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17.森の中の密談

 朝日の中、白銀の流星が静かに王都にある自宅の庭に降り立った。

 それと共にリーゼロッテに向かって子供たちが駆け寄った。


 こんな早朝に高速で飛来する白銀の流星を目ざとく見つけて駆け寄るのは尋常な事ではない。


 リーゼロッテは戸惑いながら泣きそうな顔の子供たちを迎えた。


「どうして何も言わずに出掛けちゃうんだよ!」

「心配するじゃない!

 せめてどこに出掛けるかぐらい教えてよ!」

「リズの事だから大丈夫だとは思ってるけど、心配するこっちの事も考えてよ!」


 一斉に子供たちが涙と共に思いの丈をリーゼロッテにぶつけていった。

 そんな子供たちの勢いにたじろぎながら、リーゼロッテは声を上げる。


「ちょ、ちょっとみんな止まって!

 悪かったわ!

 悪かったから落ち着いて頂戴!」


 子供たちがようやく落ち着きを取り戻した頃、たじろいだままリーゼロッテは尋ねる。


「みんな、よくミネルヴァが降りてくるのに気付いたわね……どうやって気付いたの?」


「そんなの、一日中ずっと空を見張って居たに決まってるじゃない」


 女の子が当たり前のように、平然と言い放った。

 まだ朝日が顔を出して間もない。

 だというのに、もう空を見張っていたという。

 自宅の外も含めれば、二百人の子供たち、そのほとんどが集まってきているようだった。


「……そうね、みんなの捧げる愛を一日、受け取ってあげられなかったんだものね。

 それが待ち遠し――」

「そんなことじゃないの!

 みんなリズの事を心配していたのよ!」


 リーゼロッテの言葉を遮り、目の前の女の子が涙目で叫んでいた。


 その心境が理解できず、リーゼロッテはたじろいだ。

 さっきから子供たちから感じる熱気――

 それに自分が圧倒されているのだと気付いた。


 リーゼロッテはただなんとなく、目の前の女の子の頭を抱きしめた。


「ごめんなさい。

 悪かったと思っているから、今朝は用事を中断して戻ってきたの。

 みんなに何も言えずに朝早くから出立してしまったから」


 一人一人の頭を「ごめんね」と言いつつ抱きしめて回りながら、リーゼロッテは言葉を続ける。


「隣町の人間を、この街に連れてくるお仕事をしていたのよ。

 明日の朝、また出かけて数日帰ってこれないから、みんなはその間、何も起こらないよう気を付けて。

 その間は私は途中で戻ってきてあげられないの。

 私が戻ってくるまで、食材を節約して食べ過ぎないように注意してね」


 その場にいた子供たちの頭を抱きしめ終わった頃、リーゼロッテの目の前には泣きそうな顔のラフィーネが立っていた。


「……ラフィーネ、あなたもなの?」


「当たり前じゃない。

 私とリズは運命共同体よ。

 その私に一言もないなんて、ありえなくない?!」


 リーゼロッテは黙ってラフィーネを抱きしめ、その頭を撫でた。


「ほんとうに朝早くて、とても気持ちよさそうに寝てるみたいだったから……

 ごめんなさいね」


「そんなに朝早く出立だなんて、一人で行動してる訳ではないんでしょう?

 誰かが迎えに来たの?」


「ええそうよ。

 ヴィルケ王子が『仕事をできるのが待ちきれないから早朝から来た』と言っていたわ――

 まったく、それなら農作業をすればいいのにね」


「――そう、ヴィルケ王子が原因なのね。名前は覚えたわ」


 ぞくりとする声でラフィーネが呟いた。

 周囲の子供たちも、鋭い目つきで見えないヴィルケ王子を睨み付けているかのようだった。

 リーゼロッテが必死に声を上げる。


「あの……みんな、よく聞いて?!

 彼だって言い分はあるみたいだったから、彼が原因と決めつけないで?!

 隣町の人間の保護と人手の確保、両方同時に行える優先度の高いお仕事なの。

 そうでなければ、私だって朝早くからみんなに黙って出かけたりはしなかったわ。

 こんなに早くそれが叶うのは、私としてもお願いしたいくらいだったのよ?!」


 男の子の一人が泣きそうな顔でリーゼロッテに訴える。


「リズばかりいつも働いてるじゃないか!

 そんなんじゃリズが身体を壊しちゃうよ!」


「私はみんなから愛を捧げられるだけで回復できるわ。

 魔族だから、魔力さえあれば身体を壊すことはないの。

 だから心配する必要はないのよ?」


「じゃあ今すぐ愛を捧げさせてよ?!」


「それは駄目よ。

 昨日は食材を取ってこれなかった。

 今日は昨日の分も食材を取ってこないといけないし、蜂蜜もたくさん補充してこないといけないわ。

 愛を捧げるのは、夜まで我慢して頂戴」


「なんで蜂蜜を補充するのさ?

 一昨日、あんなにたくさん採ってきたばかりじゃないか」


「……これは、絶対に他の人には言わないで?

 ヴィルケ王子には病弱な妹が居るんですって。

 疲れた兵士たちに蜂蜜を分けたら、それを妹の為に分けて欲しいと頼まれたの。

 滋養のある物を食べさせたいからって。

 そんな事を言われたら、断れないじゃない?

 だから彼の妹の為に、なるだけたくさん採ってこないといけないのよ。

 この仕事に同行する人たちにも、蜂蜜の秘密を守ってもらうためにお土産に持たせると約束してしまったし……

 だから今日は、森から帰ってくるのも遅くなると思うわ」


「なんで秘密にしなきゃいけないの?」


「蜂蜜って、今は物凄い貴重品らしいわ。

 国王ですら口にできないらしいの。

 そんな物、あの国王に知られたら絶対に取り上げられる。

 だから国王に知られる訳にはいかないのよ。

 ヴィルケ王子の妹が食べる蜂蜜が無くなってしまうもの」


「……わかった。そういう事なら納得する――けど! リズも無理しちゃだめだよ!

 昨日一日、魔力を補充できてないんでしょう?!」


「毎日あなたたちから愛を捧げられていたから、一週間愛を捧げられなくても私は元気一杯よ?

 心配はいらないわ」


 リーゼロッテは男の子に優しく微笑んだ。


 その男の子――だけではなかった。

 周囲の子供たち全員が、何かを決意したかのような眼差しをリーゼロッテに向けていた。


「わかった、今夜、きっちり一週間分の愛を捧げてみせるから、リズも気を付けてね」


 男の子の言葉に「わかったわ。だからみんなも、きちんと朝食を食べてらっしゃい」と応え、みんなを家に帰した。


 ラフィーネに抱き着いたままだったリーゼロッテは、ようやく彼女からも身体を離してため息をつく。


「はぁ。驚いたわ。

 たった一日居なくなるだけでこんなになってしまうだなんて、明日から数日が心配ね。

 みんな無茶をしないといいんだけど――」


「それはこっちのセリフよ!

 リズがその数日の間、どれほど無茶をするか心配する身にもなって欲しいわ!」


 リーゼロッテはラフィーネの剣幕に再びたじろぎながら、必死に両手で制した。


「お、落ち着いて?

 大丈夫、民衆を野盗から守りながら移動するだけだもの。

 四日ぐらいで戻ってこれるはずだし、低級眷属を周囲においておけば野盗が襲ってこないのは実証済みよ。

 無茶をする必要なんてないわ」


 リーゼロッテはラフィーネからも、子供たちからも感じた事のない熱気のようなものを感じ取っていた。

 それが何かわからず、ずっとモヤモヤとしていた。


 ラフィーネはリーゼロッテの言葉に一応は納得したらしく、頷いた。


「わかったわ。

 それなら大した負担にはならなそうね――

 でも、魔族から解放した街全てにも低級眷属を常設したままなのでしょう?

 毎日の魔力消費も馬鹿にならないんじゃないの?

 本当に四日間、補給しないで大丈夫なの?

 なんなら私が付いていくわよ?!」


「大丈夫よ、常設している低級眷属なんて五千程度――」

「明日は私も同行するから、絶対に置いていかないでね」


 リーゼロッテの言葉を遮ったラフィーネは、力強くリーゼロッテに言い切った後、家の中に戻っていった。


 ――もしかして、魔王の娘の魔力をラフィーネにも侮られてるのかな?


 今のリーゼロッテの魔力総量なら、一週間無補給で低級眷属を一万程度は余裕で常設できる。

 つくづく、威厳のない自分が嫌になると自己嫌悪に陥っていた。

 

 ――無駄な心配ばかりさせてしまう。


 もう一度ため息をついたあと、リーゼロッテは家の中からあるだけの瓶を探し出してから再びミネルヴァの背に乗って反魔族同盟の拠点へ飛び立った。





****


 扉を叩くと、都合よくドミニクが顔を出した。

 彼はリーゼロッテと、その背で宙に浮かんでいる大量の瓶を見比べて唖然としている。


「丁度よかったわ。

 ドミニクさん、蜂蜜の種類には詳しいかしら?

 なるだけ滋養の高い蜂蜜とか、わかる?

 それとあるだけの瓶を分けてもらえないかしら」


「あ、ああ……

 多少なら判断が付くとは思うが、なんでまた?

 採ってきたばかりだろう?

 瓶の数、とんでもない数じゃないか?

 さらに追加するのか?」


「ちょっと瓶を五十個ぐらい埋めるほど蜂蜜を取ろうと思うの。

 その中のいくつかは、なるだけ滋養の高いものを詰めたいの。

 事情は向こうで話すわ」


「そ、そうか……

 よくわからんが、待ってろ。

 空き瓶なら大量にあるからな――


 おい、みんな空き瓶を集めてくれ!

 リズが欲しがってる!」


 中に引っ込んだドミニクの叫び声が聞こえる。

 家屋の中から慌ただしい音が聞こえ、まるで部屋をひっくり返して探しているような音と共に、次々と空き瓶が庭に並べられていった。

 リーゼロッテは並べられた端から宙に浮かせて場所を空けていく。


 ドミニクが再び顔を出した。


「ここにある同じくらいの大きさの瓶はそれくらいだ。

 多分、大きさは揃えた方が良いんだろう?」


「ええ、ありがとう――


 ミネルヴァ、少し大きくなって頂戴。

 瓶が思ったよりかさばるわ」


 二回りほど大きくなったミネルヴァの背にドミニクと乗り込み、飛び立ってもらった。


 ――ん? 何かが振り落とされた気配? なんで?


 アンミッシュの森に降り立った後、瓶を確認する。

 魔力で掴んでいる瓶は一つたりとも欠損すらない。

 リーゼロッテは小首を傾げながらミネルヴァに尋ねる。


「ねぇミネルヴァ、何かが振り落とされてなかった?

 どういうこと?」


 ドミニクが考えながらリーゼロッテに告げる。


「ミネルヴァの背は、こいつが認めている者だけが乗る事を許される竜の魔法なんだろう?

 それならきっと、認められてないものが隠遁で――


 おい、そりゃどういう事だ?

 何が潜んでた?!」


 ドミニクが、自分で発した言葉に驚いたようにリーゼロッテに詰め寄った。

 リーゼロッテも必死に頭を回転させていく。



 ミネルヴァに認められていない者が隠遁で背に潜んでいた。

 ……早朝、あれ程の騒ぎだというのにヴィクターは姿を見せなかった。

 あの時間から仕事に出ている事は普段なら有り得ない。

 そんな急ぎの仕事があるなどという報告は、一昨日までに聞いていない。

 そして今のミネルヴァが背に乗る事を認めない相手というならば、ほぼ間違いなく振り落とされたのはヴィクターだ。

 今の私はヴィクターを警戒している。それをミネルヴァは察しているはずだ。



 ミネルヴァは、潜んでいたヴィクターに反魔族同盟の拠点までは潜伏を許していた。

 だけどアンミッシュの森への同行までは認めなかったという事だろう。


「多分、ヴィクターがミネルヴァの背中に隠遁魔法で潜んでいたのよ。

 でも不思議ね。

 隠遁魔法で隠れているヴィクターの気配を私が感じ取れるだなんて……」


 隠遁魔法は反則技の魔法だ。自分が声を発しない限り、絶対に周囲にその存在を気付かれることがない。

 殴ろうが斬りつけようが、その存在を認識できない魔法だ。


 ドミニクが戸惑いながらも、口角を挙げて笑った。


「よくわからんが、隠遁魔法にも死角がある」


 ドミニクは「これはガートナーさんからの受け売りだがな」と断りを入れた上で説明をした。


 格上の存在の瘴気や神気を利用して隠遁を検知する方法がある。

 ヴィクターの持つ神気より、ミネルヴァの持つ神気の方が格が高いのだろうと推測していた。

 ミネルヴァがそれで潜伏していたヴィクターを検知したのだろうと。


 ミネルヴァはリーゼロッテによって神気と瘴気を纏った強い結びつきを持つ竜だ。

 いわばミネルヴァはリーゼロッテの眷属同然の存在と言える。


「そんなミネルヴァの感じた異変を、おまえも感じたんじゃないか?」


「……ねぇミネルヴァ、今までここにヴィクターを背中に乗せて飛んできたことはある?」


 既にフクロウに変化していたミネルヴァは、静かに首を横に振っていた。


 ならばヴィクターがこの場所を知る機会はなかったはずだ。

 彼がアンミッシュの森に自力で到達したとしても、リーゼロッテたちの狩場の位置は分からない。

 だけど用心はしておいた方が良いだろう。


「ドミニクさん、森の奥に行きましょう。そこで話すわ」





****


「なるほど、月の神にヴィクターが敵だと告げられたのか」


 奥に入ってから、リーゼロッテは昨晩の会話の概要をドミニクに伝えていた。


「彼女から『ガートナーさんとドミニクさんは信頼できる者だ』と断言されたわ。

 だから今はあなただけに全てを打ち明けてる。

 なんとかしてヴィクターに気付かれないようにガートナーさんと話をできないかしら?

 ガートナーさんから私が嫌われているのは嫌というほど知っているけれど、何か方法はない?」


 ドミニクが不敵に笑った。


「これでも公爵級魔族と戦ってきた組織の一員だ。

 隠遁や盗聴してくる相手に隠れて連絡する手段ならいくらでもある。

 その心配は要らんし、俺が何とか説得してやる――


 今日はその瓶全部に蜂蜜を詰めるんだろう?

 それだけの数だ、今から始めても夕方までかかるかもしれん。

 まずはそっちを先に済ませちまおう」


 リーゼロッテは頷いて蜂蜜採集を開始した。


 蜂蜜の原料は花の蜜で、なるだけ滋養が高い花の蜜と言うものを教えてもらい、それをいくつかの瓶に詰めていった。


「ほんとに、とんでもない数の蜂にたかられるんだな……」


 リーゼロッテが張った防御結界の中でドミニクが呟いた。

 蜂の羽音で途切れ途切れにしか聞こえない。


「私が次々と巣を割っていくから、そのせいもあるんじゃない?」


 リーゼロッテは前回より要領よく巣を見つけては蜂蜜を採取していく。

 昼までには持ってきた瓶全てに蜂蜜が満たされ、リーゼロッテたちは鹿や猪の狩りに移行し、狩りをしながら話を再開した。



「リズ、お前は自分が魔王を倒せると思えるか?

 力の問題じゃなく、心の問題としてだ」


「同じ事はヴィルケ王子にも聞かれたけど、正直に言ってまだ決心はつかないわね。

 お父様にとって私はただの道具かもしれないけれど、私にとっては愛する父親だもの。

 私に父親殺しができるかは、まだわからないわ」


「そうか……同族殺しの末の父親殺し。

 愛や平和で潤う世界とは程遠いな」


「そうね……

 でも、月の神は『既に私に奇跡を与えた』と告げたわ――

 それがなんなのか、あの晩は聞くことが出来なかったけれど。

 私の心が愛を感じることが出来るとしたら、それは私の望む潤いよ。

 生きる希望が湧いてくると言うものだわ」


「じゃあ今度は力の問題だ。

 決心がついたとして、お前は魔王を滅ぼせるか?」


「ヴィクターから本心を隠して、このままラスタベルト王国の再建を進めていけばもっと多くの子供たちから愛を捧げてもらえるはず。

 そこに月の神の魔法が加わるなら、滅ぼす力は足りると思うわ――


 問題は、用心深いお父様の命を狙う事ができるかね。

 私は生まれて落ちてから今まで、お父様にその姿を見せてもらった事すらないのよ?

 娘すら信用しないお父様の真の姿を知っている魔族すら、居るのか分からないわ」


 神魔大戦以前から、魔王軍の中でも誰一人として姿を見た者が居ない――それがリーゼロッテの父親、魔王という個体だ。


「……魔族じゃなく、人間なら居るんじゃないか?

 ヴィクターは魔王に手傷を負わせ、その報復で呪いを受けてるんだろう?

 必ず顔を見ているはずだ。

 どうやってそこまで追い込んだのかを知れればな」


 魔法の矢で猪の頭部を貫きつつ、リーゼロッテは応える。


「どうやって、か……

 私の最古の記憶は、私に向かって跪くヴィクターの姿と、その傍らに佇むお父様と宰相の姿よ。

 その時のお父様は、いつも通り闇より深い瘴気の塊だった。

 だから、ヴィクターが付けたという手傷がどんなものかも知らないの」


 何かを考えるかのようにドミニクが足を止めた。

 リーゼロッテは猪を手際よく捌き、肉を宙に浮かせながらドミニクを見る。


「どうしたの?」


「――いや、なんかおかしくないか?

 最古の記憶で、既にヴィクターが跪いていたのか?」


「ああ、その事?

 ――魔族は、生まれ落ちてから数分の間は記憶がないの。

 その間は自我がなくて本能だけで行動しているみたい。

 その間に何かがあったんじゃないかしら」


「……分かった、その事はガートナーさんにも伝えて相談に乗ってもらった方が良いだろう。

 俺が伝えておくが、構わないな?」


「ええ、構わないわよ?」


「ヴィクターに気付かれないように、王都の中でお前と連絡する手段が欲しいな。

 話をするなら、こうして王都から離れた場所が候補になるが、どこを選ぶかは慎重にしておいた方が良い。

 どこに盗聴がしかけられているか、わからんからな――

 少なくとも、ここは安全な場所の一つだ」


 王都の中でこういった会話はできない。

 そんな現状で求められる連絡手段をリーゼロッテは考えた。


 ――会話はできなくても、会話をしたいという意思が伝わればいいのかな?


「ドミニクさん、ちょっと手を出して?」


「――? こうか?」


 リーゼロッテは前髪の銀髪を一本引き抜いて、それをドミニクの人差し指に巻き付けた。

 リーゼロッテの髪の毛がみるみると細い白銀の指輪に代わっていった。


「私と会話をしたくなったら、その指輪に念じて頂戴。

 そうすると私の方に『あれ、前髪がなんかむず痒いぞ?』って感じで伝わるわ」


「なんだか微妙な伝わり方だな……」


「仕方ないわ、髪の毛一本分の魔力で出来ることは、たかが知れているもの。

 逆に私から会話したい時にも同じように伝えるわ。

 その時にはその指輪が熱を持って感じるはずよ」


「……やっぱり微妙な伝わり方だな。

 だがこれでタイミングを合わせることが可能になった。

 会話をしたくなったらなんとか都合を付けて、王都から離れて会話をする事にしよう」


「魔力の流れを勘付かれてもいいなら、念話の術式を使ってもいいわね。

 相手が魔力検知の術式や魔法を使っていなければ気づかれないし、気づかれても構わない状況でなら会話ができる。

 その場合は指輪に向かって念じるだけで言葉が伝わるわ」


 リーゼロッテはドミニクの指輪に念話の術式を重ねて施していった。


「これで念話の術式を常設できたわ。

 試しにやってみて?」


『……こんな感じか?』


「そう! 初めての割に勘がいいわね。

 それで伝わってるわ」


(私からの声も、届いてるかしら?)


「……ああ、ちゃんと聞こえた。

 これで済ませられるなら、これでいいだろう。

 だが王都の中では慎重に使った方が良い手段だな」


「そうね、私たちが内緒話をしている事を気付かれるのは巧くないわ。

 ヴィクターが魔力検知していないタイミングか、彼が確実に遠くにいる時にしか使えないわね」


「遠くにいる時か……

 どのくらいなら安全だと思える?」


「魔法は理屈が通用しないけれど、術式であれば十メートルも離れればまず検知するのは不可能よ。

 ヴィクターが魔力を検知する魔法を使えるか、ガートナーさんに聞いてみて頂戴」


 ドミニクさんが頷いた。


「わかった――

 そろそろ、戻ろう。

 お前の所の子供たちが心配している頃だろう?」


「あら、もうそんな時間?

 じゃあ森を抜けるとしましょうか」


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