第96話 ギャル子ちゃんは怪しい
「はぁ~体育祭の練習ばっかやってるから、合間の授業が全然頭に入らない……」
今日は午前の二時間を練習、残りの二時間を授業。昼休みを挟んでまた練習というスケジュールだ。
全体練習も大分進んで、各競技の段取りなどを確認している。
俺が出場する綱引きも、入場の仕方と競技開始の段取り、そして退場方法などを練習した。
しかし面倒なことに、俺たちは午前の練習を終えた後も体操服のまま授業を受けている。
午後も体育祭の練習があるので、着替えるのが手間ということで教師から許可が出ている。
そんなんなら最初から三・四時間目に練習を入れてそのまま午後の練習に入ればいいのに。
「午後からまた練習って大変だよなぁ~。マジだりぃって言うかよぉ~」
「だなぁ……って氷川、いつの間に俺の後ろにいたんだよ!?」
「だってお前、弁当箱持ってぼけーっと突っ立ってて気になるだろ。朝倉さんたちと飯食うんじゃねえの?」
「そ、そうだけど……ちょっと気まずいって言うか、何というか……」
「喧嘩でもしたんか?」
「そういうわけじゃないんだけどさ……」
言えるか……事故とは言え昨日の帰り道にミカに抱きついたとか。
そのせいで顔合わせるのがちょっと恥ずかしいとか。
小学生の男子かよって笑われるかも知れないし。
「ところで氷川、廊下で松山が待ってるけど行かなくていいのか?」
「楓ぇ~? 別に俺に用があるってわけじゃないっしょ。誰か別のやつに用事あんじゃね?」
「いや、そうじゃないと思うけど……。めっちゃこっち見てるぞ」
「ふーん、じゃあお前と話したいとか?」
「はぁ? そんなわけないだろ」
「どうだろうな。最近お前ら仲いいじゃん。二人きりで会ってるみたいだし?」
「な、なんでそれを!? 一応言っておくけど、そういうんじゃないからな!」
「まぁまぁ。お前も中々隅に置けないねぇ」
金髪の野郎、変な勘違いしやがって。こうなったのもお前のせいだぞ。
まぁいいか。どうせこのままだと、ギャルのやつも金髪に話しかけないで終わりそうだ。
せっかくなら、俺がギャルに話を聞いてやってもいいだろう。
それで金髪に用件を伝えるなりしてやれば、あいつも満足するだろうし。
「おい、何やってんだよこんなところで」
「別に。あんたに用はないけど」
「知ってるわ! 俺も別にお前と話したくて声かけたわけじゃないし」
「ふん、じゃあ気安く話しかけないでくれるぅ?」
「そうは行くか。廊下からチラチラ見られて気が散るんだよ。氷川と話したいなら素直に声かけろよ。本当、ギャルの癖に奥手だな」
「うっざ。あんたに関係ないでしょ」
「はいはい、邪魔者は退散しますよ。余計なお世話かも知れないけどさ、自分から話しかける勇気が無い癖に相手から話しかけられるのを待ってるだけじゃ良いことないぞ」
「誰が負けヒロインみたいですって? マジ陰キャキモい……どっか行けっつーの」
言われなくたって消えてやりますよ。俺だってミカとユカに昼飯食う約束してるんだから。
大体負けヒロインって自分で言うなよ。そもそも金髪のヒロイン候補にすらなれてねーぞ。
まぁ俺も人のこと言えた立場じゃないが、何故だかギャルを見てると無性に腹が立つ。
揚げ足の一つや二つ、取ってしまいたくなるのだ。
何故こんなにもギャルのやつに噛みついてしまうのか。自分でも分からなかった。
「……って負けヒロイン? あいつ、そういう知識あるのかよ」
ギャルの癖に変なやつ。散々陰キャキモいとか言ってくる癖に、自分もオタク知識持ってるんじゃねぇか。
◆◆◆◆◆
「ねぇリョウ君、どっちがいいと思うー?」
「どっちって何が?」
「だからー。チアの時の髪型は、ポニーテールと普段の髪型どっちが好み?」
「それ、俺に聞いて何か意味あるのか?」
弁当を食ってる途中、いきなりユカが質問してきたかと思えばそんな内容かよ。
正直チアガールって俺のストライクゾーンには入っていないから、どういう物が好みとか特にないのだが。
強いて言えば普段と違う髪型だと、ちょっとドキッとするかもしれない。
まぁそれだとチアガールとか全然関係ない話になっちゃうんだけど。
「リョウ君のことだからポニーテールだと喜ぶかなって思ったんだけど。そうでもないのかなー」
「いやポニテはポニテでありがたいぞ! ただどっちかと言えば、リレーとかでその髪型にしてくれた方が嬉しいかな。ほら、ポニテとはちまきの組み合わせって何かそそるじゃん! 風でたなびく後ろ髪、それと一緒に揺れるはちまき。青春って感じがいいよな……」
「ふーん、そっか。参考にしとくね!」
「はっ……! 俺今すげー気持ち悪いこと言ってなかったか……?」
「気にしなくていいよ、ユカが聞きたかっただけだから。じゃあリョウ君、クラス選抜リレーの本番楽しみにしててねっ♪」
「? あ、ああ……」
今の会話が一体何の参考になったのかは分からんが、ユカが満足そうで何よりです。
ところでさっきから気になっているのだが、ミカが全然喋っていないのは何故だろう。
横目でチラリとミカの様子を伺ってみると、偶然にもミカと目が合った。
「……っ」
あ、今目を逸らされた!? もしかして昨日のこと、引きずってるのかな。
だとしたら本当に申し訳ない。あんなことするつもりなんて無かったんだ。
そんな風に今この場で弁明したいけど、ユカもいる中でそんなこと言えるはずもない。
「うーん……」
結局昼飯を食べている間、ミカと話すことは出来ずに昼休みが終わってしまった。
その後も何度かミカに話しかけようとしたが、タイミングが合わず放課後になった。
「いいぞ進藤! 組体操も大分進歩したじゃないか!」
「ありがとうございます……! つってもほとんど氷川のおかげなんですけど」
「あれ~俺褒められてるぅ~? 何か照れるなオイ」
組体操も金髪のサポートのおかげでほとんどの技を成功させ、三点倒立もあとちょっとで成功しそうなところまでいけた。
不安材料はほとんど無くなったと言っていいだろう。
おかげでいつもは六時過ぎまで居残っていたのに、今日は五時台に帰っていいと言われた。
俺は急いで女装して、チアの練習場所まで潜入した。
「四組の朝倉さん、そこちょっと遅れてる!」
「あぅ……ごめんなさい……」
「でも昨日までより全然ついてきてるね。頑張ってる感じがすごーい」
「何か練習したのー?」
おっ、ミカのやつ頑張ってるみたいだな。俺たちの練習の成果が早速現れてるみたいだ。
ミカはやれば出来る子だからな。コツさえ掴めば同じミスはしないだろう。
まぁまだ半分も覚えていないんだが。大事なのは後半部分だよなぁ。
金髪に頼んで録画して貰った振り付けを見ても、後半の激しい動きはかなり大変そうだ。
俺も昨日の夜、家で練習してみた。だが男子でもかなり疲れる動きに、ミカがついて行けるだろうか。
「あーちょっと待った! 松山さん、そこ違うよー」
「すみませーん、ミスっちゃいました~」
案の定後半の振り付けになると、ミスを出す女子も増えてきた。
本番まであと一週間以上あるとは言え、このペースで大丈夫だろうか。
「今のところはね、こうやるんだよー」
「うわー朝倉さん完璧ー!」
他のメンバーが間違えたところをユカが実演してみせると、まるでダンスの講師がやるお手本のような振り付けだった。
相変わらずやること全部高レベルだよな、ユカのやつ。
ここから見てるだけでも、息を呑む迫力があるぜ。
「はい、それじゃあこの後は個人練習ねー。分からないところがある人は、リーダーか朝倉さんに聞いてみて」
「はーい」
「ねぇ朝倉さん、ここの振り付けなんだけどさぁ~」
「あ、私も聞きたいー! このターンする時ってどんな風にやってる?」
うへぇ、ユカの周りに人だかりが出来てる。
何かリーダーの人可哀想だな。誰も聞きにいってないし。
でもそれでユカが嫉妬されるわけでもなく、リーダーもユカにアドバイスを求めたりしている。
それに対してユカもリーダーの振り付けを褒めてたり、分からないところを聞いている。
普通はユカのような能力が高すぎる人間がいると、集団の中で浮きそうなもんだが本人のコミュ力のおかげでそういう問題も起きていない。
改めて化け物みたいなスペックだ。こりゃ誰も勝てないわ。
さて、それよりもミカの個人練習だ。いつものグラウンド端に向かおう。
「くぅ~この姿でグラウンドを走るのって恥ずかしいなぁ~! ……ん?」
ミカの元へ向かっている途中、ギャルがユカのことを睨んでいる光景が目に入った。
もしかしてギャルのやつ、ユカに嫉妬しているのか? とも思ったが違ったようだ。
だってあいつの眼差しは恨みや妬みが入った物というよりは、どこか憧れとか羨望の眼差しのように感じられたから。
「ギャルでもユカみたいな女子に憧れんのか? まぁどうでもいいか」
俺はギャルのことなど即座に忘れて、ミカの元まで向かった。
そう、ギャルの行動の一つ一つに答えは隠されていたのだ。
もっとも俺がその答えに気付くのは、体育祭が終わる直前だったのだが。




