝かせる事になってごめんなさい。

 彼らもやる仕事があったんじゃない?」


 子供たちの体力も充分回復してきて、軽作業を開始していた。

 その作業に穴を空けてしまった事を、リーゼロッテは悔いていた。


 婦人の一人が笑いながら応える。


「ちゃんと事情を伝えておくわ。

 リズの朝ごはんになったと言えば、みんな納得してなんとか穴を埋めてくれるから安心していいわよ」


 リーゼロッテはそれでも申し訳なく感じ、もう一度頭を下げてから自宅に戻り、ミネルヴァの背に乗ってドミニクの元へ向かった。


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