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対共戦争(一)

ハーメルン様での「対共戦争(一)」〜「同(三)」に該当します

-一。-


「全く嫌になりますね。目の前でウロチョロしてるってのにこっちから撃てないなんて…」


中華民国陸軍第18軍団第380歩兵旅団、通名「震虎部隊」所属の郭下士(ref)伍長相当(/ref)歩槍(ref)小銃、歩兵銃のこと《/ref》片手に愚痴る。

1939年9月、急いで建設された監視哨に中国兵の人影が2つあった。


現在中華民国は銀川市から昌都市までを実効支配の西限とし、その圏境に面したある程度以上の都市に「一級軍防管区」と呼ばれる、1800m級の滑走路と航空基地設備、及び数個師団の駐留に耐えうる駐屯地を含む簡易基地が建設されていた。

建設には主に米英豪の機械化された工兵部隊が従事し、軽く整地をした後にテントや日本の住宅営団などが中心となって文民の有志により贈られた木製パネル式の建物などが並び、ここ定西(ref)甘粛省(/ref)においては既に滑走路も完成してあとは航空隊を待つばかりとなっていた。


ここで注釈として現時点の中華民国陸軍の編制を記しておく。


|中華民国陸軍《1939年度/戦時編制》

5|個軍集団《各243400名、2個軍及び本部400名》

 華北軍集団(華北)中央軍集団(華東、華中)華南軍集団(華南)西南軍集団(西南)西北軍集団(西北)の5つで、最大の単位となる。

10個軍(各121760名、2個軍団及び本部160名)

 各軍集団に2つづつ存在し、二交替で練成や装備の変更を行うことがある。

20個軍団(各60800名、5個師団及び本部52名、独立1個旅団)

 最大の戦術単位。従来は戦略単位とされていたが[貴官は閲覧を制限されています]作戦においては1つの軍団ごとに戦闘が推移するほどの事態が発生したために後に戦術単位に再分類された。

100個師団(各11600名、4個旅団及び本部68名、独立1個大隊)

 基本的に師団規模で一地域へ進出することとなる。

400|個旅団《各2748名、5個大隊及び本部48名》

2000|個大隊《各540名、2個中隊及び本部12名》

 ここで全体の通し番号ではなく部隊別の番号となる。そのため最低限旅団と併記する必要があることに留意されたい。

4000|個中隊《各264名、4個小隊及び本部8名》

 大隊別に番号が残るため、最低限第x旅団第x大隊第x中隊と表記する必要がある。

16000個小隊(各64名)

以下省略。


つまり彼が所属していたのは正確には国民党軍をもとに遂に正式に発足した中華民国陸軍の、西北軍集団第9軍第18軍団第92師団第380歩兵旅団ということになる。

第9軍は前述の通り定西等に駐留している部隊で、いよいよ駐留も1ヶ月に及ぼうかとしていたのだった。



「でもそれが上の司令なんですし、迂闊に撃ったら作戦が破綻するんでしょう?我慢してくださいよ…」


醤上等兵は面倒くさそうに、しかし上司なので無視することも出来ず答える。


「しかしよぉ…共産党軍がこっちが撃たないことを良いことにギリギリを掠めて飛んでいったり、呑気に演習したり…流石に警戒ばっかじゃ疲れるじゃないか…」


「いつ相手が来るかもわかんないんですから、そうするしか無いじゃないですか…あぁ、そういえば来週からもうちょっと交代間隔が短くなって楽になるらしいですよ」


此処だけの話…と醤は耳を打つ。


「それは良いことをきいた…ってなんで俺が知らないことをお前が知っている…?」


1つだけだが階級が上の郭は醤に問う。


「ゃ、うちの姉実は大隊長の嫁に行ってですね…色々付き合いがあるんですよ」


少し自慢げに醤は言って、歯をキリキリとさせた郭の顔を見てハっとしたように張った胸を引っ込める。


「…おい、警戒続けるぞ!」


「了解です」


醤は郭の顔を立てようと粛々と従った瞬間、その時正に"事"が起こった。


タカアアァァァァァァアッ!


静かな原を風が駆け抜ける。


モシン・ナガンM1891/30より放たれた正0.3吋口径の銃弾は、旋回しつつ正確に醤の頭を撃ち抜いた。


「っはっっ!?」


共に監視哨に立っていた醤が斃れた音を聞く前に、事態を理解できないながら郭は思わず壁の下へ隠れる。


九九式歩槍(ref)三八式歩兵銃の中華民国供与版(/ref)に弾が入っているのを確認して周囲を見、警報を鳴らす。


駐屯地の方が騒がしくなってくる。


軽機関銃の周りに弾薬箱を持った人が集まるのが見える。


恐らく自動貨車に乗った増援が駐屯地の中の方から来ているのだろうが、その音は警報に掻き消されて郭のところまでは聞こえなかった。


その裏で駐屯地司令部から発された1つの電報、「ワレ、敵共産党軍ノ攻撃ヲ受ク。」はまだ支那事変の傷跡のこる南京へ飛び、南京から東京の大東亜共栄機構本部へ、そして東京で英語に直され世界中へと飛ばされた。


それを待っていたかのように各国首脳は戦闘の開始を指示。


そしてそれらが各国の前線駐屯地──中国での一級軍防管区に相当する──に伝わって、一斉に戦闘の準備が下るまでおよそ1週間かかろうか。


それまでは、共産主義と戦う自由主義の意志は、対共戦争への戦意は、ここ定西で強く、強く示さねばならないのだ。


自由と、真の平等を目指すために、我等は世界に軍靴を響かせねばならないのだ。


-二。-


「では、決行はいよいよ来月に迫ったという事かね?」


ウェイターが立ち去ってから開口一番、彼は私にそう訊いた。


「私的にはそれでも遅すぎると思うのですが。遂に極東の方で同志が動き始めたと言うし、口には出さないが周囲の国が我が国に構う暇も無くなって物価が上がったせいで上は知識人から下は無産階級まで不満を抱えています。それを活かせる最後のチャンスが来月という訳で」


私はもう何度言ったか分からない調子で伝える。


「くれぐれも頼むぞ?これの失敗で何万という将兵の命が前線に消えるんだ」


そう言って彼はワイングラスを傾ける。

暗赤色の液体がガラスの中で揺れる。


「…承知の上です。後方の犠牲によって前線が援けられるなら本望だと思っています。PFfCの奴らの本陣に食い込めるのが此処だってことくらい"末端"でも解っているのですから。士気は高いです」


束の間の沈黙。メインホールで流れているはずの蓄音機由来の音楽も、客の声も、前後1室ずつすらも"防諜の為に"貸し切ったこの部屋には途切れ途切れにしか流れてこない。

彼が頼んだ肉料理を切る音が響く。ウェイターが持ってきてから既に数分経っていたが、随分熱い状態で持ってきたと見えて、切り口からは湯気が上がっていた。


「…ん、あぁ。それなら良かった。…本当にやるんだな?」


その言葉は、私が望み、しかし自分の口から出すことは忌避していたものだった。

この何とも言えぬ恐怖を共有したい。しかしそれでも、言ってしまえば決意が薄れそうで。私はそれを言いたくはなかった。


「…」


彼を一瞥して私は切られた肉料理を取り、口へ運ぶ。たしかに高いだけあってこの店の肉は旨かった。肉の繊維一つ一つが感じられる。一つ一つを断ち切るたびに肉汁が溢れ強烈な美味に頬をぶたれたような錯覚を覚える。

ワインを彼のように呷り、舌の上で転がして飲み込む。

…彼の目線が痛い。私は遂に現実逃避するのをやめ、改めて彼に向き直る。


「正直に言えば…少し迷っています。我々の進んでいる道は本当に正しいのか。4000万の民衆を導くのに、本当に我々が適しているのか…。しかし、他に道がないのも解っているんです、ですが…」


彼は言葉では返してこない。ただ、目で続けろと訴えてくる。

ワイングラスはもう空だった。

私は肺一杯に息を吸い込んで、葉も揺れぬほどゆっくりと吐き出した。


「…やるしか無い……はい、心配をかけてすみません。労働者が、人々が、民衆が我々を求めてるのだから私は精一杯、ただそれだけやります」


前向きな言葉を吐いて、私は話を終えようとする。


「…本当にそれだけか?」


彼は私にそう訊いた。その目は、同志特有の光と、そして私が見たことも無いような靄が入っていた。


「っ…それだけ、とは?」


「なに、言葉通りだよ。君の悩みはそれだけか?」


「……実のところ、本当に分からないんです。この道が正しいものなのか、真にその力を持てているのか。これから…何をすれば良いのか」


「何を、か...難しい質問だな。確かに君はずっと"それ"のために全力で、ここ数ヶ月間、いや、君がこの職を志してからずっと願いへ向けて走っていたのだから。君には本当に随分助けて貰ったよ」


「いえ、それ程でも...」


「何、今後も君は充分やってくれると信じているよ。これから、何を。本当に難しい質問だ。それに私が答えるのも可笑しな気がするしな。超える壁が大きい程に、人は着地点を明確に理解できない。そういうものじゃないか。」


「は、はぁ...」


「あぁ、グラスがもう空じゃないか。もっと呑むといい」


グラスに注がれたワインを私は飲む。

その酒は、"それ"を前にして強ばった体に染み込む様であった。


「…解りました。とりあえず目の前の難問に集中するとします。その時がきたら、周りと協議してみましょう」


「そうだ、それでいい…現場に不安を与えてしまってすまない。必ずや君等の道に正解があることを、同志も信じておられたよ。問題が起きたら直ぐに教えてくれ。できる限り支援するから」


彼はそう言うと、自分でもグラスに注いでワインを呷る。


それを2回程繰り返すと、皿も空き、話すことも無くなっていた。


「では…ありがとうございます。必ずやり遂げます」


「ん、あぁ。いや、私はもう少し呑んでいくとするよ」


彼は一瞬戸惑ったあと、そう返してきた。


「ではお題を…」


「いや、私が払っておこう。安すぎるが、先の詫びということで」


私もそう言われては口では別れを惜しみつつ、周囲の目に注意しながら早々と店を出る他なかった。


レストラン「Auberge des héros」。彼の贔屓にしている店だった。






「♪♪♪♩♩♩♩♩♪♪〜」

レストランの酔客の声を背にして、帰りに独りになった私は、気づけば歌を口ずさんでいた。

フランス国民ならみな聞き覚えのあるリズムだ。

出征する兵士の為にと作られたというラ・マルセイエーズは、いかにもこの場にあっているように聞こえた。


奏でられた旋律は定間隔に街灯の並ぶ路地へ吸い込まれていく。

この歌は時に心を癒やし、時に鼓舞してくれる。

独り歩く路地で、この歌は他の誰にも届くことはない。


最小限に照らされた路地は、先日の雨で濡れていた。

一歩一歩足跡をつけるように私は大通りへ向け歩く。

水溜りに入り革靴の爪先が濡れる。

それも気にせずにただただ歩く。

遠くに街灯とは違う、まばゆいほどの灯りが見えた。

大通りは路地の静寂が嘘のように活気に満ちていた。



もっとも、その歌詞はフランス語ではない。

「…Отряхнем его прах с наших ног! 」

"労働者の"ラ・マルセイエーズを口ずさみながら、私は人混みの中へ紛れたのだった。




現在、フランス国は自由防共協定に参加していない。


-三。-


「よォし!遂に届いたか…」


"民間の貨物船にしてはやけにだだっ広い格納庫"で私はその鋼鉄の塊を見上げる。


「本国でもようやく生産ラインが整った1級品だ。同志赤幡、お願いだから戦果を挙げてくれよ?」


その脇からアメリカ人とは少しばかり毛色の違った白人が声をかける。

彼は愛おしそうにその車体を撫で、そして私を前面に招く。


「凄い砲身だ…何口径です?」


その前面に突き出した長い砲身が、これが戦車──それもこれまでの常識を覆すほどの──であることを嫌でも主張してくる。

その輝く砲身に希望を抱いて、私は思わずそう問うた。


「30.5口径の3inchだ。アメリカにゃこれで貫けない量産戦車はないよ」


「それは…」


想像以上の数値だった。3inchともなれば小型艦クラスの砲だから、中戦車級では規格外と言える。これであればなるほど…と今度は信頼を抱いて砲身を見る。


「地雷原でも踏まなきゃお前らは安全だ。いくらアメリカと言えど流石に本土には地雷を撒かないだろう…それよりも荷揚げは大丈夫なのか?」


それがロシア流かは知らないが、ジョークを頭に置いて彼も確認してくる。


「もうとっくに関係者は皆同志だよ。やっぱり西海岸に絞ったのが良かったな。西海岸優遇政策を示したら直ぐに乗ってきた」


私は少し自慢の気が入った口調でそう返す。

やはり現地の勢力と直ぐに接触、合流出来たのが良かった。


「おいおい…敵国ながら流石にそれは可哀想だな」


彼は肩を竦めて笑う。


「まぁ、自由主義の国だしな。それに今のアメリカは労働階級への負担が大きいのはホントだぞ?」


その様子を見て私も冗談交じりに付け加える。

しかし…やはり大きな戦車だ。

私がそれに見とれていると、同じように惹かれて来たのかいつの間にやら仲間が集合してくる。

気がつけば戦車の周囲に見知った顔が集まってきていた。


「それでだが…まぁ此処なら密偵の心配もないか。まず、これと同じ船団が西海岸各地の港へ進出する。そこで陸揚げして、対抗戦力が出てきたら対処だ。上手く行けば各地の陸軍基地の同志と合流して少なくとも西海岸沿岸の州は確保したいところだ」


「海軍の太平洋艦隊の多くに関しては既に賛同していただいている。未だ懐柔が完了していない陸軍航空隊へはそれらで対処して行くつもりだ」


「アラスカが今後の重要拠点になるんだよな?部隊は?」


「念には念を入れて、万が一敗北しそうになった場合にはソ連太平洋艦隊か何者かの手によって占拠され戦闘に突入"してしまう"ことになっている」


「何者か…か。とんだ茶番だな」


私の唇にも笑みが零れる。思わず声を出して笑ってしまってから、失礼と周りに言って続きを促す。


「ほとんど懐柔し終えているからアラスカは安泰だろう。西海岸沿岸と言ってもどこまで行くつもりなのだったっけ?」


「北から、ワシントン、アイダホ、オレゴン、ネバダ、カリフォルニアだな。その後ユタ、アリゾナも確保したいと考えている」


「随分広範囲だが…行けるか?」


「行けるだろう。十分な戦力を投入しているし、殆どの民衆は懐柔済みだ。本当に現地の同志が素晴らしい活躍をしてくれたよ」


本当にその通りである。何せ今の組織の土台の半分は元々アメリカに根付いていた組織や、思想を元にして出来たのだから。もしアメリカが完全な反共産主義であったなら、今頃我々は何処の街角で野垂れ死んでいたとも知れない。


「それなら良かった。…おっと、いよいよ決行まであと2時間と言ったところか」


船体の減速するのを感じて一人──確か元青年社会組合の大函(ref) https://syosetu.org/novel/315838/10.html 参照のこと《/ref》とか言ったか──がそう言った。

出会った頃の事を思い出すと同時に、彼の腕に巻かれた「社会平等党員」を示す赤い腕章を見て、数多あった組織をこの目標の為に統合するのは本当に大変だったとしみじみ感じた。

もちろん私もその腕章はつけているが、上端に銀の幹部党員を示す線が引かれている。より上位の物として金線があるが、その腕章を巻くことが許されているのはこの世界でもただ1人、社会平等党党首たるアリス・コックスだけである。

彼女は元々男女の平等を目指していたが中途で方針転換し、人類の平等を目指す社会活動家となった、と現地の古株から聞いた事がある。

何故彼女がこの大組織のトップに抜擢されたのか、私の友人は「要するに、彼女は"理想的な"社会主義者として適任だったのさ」と少し穿った見方をする。


決行まで2時間を切ったということはもうまもなく荷揚げであり、それから分単位に刻まれた予定表に従って各地での"解放"作業が行われることになる。


その予定へ向け戦車──T-34と言うらしいが──に集まっていた同志も持ち場へ戻り、あちらこちらから物音が響いてくるようになった。


サンディエゴの街並みが目前に迫ってくる。昼間だから、と言うのもあるだろうがそれにしても彼の街は、以前初めてやって来た時とは随分違って見えた。

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