第七話 決意
あれから数十日が経過した。俺の講義とカトレアの稽古は順調に毎日続けられ、アレスとラミアも少しずつ慣れてきた。
その日もいつも通り講義を行なっていたが、休憩している時にカトレアが寄ってくる。
「神様、アレスとラミアを一度ダンジョンに連れていきませんか?」
「西の洞窟か?」
「そうですね。あそこが一番初心者に優しいでしょうから」
この世界には幾つものダンジョンが存在し、それらを攻略することがギルドの目標である。ダンジョンには無数のモンスターがいるが倒せば素材が手に入る他、評議会が主催するクエストボードというシステムがあり、依頼をこなすことで報酬をゲット出来るものもある。
そして西の洞窟は城塞都市から出てすぐのところにある洞窟である。出現するモンスターが弱くイレギュラーな事態が発生することも少ない為、多数のギルドが産声を上げている今はトレンドのような存在となっている。幾つかの階層に分かれており、早いところでは10階層に到達したとの噂は聞いていた。
「スラム街で生きてきたアレスとラミアなら怖気付くことは無いだろうが…」
「ですので万が一に備えて神様にも来て貰いたいです。私だけでは不安が残りますので」
「そりゃ良いけど…早くないか?」
「彼ら自身の意志で冒険者になると決めたなら、避けて通れる道ではありません。実践あるのみです」
前から気になっていたのだが、カトレアはどうも脳筋というか実践至上主義なところがある。別に悪いことではないが。
「じゃあ分かった。4人で明日西の洞窟へ行くか」
アレスとラミアにも伝え、身支度を始める。アレスはワクワクした様子だったが、ラミアは緊張している様子である。
その日の夜。俺はアレスと共に風呂に入っていた。ギルドの施設には何故か大浴場があり、しかもご丁寧に男女別々に用意されていて、さながら旅館の気分である。
「神様、泳いで良いですか」
「良いぞ。邪魔する奴もいないしな」
そう言うと、アレスは足をバタバタさせながら泳ぎ始めた。
「カトレアお姉ちゃんの髪綺麗…」
「ラミアは髪のことなんて気にしてなかったでしょうからね。今日は私が手入れしてあげますよ」
「わーい、お姉ちゃん大好きー!」
「ふふ、私にも無邪気な姿を見せてくれるんですね」
壁を挟んで反対側からはカトレアとラミアの声が聞こえる。頭の中で一糸纏わぬ姿で触れ合う2人を想像してしまい、慌てて頭を振って掻き消す。普段から彼女達の姿を眺めている俺は、知識の神の権能で霰もない姿など容易に想像がつくのだが、そんなはしたない人間になりたくはない。
「ねぇ神様、一緒に泳ごうよ〜」
アレスが俺の元へ泳いできて話しかけてきた。
「…そうだな」
雑念を払う意味も込めてアレスの提案に乗ることにした。無邪気に喜ぶアレスを見て、何があろうと絶対に俺がこの子達を守ると決意を新たにした。
風呂からあがり、リビングのような空間で4人とものんびりしている。アレスとラミアは遊び用のブロックを弄っていた。
「すっかり綺麗になりましたよね、アレスもラミアも」
ソファーに腰掛けている俺に、隣に座るカトレアが話しかけてくる。
「そうだな、拾った直後は本当に汚かったからなぁ」
アレスとラミアは眷属になった日から着実に成長していると思っている。冒険者としての才能の片鱗もあり、カトレア含め将来が楽しみである。
「神様、そう言えば例の件ですが」
「…やっぱりダンジョンに行く時に仕掛けてくるか?」
「街中では無理だと判断したのでしょう。なので人目につきにくいダンジョンでするだろうと」
「…そうか、ならますます俺もついていくしかないな」
カトレア、アレス、ラミアは何があっても守って見せる。そう思うだけで活力が湧いてくる。
「…急ピッチにはなったけど、2人ともやれそうか?」
「並の冒険者相手なら即決着をつけられるぐらいには」
「そりゃ頼もしいな…」
….その時が着実に近づいてきている。