表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

前編



 その公爵家では、朝と夜に5分間だけ泣き叫ぶ声が上がる。


 朝は男、夜は女の声で。









 カーセルトマー公爵家は半年前、現当主の結婚を機に代替わりした。


 前当主夫妻は、今後はゆっくり過ごすと言って、長閑で風光明媚な領地に引っ込んでいる。


 新婚の若い当主夫妻が、王都の屋敷を愛の巣として使えるようにという前当主夫妻の気配りだった。


 というのも、新当主ダグラスの妻クリスタは、彼の長年の想い人だったのだ。


 ―――そして彼の元主君の婚約者でもあった。



 ダグラスは、かつて第二王子アルマンドの側近だったのだ。


 だった(・・・)というのは、アルマンドは昨年に亡くなっているから。


 表向きは、それが理由でアルマンドとクリスタの婚約はなくなり、喪が明けるのを待ってダグラスが次の婚約者になり、結婚に至ったとされている。



 だが実際は、アルマンドが亡くなるより前にクリスタの婚約解消は決まっていた。



 アルマンドとクリスタ、そしてダグラスがまだ学園に通っていた第三学年、その卒業間近の頃には既に解消の話が出ていたのだ。



 アルマンドは、学園の第二学年で中途編入した、ある男爵家の令嬢と親しい仲になった。



 庶子の生まれである男爵令嬢はマナーがきちんと身についておらず、人前でも―――婚約者のクリスタがいる前でも―――アルマンドの手を握ろうとしたり、腕に絡みついてきたりした。



 出会った当初は、男爵令嬢の馴れ馴れしい態度に不快感を示していたアルマンドだが、段々と彼女に好意的な態度を見せるようになっていった。


 第二学年の終わり頃には、アルマンドの隣にはいつも男爵令嬢がいるように。


 第三学年に入ると、学園内のあちこちで、人目もはばからず口づけや抱擁などの愛情表現をするように。


 卒業間近の頃には、諌めるダグラスや苦言を呈するクリスタを叱責し、公に罵倒し、遠ざけた。



 2人の婚約関係は破綻し改善の望みなしと、クリスタの父タスタマン公爵は国王に婚約解消を願い出た。


 国王は渋々ながらそれを認め、手続きを進める為の書類などを用意し始めた矢先に、事件は発覚した。



 男爵令嬢は、禁忌の魅了魔法を第二王子アルマンドに使用していたのだ。



 発覚のきっかけは、アルマンドが男爵令嬢を王宮内に連れて来たことだった。



 アルマンドと男爵令嬢との関係を認めなかった国王夫妻は、それまで何度息子から懇願されても、頑なに男爵令嬢との対面を拒んでいた。

 彼女が王宮に足を踏み入れる事すら許さず、婚約者クリスタとの関係を改善するよう厳しく注意していた。



 だが、業を煮やしたアルマンドが、父王の命令を無視して男爵令嬢を王宮へと連れ込んだのだ。


 それを偶然に見かけた筆頭王宮魔術師は、男爵令嬢に対し言葉では表せない妙な感覚を覚えた。


 目で追える魔法の痕跡や残滓は彼女の周囲になく、本当に筆頭王宮魔術師の勘でしかなかった。

 だが、確かに男爵令嬢から何かを感じたのだ。ほんの微かだが禍々しい何かを。


 その報告を聞いた国王と王太子は、男爵令嬢が王宮に一晩滞在することを許可した。


 浮かれる男爵令嬢は、豪華な客間へと案内された。

 世話係として付いたのは、メイドに扮した女性魔術師だった。



 筆頭王宮魔術師の勘は正しかった。


 メイドに扮した女性魔術師は、湯浴みを手伝っている時に気づいたのだ。


 男爵令嬢の左胸の上に刻まれた、小さな小さな魔術印がある事に。


 親指と人差し指で作った円よりも小さくて赤黒いその印を、男爵令嬢は痣だと言った。



 そう言いながら、男爵令嬢はメイドに扮した女性魔術師の腕に触れようと手を伸ばした。


 その時、女性魔術師は魔力の波動を感じた。男爵令嬢が何かを彼女に仕掛けたのだ。


 女性魔術師は咄嗟に魔法を発動し、その場で男爵令嬢を拘束した。



 王宮では、国王から許可を得た者以外は魔術の使用を禁じられている。


 投獄するのに十分な理由だった。



 結果、魅了魔法の使用が判明した。


 魅了の魔術印を体に刻む事で、男爵令嬢は詠唱なしで微弱であるが魅了魔法を使えるようになっていたのだ。


 彼女自身は魔力が弱く、発動条件は身体的接触のみに限られた。



 男爵令嬢が女性魔術師にしたように、軽く手で触れるだけなら、「気のせい」で終わる程度の軽い認識の齟齬、いわゆる勘違いを意図的に起こす事ができる。


 密接な身体的接触をすれば、相手に恋心を植えつける事ができた。

 接触を濃厚にすればするほど、恋心もまたより強くなる。


 肩に触れ、手をつなぎ、腕を組み、抱擁し、口づけを交わし。



 そうやって少しずつ魅了魔法を注がれ続けたアルマンドのガードはどんどん緩くなり、最終的には男爵令嬢しか見えなくなった。




 男爵令嬢を牢獄に留め置いたまま、男爵家への強制捜査が実行された。



 結果、一般には所持が許されていない禁書や禁止魔道具、違法薬剤などが多く発見され、男爵一家の処刑が決定する。



 アルマンドが正気を取り戻したのは、男爵令嬢を含めた一家の処刑が終わった頃だった。




 正気に帰ったアルマンドは、真っ先に婚約者クリスタに謝罪する場をもうけた。

 アルマンドはクリスタを愛していた。真摯に謝り、可能なら再び婚約者に戻ってもらおうと思ったのだ。



 だがクリスタは、アルマンドの言動に深く傷ついたと言って2人きりで会う事を拒否、立会人としてダグラスの同席を求めた。アルマンドはそれを受け、3人での対面となった。



 アルマンドは謝罪の言葉を繰り返し、クリスタに許しを乞うた。

 だが、クリスタは再婚約を断った。


 クリスタには既に次の縁談が来ていたからだ。


 幼い頃から密かに慕っていた、アルマンドの元側近ダグラスとの婚約が。




 対面から1週間後。



 絶望に打ちひしがれたアルマンドは自室で亡くなった。



 自殺だった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ