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雲の上、或いは霧の中で(中)

ハーメルン様での「雲の上、或いは霧の中で(四-短期決戦という免罪符-)」〜「同(六)」部分です

-四。-


飛行機ははるか雲の上を飛ぶ中。

彼らは己の足でもって地を駆ける。

対戦車火器こそあれど碌な機甲戦力を持たない国民政府/共産党軍は日本軍が構築する機関銃陣地に為す術無く倒れる。

彼らの波が収まり、機関銃による掃射が終われば今度は日本兵が前進する。

軽戦車8両を主体とした機甲戦力も、この地においては優秀な戦力だ。

機関銃陣地が使用不能になった代わりに軽戦車の搭載機銃が前方に火力を投射する。

一部は主砲を向け、敵の陣地へ砲撃するものもいる。

敵兵の倒れた地の上を、日本兵は軍靴で踏みつけ前進する。


そんな波も敵から放たれる機関銃の弾幕によって段々と密度が下がっていく。


波の中で火の手が上がる。

対戦車砲に射抜かれた九五式軽戦車だ。

乗員の身を乗り出したのが見えたが、それが充分に戦車から離れる前に一際大きな爆炎が上がり周囲が火で包まれた。

燃料か弾薬にでも引火したのだろう。


しかしそれでも波は進む。脱落戦車によって空いた穴を、すぐに歩兵が埋めて進む。

時折持った歩兵銃で敵を撃つものもいる。

偶に後方から放たれる迫撃砲には思わず首をすくめてしまうが、それらはよく敵機関銃陣地の破壊をもたらした。


機関銃は塹壕戦を生み出し、塹壕戦は戦車を生み出した。

そしてまた、戦術は集団進撃へと回帰したのだった。




全く、本土の奴らも無謀な作戦をおっ立てるもんだ。

歩兵に対して航空機並みの進撃速度を期待しちゃいけないだろうと本当に思う。

眼下に広がる戦場は、確実にいつもより血の量が多かった。


「…目が良くて本当に良かった」

狙撃手、平松上等兵は自分があの衝突の真っ只中にいなくて済んだことを仏に感謝した。


支那事変の初期に投入された平松は、そこで突発的に発生した迎撃戦において遠距離射撃の技能を発揮し、以降隊長の近くにいて隊長の手足として目標を撃つという生活を続けていた。

正直戦果確認を上司にされるのはあまり居心地の良いものでもなかったし、明確に敵の顔が見えるものだから成功しても心地はあまり良くなかった。


しかし、あの中に行くのとは別だ。恐らく特に幸運というわけでもない自分はとっくにくたばっていたかもしれないし、そうでなくてもあの中では十中八九怪我を負うだろう。


「敵陣右側の機銃手」

そう指示されたのを聞いて、平松は銃口をそちらへ向けた。


敵の火力がまた1つ下がった。


最早何人屠ったか分からない。しかし、彼の頭に浮かんでくるのは撃った敵の顔ではなく、恐らくあの波の中か、それともその後方の血の海にでも沈んでいるであろう戦友の顔と、故郷に残した母の顔くらいであった。


気がつけば部隊は大分進み、いよいよ敵の塹壕を越えようかという所まで来ていた。


「隊長!そろそろ指揮所も移動しましょう」

通信兵らしき伝令が隊長に走ってきて、それを合図に設備を積んだ自動貨車とともに指揮所は解放したばかりの土地へと進んだ。




結局、この重慶南部付近に向かって進撃したこの部隊は「理論上最高の進撃速度で進撃」という輝かしい戦果を残して












壊滅した。



その報を受けた司令部は、ただ機械的に別の部隊を補充へ向かわせた。


いよいよ、「司令部の人徳」だとか「人道倫理」だとかそういったものでは覆すことが不可能なレベルで中国大陸は日華両軍の血肉を求めていた。


-五。-


「…てわけだ、他の奴には聞かないでやってくれ」


補充された部隊への引き継ぎを終え、そう言い残して平松は仮設司令部を去った。


旧指揮所の仮飛行場まで自動車で移動して、そこからは空路だ。西安の方に展開した別部隊が損耗したから、先の戦いの生存者は皆軍籍をそちらへ移されたのだ。


進むときはあんなに苦労した道を、その後大量の仮設司令部用物資も通り踏み固められた道を、自動車は進む。

それにしても、自動車に飛行機まで部隊の移動に使えるとは、損耗して頭数が減ったとはいえ随分と豪勢なものだ。全く上の思惑は分からない。階級3つ違えば話通じずとは正に此の事である、と思った。




彼の疑問を解消するためには時計の針をかなり回す必要がある。


「最高速で進撃」を指令されたのは何も重慶南部の陸軍部隊だけではない。


日本軍勢力圏、重慶へ向け突出したそれの北西部から機械化され優秀な速力を持たされた大部隊もまた、重慶北部側の封鎖を目的として進撃したのだ。



ガラララララ…

狭い車内に響くヂーゼルの音に、話す搭乗員の声も自然と大きくなる。


「敵はどこから来るんでしょうかね」


「分からんな、俺達の部隊は突出しているし、万一でも後ろから…なんてことがあったら嫌だな」


その声を聞いて思わず車長は振り返る。

「…あんま驚かせるなよ、後ろは大丈夫。味方しかいなかった」


「それを聞いて安心です。でも此方は前進してますし必ず敵とはぶち当たりそうですね」


「ま、戦車だし歩兵銃なんかじゃぶち抜かれないだろうから安心だがな」


彼らが──戦車の中とはいえ──呑気に会話できていたのには理由があった。

重慶にかなり近く日本軍勢力圏とも接していた地域には多くの防御網が構築されていた(平松の参加した戦闘もその地域を強襲する作戦であった)のだが、日本軍はこれまで沿海部打通後、南部からの攻撃に終始し、また援蒋ルートも南部に集中していたがために国民政府/共産党の目は南部に向かざるを得なかったのだ。

故にこの地帯は、ある程度の少戦力状態にあった。




但し、戦力空白状態でなかったことに留意したい。


「前方稜線下より敵歩兵部隊出現!」

その一報に各部隊が前方へ目を凝らすと。確かにそこに多くの人影があるのが見えた。

「戦車隊前へ!機銃射撃開始!」

土埃が巻き上がり、戦車は一段と早く、力強く進んだ。

そしてその土埃が歩兵部隊の最前部を超えた瞬間、連続射撃の音が耳を劈く。

対抗して敵も小銃や手榴弾を撃つが、それは周囲の歩兵こそ傷つけれど、戦車の歩みを止めるには至らなかった。


そうして、また少しずつ前線は西へと移動した。


-六。-


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北部封鎖部隊の進軍は困難を極めたか、と問われれば「途中までは」と言う注釈はつくものの、否と答えることができるだろう。


敵歩兵は機銃の前に斃れ、戦車を擁する日本軍はかなりの高速で進軍することが出来ていたからだ。


前述の通り、当時日本軍は主に南部からの攻勢を強めており、敵上層部の注意も南部に向き、対戦車兵を含む主要戦力を南部に集中させていたと言うのもある。


幾ら後の大国中国と言えどもこの当時は──それも遷都してすぐでは──全方位に重厚な防御網を敷くことは不可能であったのだ。



「目標前方自動貨車群、各個に撃て!」


日本軍による攻撃を恐れた敵軍前線指揮官達はどうやら自動貨車で後方へと脱出する腹積もりのようであった。


最も、非力な発動機のせいか燃料のせいか、はたまた定員以上に乗った人員のせいか、本来優速であるはずの自動貨車は後方より接近した日本軍戦車にいとも容易く捕捉されてしまったのだ。


瞬間、敵車列に火の手が上がり、膨れるようにして車が爆発した。


榴弾がいくらか敵車列に落ちたあと、自動貨車の幌から人が出てくるのが見えた。


車を捨てて更に逃走するようだったが、しかし這う這うの体で逃げ出した足が速いはずもなく、あっという間にこちらの歩兵に取り囲まれてしまった。


「手を地面について投降しろ!」


そう支那語で中隊長が叫ぶのが車中まで聞こえてきた。


そして何やらつぶやきながら色々調べたあと、後ろ手に組んで後方へ運ばれて行った。


後で友人が教えてくれたが、どうやらその後補給物資が空になった輜重の自動貨車に乗って司令部へ連れて行かれたらしい。


敵指揮官の拘束から暫く経った頃、これまでとは違って不思議と敵の姿が見えなくなった。


「妙だな…?」

車長は周囲を見渡してそう言う。


「ちょっと前からめっきり、敵を見かけなくなりましたね…まぁ、霧が出てきて周りが見えなくなったのもありますが」


数時間前まではよく攻撃を仕掛けてきていた敵歩兵が、寄り付かなくなったのだ。


しかしながら、これは別に捕らえた指揮官の影響でも、神風が吹いたわけでも無かったのだ。



恐らくそれはかなりの急造で、掘った跡も顕に通常なら難なく避けることが出来ただろう。


しかし、早く進撃しろと上に言われ、それに霧が立ち込めていたのでは難しかったのだ。



爆音が周囲に響き渡った。


車長は自分を護っていた防弾鈑が、部下が自分へ飛んでくるのが見えた。


(しくじった!地雷だ─────────)


灼熱の中で、車長は意識を手放した。



敗走した国民政府/共産党軍は厄介な置き土産を置いていったのだった。


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