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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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2.優しさ

「――ふぅ、食べた食べた!」


 リーゼロッテの前で、また一人の召使いが倒れ込んだ。

 倒れた召使いは九人。


 彼女の目が、残った最後の一人に向けられた。

 召使いの少女は期待で頬を紅潮させ、自分の番を待ち侘びていた。


「私はもうだいぶお腹が一杯で、そろそろ執務室に戻らないといけないんだけど、貴方の愛はどうしようかしら――どうして欲しい? 言ってみて?」


 慌てた少女が、眉をひそめて懇願した。


「お願いです殿下!

 この瞬間の為に私は今日まで耐えて生きて来たのです!

 どうか私に殿下の愛をお与え下さい!」


 リーゼロッテは愛を捧げさせては居るが、与えてはいない。

 そもそもリーゼロッテは、愛の与え方も知りはしない。

 だから『愛を与えろ』と言われても、困ってしまう。


 これはリーゼロッテに対する禁句だった。

 禁句を口にした召使いには『お仕置き』が待っている。


 召使いの少女の目を見据えたリーゼロッテは、一息で相手が失神するほどの感情の昂りを与えた。

 これは一度に搾り取れる生命力の量が少ない手法だ。つまり、余力が残る。

 覚醒術式で無理やり目覚めさせて、同じことを繰り返す。

 これを生命を維持する限界まで繰り返した。


 失神するほどの愛と歓喜を覚える――これを短時間で立て続けに繰り返した。

 彼女が『熟成コース』とも呼ぶお仕置きだ。


 その様子を部屋の入り口から眺めていたヴィクターが言葉をかける。


「またそんな惨い事をなさったのですか」


 リーゼロッテがヴィクターに振り向いた。


「惨い事?

 この子、こんなに元気になってるし、とっても悦んでるのに?」


「それを施した人間はしばらくの間、魔族たちの間で御馳走として堪能されます。

 とても美味い絶望が味わえるそうですよ」


 リーゼロッテが小さくため息をついた。


「それは仕方ないわ。

 これほど魂が活性化してるんだもの。

 産み落とす感情が力強くなるのは当然よ」


「殿下はこれから、百年以上の任務に赴かれるのですよ?

 彼女が生きて殿下と再会できる望みは、もうありません」


「それも仕方がないわ。

 その任務はお父様の命令だもの。

 私にはお父様の命令に逆らう権利はないわよ?」


 ヴィクターが責めるような口調で応える。


「それがわかっていて、なぜそのような愛の与え方をなさったのですか。

 それこそ惨いというものではありませんか」


 リーゼロッテがきょとんとしてヴィクターの目を見据えた。


「ではヴィクターは、彼女たちに真実を告げて、全ての愛を断った方が優しいと言うのかしら?

 私の行為は貴方にとって優しさにならないのね?」


 リーゼロッテと二度と会えないと告げられた召使いたちは、死を選ぶほどの絶望を覚えるだろう。

 唯一の生きる希望を奪い去り、明日を生きる為の活力を奪い去る。


 期待に胸を高鳴らせ、唯一の生きる希望を求めてきたら、それを今後一切望めないと知らされる。

 それは他の魔族には真似できないほど、深い絶望を味わわせる行為だ。


 その場に刃物でもあれば、衝動的にその場で命を絶つ事は間違いない。

 それができなくても、その直後、他の魔族によって『鮮度が悪い』と責め殺される。

 待っているのは死だけだ。


 一方リーゼロッテの捕食行為は、この魔王城で唯一の生きる希望を与える。

 『生きていればまた愛を与えてもらえる』と絶望に耐え忍ぶ。

 明日を生き抜く活力の元になる。


 どちらが『優しさ』なのかと問われ、ヴィクターの顔が苦悩に歪んだ。


「それがあなたの優しさだと言うのなら、失神している人間たち全員を殺してあげればいいんじゃない?

 今なら苦しみを覚えずに死なせてあげられるわよ?」


 ヴィクターの手が固く拳を握った。


 そう、魔族が人間を支配する今の時代、なにをどうしようと人間たちに幸福はやってこない。

 少なくとも、この魔王城で飼われている人間には。


 今この場で人間たちに残された道は、希望を胸に命を長らえさせるか、絶望を胸に死んでいくかの二択だけなのだ。


 リーゼロッテは生き延びる道を提示した。

 少なくとも、希望に縋って居られる間は命をつなぐことが出来る道だ。


 何が優しさで何が惨いのか、わからなくなってくる話だ。



 リーゼロッテは『惨い』と言われ、『ならばこの問いに応えてみなさい』と迫った。


 彼女のひたむきな眼差しに耐えられなくなったヴィクターが、俯いて目を逸らした。

 彼もまた、人間たちに死を与える道は選択できなかった。


「そんな不毛な事を言う為に、わざわざあなたがやってきたの?

 何か用事があったのではないの?」


「……アーグンスト公爵がお呼びです」


 リーゼロッテが「ポン」と手を打ち鳴らした。


「ああ、うっかり愛を貪るのに夢中で時間を忘れていたわ。執務室に戻りましょうか」


 リーゼロッテはドレスから乳白色の旅装へと着替え終わっていた。

 予備の旅装を鞄に詰め、いつでも出立できる準備が整っていた。



 彼女は部屋の入り口に立ち、室内に倒れ伏している人間たちを見渡した。


 ――生きていれば、いつかまた再会できるかもしれない。


 彼女たちには、それだけを希望として生きてもらうしかない。

 それがリーゼロッテの選択だった。


 リーゼロッテが俯いたまま動かないヴィクターを見る。


「鞄を持って頂戴――あなたは同行するんだっけ?

 それとも、お留守番してる?

 あなたなら百年後も生きて会えるわよね。

 じゃあ元気でね」


 リーゼロッテが鞄を持とうと動こうとした瞬間、弾かれるようにヴィクターが鞄を抱え込んだ。


「いえ、同行します――させてください。

 必ずお力になってみせます」


「そう? わかったわ――

 あなたに前回愛を捧げさせたのはいつだったかしら」


「……二年半前になります」


「普通の人間は一年を過ぎる頃には『私に会いたい』と泣いて懇願すると他の魔族が言っていたけど、あなたはそうはならないのね。

 あなたに渇望する思いはないのかしら?」


「いえ、そんなことは……」


「じゃああなたは我慢強い人間なのね。

 良かったわ。

 今はもうお腹いっぱいだし、これ以上はしばらく入りそうにないもの」


 リーゼロッテは、黙って俯いているヴィクターの前を横切り、部屋を出て執務室に向かった。

 それを慌てて追いかけるように、ヴィクターが鞄を持って彼女の後を付いて行った。





****


 アーグンスト公爵が優しい微笑みでリーゼロッテに告げる。


「仔細はヴィクターにお任せくだされば、後は殿下が思うように統治して頂いて構いませんよ」


 リーゼロッテが眉をひそめ、懐疑的な眼差しを向けた。


「本当に?

 私、粛清部隊を向けられて返り討ちにするような面倒な真似、したくないわよ?

 本当に好きにしていいのね?」


 アーグンスト公爵が苦笑を浮かべた。


「殿下を粛清できる実働部隊などおりません。

 その心配はご無用ですよ」


「それもそうね。

 次にあなたに会えるのは何年後かしらね」


「殿下の成果次第です。

 遅くとも百年後には一度、視察をしたいと思っております。

 そこで殿下に継続して頂くかを判断したいと思います」


「私が執政官を継続する場合、その後任の四魔公はどうなるの?」


「殿下の代わりに粛清部隊の実務に加わるでしょう。

 殿下の代理としては力不足ですが、人間増産計画の方が大事ですので」


 リーゼロッテが小首を傾げた。


「増産と言われても、私も何をしたらいいのかなんてわからないんだけど?」


「ヴィクターが現地を見て提案をするでしょう。

 殿下はその是非を判断して頂ければ充分かと。

 後はヴィクターにお任せください」


「そうね、細かなことは任せてしまいましょうか――

 出荷計画にはまだ納得できないんだけど、本当にやらないとダメなのかしら」


「百年くらいであれば、大陸の人間が絶滅する事もありません。

 しばらく出荷できなくても構いませんし、いずれ人間たちが自ら出荷を願い出るでしょう。

 殿下はそれを許可するだけで構いませんよ」


「だいたいわかったわ。私はもう行くわね。

 あなたにはお父様を任せたわよ?

 あの人、本当に自分で動こうとしないんだから」


「はい、お任せください。殿下もお気を付けて」


 恭しく頭を下げるアーグンスト公爵にひらひらと手を振って、リーゼロッテは執務室を後にした。





****


 魔王城の中庭でリーゼロッテが指笛を吹き鳴らすと、魔王城の傍から飛来する白銀の流星が中庭に流れ落ちた。


 中庭に降り立ったのは一頭の雌の飛竜。

 リーゼロッテによってミネルヴァと名付けられた、彼女唯一の友人だ。


「ミネルヴァ、道中よろしくね」


 ミネルヴァの背にリーゼロッテが駆け上がり、その背に腰を下ろした。

 ヴィクターはその背後に腰を下ろした。


 その瞬間、ミネルヴァは瞬く間に白銀の流星となって空に駆け上がり、大陸南西部へ飛翔を開始した。





 大陸中央の険しい山岳部を抜けると、すぐに大陸南西部に広がる平野部が見えてきた。

 大陸随一の大穀倉地帯、『大陸の食糧庫』と呼ばれた地帯だ。


「……食糧庫、という割に荒れ地が広がるだけなのね」


「農業に従事する人手が足りないのでしょう」


 農業は人間の生活を支える食料を生産する産業だ。

 これが揺らげば、国家の人口を支えることが出来なくなる。

 衰退が人口減少に直結してしまう。


「そんな大事な分野をここまで荒廃させてしまうだなんて、ダグムロイト公爵は本当に無能なのね。

 粛清されても仕方がないわ」


 広大な穀倉地帯の内、一割も機能していないようだ。

 都市や農村に近い部分で、何とか収穫を得ている状況だった。


 リーゼロッテが頭を悩ませる。


「増産計画というなら、まずは食料事情を改善する必要があるわね。

 すぐに打てる手はあるの?」


「一朝一夕で改善できる問題ではありませんよ。

 少しずつ積み重ねて、世代の人口を増やしていく事になります。

 農地を回復するのに、早くても数十年を要するでしょう」


「……気が遠くなる話ね。

 減らすのは簡単なのに、増やすのはとっても大変。

 増産しろだなんて簡単に言うけど、とても出荷が見込めるほど増やせるとは思えないなぁ」


「それについては腹案がございます。

 ダグムロイト公爵の粛清後、改めてご相談したく思っております」


「わかったわ――大きな街が見えるわね。

 あれが王都かしら?」


 ミネルヴァが減速を開始し、音も立てずに地表に流れ落ちた。

 ふわりと王都の郊外に降り立ったミネルヴァの背から、リーゼロッテとヴィクターが歩いて降りていく。


 リーゼロッテは瘴気をしまい、旅装のフードを目深に被った。


「それじゃあ街の様子を視察しながら、ダグムロイト公爵の所に向かいましょうか」


 リーゼロッテたちは王都の入り口に向かい、ゆっくりと歩き出した。


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