第二十話 疾走
涼也は走っていた。そして頭の中で胡桃に先程言われた言葉が反芻される。
『西の洞窟でイレギュラーが発生したらしいのよ』
思わず立ち上がり胡桃を見つめた。胡桃は続けた。
『西の洞窟に行ったっきり帰ってこないギルドが出始めたらしいのよ。そしてさっきとあるギルドの隊が西の洞窟から戻ってきたんだけど、本来下層にいる筈のモンスターが確認されたから命ガラガラ逃げてきたと証言したのよね』
涼也は歯軋りした。そして会議室を出ていく。
『どこに行くの?』
胡桃の問いかけに、涼也は明快に答えた。
『あいつのとこに行ってくる』
胡桃は黙って頷いた。そして今に至る。
「キミが急に訪れてくるとほ珍しいことダナー?」
涼也が向かった先は早苗のギルドの施設だった。訪れてまもなく眷属に急ぎのようだと伝え、早苗の元に辿り着いたのだった。
「緊急事態なんだ、お前の手を借りたい」
「ウチが情報屋で守銭奴ってことは忘れたのカナー?せめて対価を持ってきてクレヨー」
早苗がニコニコしながら返答する様を見て、涼也は一瞬怒鳴りかけたが、気持ちを落ち着けて言った。
「情報屋としての力を借りたいんじゃない。
都市最強ギルドとしての力を借りたいんだ」
途端に早苗の顔から笑みが消えた。その場の空気も一変する。早苗から放たれる針よりも鋭利な眼差しに、涼也は思わず肩がすくんだ。
「…詳しく聞かせてくれるカナ、涼也クン」
早苗から放たれる圧倒的な殺気と圧力に怯まず、涼也は経緯を説明し始めた。
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暗闇から数えきれないほどの血に飢えたグレートハウンドが俺達に襲いかかってきた。その猛攻を真っ先にいなしたのは、ちょうど先頭で先陣を切っていたユーリとアレスだった。
「ぐっ、なんちゅう数だよ!」
懸命に相手しながら、ユーリは毒づいた。ユーリは短剣で間合いを詰めることで相手の隙をつく戦い方の為、相手が多い状態ではやや部が悪い。それでも辛うじて相手の猛攻に耐えているのは、彼個人の才能で埋め合わせをしているからだろう。
「それ!まだまだっ!」
アレスも懸命に対処する。右手のレイピアは下手に攻撃せず左手のマンゴーシュによる防衛を最優先で行い、時にはレイピアすら防御壁にしながらいなし続けていた。下手に攻撃に転じないのは、アレスの本能が警告しているからかもしれない。
「血に飢えた獣物らしく、横槍には気づかないんですね」
「お兄ちゃん達を虐めるなー!!」
そして懸命に守るユーリとアレスの横から、カトレアのサーベルとラミアのハルバートが暴れ馬のごとく粉砕していく。こんな時でさえ冷静さを失わず淡々と自らの役割をこなすカトレアは、最早その様が気高い美しさを出していた。
一方、ラミアは屈託のなかった顔に怒りを滲ませ、噛みちぎらんという勢いでグレートハウンドを葬っていく。こちらはこちらで、唯一の家族を守るべく奮闘する様が異様なほど情熱的な愛を感じさせた。
「シールド展開!回復!」
戦闘能力で劣るサマルは後方からひたすら支援に回った。そしてサマルの警護は俺が担当する。時々撃ち漏らしたグレートハウンドがサマル目掛けて襲ってくるが、俺がいなして撃退していた。グレートハウンドのモーションぐらい覚えている。
改めて変え難い人材の宝庫なのだと感心している。こんな所業は並大抵の冒険者には出来ないだろう。才能、努力、信頼、あらゆる面において強靭な彼らを大切に思う心を再確認する。
「神様、あれを!」
なんて思っているとカトレアに呼ばれて、その方向を向いた。そこにはグレートハウンドの色違いのようなモンスターがいた。グレートハウンドの毛皮は橙で目は黒だが、そいつは毛皮が黒で目が赤色だった。
「ふ、ふざけんじゃねぇ…!」
ユーリが相変わらずグレートハウンドの対応をしながら毒づいた。
「デスハウンドのお出ましじゃねーか…」
西の洞窟10層で一度だけ目撃例のある、このダンジョンにおけるボスモンスターである。




