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後編

 


 折しも、カーセルトマー公爵家では爵位継承と結婚式という二重の祝い事をひと月後に控えて大幅に人員補充をしており、ネリアはすんなりと入り込めた。



 ひと月後、ダグラスとクリスタの結婚式が催され、同日ネリアは魔法を発動させる。



 









 カーセルトマー公爵家では毎夜、5分間だけ女―――クリスタの泣き叫ぶ声が上がる。



 屋敷の使用人たちがそれに反応する事はない。まるで何も聞こえないかのように、普段通りに働いている。



 そして今夜もまた、()()()()()()

 ネリアはクリスタにかけていた魅了魔法を解除する。5分間だけ、彼女は元のクリスタに戻るのだ。


 クリスタは―――それまでネリアとダグラスの仲睦まじい様子をにこにこ嬉しそうに眺めていた彼の妻は、カッと目を見開いて言った。



「ダグラス。ああ、また今日もその女を大事そうに抱きしめてるのね。私だけを愛してるって言ったくせに、魅了に負けるなんて、情けない男」



 吐き捨てるような言葉に、ダグラスが答える事はない。それも当然、魅了が解かれたのはクリスタだけだ。


 膝の上に乗せたネリアを抱きしめ愛おしげに見つめるダグラスに、クリスタは苛立たし気に舌打ちをした。



「なんで私じゃなくてそんな女を大事そうに抱きしめてるのよ、しっかりしなさい、ダグラス!」



 夫の名を呼んでも、ダグラスはクリスタに見向きもしない。



 遂にクリスタは両手で顔を覆い、しくしくと泣きだした。



「どうして・・・どうして、いつも私を正気に戻すのよ? こんな光景を見させられるくらいなら、一生魅了にかかったままの方がよほどマシだわ!」


「あら、どうしてか分かりませんか?」



 ダグラスの腕の中、ネリアは静かに尋ねた。



本当に(・・・)まだ分からないのですか? 毎晩毎晩、伝言玉で陛下や殿下のお言葉を聞いているのに?」



 ネリアは指をぱちんと鳴らした。



「クリスタさまも()()()()()()()、毎回毎回飽きもせず懲りもせず、同じ事を喚かれますね。本当に似たもの夫婦です。今日は王太子殿下のお言葉にしますから、よ~く聞いてくださいね。そして今日こそ理解してください。あなたたちが犯した罪を」


「いやよ、毎晩毎晩もううんざり!」


「聞いても理解しないから、繰り返し聞いてもらうんです。陛下や殿下が怒りのままに吹き込んだ伝言玉の数はそれなりにあって、それももう三巡目。なのにまだこれですからね」



 ネリアの手のひらの上に小さくて透明な丸い玉―――伝言玉が現れた。


 その玉に魔力を流すと、室内に声が響き始める。


 ここにいない人の―――王太子カーデンツァーの声が。



『やあ、今日も元気に喚いているかな? 君たちが自分の犯した罪を反省するのはいつになるんだろうね。まあ、反省しても許さないけどね。だってそうだろ? 君たちは私の可愛い弟を裏切ったんだ。アルは絶望して自ら命を絶った。そりゃそうさ、長年の婚約者と親友に嵌められたんだから。

 ふふっ、上手い事やりおおせたと思った? 邪魔な第二王子を上手く始末できたと思った? 残念だったねぇ、素直で騙しやすいアルの兄が私みたいな腹黒で。

 私は君たちを決して許さないよ。アルがあんな目に遭わされたのに、君たちだけが罪も暴かれずに幸せになれるなんて、この私が許す筈がないだろう? 陛下も同意見だってさ』



 王太子の言葉に、クリスタは頭を激しく横に振った。



「私は、私は悪くないっ、私たちの恋を引き裂いたアルマンドが悪いのよっ!」



 同じく断罪の言葉を聞いている筈のダグラスは、ネリアを抱きしめ、微かな笑みを浮かべていた。


 きっと何も耳に入ってはいないのだろう、その眼差しは、主君を裏切ってまで手に入れたクリスタではなく、ネリアへと向けられている。



『最初はね、気のいいあの子が、躾のなってない男爵家の庶子に上手いこと丸め込まれたと私も呆れた。まさか魅了とは思わなかったんだよ。

 だってそうだろ? アルは守護の指輪をはめていた。物理的、精神的攻撃を全て弾いてくれる、王家直系の者たちだけが着ける魔道具を、あの子は肌身離さず着けていた筈だったのだから。それをまさか、君たちが偽物とすり替えてたなんてね。あんなに本物そっくりなの、よく作れたよねぇ。あ、それは前公爵が手配したんだっけ』



 ―――そう。


 本当なら、アルマンドは男爵令嬢の魅了魔法になどかからない筈だった。


 守護の指輪がアルマンドを守る筈だった―――男爵令嬢が中途編入して間もない頃、クリスタが指輪を外すように誘導し、ダグラスが予め用意していた精巧な偽物とすり替えさえしなければ。



『君の手作りのお菓子だっけ? 甘いソースで指がベタベタになったんだよね? 拭き取るから少しの間だけ指輪を外してくださいってお願いしたんだっけ? 君を大好きなアルが断れる筈ないよねぇ。そうやって魅了にかかったアルマンドを、君たちは忠義者面で苦言を呈してた訳だ』



「ごめんなさい、ごめんなさい、婚約をなくしたかっただけなの、ダグラスと結婚出来ればそれでよかったの、アルマンドを死なせるつもりはなかったのよ・・・っ!」



 クリスタが泣いて謝っても、伝言玉から流れる声は止まない。止む筈がない。

 だってその言葉は、クリスタと応答している訳ではない。


 カーデンツァーが吹き込んだ言葉を全て伝え終えるまで作動し続ける魔道具なのだから。



「ごめんなさいって謝ってるじゃない! どうして許してくれないの!」



 伝言玉から流れ続ける糾弾に、クリスタが遂にわあわあと大声で泣きだした。




 ―――もうそろそろね。



 5分が経過した頃、伝言玉の音声が途切れたのを確認し、ネリアは指をパチンと鳴らした。





 夜はクリスタの番(・・・・・・)



 そして朝は―――










「うわああぁぁぁっ! なんでっ、なんでまた僕はお前を抱いてるんだよっ!」




 朝はダグラスの番だ。



 寝床の上、裸のまま目覚めたダグラスは、自分の隣に横たわる薄い夜着姿のネリアを見て絶叫した。


 だが、夜と同様、使用人が騒ぐ事はない。


 喚き声はネリアの魔法によって遮られ、使用人たちの耳には届かない。

 忘却魔法もかけているから、万一何か聞いたり見たりしても、どうせすぐに頭から消えてしまう。




「いい加減にしろっ! こんな卑怯な魔法を僕にかけて毎晩毎晩・・・無理やり僕にお前を抱かせてそんなに嬉しいかっ!?」


「嫌ですわ。そんな怖い顔して。『魅了なんて間抜けがかかるもの』と仰ったのはダグラスさまとクリスタさまではありませんか。ふふ、ダグラスさまは、その間抜けなのですね」



 ―――それに、嬉しいなんて思ってませんからね。


 だいたい抱かれてもいないわよ。幻覚魔法でそう見せてるだけだもの。



 いつもと変わらない罵詈雑言を吐くダグラスに、ネリアは心の中でそう言い返した。



 だがこの2人にはそう(・・)思わせないといけない。バラせないのが口惜しい。




 ―――相変わらず学習しない男。




 この後ダグラスが言う事もいつも同じ。


 半年間、毎朝毎朝、馬鹿の一つ覚えのように似たような発言の繰り返しだ。





 お前など愛していない。


 今のこの気持ちが本物で、魅了にかかっている間にした事は全て偽りだ。


 真実の愛を引き裂いた王家が悪い。


 自分たちは間違ってない。





 ネリアは、クリスタとダグラスは本当に似たもの夫婦だと思う。


 毎朝毎晩、証拠と共に罪を数え上げられても、決して認める事はない。


 国王や王太子に罪を咎められても、反省もしない。


 自分たちが正しくて、自分たちは可哀そうで、自分たちは王家の犠牲者で、自分たちは・・・



 そう、結局2人は気づかなかった。



 クリスタとアルマンドの婚約は王命ではなかった。


 確かにアルマンドがクリスタに一目惚れをしたのが婚約話が出た理由だが、他に候補がいなかった訳ではない。


 真実の愛を引き裂かれたと言うけれど、それをしたのは打診を受けた公爵家だ。


 そもそも貴族ならば政略結婚の意味を知っている筈。


 たとえ不満のある婚約だったとしても、王族を罠に嵌めるなど言語道断だ。



 平民のネリアでさえ分かる理屈だ。ネリアにも好きな人がいた(・・)が、愛を理由に何をしてもいいとは思わない。





 ―――ああ、でももういいわ。



 ネリアは心の中でそう呟くと、いつものように預かった伝言玉を再生して、いつものようにダグラスが泣き喚くのを聞いて、いつものように魅了魔法をかけ直した。




 ―――結局、この人たちは変わらなかった。


 でも、それでいい。


 後は、国王陛下や王太子殿下がやってくださるから―――






 もうじき、ネリアの魔力は尽きる。


 男爵家から押収した禁書を使って、男爵令嬢と同じ方法で魅了魔法が使えるようになったネリアは。


 けれど男爵令嬢よりずっと大きな魔術印を胸に刻んだネリアは。


 強力な魅了を行使するには自身の豊富な魔力だけでは足らず、生命力を魔力に補填した。


 復讐を遂げる為なら死んでもいいと思ったから。




 だってネリアは知ってしまった。



 あの日、アルマンドとクリスタとダグラスの3人だけで対面した時の会話を。



 アルマンドの自殺の原因を調べようと王宮の筆頭魔術師が再現し、保存したあの日の会話を、ネリアは覗き見てしまった。




『言い訳など見苦しいよ、アルマンド。結局、君は魅了を打ち破るほどにクリスタを愛してはいなかったって事だ。クリスタを幸せにできるのは僕しかいない。僕は魅了魔法だろうが何だろうが、そんなものに惑わされたりしない』


『私は王家のごり押しを断れなくて、嫌々あなたの婚約者にさせられたの。本当はずっとダグラスが好きだった。あなたを愛したことなど一度もないわ。このままあなたと結婚していたら、私はきっと絶望して命を絶っていたでしょう』


『君の我が儘が僕たちを苦しめたんだ。君は魅了にかかり、公に醜態を晒した。いい加減クリスタを解放してやってくれ。ああ、あいつらがもう少し上手くやってくれたら、再婚約など言い出される前に僕とクリスタの婚約を進められたのに、あの役立たず共め』




 アルマンドが魅了魔法にかけられたのは、野心家の男爵が独断で引き起こした暴走ではなかった。

 全て仕組まれた事だった。





 ―――でも復讐なんて、きっとアルマンドさまは望まれないのでしょうね。あの方は本当に優しい人だから。



 そう分かっていても、ネリアは止まれなかった。



 だって、ネリアはアルマンドを―――


 










 ―――あ、ちょっと、苦しい、かも。




 ネリアは、魔力が―――命の期限が近付くのを感じた。



 力を振り絞って、王宮へと転移する。



 最後の報告と、約束してくれた後始末を王太子に頼む為に。








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