第88話 金髪とギャルが面倒すぎる
「でさ、結局どうすんのよ」
「どうって……何が」
「何がじゃねぇよ、チアの件だよ。出るのか出ないのか、決めてくれたか~?」
「はぁ……何度も言ってんだろ。俺は出ないよ。つーかチアに参加したとしても、名前バレるだろ。無理に決まってるわ」
金髪め、珍しく英語の授業で二人組を組む相手に俺を選んだかと思えば、未だにチアの件で擦ってくるとはしつこいやつだ。
つーかお前は英語の例文をちゃんと読め。授業にならないじゃないか。
他の二人組はみんな真面目に英会話してるぞ。俺たちだけだ、こんな堂々と日本語で雑談してるのは。
「そういやさ、お前がコスしてた元ネタのアニメ見てみたんだけどさ~。結構面白いのな。ああいうオタク向けのアニメってどうなのって思ってたけど、意外と楽しめたわ」
「えっお前〆カノ見たの?」
「まぁな。昨日は暇だったしよ~。あの金髪の子、結構可愛いじゃん」
「そうなんだよ! 狭霧の良さはツンデレっぽい要素も持ちつつ、クールでどこか淋しげな雰囲気を持ってるところなんだよなぁ。守ってあげたくなるっていうか、こう……いいよな」
「いやそこまで言ってねぇけどよ……」
「あっ……」
し、しまったー! また勝手に作品を語りだすオタクの悪癖が……!
しかも相手はリア充の筆頭金髪だ。これはドン引きされるのも致し方ない。
こいつにドン引きされても、俺からしたらノーダメージなんだけどね。それでも他人に引かれるのはやっぱりキツいものがあるな。
「ま、まぁそれはともかく……俺は体育祭はのんびりやらせてもらうとするよ。金ぱ……氷川は人気者だし、いろんな競技に引っ張りだこなんだろうけどさ」
「それな~正直面倒くさいんだよなぁ~。俺ってほら、男子からも女子からも人気あんじゃん? リレーに出てくれとか、応援団に参加してくれとか勧誘がウザクってさ~」
「くそ……謙遜しないのが逆に嫌味に聞こえないってのがムカつく……!」
「まぁでも全部出るつもりだけどな。その方が楽しいし」
「楽しい……か」
ユカもそんな事を言っていたっけか。陽キャになるにはあらゆることを楽しもうとする姿勢が大切なのかもしれん。
もしくは何でも楽しめるような人間が、自然と陽キャになるのかもな。
そういう姿勢だけは素直に尊敬する。絶対女装はしないけどな。
◆◆◆◆◆
「ねぇあんた、ちょっと面貸しなよ」
「はい……?」
廊下を歩いていた時だった。いきなり何者かに首根っこを掴まれて、廊下の端っこに連れて行かれた。
その時の俺の驚きっぷりときたら、たぶんハプニング大賞で堂々の一位を獲得できるくらいだっただろう。
だってそうだろ? 普通に生活してて、後ろから首を掴まれるなんて早々ないはずだ。
少なくとも俺はこれが初経験、もうビビりまくって大変ですよ。
「えっと……松山……さん?」
「へーうちのこと知ってんだ。きもっ」
名前を知ってるだけでキモいとは、いきなりご挨拶なやつだ。
とか言いつつも、内心めっちゃ傷ついてる俺なのであった。
俺を連行した犯人の正体は六組のギャルこと、松山楓だった。金髪に惚れてるらしい、カースト上位の女子だ。
なぜ俺が彼女に絡まれたのか、皆目検討もつかないのだが……。何かやらかしてしまったかな。
「あんた最近、直と仲いいわよね」
「えーっと……直っていうと?」
「とぼけんなっつーの。氷川直樹、あんたのクラスの男子」
「あーはいはい、金髪ね。そ、それがどうかしたんですかね?」
「敬語キモい、やめろ」
「あっはい」
くそ、いきなり絡んできて好き放題言いやがって。だけどキモいって罵倒は強すぎやしませんかね。
ほぼほぼ初対面の相手にそんな言葉を吐くのは、ちょっとよろしくないですよ。
言い返せない俺も俺なんだけどね……。否定材料が見つからないから仕方ないね。
「それで直なんだけどぉ、あんたどの競技に出るか聞いてない?」
「競技って体育祭のこと?」
「それ以外に何があんのよ。はぁ……陰キャって察しが悪くて話が進まないわぁ」
「ぐっ……! い、いきなり突っかかってきてそりゃねーだろ! つーか俺、別に氷川と仲良くねぇから! そんなこと知るかっつーの! てめぇで勝手に聞けや!」
「それが出来ないからあんたに聞いてんの。それくらい分かんないわけぇ?」
「知るかバーカ! お前の都合なんて知ったこっちゃねぇよ! 何純情ぶってんだ、アホか!」
「はぁ!? あんたうちのこと馬鹿にしてんの!?」
事実を指摘しただけで逆ギレされても困る。だいたいお前だって俺のことを散々バカにしてくれたじゃないか。
自分がされて嫌なことを人にするなと、小学校の頃に習わなかったのか?
まぁギャルになるような人間なんて、みんな頭の中がハッピーセットなんだろうな。
昨今の漫画・アニメでオタクに優しいギャルがブームになっているけど、あんなのは所詮幻想に過ぎないってことだ。
現実のギャルはみんな冷たい。そうに違いない。
「あのさ、用事ってそれだけか? なら教室に戻りたいんだけど……」
「ふん、その様子じゃマジで直と仲がいいわけじゃないみたいだし、もうあんたに用はないわぁ」
「あーびっくりした。あのさ、お前が氷川のこと好きなのは構わんけど、それで俺を巻き込むのはやめてくんねぇかな」
「は、はぁ!? うちが直のこと好きぃ!? んなわけねーし! 馬鹿じゃないの!?」
「はいはい、そういうのいいから。別に氷川には言わないし、これ以上俺に絡まなきゃ文句ないから。じゃな」
後は本人同士で好き勝手やってろ。俺は平穏無事な毎日を過ごせればそれでいいのだ。
リア充どもの青春群像劇に加わる気なんてさらさら無いので、どうぞご自由にやってくれ。
さて、昼飯を持ってから中庭に行くとするか。ユカたちからLIME来てるし、待たせちゃ悪いよな。
俺はその場を立ち去ろうとした――だが
「ちょい待ち。あんたさぁ、うちに協力しなよ」
「はい? 協力って……何を」
「決まってんじゃん? 体育祭でうちが直といい感じになるために、協力してよねぇ~」
「いやです御免こうむる。そういうのは陰キャに頼むことじゃないですよっと」
恋愛初心者に恋のサポートを頼むなんて、赤ん坊に力仕事をさせるようなもんだぜ。
恋愛ごっこならリア充同士でやってほしい。俺を巻き込まないでくれ。
「……すわよ」
「ん?」
「あんたが、朝倉とデートしてたこと……男子たちにバラすけど……いいのぉ?」
「なんのこっちゃ。謂れのない理由で脅すのはやめてくれ」
こいつの言う朝倉とは恐らくユカのことを指しているのだろう。だが残念ながら、俺とユカがデートしたことなんて一度もない。
そんな素敵な経験があるなら陰キャなんてやってない。残念だったな、俺に弱みなんて無いのだよ。
強みはもっと無いけどな! HAHAHA……はは。
しかし松山はしたり顔でスマホを取り出した。そこに写っていたのは、同じ色合いの服を着てカフェで食事をする俺とユカだった。
これは確か、ユカがモデルにスカウトされて東京に行くことになるかもと話した時の写真だ。
そ、そういえばあの日、ユカがデートしようって言ってたっけ……。モデルの件は解決したから、すっかり忘れてしまっていた。
「リンクコーデなんてよっぽど仲がいいんだぁ~。もしこの写真が拡散したら、あんたは学校中の男子から恨まれちゃうかもぉ? 朝倉だってインスタが炎上しちゃうかもねぇ~」
「くそ……何が目的だ」
「だからぁ、うちと直の仲を取り持ってくれればいいんだって。あんたはうちの密偵者。直に何かあればすぐ教えてね、陰キャくん♪」
非常に不服ではあるが。この写真がある以上、俺に拒否権は無く。情けないことに、ギャルの手下になることを強要されたのだった。
やっぱりリア充に関わると面倒なことしか無い。そう痛感せざるを得ない。
高校最初の体育祭、一体どうなってしまうのやら。心持ちか胃がキリキリするのは、気の所為だろうか。




