24.王都への帰還
それから三日間、度重なる野盗の襲撃を全て退け、リーゼロッテたちは王都に辿り着いた。
予定通り四日目の昼過ぎ、リーゼロッテたちは王都の目の前に居た。
王都の門兵がリーゼロッテたちを認めると、すぐに駆け出しているようだった。
四千人が王都の門に到着する頃には、数十人の兵士たちが順次、フィリニス市民たちを受け入れ、紙を手渡して指示を伝えていた。
どうやら、住居の位置を示す地図のようだ。
それと同時に「住居に配給された物資が置いてある」と伝えているようだった。
それを聞いたフィリニス市民たちは喜色を浮かべ、慌てて王都の中へ駈け込んでいく。
ガートナーは王都に着くなり「俺たちは元の仕事に戻る」と、これまた駆け込むように魔導士や神官を連れて王都の中に消えて行った。
リーゼロッテはラフィーネやヴィルケ王子たちと共に、王都が四千人のフィリニス市民を飲み込むのを最後まで見守った。
最後の一人が王都の中に消えて行き、リーゼロッテは門に居る兵士たちに声をかける。
「ご苦労様!
あなたたち、後で誰にも見つからないようにこっそり私の家にいらっしゃい。ご褒美を上げるわ」
「は? はぁ、殿下がそう仰るのであれば」
首を傾げた兵士たちは、疲れ切った顔でそう返した。
その様子を見ていたヴィルケ王子が微笑みながらリーゼロッテに声をかけてくる。
「彼らにも”ご褒美”を上げるんですか?」
「だってあれほど疲れてるのよ?
そこまで労働した人には報いが必要だわ。
体力を回復しないと身体が持たないわよ」
「そんなに大盤振る舞いしていると、秘密が漏れてしまいますよ?」
「確かにそうね……
でも、その場で食べてもらえば済むんじゃないかしら?」
秘密を知る人間は少ない方が良い。
だが、こんなに疲労がたまった兵士たちを見過ごすなど、リーゼロッテにはできなかった。
「とにかく私も、一旦自宅に戻るわ。あなたたちはどうするの?」
「自宅まで見送りますよ」
リーゼロッテは首を横に振った。
「ミネルヴァで帰るからその必要はないわ」
「では、我々はこれから神殿に行って畑で手伝えることを探してきますか」
リーゼロッテはきょとんと聞き返す。
「……今、農作業を手伝う、と聞こえた気がするのだけれど、気のせいよね?」
ヴィルケ王子は微笑んだまま頷いた。
「ええ、そう言いましたよ?」
リーゼロッテはそのヴィルケ王子の頭を張り倒した。
「あなた、何を考えているの?!
時と場合を考えなさい!
四千人を受け入れたばかりなのよ?!
今度こそ、あなたたちしかできない仕事が山のように待っているわ!
それに従事しなさい!」
彼ら文官は四千人の各世帯の管理、配給の手配の調整、今後の配給計画も立てなければならない。
その他諸々まで全てヴィクターに任せきりでは、文官の存在価値がないしヴィクターが過労死してしまうだろう。
ヴィルケ王子が苦笑を浮かべて頭を下げた。
「……確かに、その通りでした。
ですが、今はヴィクター殿が全てを取り仕切って居ます。
やはり一旦彼が居るであろう神殿付近に向かい、彼を探してきます」
「仕事帰りに、忘れずに私の家に立ち寄りなさいよ?」
「ええ、もちろん忘れませんとも!」
そう言い残して、ヴィルケ王子たちの一団も王都の中に消えて行った。
リーゼロッテはラフィーネと共にミネルヴァに乗って自宅まで移動し、久しぶりの我が家の前に降り立つ。
さすがに今回は子供たちの襲撃はない。
王都の門からここまで、一瞬だ。
いくら空を見張って居ても分かりはしないはず――と油断していたリーゼロッテに子供たちが殺到しはじめた。
「リズ! お帰り!」
「お帰りなさいリズ!」
瞬く間にリーゼロッテは子供たちに囲まれて行った。
――なんで?! どんだけ目聡いの?!
リーゼロッテは二百人の子供たちに揉みくちゃにされながら、苦笑を浮かべつつ全員を抱きしめて回った。
****
ゆっくりと自宅の扉を閉めて一息つく。
「――ふぅ。ようやく家に入れたわね」
ラフィーネが微笑みながらリーゼロッテに告げる。
「相変わらず、凄い人気よね」
「私に心囚われているんですもの。
当然よ」
リーゼロッテは苦笑で返した。
これは彼らが本心からリーゼロッテを慕った結果ではなく、寵愛の副次効果で思慕を抱いているだけだ。
もうそれから逃れる術がない以上、彼らにはその運命を享受してもらうしかない。
少なくとも、不幸を覚えさせることにはならないはずだから、それだけが唯一の救いだろうとリーゼロッテは考えている。
ラフィーネが微笑みながら、またリーゼロッテに告げる。
「本当にそう思う?
あなたの超常的な能力だけで、想い慕っていると、そう思うの?」
「当たり前じゃない?
彼らは最初、私に恐怖を感じていたわ。
そんな彼らに素顔をさらして、寵愛の副次効果で囚われるようにしたのは私よ?」
「なるほど……
ヴィルケ王子の言う通り、リズは自分の在り方に自覚がないタイプなのね」
――ラフィーネまでそんな事を言うの?!
リーゼロッテがここでも困惑していた。
リーゼロッテは自覚が充分あるつもりだ。
自分の愛も、心優しく見えるのも、全て幻想だと思っている。
愛の事も、愛し方も、何もかがリーゼロッテにはわからない。
自分の感情の匂いまでは感じ取れないし、彼らの感情も甘い香りでしか感じ取れない。
――いえ、今はとても熱い熱気として胸で感じることはできるか。
二百人分の熱気で囲まれたので、もう胸が熱くてたまらなかった。
愛を食べたわけでもないのに、心から力が湧いてくる錯覚さえ覚えていた。
リーゼロッテは気を取り直し、食材の確認から始めることにした。
「私は食糧庫を確認してくるわ。
誰かが来たら教えて頂戴」
――夕食分の食材は足りるだろうか。
今からなら、一狩りしてくる時間くらいはあるはずだ。
その間に報酬の蜂蜜を求めてくる者が居たら、家の中で待機してもらえばいい。
ラフィーネが居るから対応できるだろう。
食糧庫の中身は、それほど多くは減っていなかった。
どうやら節約しながら使っていたらしい。
三日過ぎたとは思えない程度しか減っていない。
食肉の在庫は充分、これなら門兵たちには食肉を分ける事も可能に思えた。
だがそうすると子供たちの明日の分が心許ない。
――やっぱり一狩りいってくるか。
「じゃあ私は森で食材を調達してくるから、兵士たちがご褒美を受け取りに来たら家の中で待たせておいてね」
「ええ?!
帰ってきたばかりよ?!」
「私たち魔族に肉体的な疲労は存在しないもの。
問題ないわ」
ラフィーネにそう言い残し、リーゼロッテはミネルヴァの背に乗り、反魔族同盟の拠点へ飛んだ。
****
反魔族同盟の拠点の扉を叩き、ドミニクを呼び出した。
「おお、リズ。
帰ってきたのか」
「ついさっきね。
四千人の移住、無事に終えてきたわ。
それでこれから森に行くけど、一緒に行く?
そちらも食材が尽きている頃じゃない?」
「ああ、ありがたい――
だが、大仕事の直後に狩りか?
さすがに働き過ぎだろう」
どうやら、ドミニクからも暖かい感情が心に流れ込んでくるようだ。
――私を労わってくれてるんだな。
リーゼロッテはその言葉を笑い飛ばす。
「あはは!
魔族は魔力が無くならない限り、問題は発生しないわ!
この肉体も魔力を物質化しているだけなのよ?
肉体的疲労をする訳がないの。
心配するだけ無駄なのよ」
「そうか、それならいいんだが――
すぐ用意する。
ちょっと待っていてくれ」
しばらく待っていると、いつもの狩人たちを引き連れてドミニクが姿を現す。
「待たせたな。
じゃあ行こう」
いつものようにミネルヴァの背に跨り、アンミッシュの森へ飛んだ。
どうやらドミニクは少しリーゼロッテと話があるらしく、仲間と離れて彼女の後を付いてきた。
「ガートナーさんとはどうだった?」
「無事に和解できたと思うわ。
お父様を倒す決心もできたし、打倒する現実的な計画も立てる事ができた。
あとはそれを目指して、きっちりこの国を立て直していくだけね」
リーゼロッテは獲物を仕留めながら応えた。
「そこまで話が進んだか。
俺に出来ることはあるか?」
「子供たちに、狩りのノウハウを伝えてあげて欲しいかな」
「そっちじゃない、魔王を倒す力になりたいって話だ」
リーゼロッテは眉を吊り上げてドミニクに詰め寄った。
「そんな事よりも、あなたはあなたにしかできない事をして欲しいわ。
狩人の数もかなり減っている。
その文化や知識、技術を継承する事は決してつまらない仕事じゃない、大切な仕事よ?」
「だが、お前らばかり危険にさらすのは心苦しいんだ。
知識や技術の継承はしつつ、何か力になれることはあるか?」
「そうねぇ……
あなたが信仰している神は誰なの?」
「俺は月の神だ。
狩猟の神、狩人の神だからな。
狩人の多くは月の神を信仰する」
「新たに豊穣の神を信仰することはできるのかしら?」
「それは可能だ。
本来なら宗旨替えと言われるところだが、こんな状況だ。
他に祈れる神が居ない以上、月の神も許して下さると思うが」
それについては大いに疑問があった。
リーゼロッテには、あんな性格の月の神が宗旨替えを許すようには思えなかったのだ。
「ちょっと彼女に聞いてみるわね」
さっそく月の神の気配を手繰り寄せ、彼女に語りかける。
(ねぇ月の神、あなたは宗旨替えをどう思うの?)
『例え祭壇が機能していなくても、彼らの祈りは私の力の源よ。
わずかでも私に祈りが届いてる。
宗旨替えを許す気にはなれないわね』
(やっぱりそっか。
わかったわ)
「月の神は、宗旨替えを許さないそうよ?
残念ね」
ドミニクが唖然とした後、慌ててリーゼロッテに食って掛かった。
「月の神と、会話したのか?!」
「これは内緒よ?
月の神の力も、借りることが出来るようになったわ――
豊穣の神の信徒になれるなら、戦士の一人になってもらう道もあったけれど、あなたには引き続き月の神の信徒として、日々彼女に祈りを捧げてもらう方がいいわね。
でないと彼女の機嫌と力が損なわれてしまうし」
「俺たちの祈りは、神殿が機能していなくても届いているのか?」
「そうらしいわよ?
だからあなたたちの祈りは、間接的に私の力になるわ。
決して無駄にはならない。
やっぱりあなたには狩人として私の力になってもらう方がいいわね」
「……そういう事なら納得しよう。
歯痒いが、狩人の後進育成に力を入れればいいんだな?」
「そうして頂戴。
これから森に通えるようになれば忙しくなるわ。
それで充分、充実した日々を送れるはずよ?」
その日は五十頭分の食肉と両手で抱える程度の山菜、そして蜂蜜を大瓶に一つ取り、王都に戻っていった。
****
夕方になり、そろそろ夕食時が近づいてくる。
控えめに扉を叩く音が響き、対応しようとしたラフィーネを手で制しながら、リーゼロッテが扉を開けた。
案の定、そこに居たのは兵士の一人。王都の門に居た男性だ。
「ご褒美を頂けると仰っていたが、何を頂けるのでしょうか」
リーゼロッテの嗅覚が恐怖を感じ取り、なるだけ優しく微笑んだ。
「怖がる必要はないわ。
疲れが癒えるお土産をあげようと思っただけよ。
あなたは甘いものと大きなお肉、どちらがお好みかしら?」
兵士は目が飛び出る程見開いて驚いていた。
「甘いもの?!
そんな貴重品、王都じゃまだどこにも出回ってないはずだぞ?!
肉だって、王宮ですらわずかなものしか手に入らないはずだ!」
兵士は敬語が吹き飛ぶほど驚いていた。
「そうらしいわね。
でも私の手元にはあるの。
鹿肉か猪肉一頭分、それか甘いものを小瓶に詰めたものよ。
甘味は何かはまだ教えてあげないわ」
兵士はしばらく悩んだ末に決断した様だった。
「家族が家で待っている。
妻と小さい子供たちに、肉を食わせてやりたい」
ここに来る義務がないほど幼い、十歳未満の子供がいる家庭だろう。
「わかったわ。
鹿と猪、どちらがいいかしら?
大きいのは鹿だけど、栄養は猪のがあるみたいよ?」
「それなら猪を」
「じゃあ猪を持ってくるわね」
リーゼロッテは食糧庫に行き、麻袋に猪肉を一頭分詰めてから玄関に戻り麻袋を兵士に手渡した。
「はい、これが労働のご褒美よ。
防虫と防獣、それに保全魔術が施してあるから、一か月ほどは常温でも新鮮なまま保管できるわ。
それを食べて、疲れを癒して明日も頑張って頂戴」
兵士は受け取った麻袋の中身を恐る恐る確認した後、生唾を飲み込みながら改めて目を見開いていた。
「……対価を求めないのか?
今の王都じゃ金を積んだだけじゃ得られない、とんでもない貴重品だぞ?
それをこんなに大量に?」
「ご褒美だと告げなかったかしら?
それは身体を酷使して、倒れそうになるほど労働しているあなたへのご褒美よ。
対価は既にあなたは払っているの。
遠慮はいらないわ」
兵士は涙ぐみ、言葉もなく深く頭を下げた後、大事そうに麻袋を背負って帰っていった。
その様子を後ろから眺めていたラフィーネが、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
リーゼロッテは扉を閉めてから振り返り、ラフィーネに尋ねる。
「どうしたの?
変な笑いを浮かべて」
「それだけの事をやっておいて、自覚がないのよね……
胸には何か届いてなかったの?」
確かに胸には何かを感じていた。
だがリーゼロッテにとっては『過酷な労働に対する正当な報酬』でしかない。
温かい気持ちを向けてもらう理由に思い当る節がなかった。
彼ら兵士は給金の代わりに配給が少し多めに回される程度。
兵士として酷使される彼らの労働の対価がそれでは、公正ではないとリーゼロッテは考えている。
リーゼロッテは肩をすくめて息をついた。
「人間は理解できない生き物ね、と思うだけよ。
あの暖かい気持ちの正体がわからないわ。
胸で感情を感じられる代償に、嗅覚が鈍ったみたい」
「あれはリズに感謝したのよ。
今の時代では法外な報酬よ?
それを理解しているの?」
「私の元に居る人間たちが毎日当たり前のように口にしているわ。
私たちだけでは不公平だけど、王都の人間全員に渡すほど狩りをできる訳でもない。
仕方ないから目についた人に御裾分けをしているだけじゃない。
それもなるだけ条件が悪い人に絞る事でしか報酬を渡せないわ。
不公平な報酬だけど、私の力不足だから仕方ないわね。
己の不甲斐なさを嘆くばかりだわ」
「他の王都市民では手に入れる事ができない食材である事は理解しているのね……
それを毎日食べられる子供たちが、どれほど恵まれているか、理解している?」
「私に愛を、人生を捧げる代償よ?
こんなもの、まだまだその代償には程遠いわ。
当たり前に享受して良い幸福だと思うけど」
ラフィーネは肩をすくめ、眉をひそめて首を横に振っていた。
そのしぐさに、リーゼロッテは困惑した。
「……なによ?
何が言いたいのよ?」
「『その無自覚は救いようがないわね』と言った所かしら。
どうやったら治るのかしらね?」
「失礼な言い方ね!
まるで私が救いようのない愚か者みたいじゃない!
その後もぽつりぽつりと門に居た兵士たちが自宅を訪れた。
ほとんどの兵士たちは肉を選び、家族の為に持って帰った。
甘いものを選択した者も居たが、「持ち帰らず、この場で食べ尽くすのが渡す条件よ」とリーゼロッテが伝えると、ほとんどの者が肉を選び直して持って帰った。
独身の兵士の中には、甘いものを選ぶ者も居た。
彼らにはその場で小瓶に分けた蜂蜜と木匙を与えて、その場で完食してもらって小瓶と木匙を返してもらっていた。
全員が全員、帰る時には涙ぐむほど感激し、リーゼロッテに温かい気持ちをぶつけていった。
これが感謝の感情だと言うなら、全員が感謝していった事になる。
「……やっぱり人間は理解できないわ」
「私から言わせると、魔族の価値観の方が理解できないわ」
呆れたようなラフィーネを、リーゼロッテは白い目で睨み付けていた。
そんなリーゼロッテたちの背後で、再び扉が控えめに叩かれる。
扉を開けると、そこにはヴィルケ王子と、彼に同行していた人間が勢ぞろいしていた。
「あらあら、まとめて来たの?」
ヴィルケ王子が苦笑しながら応える。
「彼らは今日一日、私と行動を共にしてもらいました。
仕事上りも同時だったので、夕食時になる前に急いで約束の品を受け取りに行こうとなりまして」
確かに、そろそろ子供たちがリーゼロッテを呼びに来てもおかしくない時間だ。
「全員、玄関の中に入って待っていて頂戴」
リーゼロッテは彼らにそう告げた後、急いで保管庫に向かう。
既に偽装魔術で外からは水が入ったように見える大瓶を三十六個、宙に浮かせて玄関に運んだ。
「瓶には印を書いた紙を糊付けしてあるわ。
水と間違える事はないはずよ。――
ああ、王子はこれを持っていって頂戴。
滋養の高い花の蜜で出来た蜂蜜よ」
全員が慎重に、大事そうに大瓶を抱え上げた。
王子も大瓶を抱えながら、やはり涙ぐんでリーゼロッテに告げる。
「本当にこれほどの量を頂いてもいいのですか?
今の時代、どれほど金を積んでも手に入らない、どんな宝飾品よりも――
それこそ王冠より貴重な品ですよ?」
「そんな事は知らないわ。
約束した通りの物を私は渡すだけ。
後はあなたたちも約束を守って、蜂蜜の存在を他人にばれないようにそれを食べて頂戴」
全員が無言で頷き、何度も頭を下げながら玄関から一人、また一人と出ていく。
王子が玄関を出ようとしたその背中に、リーゼロッテは声をかける。
「その蜂蜜がなくなったらまたいらっしゃい。
あと三瓶、同じものがあるわ」
王子が驚いたように振り返る。
「……なぜそこまでするのですか。
私はそれを受け取って良い働きなど、未だ出来ていません」
「病弱な妹なのでしょう?
一瓶だけで元気になれる訳が無いわ。
継続して食べ続けた方が健康には良いはずよ。
なくなりそうになったら補充しておくから、遠慮せず取りにいらっしゃい」
リーゼロッテが微笑んで応えた顔を、ヴィルケ王子が困ったような微笑みで見つめてくる。
「そこまでしてもまだ、あなたは自分が心優しい人だと認めないのでしょうね」
「あなたまでそんな事を言うの?
これはあなたの為ではないわ。
病弱な人間など、存在しない方が良いのよ。
早く健康になってもらわないと私の気分が悪いだけ。
それだけのことよ――
街の病弱な人間全てに分け与えようとしても、私の時間も足りなければ、あの森の資源も足りないわ。
これはとても不公平な行為。
魔族らしいと言えば、魔族らしいけどね」
今の小規模な狩りだからこそ、こんなものをリーゼロッテ一人が大量に手に入れられる。
そして王都が困窮している今だからこそ、感謝を感じるほどの報酬に思えるだけだ。
都市機能が正常化していくに従って、蜂蜜や食肉なんて有り触れた食材になっていく。
そうなった時、リーゼロッテが与えられる特別な物など何もなくなる。
困窮した状況に乗じて、感謝を巻き上げてるだけに過ぎない。
――なんとも卑しい、魔族らしい所業だと我ながら思う。
そこまで説明しても、なおヴィルケ王子の微笑みは変わらなかった。
「人は困窮した時にこそ、その真価が問われると言います」
「それはお互いが困窮した時にのみ言える事よ?
魔族の私は何も困ってなどいないわ。
食べるものにも、住む場所にも困った覚えなどないけど?」
「あなたは生まれてからずっと望まぬ同族殺しを強いられ、終いには他種族の為に、愛する肉親を滅ぼす事を果たすべき使命として与えられた。
我々が強いられているのと同等以上の苦境と言えます。
そんな状況でもあなたは他者を思いやる心を忘れていない。
それが全てですよ」
リーゼロッテの胸に温かい気持ちが流れ込み、慣れない感覚に戸惑っていた。
そのまま苛々として声を上げた。
「人間の苦境に比べたら、私の苦境なんて大したものではないわ!
そんな事は良いからさっさと帰って頂戴!
もうすぐ子供たちが夕食の誘いに来るのよ!」
「おや、そうでしたね。
では今日はこれで」
ようやくヴィルケ王子が扉の向こうに消えて、リーゼロッテは深い溜息をついた。
「あの王子もしつこいわね。
どうあっても私を心優しい人に仕立て上げたいみたい。
何度、そんなものは幻想だと告げても理解しない。
頭が悪いんじゃないかしら。
或いは物凄い頑固な人なの?」
「頑固なのはリズの方よ。
どうして認められないのかしらね」
ラフィーネの言葉に、リーゼロッテはまたじろりと白い目で返す。
またしても扉が元気に叩かれ、そのまま開かれた。
女の子がリーゼロッテを夕食に呼びに来たようだ。
「リズ! 今日はうちの番よ!
久しぶりの夕食なんだから、たっぷり感情を食べていってね!」
リーゼロッテは苦笑を浮かべ、腕を引っ張られるがまま歩いていく。
ラフィーネが微笑みながらリーゼロッテの後についく。
リーゼロッテたちは女の子と共に家屋の一つに吸い込まれて行った。




