第一話 始動
その日はいつもと変わらぬ朝だった。
「…」
無言で教室に入ると、いつも通りスリッパが投げつけられる。避けるのがめんどくさい俺は甘んじて受け入れた。
「あ、すまんな楓斗ww」
洸平は詫びる様子など欠片も見せずに嘲笑う。洸平の周りにいる男どもも洸平に合わせて笑ったり小馬鹿にしたりしてくる。
狭い中学校の世界ではクラスの中心に嫌われるとこのようにいじめにあう。洸平の父親は名のある県議会議員なので、担任も怖がって見て見ぬふりをしている。俺はその矢面に立つ羽目になっていた。
「楓斗、気にするな」
自分の席に行くと、小声で囁かれる。
「分かってるよ、涼也」
…涼也に関しては俺を庇ったことで矛先が向いたと思っている。だから彼には申し訳ないが、孤立した中で話せる友達がいるというのは心強かった。涼也がいなければ今頃不登校になっていただろう。
そしてその時初めて、窓の外の景色がおかしいことに気づいた。そこにあるのはグラウンド…ではない。
見渡す限り真っ黒の空間になっていた。まるで手を出せば吸い込まれてしまいそうだ。涼也も洸平も無言でそちらを見つめている。どうやら見えてるのは俺だけでは無いらしい。
「なに…あれ…」
クラスの女子がそう言った瞬間、床が崩れ落ち全員が真っ黒な空間に投げ出された。俺達の教室は2階の筈なのに。悲鳴が轟きの雪崩となって響き渡る。俺は横にいた涼也の手を握ると、涼也も握り返してきた。
「おめでとうございます。皆さまは選ばれました」
抑揚のない、機械のような女性の声が空間にこだまする。
「皆さまはこれから、異世界の神様となり、ギルドを率いていただきます。各ギルドにそれぞれ一名ずつ実力のある冒険者を所属させますので、皆さまなりの工夫でギルドを大きく強くしてください。最終目標はラスボスの撃破です。ラスボスが撃破されれば皆さまをこちらの世界へ帰して差し上げます」
音声は俺たちのことなどお構い無しに淡々と説明をしていく。涼也と目を合わせるが、彼も首を横に振る。
「それでは皆さまのご活躍をお祈りしています」
真っ黒だった空間に光が生まれ、大きくなっていく。そして俺たちは包み込まれ、いよいよ何も見えなくなる。
圧倒的すぎる光の眩しさの中、楓斗は強烈な眠気に襲われる。朝だった筈だよな…と思いながら楓斗はそっと目を閉じる。意識をフェードアウトする直前まで涼也とは手を繋ぎ続けていた。
目覚まし時計のような音が鳴り響く。楓斗が目を覚ますとベッドの中にいた。うとうとしながらも音を止めようと右手を振り回すと、何か柔らかいものに触れる。何だ…と思い少しだけ開いた目線をそちらに向けると、見知らぬ黒髪の少女がいる。そして顔を真っ赤にしていた。そして目線を下げると自分が触れた果実が……
「……!?」
謝ろうとした矢先、少女が大声で手を上げる。
「ヘ……ヘンタイ神様ー!!!」
……目覚めて早々にぶん殴られてしまった。