第五話 伸長
「ぐあっ」
その翌日。スラム街で拾った兄妹…アレスとラミアが眷属になるということで、施設内の道場で早速特訓を開始した。勿論講師はカトレアである。
「カトレア姉ちゃん、ちょっと休ませて…」
「わ、私も…」
アレスとラミアが言うと、カトレアは持っていた木刀を2人に向けた後、静かに言い放った。
「…今は許しますけど、本当の戦いでその体たらくでは命が幾つあっても足りませんよ」
「ま、まあまあ…少しずつ鍛えていけば良いさ」
何と言うか、カトレアのスパルタ教育にアレスもラミアも中々ついていけない。カトレアは少しでも早く実践出来るレベルまで伸ばしたいのだろうが、スラムの小さな世界で育った2人には余りにも残酷である。俺が頑張ってフォローする羽目になった。
「カトレア、何度も言うが少しは手加減してやれ」
「神様、一昨日行った筈ですよ。このままではいつ襲撃されたりするか分からないと。返り討ちに、とは言わずとも攻撃を避けて逃げ出すぐらいのレベルにはしておかないといけません」
「だがな…」
「レベルが伴わずに涙を飲む羽目になるのはあの子達自身です」
カトレアの言いたいことは分かる。だがそれでも…と思ったところでアレスがすっと立ち上がった。
「カトレア姉ちゃん、もう一回稽古してください」
覚悟を決めたような目だった。するとラミアも立ち上がり、
「私もお願い、カトレアお姉ちゃん」
そう言った。カトレアがほぅ、と言ったような顔をする。
「まだ3分は動けないと思ったけど…その心意気は悪くは無いよ」
アレスがへへっ、と笑った。ラミアはより一層真剣ムードになる。
「じゃあ、もう一回やりましょうか」
そして俺そっちのけで稽古が始まった。
「流石に休憩しましょうか」
カトレアがそう言うと、アレスとラミアはその場にバタッと倒れ込んだ。2人とも息遣いが荒い。
結局アレスとラミアはカトレアから休憩を発案されるまでずっと稽古を続けた。少しずつだが動きも良くなってきている。案外実践出来る日も近いかもしれない。
「…カトレア、少しだけ良いか」
いい機会なので、この間涼也と話していた時に思い浮かべたことを実践してみる。
「なんでしょう、神様」
「俺と少しだけさっきみたいな稽古をしてくれないか?」
「…神様はヘンタイで更にドMだったんですね」
「いいから、少しだけ」
カトレアはため息をつくと、俺と相対する。アレスとラミアもこの稽古をじっと見つめていた。少しの間静寂が流れる。
次の瞬間カトレアが動き俺の腹を的確につこうとする。
が、俺は既に大きく左に避けており、木刀は宙を舞った。
カトレアの動きが僅かに鈍る。
俺はその一瞬をつき右足で木刀を蹴り上げた。
木刀はカトレアの手元を離れてあらぬ方向へすっ飛んでいった。
「どういうことですか、神様」
カトレアに顔をグイグイ近づけられる。至近距離で見ると改めて美少女だな…と思った。
「カトレアは良くも悪くもセオリー通りの動きしかしないからな。剣の起動、眼差しの方向、筋肉の使い方、全てが安易に予測出来てしまう。だから避けるのなんて造作もない」
「意味が分かりません。仮に予測が可能だとしても、それを導き出す計算式を解く間に攻撃が来ます」
そこで俺はカトレアに思いっきり言ってやった。
「俺を何の神だと思っている。どの数値が出たらどの数値になるかぐらい、ある程度なら知識だけで想像がつく」
簡単に言えば、1が出たら2倍で2が答えだと分かっているなら、1.1が出たら2.2になることは容易に分かるということだ。…いや、これを言ってもカトレアには
「神様は言語化能力には乏しいみたいですね」
と言われたのだから、中々理解されないらしいが…。
と、その時。
「あの、神様」
アレスが口を開いた。