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雲の上、或いは霧の中で(下)

ハーメルン様での「雲の上、或いは霧の中で(七)」〜「同(十)」に該当します

-七。-


問題一、自軍は完全に敵の罠に嵌ってしまいました。このとき取るべき行動は?



解答一、突撃。



中華民国/共産党軍による地雷攻撃を受けても日本軍の足取りは留まることを知らなかった。


歩兵は整列して前進し、戦車は歩兵と協同して前進する。


地雷攻撃は脅威であったし、実際その対応のためにかなり前進速度は低下したのだが、しかしそれは後退の理由にはなり得なかった。


何故?なら逆に問いたい。貴官は十年単位の戦争に、小さな列島国家が勝てると思うか?



兎にも角にも、本土の連中は不退転の覚悟でこの一戦に全てを賭けたのだからやはり、現場判断で後退など望みようがなかった。




「突撃ぃぃぃぃぃぃぃ!」


ついに左右からチマチマと加えられる敵の攻撃にしびれを切らした隊長が叫んだ。


もしこれが大戦末期であったなら、ある意味気が狂ったとも言える万歳の合唱で応えられただろうが。


生憎兵士の精神はそこまで変貌してはいなかったし、此方がはるかに優勢な状況でどう変われば良いと言えるだろうか。


隊長の叫びは震える発動機の四重奏と、地を駆ける兵士の足音で以て迎えられた。


戸惑う兵士の声は掻き消される。そして一体的な熱気、或いは狂気で隊が包まれる。


勢いに前に置かれた──中国兵の設置したであろう──バリゲートが吹き飛ばされ、塹壕は崩れた土の中に埋まった。


時折敵砲兵による射撃音が聞こえるが、しかしそれは隊列の一部に穴をあけるばかりで、その動きを止めるには至らなかった。


左右、そして内部にも徐々に出始めた損害を切り捨て、彼らは前進する。


そんな彼らの勢いを更に強めたのが「友軍航空戦力」の存在だった。



一際甲高い音が一面に響く。


その爆音に歩兵が思わず首を竦めた上を飛んだ影が複数。


九五式戦闘機からなる編隊による付近警戒と機銃掃射の部隊が、敵本隊が構えているであろう街道上の都市、「達州」を目前にしてようやく到着したのだ。


「戦闘機が来たぞ!」


その報は部隊を更に興奮させ、市街戦へ向けやる気を湧かせた。




そしていくらか丘を超えた後。


その丘を境に霧はきっぱりと途絶え、眼下には血の気配が漂う街が平野に広がっていた。


恐らくとっくのとうに部隊接近の報は達州中に流れているはずだ。


もはやこの状況において「奇襲戦術」は意味をなさない。


安心と信頼の三八式を胸に抱えて、兵士達は隊列を崩さず、しかし選択したそれぞれの入口から、市街地へと流れ込んでいった。


「こちら第一中隊第二小隊!敵の数が多い、増援求む!」

「交差点で敵に挟まれた!隊列を維持できない!」

「橋が落ちて足止めされた!」

次々に飛び交う増援要求に救難要求。


市街地戦では一般に、通常の戦闘より被害は増大し、指令も複雑なものとなる。


「馬鹿野郎!近くの隊と十字砲火を形成しろ!」

「何処も兵は足りてないんだ!泣いてる暇があったら一発でも弾を撃ち込め!」

「馬鹿正直に正面から突っ込まず迂回しろ!」

当然、指示も応急的で砕けた物言いになるが、しかし母数の多い日本側は、敵を徐々に市街地中央部へと追い詰めていった。




「大日本帝国万歳!」


司令部に置かれた戦況図。重慶の周囲は、徐々に日本軍占領地を示す赤色に染められていったのだった。


-八。-


日本による同時多方面連絡断絶作戦の包囲網が完成するまでに3ヶ月を要し、更にそれが4ヶ月経過した頃。1939年6月のことである。


結局壊滅した部隊と統合され定数を満たした北部部隊はその間常に達州へ駐屯し、遊軍的に付近の交通、通信を破壊していった。





打って変わって所は重慶に位置する中華民国政府庁舎。


凄惨な報告が飛び交い──或いは、報告すら来ない現状に空気は控えめに言っても最悪だった。



「救援物資はまだ来ないのか!ソビエトはともかくフランスやアメリカからも来ないとは…」


「蒋同志、ソビエトは一月前のトラック供与がありましたし、フランスは祖国が大変なようです。アメリカやイギリスから支援が来ないのは気にかかりますが…しかし」


「私はそんなことを訊いているんじゃない!!」


あまりの大声に部屋が震える。


「付近の友軍基地からの連絡だって全く無いじゃないか!車だって外からは来やしないしこっちから送ったのが帰ってきた試しがここ数週であったか!?町じゃ飯を求めてこないだも襲撃事件があったばかりだ!何をそんなに呑気でいられるのだね林同志!」


蒋介石は建前──林森が主席であること──すら忘れ声を荒げる。


「これは日本による欺瞞工作です!重厚に敷かれた防御網は彼らの地上部隊の侵入を妨げているはずですし、現に重慶にも時折敵の双発爆撃機がやってくるだけで市街戦には至っておりません!」


林も負けじと応えるが、しかし蒋の勢いは衰えない。


「しかし此処の物資が不足しているのは事実だろう!たとえ連絡途絶が欺瞞でもこれは紛れもない事実だ!部隊は動けなくなり、民は飢える!他にどんな事実があるというのだね!」


「…」


林からの返答はない。


「もし、もし後数日もすれば日本の体力がなくなって再び戦えるのだとしても、だ!我々は二度と「国民を日本軍から守った政府」にはなれないだろう!そうじゃないかね!!」


一拍の間。


震える声で、林は口を開く。


「…"もう少しの辛抱"…民にはそれが理解らないし分からせることもできんのだろう…いくら理論上は出来てもだね、私は確かに、それに従わざるを得ないのだ」



中華民国国民政府は、遂に公式として敗戦を認めたのだった。




「は、はい確かに…あったようです」


慌てた声で電話先と話すのはコーデル・ハル国務長官。


「なんだ?フィリピンで反乱でも起きたか?」


見たこともない慌てようの国務長官にフランクリン・ルーズベルト大統領はそう問う。


「そのダークコメディ、もう全く笑えなくなりましたよミスタープレジデンテ。中国が陥ちました」


「…大統領生活を始めてから五年は経つが、こんな冗談は初めて聞いたぞ」


「残念ながら冗談ではないのですよ、現地部隊は命令を待っております」


一周回って冷静になったハル長官に催促され、大統領は手を紙へ伸ばした。


「部隊は早急に撤退しろ、回収できない兵器類は徹底的に破壊の後に後退だ。情勢悪化が懸念される、撤退輸送船団の護衛に戦艦部隊を出しても構わん!」


「良いのですか?挑発…或いは戦争の準備と日本に捉えられるかもしれませんが」


「もう今更だろう!それにその方が余程好都合だ!」


ホワイトハウスに静寂が訪れたのは、丸2日経った後のことだった。




中国大陸から所謂「連合国側」の軍が消える中。ソビエト連邦は支那事変の終結に伴って再び内戦状態に突入した共産党軍とともに、その姿をゆっくりと、中国大陸西部地区へ消していった。


-九。-


晴れて首都を南京に戻した国民党政府。そんな大都市に程近い上海にて──


戦艦「長門」が日本側の全権大使を乗せ上海に姿を見せたのは2週間前。前甲板には白キャンバスも美しく、いよいよ調印の時が迫っていた。


日本が中華民国を打ち負かしたのではなく、日本と中華民国が手を取り合い再び出発するための条約という意味で、「講和」という語は避けたと後に時の外務大臣、有田八郎は記者に語った。


近衛内閣は対蒋介石路線を貫き陛下の赤子たる臣民に多大なる出血を強いたとして、財界等の支援を受けつつ12月の大攻勢の後に組閣されたのが平沼内閣だったが、一番批判されそうな外務大臣は留任したのだから中々に国内情勢も"複雑怪奇"である。


「大日本帝国と中華民国の平和へ一歩、ですな」


髯をキッチリと整えた林森主席は日本側の全権大使へそう話す。


「大東亜の平和へ、ですぞ」


笑顔で日本全権大使はそう返す。


和やかな空気のもとに、調印式は終了した。




こうして、「日華平和条約」調印は、両国民からの拍手を以て迎えられた。

条文には両国間の立場対等や満州国の共同管理を経ての最終的な自立、更には日華同盟の実現や日華間の軍事的交流の可能性までもが盛り込まれ、確かに名に恥じぬ内容であったと言えよう。


しかし、この平和条約が真に大東亜の平和に貢献したかどうかというのは、後世の歴史家をして解釈を分けさせるものであった。




「…ならば、計画は順調なのだな?」


平沼首相は閣僚の中でも特に信用している者、更にその中でも計画を完遂するのに必要と考えた人のみを集めた秘密会議にてそう問うた。


「ええ、在内地、外地、更には在中を含めたアカ共に切符を渡してやりました」


そう返したのは木戸幸一内務大臣。切符とは、別に比喩でもなんでも無く、アメリカ合衆国行きの二等船室の切符である。


「指導者達も解放する、と言ったら案外にすんなり行ったな」


平沼首相はその髯を指先で整えながら続ける。


「彼らにとっては願ってもない「自由の国アメリカ」への切符だ。きっとあちらにいる"同志"?でしたかな…彼らとも楽しい宴をしてくれるでしょう」


「これで万事上手くいくことを願っておりますぞ。なんせ我々は今度は中国大陸の奥へ引っ込んだ共産党にも対処せねばなりませぬから」


そう応じるのは板垣征四郎陸軍大臣。


実は撤収しようとしていた日本軍に国民政府から待ったがかかり、対共産党内戦へも参戦するよう求めてきたのだ。部隊再編を試みていた日本軍はこれを了承、更に「消費資源分の資源を日本に提供すること」を確約させることにより日本側の負担はわずか人件費だけ(もっとも、軍隊における人件費は非常に大きなウェイトを持つが)という状況に軍部が飛びつかないはずもなく、日本軍の再戦は早くも3ヶ月後に迫っていた。



斯くして、日本政府は対共産主義戦争へ向け国内のアカを一掃し自由の国に押し付けるとともに、全金属製単葉機を始めとする新型兵装の投入へ向け部隊再編を行う運びとなった。



しかし、この決断は後に日本を大きく苦しめることとなる。


-十。-


「いや、遂に日本を追い出されてしまいましたなぁ…」


極力哀しげな聲色で──しかし顔は笑ったまま、大日本中央平等連合の会長、赤幡凌次は隣に話しかける。


「まさかアメリカ行きの切符をあの政府がくれるとは思いませんでしたよ。てっきり大陸の方へ追いやられるかと思ってました」


答えたのは青年社会組合で広報誌の作成に携わった大函暮六だった。


何を隠そう、この船は最早社会主義者の宴会場である。


アメリカ行きの切符を政府が送りつけたのは良いが、突発的なテロを警戒し集中的に送り出そうとしたためにこれらの船は、和製共産主義連盟のごった煮のような状況になり、米に付く前から共産主義者の化学反応が始まっていたのだ。


宴も終わり彼らはそれぞれの部屋へ戻り早々に眠る。


そして次の日の夕食が終わった頃、彼らは光を目にした。


「あぁ、アメリカの灯だ!皆右を見ろ!アメリカが見えるぞ!」


背中の方から歓声が上がるのを聞き赤幡もデッキから身を乗り出して目を凝らす。


サンディエゴの灯は、長い隧道の出口のように見えた。




・サンディエゴ某所


「マスター。彼と同じのを一杯」


「…どうぞ」


「それでだ、此方は無事現地    との接触が完了した」


「こちらもそうだ、   に残した同志も無事に    と合意したとの報告を受けた」


「それは良かった。   への  も完了したか?」


「あぁ、時が来ればすぐに動ける」


「そうか…件の時は?」


「19 年の 月 日だ、そこで    から支援された  も整備が完了するから、その時に」


「了解した」


「「人類の未来のために」」


「乾杯」




「航空隊が降りてくる前にさっさと撤収しろー!」


西安に置かれた航空基地の基地司令に怒鳴られ完成記念にと駐機場で酒盛りしていた整備部隊が慌てて退避する。


「航空機だって大した距離飛んでないんだからまだアシに余裕あるだろ…」


一人がそう愚痴る。


「まぁそうだよな…でもまぁアレじゃないか?これから敵地を攻撃してくれたり、頭上を守ってくれるような航空屋に基地の赤っ恥なんか見せたくないって言う…」


「俺たちゃ恥か?まぁ昼間から酒盛りしてちゃあそうかもしれんがな」


酒の気が入っていたのか何なのか、隊員たちは愚痴ったり笑ったりしながらのそのそと歩く。


と瞬間。爆音が飛行場の方から聞こえてくる。


見れば、巨大な爆撃機──九七式重爆撃機というらしい──が滑走路に侵入している最中だった。


そのあまりの大きさに仲間も酔いが醒め、驚くやら急いで撤収しようとするやら、はたまた重爆に見惚れるやらで大変な騒ぎになった。





「ったく…なんで俺達が陸のお守りなんざ…」


ようやく母港真珠湾に戻ってきた戦艦「ペンシルベニア」は在中米陸軍部隊撤収作戦の護衛として起用されていた。そして今、その汚れを落とすために乗組員による清掃が行われていた。


「しょうがないでしょう。上がやれと言ったからには我々はやるしか無い。そうじゃありませんか?」


「…だけどもよぉ、俺は国を守りたくて此処に入ったんだ。ずっと清掃と演習だけって…なんだかよぉ」


「こら!喋ってる暇あったら手動かせ!しっかりやったやつは後でアイスクリームを奢ってやる!」


「なんだかんだ優しいんですよね、彼」


「そうかぁ…?俺には餌で釣ってるだけにしか見えんが…はぁ、もっと自由にやりたいぜ全く…」


金がなけりゃ上の言いなりだし、指示されたからにゃやらないけねぇ。おまけに俺の周りは指示待ち野郎ばっかだ…ここは本当に"自由の国"か…?

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