第93話 女装への決意
「ちょっと四組の朝倉さん! 全然振り付け出来てないよ!」
「あ……ごめんなさい……!」
「大丈夫だよミカちゃん、落ち着いてゆっくりやろうね?」
昨日ミカが突然チアリーディングに参加していると知り、心配になって今日も練習を見に来た。
案の定ミカは練習についていけていない様で、注意を受ける頻度が他の女子よりも多かった。
自分たちから誘っておいて、当たりが強いなんてひどい連中だな。これだから体育祭でガチになるようなリア充は嫌いなんだ。
しかし俺が出来ることなんて無いし、ただ見てるにしても気持ち悪い除き魔と思われるだろう。
ミカにしたってあそこにいる以上、自分の意志で練習に参加しているのだ。俺がどうこう言うのはお門違いだ。
それに俺は人の心配なんてしてる場合じゃないからな。
「おい進藤ォ~何見てんだよ~。お、チアの練習か。なんだよ、お前真面目そうな顔して結構エロいんだな」
「違うわ馬鹿! そういうんじゃなくてだな……」
「それより早く戻ろうぜ。休憩時間終わるぞ~」
「もうそんな時間かぁ。分かった、すぐいくよ」
俺は自分の心配をしなきゃな。未だに三点倒立もろくに出来やしない。
「ぐぐぐぐ……!」
「ほら頑張れ! そこで耐えてから足を上に伸ばせ!」
「もう少し!いい感じだぞ進藤!」
「ぐあ~! すんません、駄目でした……」
「ドンマイ! 昨日に比べて結構上達したんじゃないか?」
「本当ですか……ありがとうございます」
「とはいってもまだまだだけどな。ほら、もう一年生で出来ないのは五人くらいしかいないぞ」
体育祭実行委員の先輩の言う通り、この数日間で三点倒立が出来ない生徒は残りわずかとなっていた。
現状で出来ていないのは俺と、俺に似たぱっと見帰宅部の陰キャっぽい同士たちだけ。
運動部の奴らはコツを掴むとあっという間に上達したし、そうじゃないやつらも苦労はしたものの習得できたようだ。
俺も徐々にコツを掴みかけて入るが、その速度は牛歩にも程があるレベルだ。
このままだと本番までに間に合いそうにない。今更だが自分の立場を把握して、背中に冷たい汗をかく。
三点倒立だけじゃない。本命の組体操だって、全然上手く行っていない。ペアの相手もそろそろ俺にキレそうになっている。
今まで我慢してもらっていたのが不思議なくらいだ。俺の中に焦りと不安が徐々にわき始める。
「はぁ~……前に進めねぇ……」
「おーい、暗い顔してんねぇ~」
「氷川……」
「三点全然出来てねーじゃん。そのまま体育祭本番になったらやばくね?」
「やばいよ……俺、一人だけ出来なかったらどうしよう……」
「じょ、冗談だって! マジになんなよ、焦るわ~」
「悪い……でもマジで最近焦ってきて……。先輩のアドバイス聞いても分かんねえし、体支えてもらっても上手く行かないし……」
せっかく心配してくれている金髪を相手に、俺は愚痴をこぼす事しか出来ない。
悪いのは俺なのに。
だが金髪は特に気を悪くした様子もなく、俺の横に腰を下ろすのだった。
「なあ、俺が手取り足取り教えてやろうか? それならあっという間に上達するぜ~」
「え? マジで? いいのか、お前も色々あるだろうに」
「いーのいーの! その代わり俺の用意したチア衣装を着てくれれば……」
「無理! 今の話無かったことにしよう! 解散!」
バカバカしい、珍しく感心したのに結局それかよ! というかもうチアのメンバー足りてるのに、今それを言うってことは個人的に会って女装見せろってことか?
尚更やばいわ! 見の危険を感じるよ! 何考えてんだこいつ!
あほらしい、今日の練習も終わったし女子チアの練習でも覗きに行くか。
「あ、おい待てよ~! 今なら組体操のペアも代わってやるぞ~!」
「知るかぁ!!」
◆◆◆◆◆
「あぅ……つかれた……」
「おつかれーミカちゃん! 今日も可愛かったよー!」
「でも……ミカ、全然上手くできなかった……」
「き、気にしなくていいよ! 人数が足りてフォーメーションをきちんと組めるようになっただけで、みんな感謝してるよー?」
「でも……みんな……ミカのこと……あぅ……」
なるほどな、やはりミカはリア充の女子どもから謂れのないいじめを受けているのか。
これは同じ陰キャ仲間として放っておくわけにはいかないな。さてどうしたものか……。
しかしユカはどうしてミカのサポートをしないんだろう。いや、出来ないのか?
ユカは他の女子からもヘルプを頼まれているようだったし、姉のミカにまで手が回らないのかもな。
なら誰かがミカを助けてあげなきゃいけないはずなのに、誰もそうはしていない。
なぜだ? それは恐らく、みんなユカの姉というイメージだけで勝手にミカに期待していたからだ。
実際はミカは運動の苦手な子だと知って、勝手に期待して勝手に落胆している。自分勝手なことこの上ない。
ところで何故俺は二人の後ろで会話を盗み聞きしているのだろう。
これではまるでストーカーではないか。警察に見つかったら一発で逮捕である。
だって仕方ないだろ? チアの練習を見に行ったら、やたら神妙な顔をしたミカがいたんだから。
そんな状況で俺なんかが話しかけられるわけないじゃないか。
情けないやつだと思ってくれて結構。事実だもんな。
「ミカちゃん……もしきつかったら、リーダーさんにメンバーかえてもらうようにお願いしよっか?」
「ユカちゃん……。ううん、それはだめ……。それだとミカは……体育祭を頑張ったことにならないもん……。今年の体育祭は頑張るって……約束したから……」
もしかしてミカのやつ、俺との約束を守るために?
陰キャ男子とダンスするためだけに、こんなキツい練習を頑張っているのか?
俺なんかのために……?
俺は二人に気付かれないようにその場を離れた。そしてスマホである人物に電話をかける。
「もしもし? あのさ、お前の言ってた話だけど乗るよ。だから明日、道具一式持ってきてくれ。なんでって……どうでもいいだろ! じゃあな!」
電話を切った後、すかさず別の人物に電話をかける。
「ああオレオレ。うん、うん……。いやその話はまた今度。あのさ、先月のあの写真撮った時のことなんだけど……。メイクのやり方とか教えてくれない? できれば俺一人で、すぐ出来るような簡単な方法で。なんでって、いやだからどうでもいいじゃん! じゃあね!」
よし、とりあえず話はついた。後は明日の放課後、作戦を実行するだけだ。
待ってろよミカ。お前のその努力、絶対に実らせてやる!




