「クラスで一番可愛いあの子は感度が高いらしい」と聞いたんだが、感度ってどこの話だろうか……? 気になったので実際に確かめてみた。
それは衝撃だった。
体育終わりの男子更衣室にて、約二十名の逞しき男たちに戦慄が走る。
「クラスで一番可愛いあの子は感度が高いらしい」
「それは……本当の話か?」
「あぁ。ばっちりとこの耳で聞いた。授業前、女子更衣室の前を通った時に聞こえたんだ……」
肩を震わせながら言う男子に、俺を含め全員息をのんだ。
クラスで一番可愛いあの子について、あえて誰も聞かない。
というより、うちのクラスでそれは常識だからだ。
如月柚葉。
サッカー部のマネージャーでありながら、ゲーム趣味持ちという全人種に優しい天使的存在の彼女。
そんな柚葉は勿論陰陽問わずにクラス中の男子から愛されている。
と、視線が俺に集中しているのが分かった。
「な、なんだよ……」
恐ろしい剣幕なため、つい声が上ずってしまう。
「お前、如月さんと仲良いだろ」
「あ、まぁ」
俺は一応サッカー部に所属している。
別に上手いわけでもなく、歴も浅いため部内で人権はあまりない。
どちらかと言うとぼっち寄りの、よくわからない立ち位置の運動部だ。
しかしながら、うちのクラスにサッカー部は俺しかいない。
野球部のクラスで一番人気者な彼が俺の手を握ってきた。
「頼む斎藤! 確かめてくれ!」
「どうやってだよ!」
「そりゃ触ったり」
「普通に犯罪だわ!」
無茶な要求をしてくる坊主頭に、俺は後ずさる。
しかしながら、ここは更衣室。
逃げ場などない。
「お前が一番仲良いんだろ!? 頼むよ!」
「「「お願いします!」」」
「えぇ……」
これは、どうすればいいんだろうか。
◇
というわけで迎えた放課後。
何が起きるわけでもなく、部活終わりの夕方になってしまった。
先輩や同級生は早々に帰ってしまい、もはや俺だけ。
一人で部室のカギを返そうと職員室に向かっていると、思わぬ人に出会った。
「あ、玲央君。今帰り?」
「そうだよ」
「あはは。私も丁度今帰りなんだー」
洗い物をしていたのか、制服の袖を捲った柚葉は俺に笑いかける。
しかし、俺はそんな彼女から目を背けてしまった。
つい煩悩が頭を埋め尽くす。
そして坊主頭筆頭の男連中から授かった想いを思い出した。
き、気まずい……。
「どしたの?」
「いや、なんでもない」
「変なの。人の顔見て急にそわそわしちゃって」
「ッ!」
俺と柚葉は仲が良い。
彼女は別に付き合ったりだとか、そういう類の感情を抱いてはないと思うが、他の部員よりは仲良しな関係を築けていると思う。
だから、そんな彼女に突っ込まれて俺は色んな意味でテンパった。
ヤバい。
「え、本当にどうしたの? もしかして……」
チラリと隣の柚葉を見ると、彼女は頬を赤らめて俺から視線をそらした。
これは勘違いをされているかもしれない。
どうすればいいんだ……。
「言いたいことがあるなら言ってよ」
「え?」
「……何か話があるんじゃないの?」
これは、どういう意図による発言なんだ?
ミジンコサイズの俺の脳みそでは処理しきれないのだが。
ただ、ここまで言ってもらったら俺も腹を括ろう。
よし。
「あのさ」
「うん」
「柚葉って感度いいの?」
「……は?」
直後、彼女は固まった。
当然だが、その後辺りを静寂が襲った。
互いに何も話さず、歩みを進める。
「……どこで聞いたのそれ」
「ま、マジなのか?」
「ちょっと違う」
柚葉は声のトーンを落とし、俺を見る。
その目は先ほどと違って冷めていた。
一瞬で凍り付く俺。やらかしちまった……。
と、そんな俺を他所に柚葉は言った。
「いいよ。わかった。今日は親いないから」
「え?」
「確かめさせてあげる。うち来なよ」
「えぇ!?」
とんでもないことになってきました。
◇
「お邪魔します……」
中流家庭の一軒家。
その真っ暗な廊下を俺は歩く。
目の前の柚葉の後ろをついて行き、二階の部屋に案内された。
「えっと……」
「私の感度が高いのは本当」
俺の顔を見る事もなく彼女は椅子に座ってゲームを始める。
起動されるソフトを眺めながら、これは何の時間なんだと首を傾げた。
と、FPSゲームにログインした彼女は慣れた手つきで設定画面を開いた。
「これ」
「え?」
「私の感度、高いでしょ?」
言われて彼女の横に立つ。
画面に映し出されていたのは、ゲーム内の視点移動速度を表す感度のメーター。
その値がMaxになっていた。
え、嘘ですよね?
「なにその顔。変な勘違いしてたでしょ」
「……なんかごめん」
「マジ男子ってそういうとこあるよね。ほーんと嫌になる」
ため息を吐く柚葉。
彼女はそのままじっと俺を見つめる。
「これを見せるために俺を家に呼んだの?」
「それもあるけど……」
柚葉はそこで口をつぐんだ。
しばらくして続ける。
「私ちょっと期待しちゃったんだ。玲央君もしかして、私に告白するのかなって」
「マジ?」
「マジだよ。ほんとだよ。あんなにソワソワされたら誰だって気になるし」
「そうだよな……って期待してた?」
一瞬納得しかけたが、彼女のさっきの言葉が引っ掛かった。
まるで俺の告白を心待ちにしているようだったから。
そんな俺の疑問に答える柚葉は、不安げで今にも泣きだしそうだった。
「ずっと好きだったの。サッカーにあんまり詳しくないのに同じチームで活動する玲央君に共感もあったし。なにより人一倍練習してるその姿が……カッコよかったから」
「ッ! ……さっきは変なこと聞いてごめん」
「ほんとだよ馬鹿っ!」
仲が良いとは思っていたが、まさか俺の事が好きだったのか。
そんな彼女にシリアスムードであんな質問をしたのだ。
「で、私は質問に答えたよ」
「え?」
「勘違いとは言えこんな恥ずかしい事聞いておいて、責任は取ってくれるんだよね?」
「それは……付き合うってことだよな」
「……うん」
めちゃくちゃ嬉しい。
俺も可愛くてマネージャーとしていつも練習のサポートをしてくれる彼女のことが好きだった。
ゲーム趣味というのも話が合うから最高だ。
でも。
なんだか今告白するのは卑怯な気がする。
こんな棚ぼたで柚葉と一緒になるのは、男として恥ずかしい。
「明日もう一回ちゃんと話をさせて欲しい。俺、自分から気持ちを伝えたいから。俺もその……柚葉の事大好きだったから」
「……うん。やっぱりそういうとこ好きだよ」
互いにはにかみ合って、話は終わった。
柚葉は確かに感度が高かった。
しかしそれはゲーム内の視点感度の話。
ふざけたオチだが、気持ちも伝えられたし、結果としては最高だ。
「もう遅いし、今日はお開きにしよっか」
「あぁ」
「んっ」
「ごめん!」
帰ろうと思ってバッグを掴もうとした時、暗くてつい柚葉に触れてしまった。
それも女の子なふくらみの部分に。
だが問題はそこではない。
何だ今の声は。絶対聞き間違えではないだろう。
「……感度はこっちも高いの」
「なるほど」
ゲーム画面だけの明かりの下で、柚葉は顔を真っ赤にしていた。
◇
数日後、サッカー部に初々しいカップルが一組成立した。
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