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愛の魔物~魔王の娘ですが突然大陸の一部を統治しろと言われました。他の魔族を殲滅してもいいって、本当に?~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:愛の魔物

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19.フィリニス市民の移送

 王都の北、フィリニスの街に到着したヴィルケ王子の一団は、早速民衆に対して声を大にして触れ回った。


「手の空いてるものは中央広場に集まれ!

 今すぐだ!

 ヴィルケ第一王子から皆に伝えることがある!」



 やがて街の中央広場に人々が集まり始め、千人程度の人間が集まった辺りでヴィルケ王子が枯れた噴水の縁に立ち、拡声術式でその場に声を響かせた。


 王都の復興具合や人手不足を訴え、配給が約束されていると伝えた。

 手荷物だけの移動になるが、納得できるなら王都に一時的に移住して欲しいと訴えた。

 最後に明朝出発と伝え、間に合わない者は置いて行くとも伝えた。

 移動の際の注意事項もまとめて伝えた。



 住民たちは互いに顔を見合わせ、相談を始めた。


 この街を一度捨てる決断を迫られた。

 愛着があり、家財もあるこの街を捨て王都に一時的に移り住む――決断が難しい選択だ。

 だが日々の食事にすら困るこの街に居残るより、食料と衣類の配給が約束されているという王都の生活は魅力的だった。


 既に財産らしい財産は処分済みで、家の中に目ぼしいものは残っていない。

 それであれば、失うことを覚悟で一時的に街から離れる選択は悪くないようにも思えた住民も多かった。




 ざわつく住民たちを見渡した後、再び王子が声を張り上げた。


「伝えることは以上だ!

 皆、家に戻って欲しい!」



 住民たちがざわつきながら徐々に中央広場から去って行き、やがて王子たち以外に人のいない広場が残された。



 役人の一人がヴィルケ王子に尋ねる。


「どれだけ応じますかね」


「最大で半数程度、という当初の予測を上回ることはないだろう。

 だが思ったより住民が生き残っている。

 瘴気に汚染されているとはいえ、森が近かったおかげだろうな」


 そのまま兵士や役人に指示を飛ばした。

 住民の説得では移住のメリットを推し、デメリットも正直に伝えろと。


 役人たちと兵士たちが頷き、方々へ散っていった。



 その姿を見送ったヴィルケ王子が近衛騎士に伝える。


「私はこの場のベンチで睡眠をとる。リズが戻ってきたら起こしてくれ」


 そのまま壊れかけたベンチに横たわり、すぐに寝息を立て始めた。

 近衛騎士たちはその周囲を念の為に固め、静かに佇んでいた。





****


 ――王都、リーゼロッテの自宅。



 朝になるまで、リーゼロッテはヴィクターの寝顔を観察していた。


 ――ヴィクターが敵かぁ。


 リーゼロッテがいつも頼りにする、とても有能な副官だった。

 彼が、今回魔王討伐で最大の障害となると言われている存在。

 リーゼロッテは魔王討伐の決心がまだついていない。

 だが決心がついた時に後悔しないよう、今から細心の注意を払って振舞っていかなければならなかった。


 死ぬまで彼の感情を搾り取ってしまえばそれで終わるのだろうな、とリーゼロッテは意味のない事を考える。

 そんな事、やろうとしても心が嫌がり、どうしても途中で自然と手が止まるのだが。


 これまで、彼がリーゼロッテに伝えてきた言葉も全てを鵜呑みにしないよう、意識の棚卸が必要だ。

 彼は魔王からの指示で、リーゼロッテに人間の増産と出荷を自然と選ぶよう意識を誘導させてきたらしい。

 つまり彼との会話は全て嘘か、虚実が混じった言葉だったという事になる。

 少なくとも、この地に来てからの発言はそういう事になるはずだ。


 今後はガートナーとの話し合い次第だが、彼の発言は真偽の怪しい情報源程度に留め、全ての判断をガートナーと共に下していった方が良いと考えていた。




 ヴィクターの目がぱちりと開く。


「おはようございます殿下」


「おはようヴィクター。

 私は子供たちに挨拶をしたらラフィーネと一緒に隣町に移動するから、不在の間の王都はお願いね」


「畏まりました。

 お任せください」



 時刻はまだ朝七時を回ったくらいだ。

 すぐにラフィーネも起きてきて、リーゼロッテたち三人は子供たちの家屋の一つに朝食を取りに向かう。





****


 ヴィクターとラフィーネが、子供たちやその家族と共に食事をとっていた。

 リーゼロッテは静かにその様子を微笑みながら見守りつつ、紅茶の香りを鼻に届けていた。


 男の子がリーゼロッテに尋ねる。


「ねぇリズ、どのくらいで戻ってこれる?」


「予定では四日くらいよ。

 移動する人数次第だから、四日後に帰ってくると約束することはできないけれどね」


「魔力は足りる?」


「みんなが昨晩、とっても頑張って愛を捧げてくれたから充分足りてるわよ?

 ヴィクターからも搾り取っておいたしね」


 ラフィーネがリーゼロッテの横で、どんと胸を叩いて男の子に微笑んだ。


「大丈夫!

 今日からは私がリズのおやつに毎日愛を捧げるから、少しはマシになるわ!

 一日分には届かなくても、四日間絶食なんて事にはならないわよ!」


「任せたよラフィーネ!

 リズの事、ちゃんと見張っててくれよ!」


 ラフィーネは微笑みながら頷いていた。


 ――見張るって……どういう意味だろう?


 リーゼロッテは苦笑を浮かべながら子供たちに応える。


「みんな心配し過ぎよ?

 隣町の民衆が移動するのを見守るだけで終わるはずなんだから。

 野盗たちも、低級眷属が居れば襲ってこないわ。

 私はそれを維持していればいいだけ。

 時間はかかるけど、たったそれだけのお仕事よ」


 ラフィーネがじとっとした目でリーゼロッテを見ていた。


「いつもそんな事を言って、知らないうちに無茶を抱えてくるじゃない」


「あれはみんなの生活がかかってるから、どうしてもね」


「移動する民衆が困るからって、突然無茶を始めないって約束できる?」


 リーゼロッテは苦笑を浮かべてラフィーネに応える。


「さすがに約束は無理ね。

 大勢の人が居れば、なにかトラブルが起こる事も考えないといけないし、その場合は私が主に動くことになるわ」


「ほらー!

 やっぱり見張りは必要じゃない!

 絶対私が無茶はさせないわ!」


「あはは……」


 リーゼロッテは乾いた笑いで応えていた。


 今日もリーゼロッテには、ラフィーネや子供たちから熱気のようなものが胸に届いている。


 ――心がくすぐったいような、むず痒いような。なんなんだろうなぁ、これは。





 リーゼロッテたちは朝食を食べ終わり、自宅の前でミネルヴァが飛竜の姿になった。

 子供たち全員が集まり、彼らに見送られながらの出立だ。


「みんなも、私が居ない間は気を付けて生活してね?」


 子供たちが銘々の返事を元気よく返していく。

 リーゼロッテはそれに微笑みで応えた後、ラフィーネと共にミネルヴァの背に座り込んだ。


 気が付くと、ヴィクターの姿がいつのまにか見当たらなかった。


「あら?

 ラフィーネ、ヴィクターはどこに行ったのかしら?」


「え?

 さっきまでそこに居たと思うけど……」


 ――まさか、また隠遁で潜もうと試してるんだろうか。


「まぁいいか。

 王都の事を任せたんだし、不在の間の仕事はきちんとしてくれるでしょ――

 ミネルヴァ、お願いね」


 瞬く間にミネルヴァが白銀の流星となって空を駆けていく――と同時に、やはり今回も何かが振り落とされていく気配をリーゼロッテは感じた。


 ――ほんとに潜んでたのか。


 リーゼロッテは『ミネルヴァに拒絶された事を確認でもしただろうか』、と悩んだ。


 だがミネルヴァは言葉を話せない。

 第一、飛竜がやる事を責め立てても仕方がないはずだ。

 不審に思ってもどうにもできない――そういう類の問題のはずだ。


 そう結論付けて『心配不要だろう』と忘れることにした。





 白銀の流星が北の街の上空でふわりと停止した。

 

 付近は人、人、人――人でごった返す、人の大群だ。


 彼らは事前に説明を受けていたのか、ミネルヴァの姿を見ても特に動揺する様子はない。

 リーゼロッテは探査術式を撃って最も強い魔力反応の集団の位置を探り出す。


 ――これがヴィルケ王子たちの集団かな。


 リーゼロッテたちは人の大群の端っこで、街道で民衆を先導するかのように待機していたヴィルケ王子の傍に降り立つ。


「おはようヴィルケ王子、凄い人ね?」


 ヴィルケ王子の人懐っこい微笑みが出迎える。


「おはようございます、リズ殿下。

 予想に反して、住民の殆どが移住を決意しました。

 それでこの状態ですよ」


「こんな大勢だと、人手不足が一気に解消されそうね。

 でも、本当に納得してる人たちなの?

 全部説明した?」


 今回、移動中の食事は各自が自前で持ち込むしかない。

 つまり王都からの食糧支援はない状態だ。

 リーゼロッテは『それはどうなの?』と問い詰めたが、大人数の食料を輸送する手段がないのだ。

 困窮しているこの街の民衆だって、持ち込める食糧なんて手元にはない。

 つまり、この民衆たちは餓死する前に王都に辿り着かなければならない。


 民衆たちもそこは織り込み済みらしいので、暴動に発展するという事はないだろう。




 この大人数を護送する戦力、そのほとんどというか、全部がリーゼロッテの低級眷属。

 民衆が眷属を見て、恐怖に怯えないかをリーゼロッテは心配していた。


「それも説明済みですよ。

 少なくとも、恐怖で逃げ出すという事にはなりません」


「本当かな……

 まぁ信じるしかないか。

 四千人もいるなら、眷属は千体ぐらい出しておけばいいかな」


「千体って……

 多すぎませんか?

 それに簡単に言ってますけど、それほどの数を移送の間、維持できるんですか?」


 リーゼロッテはジトっとした目付きでヴィルケ王子を睨んだ。


「魔王の娘を侮り過ぎよ?

 なんなら民衆一人に一体、四千体呼び出してみせましょうか?」


 ヴィルカ王子が慌てて首を横に振った。


「いえ、そんな侮ってるだなんて!

 ……あなたが無理をしている訳ではないとわかれば、それで充分です」


 ――やっぱりどこか侮られてる気がする。


 どこか納得いかないリーゼロッテだったが、『もたもたしているとその分だけ民衆の体力が削られちゃうし』と移動準備を開始した。


 リーゼロッテは民衆を囲うように千体の低級眷属を作り出し、民衆の様子を伺った。

 確かに、恐怖は覚えても逃げ出す人間は居ないようだ。

 眷属たちは民衆から少し離れるように配置した。


「じゃあサクサク移動しましょう!」



 ヴィルケ王子が号令をかけ、先頭を進んでいく。

 民衆たちがそれに続くように進み始めた。


 四千人が街道を埋めるように前に前に進んでいく。

 十五分くらいで、ようやく最後尾が街から離れるように歩き出した。

 リーゼロッテは眷属経由でその様子を確認し、ため息をつく。


「やっぱりこの人数の移動は時間がかかりそうね。

 体力の残っている個体も多くない。

 動き自体が遅いわ」


「ろくに食べるものがなかったんです。

 それは仕方がないでしょう。

 移住を決意する一番の理由も配給の食料があるからですし」


 ラフィーネが少し不安気に空を見ている。


「どうしたの?

 ラフィーネ。

 何か空が気になる?」


「この季節でこの空模様……

 多分、一雨来るわよ?

 対策はあるの?」


 リーゼロッテはヴィルケ王子の顔を見て言葉を待つ。

 ヴィルケ王子は苦笑を浮かべる。


「雨ですか……

 民衆には耐えてもらうしかありません」


 リーゼロッテは呆気にとられながら詰め寄る。


「あなたね、何を考えているの?!

 あなたみたいに体力充分な個体には問題なくても、体力が落ちた人間の個体が雨に濡れたら、簡単に体調を崩すわよ?!

 そんなの、同族のあなたなら嫌というほどわかっているでしょう?!

 何の対策も持ってこなかったの?!」


「そう言われても、これだけの人数を何とかする方法など我々には在りません。

 個人個人で対応してもらうしかないんです」


 リーゼロッテが最初に民衆を探査した時、子供の存在も確認できていた。中には幼い子供も含まれる。

 小雨程度ならまだしも、本格的な雨に濡れたら間違いなく酷く体調を崩して最悪、命に係わる。


 ――仕方ない、少し消耗が大きくなるけど、その時は私が防水結界を広域で張るしかないか。


 しかし、リーゼロッテの予想以上に民衆の足が遅かった。

 長い間満足に食事をしてこなかった民衆は、満足な歩行速度を出せていない。

 四日間で王都まで踏破するのは難しいだろう。


 リーゼロッテに手がない事はなかった。

 体力の前借で一時的に元気になるが、効果が切れるとそれまでの疲労が一気に襲い掛かる術式だ。

 その術式を使うか否か……この判断はリーゼロッテ一人では決心が付かなかった。


「この中に、魔導術式の知識に詳しい人は居る?」


 リーゼロッテはヴィルケ王子が連れてきた人間たちを見渡す。

 騎士たちや役人たちが首を横に振る。

 ヴィルケ王子が言いづらそうにリーゼロッテに応える。


「そういった人間は現在、豊穣の神の神殿にいるガートナーという男の元で農業の支援に走り回って居ます」


 ――そうかガートナーさん! 彼ならこういう時、色々と役に立ってくれるはずだ。


 リーゼロッテが空を見る。

 まだ雲が広がっているだけで、風が湿っている訳でもない。


「ラフィーネ、雨が降るまでどのくらい時間に余裕があると思う?」


 ラフィーネも空を見上げながらリーゼロッテに応える。


「そうね……

 一時間や二時間は大丈夫だと思うけど、昼頃には降りだしている可能性が高いんじゃないかしら。

 この季節の雨だから、まだそれほど長い時間は降らないはずよ」


 それなら間に合うだろう。


「私はこれから、王都からこの人数を支援できる魔導士や神官を連れてくるわ。

 今この瞬間は農作業より四千人の人間の命が最優先よ。

 一度移動を開始したからには、後戻りはしたくないわ。

 彼らの決意が鈍らないうちに確実にこの命を王都に送り届けたい。

 水や食料の用意は無理でも、神の奇跡とやらが使えれば脱落者をかなり減らせるはず。

 同時に王都で四千人の受け入れ準備を今すぐさせれば、彼らの負担は最小限に抑えられるわ」


 ヴィルケ王子が頷いた。


「わかりました。

 その間、フィリニス市民の安全は我々が守ります。

 ですが人数が多すぎる。

 なるだけ早く戻ってきてください。

 我々だけでは充分な対応はしきれないでしょう」


「低級眷属たちには王子たちの指示にも従う指示を加えておいたわ。

 勝手に迎撃はするけど、巧く使ってやって!」


 リーゼロッテは叫びつつラフィーネの手を取って走り出し、集団から離れてミネルヴァの背に乗り、王都に向かって飛び立った。


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