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多方面外交戦(下)

ハーメルン様での「多方面外交戦」の後半部に該当します

-四。-


「この度はうちの秘書がお世話になりまして…」

部屋に戻る途中、中華代表は有田に感謝を述べる。

「いえいえ。元はと言えば私の発言が原因の様な物でしたし」

有田はあまり思い出したく無いという素振りで素気無く返すと、中華代表はなおも続けて、

「いやしかし、本当に助かりましたよ。立場上私が注意しなければならなかったのですが同じ待遇だった民族として否定してはかえって彼の激昂を買うやもと」


中国大陸というケーキを欧米と共に切ろうとしていた立場の日本として、有田は思わず押し黙るが、中華代表は気づいたのか気づいていないのか、特に気にした様子もなく部屋へ帰っていった。




当然のことながらこの会議に呼ばれることのなかったソ連だが、この声明を受けると即座に非難の姿勢を示した。


「各国の主義主張は保護されるべきであり、真に近代的で平等な共産主義実現のための正当なる行動を否定すべきではない。当該声明はソビエト連邦に対する文化的な侵略行為であり、強制力を伴う多角的な実力行使をソビエト連邦が展開するのに十分な理由の為、これよりソビエト連邦は全世界に亘っての同志に対する支援行為を実施する」



込められたメッセージは警告、あるいは、宣戦布告?

この声明を聞き、帰国した有田外相を含めた内閣は再び大きな戦争が始まろうとしているのを実感した。


「事態は再び大きく動き始めました。再び大陸に火の手が上がるのは確かです。先日発足した自由防共条約に基づき各国に支援を要求するべきでは?」


陸相は日本の戦力不足を懸念し、各国の支援を提案する。確かに有効ではあるが、しかし…


「不可能でしょう。ソ連は全世界への作戦展開を示唆しています。彼らも自国防衛で手一杯かと」


「手一杯かどうかはともかく、初動から他国に頼っていては大日本帝国の尊厳に関わる。陸軍には負担をかけるが、少なくとも緒戦は日本単独で対処という方向で行きたい」


「それでは、この様にしようか。まず、日華共同にて前線を大陸内に画定し、そこに強固な基地を作る…といっても期間が期間だから仮設になってしまうだろうが。陸軍にはそこで耐久してもらいたい。それと各国の支援だが、その前に大東亜に共産勢力が入らぬ様、一大同盟圏を創りたい。…名は、『大東亜共栄機構』とでもしようか。非軍事力によって日本の勢力圏を拡大し、また大東亜一体となって外来勢力に対抗するための組織だ。尤も、最初の加盟国はわが国に中華民国、満州国位になるだろうが…そうだ有田君、タイにも声をかけておいてほしい。自由防共条約加盟国へは、この機構を通じて要請する。これであれば日本の尊厳云々は関係なくなると思うが」


と首相は長々と纏めた。


「まぁ、それでいいでしょう」


有田はそう返すと、また自分の仕事が増えたのを実感した。


「外交強国」を目指すも制度は未だに整わない日本において、所轄大臣の仕事が過労死級に増大するのは仕方ないといえば仕方ないというものだった。


その後、帝国政府は「平沼防共声明」を発表し、その中で大東亜共栄機構についても触れられた。それに対しては事前に通告してあった華満泰の三国のみならず、驚くべきことに大東亜地域の植民地各国からも参加について前向きな姿勢が見られた。無論、蘭仏両国は除いて、の話だったが。

しかし、国民は大東亜は全て大日本帝国の国号のもとに統治するのだと考えていた上に、共産党についても積極攻勢をするものと思っていたから、政府のこの姿勢は大分消極的なものに見えたのだ。


民衆による愛国集会や軍の──主に青年将校──による演説が盛んに行なわれ、ある右派系新聞が見出しに綴った「何を日和るか帝国政府」は市民の間で流行し、しばらくの間政府はこれの火消しに走ることとなった。


-後始末?-


いつもの閣議とは些か趣の異なった部屋に、いつもの顔ぶれが並ぶ。


「平沼総理大臣、木戸内務大臣、有田外務大臣、板垣陸軍大臣、米内海軍大臣…」


上座から巡に手が挙がっていく様は、NSDAPの党大会をも思わせる。


NSDAPはこのところ──自由防共協定(PFfC(ref)Protect Freedom from Communim 協定(/ref))が発足してからだが──しきりに共産主義の危険性を訴え、或いは自党の主張たるナチズムの優秀さを語り、或いは国境を超えた団結を訴える党大会を、国内のみならず「自由団結大会」と名を変えて国外ですら開催している。かくいう日本も先日大阪で党幹部による自由団結大会が開かれたところであった。


「全員の出席を確認しました。只今より、臨時御前会議を開会いたします」


部屋の中で高らかに宣言する声が響く。


「では早速、本日の議題について。昨今の世界情勢により大日本帝国にも多くの使命が課されていますが、その中で最も重要な議題、中国共産党及びソビエト連邦の侵略行為への対処を本日は取り扱います。はい、平沼大臣」


「すでに国際会議の場で大日本帝国は主に中国共産党との戦闘を行うことが決定されており、まずはそれの対処が期待されています」


「陸軍としては、すでに駐留している部隊の戦闘準備は整っております」


「海軍は現在、第五艦隊の即応体制へ移行が完了、ソビエト連邦の艦艇が南下してきた場合には直ぐに対処可能です」


何かと煩かった共産主義者を叩けるとあって軍部の士気はかなり高かった。


「そうか…では、敵は数ヶ月以内に最初の一発を撃ってくるだろう。それが銃弾なのか、砲弾なのか、はたまた魚雷や爆弾なのかは分からない。緊張の数ヶ月になると思うが、どうか踏ん張ってほしい」


「もちろんです、このときのためにわが兵は力を磨いてきました」


「そうか…それは頼もしいな」


「外務省としても既に開戦の方向で各国、特にPFfC加盟国と調整が進んでいます。仮にどの方面から戦闘が始まったとしても、ドイツ東部戦線、中東戦線、東南アジア戦線、中共戦線、アリューシャン戦線の全ての戦線で同時多発的に戦闘を開始する予定となっています」


「同時多発攻撃か…中華民国との戦闘を終えたのも多発攻撃だったな。もっとも当時の中華民国は半ばゲリラだったのに対して相手は超大国だ。とてもあれほど上手くいくとは思えない。陛下の赤子に多大なる出血を強いてしまうというのは非常に心苦しいものではありますが…」


御前なだけに、少なからず損害の発生するだろう戦闘を話題に出すのは平沼も心苦しそうだった。

陛下は基本的に政治に積極的関与はなされないが、それだけに自身の政治力をじっと計られているようで恐ろしい、とかつて平沼は思ったことがある。

相手に思いを悟らせない笑顔は、政治家の第一条件だ。外交ともなれば笑顔だけでなく喜怒哀楽をわざとらしくないように、薄く全身へ貼り付けるものだ、とかつて平沼は習った。

日本人は真実であることを美徳とする。しかしそれ故に政治というのがどうにも苦手で、諸外国には大きく遅れを取っている。


「あぁ、もう変えられないのですか?」


木戸内務大臣は悲痛そうに聞く。

とてもではないが十年単位の戦争を超えられるほど日本は強くない。そのための準備を、支那事変が終わってから進めていたのだが、とてもではないが数ヶ月で終わるようなものではない。


「えぇ…大日本帝国の2つの悲願──そのうち1つは華夷変態以来のものですが──が"国際社会の協力によって"実現されようとしているのです。今更変えようとしたところで悪化するだけ…」


有田は殊更に"国際社会の協力によって"を強調して言う。

平沼内閣にあってこれまでの諸内閣がなし得なかったことを、遂になし得たのだから有田の情としても無に帰したくはなかったし、世界情勢はそれを許さないだろう。

かなり未来になってから生まれた言葉ではあるが──この世界でも生まれるとは限らないが──「コンコルド効果」というのが一番適した表現だろうか。

その払った労力のために、最早他に選択肢など無くなるのだ。


部屋の空気が大分固くなったところで恐る恐る、といったふうに内務大臣が口を開く。


「…我々がこうお伝えするのすら烏滸がましいことではありますが、しかしこれは決定事項なのです。どうか陛下のご高配を賜りたく思います」


木戸内務大臣は恭しく上座を仰ぎ見る。


その御場所にはいかにも高天原にいまします神々の直系と言わんばかりの威厳をたたえられた天皇陛下があらせられた。


「…民はみな朕の愛おしき赤子にして、みな均しく守られねばならぬ。しかしそなたらが、真に民を思ひて話すのならば、それに従うことこそ朕の役目ではなかろうか」


書記のカリカリと云う筆記の手が止まるのを聞いて、平沼は口を開く。


「陛下のご叡慮感謝いたします。板垣君(ref)板垣征四郎陸軍大臣(/ref)米内君(ref)米内光政海軍大臣(/ref)とも協力して具体案の決定を頼むぞ。諸外国との調整が必要なら有田君に頼んでみよう」


斯くして、対共戦争への道筋は、帝国の総意と相成って既定路線として開かれたのだった。

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