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18.説得

 反魔族同盟の拠点に降り立ったドミニクは、夕暮れの中にすぐに飛び立っていく白銀の流星を見送った後、静かに家屋の中に入っていった。


 ヴィクターという凄腕の戦士の話はガートナーから何度も聞いていた。

 『二十年前、最も優れた戦士を一人上げるとしたら、それはヴィクターだ』と、ガートナーが自信をもってドミニクに告げるほど、彼は強かったそうだ。

 一方で、ヴィクターの戦い方はとても特徴的だったという。

 用心深く、自らの姿を隠し、敵の情報を盗聴し、相手の意表をついて知らぬ間に襲い掛かる。卑怯とも言われる戦法を好んで使ったと言っていた。

 そんな姿から、周囲からの評判自体は大して高くない戦士だったという。勇者という称号とは正反対の性質を持っている男だろう。

 だがそんな男でもなければ、魔王に手傷を負わせるほど魔王城深くまで攻め込むことも不可能な厳しい戦況だっただろうことも容易に想像が付いた。



 今回、そんな男が敵側にいる。

 リーゼロッテの真の味方ではなく、魔王の犬として立ちはだかるという。

 彼女は魔王を『とても用心深い魔族の個体だ』と再三言っていた。

 おそらく魔王とヴィクターはある意味、同類なのだ。

 用心深く立ち回り、己の不利の目を潰し、相手が詰むべくして詰みの手を打つ。


 そんな男ならば、この反魔族同盟の拠点内に忍び込み、盗聴魔法をしかけているのは当然と考えるべきだろう。


 この家屋の中で真実を発言することは許されない。

 そんな状態でなんとかガートナーを王都から怪しまれないように連れ出し、話を伝え説得し、リーゼロッテと対話させる必要がある。


 月の神の指示で、彼女がガートナーの助力を望んでいる。

 短い期間だが、ドミニクは彼女から多くの恩を受け続けてきた。

 彼女の在り方には最初戸惑ったが、その魂が清廉なものであることは疑いようがなかった。


 彼女は王都市民の為に尽くし続け、自らに捧げられた生贄の子供たちを慈しみ続けた。その姿を見続けてきたのだ。

 現在玉座に満足気に座っているであろう、この国の国王とは比べ物にならないほど遥かに国民のために働き続ける、敵の親玉の娘。実に皮肉が利いている話だ。


 ドミニクを始め、多くの仲間たちはリーゼロッテの在り方を容認し、仲間として受け入れた。

 ドミニクは本心からリーゼロッテの力になりたいと願い、今もこうして動いていた。


 ガートナーを筆頭に何人かの仲間は『それでも魔族である事に変わりはない』と拘り、彼女を敵対視している。

 少数派の彼らは反魔族同盟の中でも浮いてしまい、集団から距離を置きつつも共同生活を続けている。

 今も食堂の中を見渡すと、壁際でひっそりとガートナーが一人、食事をしていた。


 ドミニクは紙片に符号で短い伝言を書き記し、そっとガートナーの背後の席に座り、机を符丁で叩く。

 二度ほどそれを繰り返したところ、ガートナーが符丁で机を叩いた。

 ガートナーが目立たないように下げた手のひらに、そっと紙片を握らせた後、符丁で言葉を残してドミニクは席を立った。

 そのまま別の机でその日の晩飯を終え、ドミニクは部屋に帰っていった。




 深夜になり、ドミニクの部屋の扉が符丁で叩かれ、そっと開ける――神妙な顔のガートナーだ。

 中に入り扉を閉めたガートナーがその場で祈りを捧げ、部屋の中に知識の神の気配が充満していった。


 ガートナーがドミニクに対して頷いた後、部屋の中にあった紙に言葉を記していく。


『何があった? 奴が敵とはどういう意味だ?』


 紙片には、符丁で『ヴィクター 敵』とだけ記して渡してあった。

 元々、長い言葉を伝えられる手段ではない。

 ドミニクは言葉を選んだ結果、これが最も安全に事を進められると判断した。


 ヴィクターが魔王軍執政官の副官としてこの街に居る事は、言われるまでもなくガートナーも理解している。

 そんなガートナーに、重ねてそれを符丁で伝える意味を、ガートナーも予想しているようだった。

 現在室内はガートナーが結界を張り、ヴィクターが隠遁で潜んでいない事も確認済みだろう。


 だからこそ筆談を開始できたのだろうが、それでもガートナーが油断する様子がない。

 ガートナーの緊張感を肌で感じたドミニクも、慎重に言葉を選び紙に書き記す。


『リズと話をしてやって欲しい。彼女は可能性を持っている』


 ガートナーが難しい顔をした。

 彼は魔族を二十年憎み続け、心囚われた男。

 簡単には頷けないのだろう。


 続けてドミニクが言葉を選び、紙に書き記していく。


『神と話をした』


 ドミニクが続けて手で、自分ではなくリーゼロッテの事だと符丁で訴えた。

 ガートナーが筆談でも神経を使うなら、音を嫌っているはずだ。

 だが、手信号ならば音もでない。


 続いてドミニクが符丁で『月』と手で示した。

 以前、ガートナーから『神は時折、人間の前に姿を現す』という伝承を聞いていた。

 これで意味が伝わるはずだ。


 それでようやく、ガートナーが得心した様な顔をした。

 ガートナーは頷き、手の符丁で『連絡手段』と伝えた。

 ドミニクもまた頷き、左手の人差し指に嵌る白銀の指輪を見せた。

 ガートナーは考え、手の符丁で『今夜』と伝えたが、ドミニクは首を横に振った。

 続けてガートナーはお互いを指さす。

 ドミニクは頷き、ガートナーが新たな祈りを捧げ、彼らの姿がゆっくりと室内から空気に溶けるように姿を消した。


 隠遁魔法は、別にヴィクターの専売特許という訳ではない。

 ヴィクターほど流麗ではないが、ガートナーも使える。


 無人に見える部屋の中で、静かに筆談に使われた紙が宙に浮き、火が付いて燃え尽きた。

 無人の筈の部屋の扉が開き、再び閉まった。


 残されたのは、真に無人となった静かな部屋だけだった。





****


 王都郊外、小高い丘の上でわずかにくぼみになっている場所がある。

 その場に突然神の気配が満ちて遮音の結界が張られ、その場に腰を落としたドミニクとガートナーの姿が現れた。


 ガートナーが真剣な顔つきで、腰を落としたままドミニクに詰め寄る。


「ここなら声を出しても安全だ。

 腰を落としていれば、遠くから見える事もない――

 詳しく話せ」


「昨日、リズは早朝から隣町に向かってヴィルケ王子と出立したそうだ。

 民衆移送をする為にな。

 その話は聞いているだろう?」


 ガートナーが頷く。


「その時、ヴィクターはどうしたんだ?」


「前夜、リズが感情を徹底的に絞り尽くして寝ていたらしい。

 『二年半ぶりに愛を捧げさせたから浸って居たい誘惑に抗えなかったんだろう』とリズは言っていたよ。

 常人なら一年で泣いて懇願するほど愛を求めるんだと。

 まったく怖い話だ」


 ガートナーの顔に嫌悪が浮かぶ。


「忌まわしい呪いだ。

 俺の力が足りないばっかりに、ラフィーネもガートナーもをその呪いから救ってやることができん」


「その話だがな。

 『呪い』ではないんだとさ。

 あれは『月の神の寵愛による副次効果だ』と月の神に説明されたらしい。

 神の祝福だから、神でも解呪はできないものだそうだ」


 ガートナーが呆然とした。


「神の祝福……?

 魔族の呪いではなく、神聖なものだと言うのか?」


 ドミニクが頷いた。


「ああ、そういう事らしい。

 リズ自体は単に心に愛を持った正の感情を食べる魔族で、そこに月の神の寵愛が加わってあんな厄介な在り方になっちまったと告げられたそうだ。

 その姿を見ると愛さずにはいられない、とんでもない祝福だ。

 解除するには、リズを上回る神の寵愛が必要らしいが、今の時代にそんな奴は居ないとさ」


「とんでもない神だな……月の神は変わり者だとは聞いているが、その寵愛も癖が強すぎる。

 だが何故そんな寵愛を魔王の娘が与えられたんだ?」


「『創世の神に無理に頼み込まれたから、仕方なく魂に寵愛を与えた結果、それが魔王の子供に宿った』結果だそうだ。

 月の神は三日三晩、それを笑い倒したらしい。

 性根もとんでもない神だ」


 リーゼロッテの作り話か、とガートナーは一瞬疑ったが、創世の神の存在を魔族が知る訳が無かった。

 口伝でのみ知られる最高神、創世の神の事を知る魔族は居ないはずだ。


 ドミニクが言葉を続ける。


「リズの魂が何故魔族に宿ったのかも問い質したが、『それは創世の神が決める事だから自分は知らん』と返されたそうだ」


 人間の魂は死後、創世の神の元へ招かれ、次の人生を決められて地上に戻されるという。

 当然、そんな在り方も口伝なので、形として残されてはいない。

 これで、この話が作り話ではないことが確定した。


「つまり、リズの在り方はそれ自体が創世の神の意志によるもので、リズ自体も神の意志の被害者だったというのか?」


「そういう事になるんだろうな。

 創世の神が月の神に頼んで寵愛を与えた魂を魔族に宿したんだ。

 悪いとしたら全部、創世の神だ――

 どうだ? ガートナーさん。

 少しはリズと話をしてくれる気になったか?」


 まだ渋い顔のガートナーがドミニクに尋ねる。


「だが、リズが可能性とはどういう意味だ?」


「リズは月の神から『魔王を倒す運命を持って生まれた存在だ』と伝えられたそうだ。

 彼女が失敗すれば、人間が滅びるとも言われたんだとさ。

 リズは今、父殺しをして人間を救うか、父親への愛を取るかで悩み苦しんでいる。

 相談に乗ってやって欲しいんだ。

 頼むよガートナーさん」




 ガートナーが俯いて深く考え込んだ。


 自分が彼女の立場だったなら、どんな思いで今夜を過ごしているだろうか。

 同族殺しを続ける人生を歩み、その末に父親を殺して他種族である人間を救う事を運命づけられた存在と知らされ、それでも愛する肉親を殺すか否かで悩めるだろうか。

 ……難しいような気がした。


 だが彼女は悩み苦しんでいるという。

 それだけ、彼女が愛に溢れた心を持っている証拠だ。

 彼女の在り方はこの一か月でそれなりに知っているつもりだが、彼女は不思議と人間を惹きつけた。

 フードを目深に被っていても、周りに人間が集まるようだった。


 月の神の祝福は、その姿を見るだけで虜になると言うものらしい。

 だが自分が彼女と過ごしたわずかな時間では、フードを被った状態なら特に超常的な何かを感じることはなかった。

 単に好ましい性格をしていると好感を覚えるくらいだった。


 それでもなお人を惹きつけるのだとしたら、それは祝福の影響ではなく、リーゼロッテ本人の魅力に惚れ込んだという事だろう。

 事実、反魔族同盟の殆どの人間が彼女に好意的だ。

 今夜の夕食に並んだ食肉だって、彼女の厚意で協力を得てドミニクたちが調達してきた食材だ。

 今現在、潤沢に食肉を口にしているのは、反魔族同盟のメンバーと彼女の元に居る人間たちだけだ。

 今の王都で、王族よりも贅沢な食事をしているという自覚くらいはある。


 その姿は決して好かれようと媚びた結果ではないということを、ガートナーは知っている。

 彼女がそうして媚びた姿など、ガートナーは一度たりとも目にしたことがなかった。


 リーゼロッテは純朴で、媚びるという事を知らない少女だった。

 自然体で人を慈しみ、誠実を尊び、不実を嫌う。

 それが、ガートナーの知る彼女だ。

 そんな彼女の姿が、この一か月の間に周囲の人間の心を打っていったのだろう。


 自分のように、彼女の種族に拘り嫌悪を持つ人間はとても少なかった。

 彼女の置かれた境遇を知らされた今、彼女自身ではどうしようもない『生まれた種族』を理由に嫌悪している自分が矮小で恥ずかしい存在に思えてきて、自嘲で苦笑した。




 ガートナーの笑みを見たドミニクが、ガートナーに語る。


「月の神が言うには、ヴィクターは魔王の忠実な犬で、魔王打倒最大の障害だそうだ。

 信頼できるのは俺とあんた、二人だと名指しで告げられたらしい。

 神の御指名だぜ?

 ――あの男の本当の怖さは、あんたしかわからないだろう。

 リズの力に真になってやれるのは、俺じゃなくあんただ。

 俺は、そんなあんたをリズの味方に引き入れる為に必要な駒としての御指名だろう」


「神が祭壇前以外で姿を現し、そこまで対話をしたというのか……伝承でしか知らん話だが、それほど人間が苦境に追いやられているという事か」


「信じられんほど美しい女だったとリズが言っていた。

 俺もそんな神の姿を、一度拝んでみたいもんだがね――

 なんにせよ、リズが魔王打倒に失敗すれば人間が滅ぶと言われてるんだ。

 あんたが手伝わずにリズが失敗したなら、あんたが原因で人間が滅亡するって事だ。

 それでも協力できないと言うのならその意思を尊重するが、その事は忘れないで居てくれ」


「フン! そんな二十年前の奴らみたいな不名誉、こちらから断る! 奴らさえ協調性を持っていれば、こんな苦境にはならなかったというのに――思い返すたびにはらわたが煮えくり返る!」


「……じゃあ、リズに協力してくれるんだな?」


「お前も協力するんだドミニク。

 お前だって立派にリズの力になってやれる。

 仲介役で終れるなんて思うなよ?

 きっちりこき使ってやる」


 ドミニクが不敵に笑う。


「望むところだ。

 リズの力になってやれるなら、この命を捨てても構わないさ――尤も、リズはそんな事、決して望まないだろうがな。

 だからあんたも、命は粗末にするなよ?」


 ガートナーが頷いた。


「ああ、もちろんだとも。

 魔族に命の心配をされるというのも、変な気分だがな――それより、ヴィクターには細心の注意を払え。

 奴から見えないからと油断はするな。

 奴は筆談の音だけでもある程度会話を推測できる。

 王都の中に安全な場所はないと思え。

 あの中では一切警戒を緩めるな。

 これはリズにも叩き込んでおけ」


「ああ、それは月の神からも言われたそうだ。

 なんとか連絡手段は確保したが、魔導術式すら迂闊に使わん方がいいと相談した結果決めてある。

 ヴィクターは魔力検知の魔法は使えるのか?」


「いや、あいつは正攻法の魔法は不得意だ。

 そういう魔法はもっぱら俺の役割だった。

 あいつが自力で魔力検知をする時は魔導術式を使っていたから、魔法の心配はしなくていいはずだ」


「それは一安心だ。

 奴から十メートル以上離れていることが目視で確認できる間は、俺がリズと会話できる。

 今はどうだと思う?」


「今はリズの周囲にヴィクターが居る可能性が高い。

 目視で見えている時だけ話しかけろ。

 それはリズにも伝えておけ――

 まぁあいつはその辺、頭が回る奴だ。

 言わなくても分かっているとは思うがな」


 ドミニクが肩をすくめた。


「なんせ二十年間魔族を殺してきた歴戦の戦士だ。

 俺たちよりよっぽど場数を踏んでるはずだからな……


 本当に、不憫な少女だよ、あいつは。

 そんな血に塗れた人生が一番似合わない心を持っているってのにな。

 極めつけが、愛する父親殺しの運命を背負わされて生まれてきた、ときたもんだ。

 この地上に生まれ落ちた瞬間から、不幸を神に約束された存在だ――ああ、その生まれ落ちた瞬間の事で、あんたの意見を聞きたいことがある。

 魔王の正体に関わる事だ」


 ガートナーが眉をひそめた。


「どういう意味だ? 詳しく言ってみろ」


「魔王は用心深くリズにも正体を隠し続けている魔族らしい。

 リズが生まれ落ちた直後の記憶が、『魔王の瘴気の塊と、宰相と、跪いたヴィクターが居た光景』なんだと。

 魔族は生まれて数分の間は記憶に残ってないそうだ――


 どうだ? 魔王の正体について、あんたはどう見る?」


 ガートナーが腕を組んだ。


「リズを産み落として数分後の光景がそれ――本能のみでヴィクターは感情を食われた後という事だろうな。

 その場は魔王とヴィクターが戦いを終えた直後だと俺は思う。

 そんな場所に宰相が居たのか?

 随分と場違いだな……その宰相の詳しい情報がもう少し欲しい所だが、魔王の瘴気の中身が空っぽで、本体は宰相、という可能性が一番高いように思える」


「あんたもそう思うか?

 検証が必要な事だが、正体の候補が居るだけでもだいぶ気が楽になるな」


「そういう思い込みは真実を見破る邪魔になる事もある。

 今はまだ、可能性として考えておけ。

 とにかくこれ以上は、リズの協力を待ってから判断しよう」


「そうだな。

 リズは今、北の街フィリニスから民衆を移送する仕事の途中だ。

 神と話した事もあって、一旦戻ってきたらしい。

 なにより子供たちの様子も確認したいと言ってな。

 明日の朝にはフィリニスに行っちまうそうだ。

 返ってくるのはそれから四日後くらいだという話だった」


 ガートナーが考え込んだ後、ドミニクに告げる。


「リズに連絡はどうしても取れないか?

 おそらくその四日間は、完全にヴィクターを振り切って話ができる安全な時間だ。

 無駄に使いたくない」


 ドミニクが目を見開いて驚いていた。


「まさか、あんたが付いていくって言うのか?!

 いくらなんでも、あんたが四日間も不在じゃ怪しまれる!」


「確かに、何か策を打って抜け出てくる必要がある。

 だが一日だけでも確実に安全と思える場所でじっくり話をしておきたい。

 その事を、リズに伝える方法があればいいんだが……」


 ドミニクが腕を組んで考えた。


「一応、連絡の意志だけなら気づかれないように伝える事は可能だ。

 試しにやってみるか」


 ドミニクが指輪に連絡したいという念を込める。

 すぐにドミニクの脳内にリズの言葉が響いてきた。



『どうしたの? 何かあった?』


(ガートナーさんと話が付いた。

 協力してくれるそうだ。

 リズが民衆移送中はおそらくガートナーが周囲に居ない安全な時間だから、一日でもいいから話がしたいと言っている)


『……わかったわ。

 明日の夜、そちらに迎えに行ってあげる。

 反魔族同盟の拠点で良いかしら?』


(それでいいとは思うが、こちらも下ごしらえの時間が必要だ。

 奴に怪しまれないように抜け出てこないといけないからな)


『でしょうね。

 別に空振りならそれですぐ帰るだけよ。

 初日と二日目ぐらいに試せるだけやってみましょう。

 その間に下ごしらえが間に合わないようなら、今回は諦めて次の機会を待った方が良いわ』


(そう伝えておく――ヴィクターは今どうしてる?)


『あなたたちが今夜動くんじゃないかと思って、”不在の間の分も愛を補充させて”と告げて搾り取っておいたわ。

 今は目の前で気持ちよく寝てるわよ』


(さすが、機転が利くな。助かる。

 それなら今夜は奴が起きてこないんじゃないか?)


『いえ、そこは安心しない方が良いわ。

 ヴィクターは愛を捧げ慣れている。

 回復が早いのよ。

 五分や十分なら大丈夫でしょうけど、一時間も目を離すのは危険よ』


(それなら今夜は無理をしない方が良いな。

 じゃあこの会話もそろそろ打ち切っておこう。

 明日、俺が拠点前で待っている。

 その時にガートナーさんが居たら、一緒に連れてってやってくれ)


『それでいきましょう。

 帰りも念のために送ってあげるから、そこも安心していいわ。

 話を付けてくれてありがとう、じゃあね』



 ドミニクがガートナーを見た。


「連絡が取れた。

 明日の夜、準備が整っていたら拠点前で落ち合う。

 明後日の夜くらいまでは試してくれるそうだ。

 機会は二回。それで駄目なら、別の機会を待つべきだ、とさ」


 ガートナーが頷いた。


「そうだな、それくらいが無難だろう。

 あまり王都に近い所で会話するのも怖いからな。

 あとは俺が丸一日居なくなっても怪しまれないように状況を作る事ができればいい」


「ガートナーさんが不在になっても怪しまれない状況なんて、あるのか?」


「ヴィクターの奴、毎日のように俺に無茶言いやがる。

 明日の朝、また無茶を言われたら『一日、二日休ませろ!』と癇癪を起す。

 そのまま俺は拠点に結界を張って立てこもる。

 奴も様子を見に来るだろうが、深夜であればその場には居まい。

 おそらくリズもそういった時間を狙って迎えに来る」


 ドミニクが腕を組む。


「……だが、ミネルヴァは目立つ。

 あの白銀の流星をなんとか隠せればな」


「隠遁の術式ぐらいはリズも使えるはずだ。

 神気までは隠せないはずだが、ミネルヴァを目視されなければ充分だろう。

 言わんでもリズならそれぐらいはやるさ」


「……そうだな。

 今も機転を利かせてヴィクターを眠らせた直後だと言っていた。

 隠遁を使わずにミネルヴァで飛んでくるなんて真似はしないだろう」


「今日のところはこれでいいな?

 じゃあ拠点に戻るぞ」



 ガートナーとドミニクの姿がゆっくりと空気に溶けるように消えて行き、その場から遮音の結界が消えた。

 空に浮かぶ月は、その様子をただ静かに見守っていた。


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