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0.閑話~何気ない、ある日の出来事~

『33.フィリニスの森』と『34.愚者』(全77話)の間の空白期間のとある一日、みたいな閑話を作ってみました。

 その時点のキャラ紹介及び、「そのうちこういうお話になります」という展望の紹介です。


 再構築前の話数と内容なので齟齬は出るかもしれませんが、気づいたら直します。









 白銀に輝く流星が夜明けを控える夜空に駆け、小さな村の上空で止まった。

 流星だと思われていた物から光が消えて行き、その正体が飛竜であることが遠目にも分かる。


 その背には一人の年若い少女の姿――リーゼロッテだ。

 乳白色の旅装を着込み、フードを目深に被った彼女の素顔は隠されてよく見えない。


 だがフードからわずかに覗く部分だけでも、彼女が類まれな美貌を持って居る予感を感じさせるには十分だった

 リーゼロッテが手をかざして村の状況を調査する――


「ここも百人に満たないか。

 でも、一人でも生き残っている人間が居るなら仕方ないか!」


 リーゼロッテの手が両手を広げた瞬間、白銀の弓矢がその手につがえられていた。

 そこから瞬く間に空から無数の矢が放たれて行き、白銀の雨が村に降り注いでいく。


 全ての矢が村に潜む目標を一撃で滅ぼしていき、瞬きの間に屋外に居た魔族が殲滅された。


「さってと、ミネルヴァ。

 残る魔族は一人、これがこの村の管理者かな?

 そこに向かって頂戴」


 飛竜は静かに、村長の居る家屋に降り立っていった。





****


 リーゼロッテが村長の家の扉を素早く開けると同時に、両手に白銀の弓矢を形成して中に矢を放った。

 中に居た魔族は何が起きたのかを理解する前に、弱点を射抜かれ、塵となって消えた。


 リーゼロッテはつかつかと魔族が座っていた安楽椅子に近付いて行く。

 村長が祖父の代から長年愛用していた椅子を、この二十年は魔族が占拠して座っていた、そんな椅子だ。


 リーゼロッテは懐から一枚の紙を取りだし、安楽椅子の上に置いた。


 そこには『ここは魔族から解放されたので、救援がくるまで自治で耐えるように――ヘルムートの大陸南西部執政官より』とだけ書いてある。

 かなり不親切な内容なのだが、リーゼロッテがその事に気付いた様子はない。


 リーゼロッテは満足げな微笑みで身を翻し、寝ている村長たちを起こさないよう、静かに外に出た。





 外に出たリーゼロッテは、十体の白銀の低級眷属を作り出した。

 この村を守る衛兵代わりに村の周囲に彼らを配置し、防衛を指示しておいた。


「ミネルヴァ」


 彼女の声に応じてフクロウが飛竜へ姿を変え、彼女を背に乗せた飛竜が空高く駆け上がった。


 遠く水平線の彼方のから、太陽が顔を見せ始めていた――時間切れだ。


「ふぅ。今日の集落解放は七つね。

 少し手間取ってしまったかしら?

 ――帰りましょうか」


 飛竜は白銀の流星となって、王都にある彼女の自宅を目指して空を駆けていった。





****


 白銀の飛竜が、朝日を浴びながら静かに自宅の前に降り立った。

 リーゼロッテは飛竜の背から身軽に駆け降り、静かに自宅の扉を開けながら手をかざす。


「よし、みんな寝てるな?」


 とても小さな声で呟いた後、扉を静かに閉めてフードを下ろした。


「――ふぅ。鬱陶しかった。

 みんなが寝ているこの時間帯じゃないとフードを下ろせないのが問題よね……」


 リーゼロッテは頭を軽く振って、夜の帳のような黒髪を揺すった。

 黒髪がフードから零れ落ちて行く――先端部分、わずかに夕空のような赤みを持つ、まさに夜の帳を思わせる髪の毛だ。

 前髪には月光が降り注いだかのような銀髪の房が混じっている。



 彼女は疲れたような足取りでリビングに向かい、気怠そうに腰を下ろした。

 魔族である彼女に肉体的な疲労はない。

 だが精神的な疲労は、人間と同じように感じる。

 そんな生命体だ。


 少しの間、気が抜けたように呆けていた彼女の傍――その空間に、紫紺の髪の青年が突如出現した。

 その手には、入れたての紅茶が湯気を立てている。

 彼女がお気に入りの、蜂蜜入りの紅茶だ。


「殿下、お疲れさまでした」


 その声には、リーゼロッテを労わる思いに満ちていた。

 リーゼロッテが青年に目を向けると、微笑んで紅茶を受け取った。


「ありがとうヴィクター、貴方がこんな時間に起きているなんて、珍しいわね?」


 普段ならヴィクターは、仕事の合間のわずかな休息として寝ている時間だった。

 先ほどまで寝ていたのだが、リーゼロッテの声で目が覚め、姿を隠して紅茶を用意していたのだ。

 彼はこうして姿を隠すのを得意とし、好んで使っていた。


「私とて、たまには早起きぐらい致しますよ」


 色々と納得しきれないリーゼロッテは、小首を傾げながらも頷いていた。


「じゃあ今日は、貴方も朝食を一緒に食べる?」


「いえ、それには及びません。折角ですので、付近の警邏をしてまいります」


 言うが早いか、青年の姿が瞬く間に空間に溶けるように掻き消えていった。


 リーゼロッテが小さくため息をつく。


「まったく……仕事人間なんだから。そんなんじゃ、いつか身体を壊すわよ?」


 青年は姿を隠したまま、彼女の言葉を満足気な笑みで受け取り、そっと扉から外へ出ていった。

 リーゼロッテは青年が言葉を受け取ったとは思っていない。

 ただ自然とそういった言葉が口に出る、そんな性格をしていた。





****


「おはようリズ!」


 臙脂えんじ色の長衣を着込み、長く赤い髪の毛を下ろした少女――ラフィーネがリビングに現れ、リーゼロッテに声をかける。

 その長い髪の毛を揺らしながら、愛おしさを溢れさせてソファに座るリーゼロッテに抱き着いた。


「おはようラフィーネ――ああもう、朝から愛を溢れさせるのは止めなさいと言っているでしょう?」


 ラフィーネが照れ臭そうに笑った。


「えへへ……だって、リズの素顔を見ていられるのは、私の部屋で愛を捧げる時か、この時間くらいなんですもの!」


 リーゼロッテは苦笑を浮かべながら、ラフィーネの頭を撫でていた。


「でももうじき、イェルク王女やウルズラが起きて――ああ、ほら。ウルズラが目を覚ました」


 ウルズラが身支度を整える気配を感じたリーゼロッテが、いそいそとフードを目深に被り直した。

 その姿に、ラフィーネが不満げに唇を尖らせた。


 ウルズラがイェルク王女の部屋の扉を叩き、中に入る。

 しばらくすると身支度を終えたイェルク王女もリビングに姿を現した。

 父譲りの金髪碧眼、王族の品格が所作に現れている、長い髪の少女だ。


「おはようリズ。昨晩も魔族討伐?」


 リーゼロッテが微笑んでイェルク王女に応える。


「そうよ。少しでも早くこの国の人たちを魔族から救って、この王国を立ち直らせないとね」


 イェルク王女が苦笑を浮かべた。


「リズばっかり働いてるわね」


 リーゼロッテがきょとんとして応える。


「そんなことないわよ?

 ヴィクターだって、ガートナーさんだって、街のみんなも精一杯できることをしてるじゃない」


 イェルク王女が首を横に振った。


「あなたばかりに魔族を滅ぼさせて――同族殺しを押し付けている。

 本来、あってはならない事よ」


 リーゼロッテは自信に満ちた微笑みを湛えた。


「私はこの道二十年のベテランよ?

 今更、この手が更に同族の血に染まろうと、何も変わりはしないわ……何もね」


 リーゼロッテが俯いて、自分の両の手のひらを見下ろした。


 彼女がこの仕草をする時、諦観と哀愁の入り混じった表情をする。

 彼女はその真っ白な手に、ある幻視を見ている――それがどういうものか、彼女を愛する者なら容易に想像が付いた。


 その心中を察したイェルク王女の顔が哀しみで染まり、ラフィーネは堪らずリーゼロッテに抱き着いた。


「リズ……どうか無理をしないで」


 顔を上げたリーゼロッテが、苦し気な微笑みを浮かべた。


「無理? 無理なんてしてないわ。私の心は何も感じていないもの。

 大丈夫、問題ないわ――ほら、子供たちのお迎えよ」


 玄関の扉が元気に叩かれ、勢いよく開かれた。


「おはようリズ! 今日はうちで食べる番よ!」


 陰鬱になりかけた空気を吹き飛ばすかのような、小さな少女の元気な声がリビングまで響いてきた。


 玄関まで温かい微笑みで出迎えたリーゼロッテの腕を、小さな少女が引っ張って外に連れ出していく。

 その後を、やはり温かい微笑みでイェルク王女とラフィーネは付いて行った。





****


 十人に及ぶ子供たちとその家族、彼らの幸福な笑顔に囲まれる朝の食事が終わり、リーゼロッテたちは自宅に向かっていた。

 その家の前に、ヴィルケ王子と護衛の近衛騎士二名が佇んでた。


 リーゼロッテが彼らに気付き、彼らもリーゼロッテに気付いた。

 ヴィルケ王子の目の前まで近づいたリーゼロッテが、真顔で尋ねる。


「あなた……まだ諦めてないの?」


「当たり前じゃないですか。

 私はあなたの心を必ず落としてみせますとも!」


 自信に満ち溢れたヴィルケ王子の笑顔に圧倒されるように、リーゼロッテが後ずさった。


「ああもう!

 ヴィルケ王子まで朝から愛を溢れさせるのは止めて頂戴!

 他に用がないなら、私は狩りの時間で忙しいのよ!

 もう行くわね!」


 リーゼロッテは慌てて飛竜の背に乗り、反魔族同盟の狩人たちの元へ向かっていった。


 その姿を見送るヴィルケ王子に、イェルク王女が声をかける。


「どうですかお兄様。進展されました?」


 ヴィルケ王子は自信に満ちた微笑みを崩さず頷いた。


「手応えはある。

 必ず俺が彼女の心を落としてみせるさ!」





 遠く神殿前で農作業の指揮をしていたヴィクターの耳に、ヴィルケ王子の言葉が届いていた。

 ヴィクターは不敵な笑みを浮かべ、小さく呟いた。


「ふん。貴様ごときが殿下を落とす?

 身の程を知らんガキだ」


 ヴィクターの呟きで、傍に居たガートナーが目を吊り上げて振り向いた。


「なんだ?!

 なんかまた無茶を言う気か?!」


 ヴィクターはガートナーのその姿を鼻で笑い、目を伏せた。


「なんでもない、気にするな。

 ただの独り言だ」


「お前、二十年前より独り言増えたんじゃねーか?」


「だから、気にするな」


 ガートナーは小首を傾げながら、神官たちや魔導士たちに向き直る。


「――よし! じゃあ今日もいくぞ!」


 気勢を上げた神官たちや魔導士たちを率いて、今日もガートナーは農地に向かった。





****


 アンミッシュの森の中を、リーゼロッテは一人で歩いていた。

 いつもの狩りの時間だ。


 彼女は百二十メートル先の猪の群れに向かって真っすぐ歩いていた。

 猪の頭部を射貫くにはまだ遠い。


 ふと、彼女が足を止め、朝のように両手を見下ろした。

 彼女の見る幻視が、彼女の罪を責め立てる。


 昨晩だけで手にかけた同族は千人を下らない。

 その苦しみで、彼女は心を痛めることなく涙を流す――彼女が一人の時、時折見せる姿だった。


 しばらく泣いた後、彼女は浄化術式で顔を綺麗にして、再び足を動かした。


 王都の食料事情はまだ苦しい。

 成長期の子供たちに、配給された食材だけでは満腹にしてやれない。

 彼女が養う子供たち、彼らの幸福な笑顔を守る為にも、食肉を得て帰らねばならない。

 五十メートル先の獲物に向かって、彼女は静かな心で弓に矢をつがえ、引き絞った。







割り込みで0話を入れたので話の整合性はちょっと自信が……いや多分大丈夫なはずだけど。

→さらに全体再構築が入ったので更に整合性が取れてるかは分かりません。


まぁでも全体的に暗いテーマではあるので明るいお話が好みの人には向かない作品だとは思います。

最後は爽やかハッピーエンド(多分)なんですけどねぇ……


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