運命は決まっているのですよ
そんなはずはないと信じたかった。
三年前、ある夜の晩……わたしは暗殺されそうになった。
確かに、わたしは貴族で令嬢だけど、人の恨みを買うようなことは決してしなかった。
なのに。
あの人影はわたしを刺した。
死んだと思ったけれど、わたしは奇跡的に助かった。ある人のおかげだった。
それから一年後、アトラというわたしの命を救ってくれた男性と出会い、彼と婚約した。
でもそれは間違いだった。
「フィリス、そろそろ結婚しないか」
「そう言うと思っていました。お断りです」
「なに? なにか不満でも?」
「あなた、三年前にわたしを刺しましたよね。その犯人だとようやく気付きました」
「なッ!! なにを言う。お前を刺すなんて……そんなことするはずがないだろう」
震える口調でアトラは否定した。
でもそれはウソだと分かっている。
「アトラ、あなたは殺人鬼だったのですね……」
三年前の惨劇だ。
街中の若い女性が襲われているという連続殺人事件が起きたんだ。
その犯人はまったく特定されず、真相は闇の中。
結局、捕まることなく今日を迎えていた。
けれどその犯人はアトラだった。
それを聞かされたのは、わたしを助けてくれた辺境伯であるケッセル。止血と輸血の魔法を使える天才癒術師と呼ばれていた。
そんな彼が事件を暴いてくれた。
アトラは、わたしの時だけ凶器のナイフを現場に残してしまった。それが特定に繋がったのだ。
もちろん、直ぐに犯人が割り出せたわけではなかった。
一年も掛かり、三日前にようやく判明したこと。それまでは、わたしは演技を続けてアトラの様子を伺っていた。
「馬鹿な、証拠がない!」
「証拠ならある。当時残されていたナイフだ」
物陰から現れるケッセル。
青い瞳をこちらに向け、アトラを睨む。
「き、貴様……! 天才癒術師のケッセルか……」
「そうだ。僕はフィリスに全てを教えた。お前が犯人だってな」
「そ、そんなナイフごときで俺だって分かるわけがない!」
必死に潔白を訴えるアトラだけど、もうなにもかも遅い。
「そのナイフには“指紋”というものが付着しているようです」
わたしがそう説明すると、アトラは混乱していた。
「し、指紋だと? なんだそれは!」
今度はケッセルがそれを証明してくれた。
「物に触れると指紋が残るさ。ほら、見てごらん。これがアトラ、君の指紋だ」
魔法によって青くにじみ出る指紋。
アトラの指にも反応して一致を示していた。
これでもう言い逃れはできない。
「ふざけるな! こんな子供だましで!」
「子供だましなんかじゃありません。ケッセルは、帝国が認めた最高の癒術師です。彼に間違いはないのですよ」
わたしがキッパリ断言すると、アトラは膝から崩れ落ちた。
「うあああああああああ……!!」
「どうして殺人を」
「……お前の父親さ」
「父? なんの関係が」
「お前の父親にフィリスとのお見合いを懇願した。だが、何度頭を下げても断られた」
それで女性に対して恨みを持ち、関係のない人たちまで巻き込んで連続殺人を起こした――と。最低な人だ。
「父が正しかった。婚約破棄します。さようなら、アトラ」
「ま、まってくれ! フィリス、君にならこの俺の愛が分かるだろう!?」
「一片たりとも分かりたくありません」
その後、ケッセルが呼んだ衛兵によってアトラは捕らえられ……連れていかれた。彼はもう一生表へ出てこれない。重い罰が待っている。
「大丈夫かい、フィリス」
「ケッセル、ありがとうございます。命の恩人です」
「いや、僕の方こそ犯人の特定が遅れてすまなかった。その間、あんな男と付き合わせてしまったことも」
「いいんです。おかげで殺人犯を捕まえられたんですから」
そう、決して無駄ではなかった。
わたしを刺し、無関係な女性まで殺めたあの男を裁けたのだから。
「これからどうする?」
「特に考えてはいません」
「そうか、なら僕と一緒にならないか」
「ケッセルの? でも、貴方ほどの方ならもう相手が……」
「いや、僕は好きと決めた相手としか付き合わないから」
「そ、それって」
優しい瞳で見つめてくれるケッセル。
手を握り、ささやいてくれた。
「フィリス、君を幸せにする」
真剣すぎるほどの眼差しに、わたしの心はすっかり彼のものになっていた。
こうなる運命だったのだと思う。
そうだ、きっとそうなんだ。
三年前の笑顔が重なる。
あれはアトラではなく、ケッセルだった。
ずっと怖かった。
アトラのことも、ケッセルに好きな人がいるんじゃないかと。
ようやくわたしは前へ進める。
「ありがとう、ケッセル」
わたしは彼の胸の中に身を委ねた。彼もまた抱きしめてくれた。