22.月夜の魔王対策会議1
白銀で淡く輝く平原の上、遮音結界で静寂に包まれる中。
リーゼロッテとガートナー、ラフィーネ、そしてヴィルケ王子が腰を下ろしていた。
遮音結界の外では、近衛騎士たちが周囲を警戒するように立っている。
雨上がりの空にはぽっかりと満月が浮かんでいた。
リーゼロッテがガートナーを見る。
「ガートナーさんからは、私を嫌悪する感情がほとんど感じられなくなったわね。ドミニクさんからどんな説得を受けたの?」
ガートナーは苦笑を浮かべた。
「今回魔王に負けるとしたら、それは俺が協力しなかったせいだと言われたよ。
『二十年前の戦犯と同じ汚名を被るが、それを覚悟しろ』とな。
奴らの同類になるなど、願い下げだ」
リーゼロッテは小首を傾げて尋ねる。
「二十年前、何があったの?
月の神は『人間の自業自得だ』と言っていたけど」
「魔王軍と戦っている間ですら、人間の国家は戦争を続けた」
魔族に対して向けるべき武力の半分を、人間に対して向け続けたそうだ。
神に選ばれた百人の勇者たちも、国の威信をかけて『自分たちこそ魔王を倒す』と足を引っ張り合った。
『醜い争いだったよ』と忌々しそうにガートナーは語った。
リーゼロッテは言葉を失いかけた。
「……よくそれで大公級を全員滅ぼせたわね」
「もちろん、全員がそんな愚かな真似をした訳じゃないからな」
だが、心ある勇者たちは、そのほとんどが大公級を滅ぼす時に命を落としたそうだ。
結果、魔王城に辿り着けたのはヴィクター率いるガートナーたちだけだったらしい。
「魔族も神魔大戦で有能な人材のほとんどを失ったわ。
あなたたちの頑張りは決して無駄ではなかった。
それだけは保証してあげる」
リーゼロッテは苦笑を浮かべて粛清の日々を思い返していた。
粛清に追われるほど、為政者として無能な個体ばかりが残ったのが、神魔大戦後の魔王軍だ。
「だがその結果が、二十年間同族を粛清し続けるリズの人生に繋がった。
良いのか悪いのか、今の俺には判断がつかねぇな――それで、リズは魔族を、父親を裏切る覚悟はできそうなのか?」
リーゼロッテは俯いて考えた。
同族を裏切り、人間を助け、愛する父親を滅ぼす。
そんな事を決意できるだろうか、と。
「……まだ、決意はできないわね。
人間たちには悪いけど、いくら同族殺しに慣れてるからって、父親を滅ぼす決意を簡単にできるとは思えない。
でもその決断をしなければ、全てが始まらないわ。
私はどうしたらいいのかしら」
ガートナーは腕組みをしながら考える。
「父親を滅ぼす以外に、人間が救われる道はないのか?」
「あればあの夜、月の神が私に告げているはずよ」
彼女はリーゼロッテの性格もよくわかっているようだった。
その上で魔王を倒さないと人間が滅ぶという言葉を曲げなかった。
魔王が存在する限り、人間が滅びるのは確定事項だ。
「他に魔王を倒せる存在は居ないのか?」
「月の神は、『私に魔王を倒す運命を与えた』と言った。
他に倒せる者が居たとしても、魔王を倒す事になるのは私になるはず」
おそらく、他の者にはその機会が与えられないのだろう。
尤も、魔王を倒せる力を持つ者など、リーゼロッテ以外には居ないだろう。
神の奇跡を纏ったヴィクターですら及ばなかったのだ。
人間でそれが可能な者は居ないだろう。
ラフィーネがおずおずて手を挙げた。
「……話が見えないんだけれど、リズが魔王――父親を滅ぼすと、そういう会議なのかしら?」
リーゼロッテは微笑んで頷いた。
「ええそうよ。
月の神が私に会いに来て、そう告げたの」
リーゼロッテは魔王を倒す運命を持って、魔王の子として産まれた存在。
生まれながらに父殺しを宿命付けられた者。
実に血に塗れた存在だ。
それを考えれば、生まれてからずっと同族殺しをして来た事など、生温く感じるくらいだろう。
「そんなの酷過ぎる!
あんまりよ!」
「でも、私が魔王を倒さないと人間が滅びるんですって。
だから私はお父様を、同族を取るか、人間を取るか選ばないといけない」
尤も、人間が滅びれば魔族も飢えて死ぬ。
結局魔族も滅びるだけなのだ。
つまりリーゼロッテは、『人間の味方として滅びる』か、『人間の敵として滅びる』かを迫られている。
ラフィーネが不思議そうに尋ねてくる。
「人間の味方をしても滅びるの?」
「お父様を滅ぼし、人間の味方をするならそういう事になると思うの」
残った魔族を統率する力は、リーゼロッテにはない。
そうなれば統率を失った魔王軍が暴れまわる事になる。
それを殲滅していく日々が待っているだろう。
その結果、人間にとって脅威となる魔族はリーゼロッテだけになる。
人間社会に、『魔王の娘』の居場所などないだろう。
大陸の辺境でひっそりと衰弱を続け、間もなく死ぬのが落ちとなる。
「そんなことない!
リズは人間社会の中でも生きていけるはずよ!
人間を殺さずに生きていける魔族なんでしょう?!」
「人間の愛と歓喜を食べなければ生きていけない魔族でもあるわ」
リーゼロッテに感情を捧げてくれる存在が居なければ、生きてはいけない。
こんな非常事態でもなければ、人間の国家が国民をリーゼロッテに与える事もない。
本来の姿を取り戻した人間国家は、必ずリーゼロッテの命を狙うようになる。
人間を殺せないリーゼロッテには、その全てを凌ぎ切る事はできない。
それを避けるには、人間社会から距離を置き、辺境で隠れ棲むしかない。
ヴィルケ王子が手を挙げた。
「ですが、少なくともラスタベルト王国を立て直した時、平民の殆ど、或いはすべてがリズ殿下の子供となっているはずです。
親を追い立てる子供がいるでしょうか?」
「人間社会が立ち直った時点で、私は不自然な術式を止めるわ」
その時点での周囲の国家の状況は、まだ予想が付かない。
だが、ラスタベルト王国を主軸に大陸南西部が立ち直っていくはずだ。
それと同時に、大陸南西部を主軸に他の地方も立ち直っていくだろう。
大陸がある程度立ち直った頃には、リーゼロッテの子供は居なくなっている。
リーゼロッテは微笑んでガートナーを見る。
「後はガートナーさんが想像が付くんじゃないかしら?」
リーゼロッテたち三人の視線がガートナーに集まる。
ガートナーは渋い顔をして腕組みをしていた。
「……確かに、リズが予想する流れになる可能性が高い。だが少し見方を変えてみないか?」
魔王を倒した後、全ての魔族が滅びる訳ではないだろう。
人間が生き残れば、魔族だって生き延びる個体が居るはずだ。
魔族を生き延びさせるために人間の味方をする――そんな考え方もできるはずだ。
リーゼロッテは目から鱗が落ちる思いだった。
リーゼロッテのように正の感情を食べて生きる個体や、隠れて負の感情を食べる個体が生き残る道はあるはずだ。
リーゼロッテほど基礎代謝が高い個体でなければ、周囲の感情を食べるだけでも生きていけるだろう。
そもそも魔王も、魔王軍を決起させるまでは人間から隠れて生きていたはずだ。
力が強くても生き延びる術は、何かあるように思えた。
「私個人の幸福はさておき、種族の滅亡を避けるためにお父様を滅ぼす――これはそういう道なのね。
それなら決心できるかもしれないわ」
ヴィルケ王子が再び手を挙げた。
「リズ殿下個人の幸福だって、追い求められるんじゃないんですか?
月の神は、その事に言及しなかったんですか?
このままでは、あなたが余りにも悲惨すぎる」
「私の愛への渇望は、生涯埋めることが出来ないとは言われたわね」
同時に、今のリーゼロッテは慈愛の類を食糧ではなく、心に届く感情として感じられる奇跡を与えたとも言われた。
リーゼロッテはまだ、それに戸惑って理解していないとも。
だから今のリーゼロッテは、誰かと心で愛を通じ合わせる事が出来るらしい。
既に愛を通じ合わせた相手ならば、リーゼロッテの姿を見ても心囚われる事がないそうだ。
リーゼロッテが求める、愛で潤った生活を味わえる可能性がある。
「以前と自分が何か違うと思えるような感覚はあるんですか?」
リーゼロッテは腕組みをして考える。
「そうね……フィリニスに向かう途中から、なんだか胸が熱くなる変な感覚を覚える事があるわ」
ヴィルケ王子もそうだが、ラフィーネや子供たちからは熱気のような何かを感じていた。
とても暖かいが、それがなんだかわからず、リーゼロッテはずっとモヤモヤしていた。
その言葉で、ラフィーネの目が鋭くヴィルケ王子を見据えた。
「ヴィルケ王子、あなたまさか……」
ヴィルケ王子は苦笑を浮かべている。
「今この場で、それを否定するのは野暮ですね。
あなたの思った通りだと思いますよ」
リーゼロッテは小首を傾げてヴィルケ王子に尋ねる。
「それはどういう意味かしら?
教えてくれないと話が進まないと思うんだけど?」
ヴィルケ王子が渋々、リーゼロッテに応える。
「……私個人が、リズ殿下に対して、一人の男として好意を持っている――そういう意味です」
リーゼロッテはしばらく呆気にとられた後、ゆっくりと応える。
「好意?
あなた、私のフードの中身を覗き見でもしたの?」
「それはあなたが用心深くさせないように振舞っています。その事は、自分が一番よくわかっているでしょう?」
ヴィルケ王子だけではない。
この民衆移送に同行した物は、全員リーゼロッテに好意を持った。
ヴィルケ王子は恐らく、その中で最も好意を持っているだろう。
「……他の者からも暖かい気持ちを感じることはありませんでしたか?」
――暖かい気持ち……あの胸に届く暖かいものが、甘い香りのする感情が胸に届いた時の感覚ということなのかな?
「そうね……私が泣いた後、周囲からは確かにそんな暖かいものが流れ込んでいたわ」
ラフィーネが更に険しい目でヴィルケ王子を睨み付けた。
「リズを泣かせたというの?!
いったいどんな理由で泣かせたの?!」
ヴィルケ王子が苦笑を浮かべたまま弁明を始めた。
「責め立てた訳ではありません」
リーゼロッテがあまりにも自分の在り方に自覚がなかった。
それを指摘した。
『あなたは本当は心優しい人なのだ』と。
その途端、リーゼロッテが、己の在り方を嘆いて泣き始めた、
それを皆で途方に暮れて見守っていた。
リーゼロッテはそれに対して、改めて厳しく指摘する。
「あの時も言ったけれど、私は決して清らかでも無垢でもない、卑しく悍ましい、忌まわしい存在よ!」
愛も喜びも全て自分の食欲を満たす為。
自分の食糧を得るために、周りの人間を喜ばせているにすぎない。
心優しいなど、人間の幻想にすぎない。
「二度とそんな寝言を言わないで欲しいものね!」
ヴィルケ王子が飄々とした顔で応える。
「あの時も指摘しましたが――」
リーゼロッテは既に満腹を超えた状態で喜びを毎日飽食している。
そんなリーゼロッテが、慌てて手間暇をかけて蜂蜜を採取してきた理由を、彼女自身が説明できなかった。
リーゼロッテは子供たちやその家族を、一秒でも早く喜ばせたかった。
真実はそれだけなのだ。
兵士たちの体調を気遣い、蜂蜜を振舞ったのは何故か?
それは彼らの感情を得る為ではなかったはずだ。
「その心の在り方を、人は心優しいと言うのですよ」
リーゼロッテの顔は真っ赤に染まっていた。
――なんだろうこの気持ちは!
「ちがっ! それは!
兵士たちは途中で倒れられても困るからだって言ったじゃない!
それだけよ!
子供たちだって、単に蜂蜜を与えた時の喜びがどんな味か興味があったからよきっと!」
リーゼロッテの胸に、周囲の三人から、優しい眼差しと共に暖かい何かが流れ込んでいた。
――これが好意が心に届く感覚?! むず痒くてなんだかイライラしてくる!
「ちょっと!
何だか知らないけどその気持ちを私に向けるのは止めなさい!
心がむずむずして落ち着かないのよ!」
ガートナーがニヤニヤと笑みを浮かべながら尋ねる。
「昨晩ドミニクから聞いたが、子供たちの食材と共に大量の蜂蜜を大瓶に採取していたらしいな。
特にそのうちいくつかは、滋養の高いものを選んで採取していたらしいじゃないか。
もしかして、その蜂蜜は王子や兵士たちに分け与えるつもりだったのか?」
「あれは!
王子の妹が病弱だと言うから滋養の高いものを選んだだけであって、決して王子の為ではないわ!
それに蜂蜜の秘密を守るなら、小瓶では不満が出るわ!
王子の妹に与えるのと同じ大瓶を分け与えて初めて不公平感が無くなって秘密を守る気になるというものじゃない!
違うかしら?!」
ヴィルケ王子が感嘆してリーゼロッテに告げる。
「まさか、わざわざ妹の為に新たに蜂蜜を?!
それも滋養の高いものを選んでまで?
私たちは、今ある物を小瓶で分けてもらえるものだと思っていました。
大瓶の蜂蜜を見た兵士たちも役人たちも騎士たちも、きっとその事に感謝するでしょう――やはり、あなたは優しい方だ」
「感謝なんてする訳が無いでしょう?!
前もって分けてもらえると知っているのよ?!」
ヴィルケ王子がニヤリと笑う。
「では、実際に一人ずつこの場に呼んで伝えてみましょう。
それで実感できるのではないですか?」
言うが早いか、ヴィルケ王子は遮音結界の外から騎士を一人、結界の中に引き入れた。
「ヴィルケ殿下?!
何事です?!」
「実はな、秘密を守る報酬の蜂蜜なんだが……大瓶一つを分けてもらえるそうだ。
リズ殿下がわざわざ、そのために新たに採取してきてくれたらしい。
全員大瓶で蜂蜜が与えられるぞ」
騎士が感激したように身を震わせてリーゼロッテの手を取った。
「無礼なのは承知の上で、どうかお礼を言わせてください。
ありがとうございます。
大切に食べさせて頂きます」
リーゼロッテは更に顔が熱くなるのを自覚しながら、慌てて手を振りほどいた。
騎士からもとても暖かい何かが胸に届いてむずむずと疼いている。
「お礼を言われるような事ではないわ!
ただ約束通りに前払いの報酬を渡すだけじゃない!
なんでそんな事でそんなに喜ぶのよ!」
「我らはそのような貴重品を頂けるほどの働きをできておりません。
せめて言葉でお礼を述べるくらいは許して頂きたい」
「あーもう!
それはいいから!
――ともかく、王都に帰った後、周囲に気付かれないように私の家に来なさい。
その時に渡すわ。
偽装術式は施すけど、決して国王の耳に入らないようにくれぐれも気を付けるのよ?!」
騎士は何度も頭を下げつつ、涙まで浮かべながら遮音結界の外に戻っていった。
ヴィルケ王子に呼ばれた騎士たち全員が同様の反応をし、リーゼロッテの心に暖かい何かを残していく。
役人たちも兵士たちも同様に涙ぐみながら礼を述べていた。
特に兵士たちは、実際に泣き出す者まで居た。
全員から礼を述べられ、唖然とするリーゼロッテにヴィルケ王子が微笑んで告げる。
「どうですか?
全員から実際に感謝をされましたが、どんな気分ですか?」
「胸が熱くてむずむずするわ!
とっても変な気分よ!
なんなのかしら、これは!」
ガートナーがニヤニヤと笑みを浮かべながら言葉を告げる。
リーゼロッテは生まれてからずっと、相手の暖かい気持ちを全て食糧として腹に納めてきた。
心で暖かい気持ちを受け取ったことがない。
だからその感覚に慣れてなくて、戸惑ってる
まさに、月の神の言う通りの状態だ。
今のリーゼロッテなら、愛を心で受け取ることが出来るだろう。
実際、今のお礼を述べられている間、彼女の食欲は刺激されていないように見える。
リーゼロッテは愕然としていた。
言われてみれば、胸がむずむずする事に気を取られて食欲に気付かなかった。
今この場には、喜びの感情の残り香があるくらいだ。
突然横からラフィーネがリーゼロッテに抱き着き、楽しそうに微笑んだ。
「じゃあ私の今の気持ち、もしかしてリズの心に届いているのかしら?!」
突如、ラフィーネから発せられる熱気に包まれる。
身を焦がされるかと思う程の熱気で圧倒されて、思わずたじろいだ。
「ラフィーネ?!
暑苦しいわ!
ちょっと気持ちを抑えてくれないかな?!
そんな熱量で迫られても、対処に困るのよ?!」
「どう? どう?
あなたは今、食欲が刺激されているの?」
「……食欲はうっすら感じるわね。
いつもの甘くて優しい香りも感じる――けど、それよりも熱気が激しくて、そっちの方が気になるわ!
だから少し落ち着いて頂戴!」
ラフィーネが何故か、さらに感涙にむせっている。
「私の愛が、リズの心に届いているのね?!
嬉しい!」
リーゼロッテは抱き着いてきているラフィーネの肩を抑えつけ、無理やり引き剥がした。
「だから! いつも通り愛を抑えて頂戴!
今の私には刺激が強すぎて眩暈がするわ!」
ラフィーネは不満そうに口を尖らせた。
「仕方ないわね。
でも昨晩は普通に愛を食べていたのに、何が違うのかしら……」
実は昨晩も、リーゼロッテは心で熱気を感じていた。
だがその感覚を必死に無視し、食欲に集中して食べきっていた。
今のラフィーネは、昨晩を超える熱気をリーゼロッテに送っている。
食欲どころではなかった。
ガートナーが相変わらずにやにやと笑いながらラフィーネに応える。
「おそらく、自覚の有無だろうな。
リズに心で愛を受け止められる自覚が生まれ、ラフィーネはそれを知った。
今のリズには今のラフィーネが捧げる愛を食欲だけで捌けなくなったんだ」
「それじゃあ私は飢えちゃうじゃない!」
「なに、飢えそうになったら食欲が勝るだろう。
だが充分な愛を捧げられている限り、お前が愛を食べるのは苦労を伴うはずだ」
それはそれで悩ましい話だった。
これから対魔王で力を蓄えなければならないのに、それがままならないという話になる。
デメリットの方が大きいように感じていた。
できるなら魔力で魔王を上回っておきたいのがリーゼロッテの本心だ。
ヴィルケ王子が戸惑うような表情で尋ねてくる。
「今のリズ殿下は、愛情に対して食欲が即座に反応しないのですね?」
「……そうみたいだけど、それがどうかしたの?」
途端にヴィルケ王子からも、かなりの熱気がむわっと届いた。
ラフィーネにはまだ及ばないが、それでも相当な熱気だ。
さきほどまでの暖かさとは比べ物にならないものを叩きつけられていた。
「ちょっと?!
ヴィルケ王子?!
あなた何をしているの?!」
「あなたへの好意を、ずっと抑えていました。
それを止めただけですが、どんな感じですか?」
「私に心囚われている訳でもないのに、よくそんな熱気を持てるわね?!
暑苦しいわ!」
ヴィルケ王子は感慨深げにリーゼロッテを見つめた。
「そうですか……確かに、時間を過ぎるごとにあなたの姿に愛おしさが募っていました。
昨日より今日、今朝よりも今の方があなたを愛おしく感じています」
「こんなところで愛の告白をされても困るわよ?!
それに国王との約束もあるのよ!
あなたの愛を受け取る訳にはいかないわ!
思わず食べてしまう前に引っ込めて頂戴!」
「父上との約束を覚えていますか?」
――えーと、確か……
「『私の生贄から貴族を除外する』という約束よね」
「そうです。
そして月の神との会話を覚えていますか?
あなたに心囚われてしまう現象は、月の神の寵愛の副次効果、素顔を見た者にだけ効果を発揮する。
つまり素顔を見ずに愛を食べられても、心囚われる訳ではないはずです」
リーゼロッテは慌てて手で制した。
「待ちなさい!
そんな仮説で取り返しがつかない事をする訳にはいかないの!
お願いだから食欲が刺激される前にその気持ちを抑え込んで!」
ヴィルケ王子が残念そうにすると、すぐに熱気が収まっていった。
そこには確かに愛の残り香がある。
リーゼロッテは大きく深呼吸をして胸の疼きを抑え込んだ。
「――ふぅ。
あなた、素顔を見た事もない女に、よくもそこまで熱い想いを持てるわね?!
もう少しでラフィーネに匹敵する熱量よ?!」
ヴィルケ王子がにこやかに微笑んだ。
「あなたの在り方に惚れ込んだだけです。
なんの不思議でもありませんよ」
ガートナーが腕を組んだままニヤニヤと笑い、言葉を告げる。
「まぁこれで、リズに心で愛を通わせられるという実証実験はできたな。
このままラフィーネや子供たちと心で愛を通わせ合ってもいいし、ヴィルケ王子と愛を通わせ合うのも、またいいだろう。
後はリズ本人が相手を愛するだけだ。
お前の幸福な人生、その望みは充分にあると俺は思うぞ?」
リーゼロッテが両手で頭を抱えて悩み込んだ。
――本当かなぁ?!




